2026.02.27

推しの逸品:コレクション・スポットライト Vol.8  北海道立釧路芸術館 岩橋英遠《彩雲》

お話を伺った人:松浦葵(まつうらあおい)学芸員

岩橋英遠《彩雲》 1979年 北海道立釧路芸術館

全国の美術館のスタッフに、自館のコレクションの中から、皆さんに鑑賞してほしい一作品をご紹介いただく連載企画「推しの逸品」。第8回で訪れたのは、1998年に開館した北海道立釧路芸術館です。

釧路・根室圏の芸術文化拠点として開館以来、「自然と芸術」「映像芸術」「地域と芸術」という3つのキーワードをコレクション収集の基本方針とし、900点を超える作品を収蔵(所蔵作品919点、受託作品10点、受託資料1点/2024年4月現在)。加えて、地域にゆかりのある近現代の作家や作品の収集にも精力的に取り組んでいます。

今回の「推しの逸品」である《彩雲(さいうん)》は、紙に岩絵具で描かれた絵画です。手がけたのは、北海道出身の日本画家 岩橋英遠(1903-99)。彼が晩年に描いた本作の魅力を、松浦学芸員にたっぷりと伺いました。

天気や季節、時間帯によって変わる空間の表情が気に入っている、と松浦学芸員

地域に根ざした芸術の拠点として

北海道の東に位置する釧路市は、釧路湿原や阿寒湖の雄大な自然や避暑地としての人気が高く、太平洋に面した釧路港は、世界各国の大型クルーズ船や物流船の寄港地として知られています。
その釧路港にほど近く、JR釧路駅からも歩いて15分ほどのエリアに位置する釧路芸術館は、かつてこの辺りにあった赤煉瓦の倉庫建築をイメージして建てられました。

中庭に設置されているのは、アルナルド・ポモドーロ(1926-2025)《球》1989-90年

取材に伺ったのは1月初め頃。釧路は北海道の中でも比較的雪が少なく、太平洋に面しているため冬でも晴れの日が多い地域ですが、この日は5~6センチほど積雪していました。晴天と雪景色の中に建つ赤煉瓦の建築は、北の港町・釧路ならではの美しい風景です。

同館の名称が「美術館」ではなく「芸術館」となっているのは、地域住民らによる熱心な誘致活動を経て、美術に限らない多様な芸術との出会いの場、として開館したことが背景にあります。
館内には、展覧会に関連した講演会やセミナー、ワークショップを行うスペースのほか、約200席の「アートホール」を併設。ぬくもりある空間で、演劇やコンサート、映画会などが開催されているそうです。

アートホール 北海道立釧路芸術館

また、「釧路芸術館ボランティアの会SOA(Station of Art)」の皆さんの存在も欠かすことができないでしょう。1階のミュージアムショップの運営や、2階のカフェで国内外からの来館者をもてなすなど、さまざまな役割を担うことで館の運営を支えています。

2階の一角にあるミュージアムカフェと休憩スペース

展覧会の関連書籍や蔵書の閲覧コーナー
収蔵作家である写真家 水越武さんが寄贈した「水越武文庫」の本棚も


一瞬の美しさと北海道の雄大さを描いた《彩雲》

岩橋英遠の《彩雲》は、地元の釧路信用金庫が助成する「釧路しんきん地域振興基金」(当時の名称)からの寄贈により、同館の開館時から収蔵されている作品です。年に一度、主に冬季に開催しているコレクション展で展示する機会が多く、「当館のトレードマーク、と言ってもいいぐらい、地域の方々をはじめ多くの来館者に愛されている作品です」と松浦さん。

そもそも彩雲とは、太陽の近くにある雲が虹のように色づいて見える現象のこと。太陽の光が、雲を構成する小さな水の粒を、回り込むようにわずかに曲がって進む(回折する)際、その波長の長短で色が分かれて見えることで発生します。
さまざまな条件が偶然重なることで現れる彩雲は、古来からよいことが起こる前ぶれと言われてきました。描いた岩橋は、洞爺湖を訪れた際、偶然、この雲と出会ったといいます。

岩橋英遠《彩雲》1979年 北海道立釧路芸術館

「洞爺湖は、北海道の南西部にある支笏(しこつ)洞爺国立公園の中心に位置するカルデラ湖です。その辺りを取材中にこの雲と遭遇した岩橋さんは、写真を撮影するのではなく、この場で写生し、持ち帰って仕上げようと考えた、といいます。

それは単にきれいな気象現象を描くのではなく、心をとらえた一瞬を描いている、ということですよね。また岩橋さんは、人は一人一人が自分だけの虹を見ている 、といった言葉を残しています。
風の影響で次々と姿や色を変える雲の一瞬の美しさが、岩橋さんというフィルターを通して描かれ、見る人それぞれにいろんな印象を与えること、雲の形そのもののユニークさも含めた魅力が、今でも多くの方に本作が愛されている理由かもしれません。」

ちなみに本作は縦149.8㎝・横210.5㎝と比較的大きなサイズですが、発表当時、岩橋は70代半ばでした。精力的に描き続けた情熱と体力にも驚かされます。

「あの日、この場所で コレクションにみる地域と美術」展示風景 北海道立釧路芸術館

岩橋英遠は自然を主な題材とし、人智を超えた自然の力や厳粛さ、神秘や幻想を、壮大なスケール感で描き出した日本画家です。

1903年に、北海道のほぼ中央に位置する、現在の滝川市江部乙町(たきかわし えべおつちょう)に、江部乙屯田兵の2世として生まれ、20歳頃まで家業の農業に従事していました。その後、本格的に日本画を学ぶため、1923年、21歳で上京。日本画家 山内多門(1878-1932)の画塾や、戦後、安田靫彦(1884-1978)の元で学び、1949年第34回院展で《砂丘》が奨励賞を、翌50年に《明治》が、その翌年の1951年には《眠》が連続して日本美術院賞を受賞し、1953年、日本美術院の運営を担う最高位・同人(どうにん)の立場に推挙されました。
シュルレアリスムの影響や洋画の手法も柔軟に取り入れながら、生涯にわたって描き続ける中、東京藝術大学の教授として後進の指導にもあたり、1989年に文化功労者顕彰を、94年に文化勲章を受章しています。最晩年は神奈川県相模原市で暮らしながら、故郷である江部乙の自然や、子ども時代の記憶の風景を数多く描きました。

「常に自然を見つめ何かを感じる感性が育まれたのも、20歳頃まで地元で農業をしていたことが背景にある、と言われています。日本画と言うと、いわゆる花鳥風月を描く、というイメージがまず浮かびがちですが、岩橋さんは、ご自身が目にしたもの、自分がいいなと感じたものを描きたい、紹介したい、という思いがあったのかもしれません。自由な発想や新たな挑戦をし続けた作家、とも言えるでしょう。」

北海道ならでは、釧路ならではの活動をこれからも

本作を観賞していると、空の色の変化や、描かれた雲が動いていくかのような、さまざまなイメージが浮かんできます。

「この雲が風に吹かれる前はどんな形だったのか、どうやって消えていったのか。この風景の前後の時間の流れを想像する、という見方は楽しいですよね。岩橋さんは、写真に頼らず、自分の中で考えて再構成して描きましたが、想像させる、という点は、私が専門としてきた写真にも通ずるものがあります。」


大学の卒業論文も大学院の修士論文も、森山大道(1938-)をテーマにしたという松浦学芸員が、写真を専門にしたきっかけを伺いました。

「絵を描くことは苦手でしたが、見ることは好きで、絵を描く代わりに何か表現したい、と、高校生の頃から写真を撮り始めたのです。その後、撮る側ではなくて、学芸員や研究者として専門的に見る側になる進路を考え、大学・大学院と学びを深めていきました。」


松浦学芸員は、北海道の東部に位置する北見市の出身。京都で学生時代を過ごしたのち、地元・北見市の職員として市内のミュージアムに勤務。その後、北海道教育委員会の職員となり、2023年から同館の学芸員として勤務しています。

「大学で森山大道を研究されている講師の方の授業を受けるうち、森山さんの作品のすごさと写真の面白さにどんどんひきこまれていったのです。彼の経歴を見ていくと、30代後半から40代にかけて挫折の時期を過ごし、作風も変化しています。そのスランプを打開したきっかけが、私の地元でもある北海道への訪問でした。
大阪で生まれた森山さんにとって、北海道は小さい頃から憧れの土地であり、すでに何度か仕事で訪れていたものの、40歳の時に約3ヶ月滞在し、のちに写真集『北海道』(2008年)として作品を発表しています。
同時代に活動していた東松照明(1930-2012)や中平卓馬(1938-2015)らは沖縄へ関心を持ちましたが、彼はどこかうら寂しい北の風景に、自身の気持ちを重ねていったようなところがありました。その後、少しずつ写真に対する意欲を取り戻していくのですが、その鍵となり、きっかけとなったのが北海道だったのです。」

同館では、2023年度に、森山大道の「北海道」20点を新たに収蔵。2024年度に「新収蔵品展 森山大道「北海道」を中心に」を開催しています。取材時に開催されていたコレクション展「あの日、この場所で コレクションにみる地域と美術」でもその一部が展示されていました。

「あの日、この場所で コレクションにみる地域と美術」展示風景
右から2点目と3点目が森山大道「北海道」シリーズ

「7つの道立美術館のうち、写真を主な収集対象としているのは当館だけでしたので、やはり北海道でこそ「北海道」を活用したい、と。国内でも本作を収蔵している館はそれほど多くないと思いますし、今後も特色あるコレクションや展示活動を続けていきたい、と考えています。」

展示室入口

展示室の入り口で来館者を出迎えてくれるのは、同館のマスコットキャラクター かもめのももちゃん

取材の最後、松浦学芸員から「このロビーの吹き抜けの空間がお気に入りです。夕陽に照らされた雰囲気も本当にきれいなんですよ」と教えてもらった筆者は、市内を徒歩で観光しながら、日没の時間を待ってみました。

釧路市は1960年代中頃から、釧路港に寄港した世界各国の船員らの口コミで、「世界三大夕日」と称されるように。同館から歩いて10分ほどのところには、夕日の名所、幣舞橋(ぬさまいばし)もあります。

午後、晴天だった空が急に曇り始めて雪が降る時間帯もありましたが、日没の30分ほど前には嘘のように青空が。冷たい風の中で同館を再び訪れると、息を吞むような夕暮れの景色を見ることができました。同館を訪問する際はぜひ、展覧会とともに、釧路の美しい風景を楽しんでください。

釧路芸術館から徒歩数分 釧路川沿いから釧路港方面を臨んだ夕景

【松浦学芸員による、推しポイント】

画面右側、雲の端のほうの、淡い黄や緑、青といった複雑な色の重なりの部分です。色の移り変わりが繊細にあらわされています。また、作品全体のマチエール、質感も絶妙ですね。

表面に薄く塗られた仕上げの層が独特の質感を生んでいます。膠の濃度や絵の具の比重を研究した末に生まれた効果だといいます。若い頃から、道具や描く技法も、常識にとらわれないチャレンジを続けてきた作家ですので、70代半ばの当時も、思いがけない方法で描いていたかもしれませんね。

松浦葵
まつうらあおい


北海道生まれ。2023年より北海道立釧路芸術館に学芸員として勤務。これまでに「釧路芸術館 珠玉のコレクション」(2023年)、「地に、人に、写真に旅する 長倉洋海展」「ももちゃん芸術祭2024」(2024年)、「国立美術館コレクション・プラス 現代写真のはじまりとそれから」(2025年)を担当。

(取材撮影・執筆:Naomi)

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