2023.09.28

推しの逸品:コレクション・スポットライト Vol. 1 高松市美術館 藤本由紀夫《EARS WITH CHAIR (on the wall)》

お話を伺った人:牧野裕二 学芸員

藤本由紀夫《EARS WITH CHAIR (on the wall)》1990/1993年

美術館のスタッフが、自館のコレクションの中から「推しの逸品」、つまり皆さんにぜひ鑑賞してほしい一作品にスポットライトを当ててご紹介いただく連載企画。第1回では、「戦後日本の現代美術」「20世紀以降の世界の美術」「香川の美術」という3つの方針で作品収集を行う香川県の高松市美術館の牧野裕二学芸員にお話を伺いました。

牧野裕二学芸員。高松市美術館1階ロビーにて

聴覚の変化が視覚にも作用する体験型作品

高松市の中心部、8つの商店街で構成される総延長約2.7kmのアーケード街からすぐ近くに高松市美術館は位置しています。1階の天井高のあるロビーから展示室に目を向けると、常設展示室の前室に当たる、無料でアクセスできるスペースにその作品は設置されています。

《EARS WITH CHAIR(on the wall)》の体験方法を説明する牧野学芸員

1970年代にエレクトロニクスを利用したパフォーマンスで注目され、80年代半ばより「音」と「かたち」を結びつけたサウンド・オブジェを手がける藤本由紀夫(1950-)による、《EARS WITH CHAIR(on the wall)》。椅子に座って筒に耳をつけると、空気の振動が加わることで周囲の音が変化し、同時に風景の見え方が劇的に変化するという体験型の作品です。「オープンな場所に設置されているので、通りすがりの人が音を聞き、驚きながら楽しんでいる様子もよく見かけます」と牧野学芸員は話します。

「『ウサギの長い耳だと周囲の音がどのように聞こえるのだろう』という素朴な疑問をきっかけに生まれた作品です。いわゆる雨樋に使われるようなプラスチックのパイプと、藤本さんの好きなチェアを組み合わせています。パイプを耳にくっつけると、身の回りの音が驚くほど変化します。見ている風景は普段と同じなのに、異世界に誘われたような奇妙な感覚が生じるのではないでしょうか。音の聞こえ方やモノの見え方など、知覚の感じ方は人それぞれなのだという想像を促す作品だと私は思います。ぜひ当館で作品を体験していただきたいです」

同じ世界を生きているけど、見ているものやその見え方は人それぞれ。意見や視点の異なる人を責めたり拒絶したりしてしまうこともあるSNSやインターネットの世界に浸かりがちの現代人にこそ、30年前に生まれたこの作品の驚きが響いてくるのではないでしょうか。

パイプを耳にぴったりあてることで、目の前の世界と隔絶されたような感覚が味わえる

瀬戸内で盛り上がる現代アート

牧野学芸員に、高松市美術館の歴史や今後の展望について教えてもらいました。
「当館は1988年にこの場所に開館しました。前身は1949年に栗林公園に開館した高松美術館です。2000年前後から直島がアートの島として有名になり、2010年に瀬戸内芸術祭がスタートするなど、開館から30年経って、地域に美術が浸透してきていると実感します。商店街とも連携して、多くの方に足を運んでいただける企画を続けていきたいです」

1949年に栗林公園内に開館した高松美術館は、全国の公立美術館の先駆けとなる存在。バウハウスの創立者であるヴァルター・グロピウス(1883~1969)に師事した建築家の山口文象(1902~78)が設計を手がけた。

牧野学芸員が常設展示室で紹介してくれたのが平川恒太《Trinitite― サイパン島同胞臣節を全うす》(2013 年)。藤田嗣治の戦争画が同寸大で模写されているが、複数の黒のアクリル絵具で描かれているため、何が描かれているかは判然としない。長らくタブー視されてきた戦争画の歴史的経緯や現代人の戦争への距離感が表現されている。

20世紀美術史をたどる収蔵作品展

同館では、2023年9月30日より、令和5年度国立美術館巡回展「20世紀美術の冒険者たち—名作でたどる日本と西洋のアート」が開催されます(会期は11月19日まで)。
東京国立近代美術館所蔵の作品を軸とする構成に高松市美術館と熊本県立美術館の収蔵作品が加わり、本展でしか見られない美術館3館のコレクション展が実現します。入口で《EARS WITH CHAIR(on the wall)》を体験し、視覚のみではなく聴覚も含む感覚を研ぎ澄まして同展を楽しんでみてはいかがでしょうか。

【牧野学芸員による、推しポイント】

現代美術を専門とし、とくに音と結びついた表現に関心があるという牧野学芸員。個人的な推しも含めて、藤本由紀夫作品の特性を聞きました。
「藤本由紀夫は、身近にある日用品などのオブジェを組み合わせ、視覚や聴覚など知覚の変容を促す作品を制作しています。オブジェには最小限しか手を加えず、その手際は鮮やかでエレガント。その作品やインスタレーションには小さな驚きがそこかしこに潜みます。
鏡面ステンレス製のゴミ箱のシーソーのように触れる蓋の上に、ねじを巻いたオルゴールを載せる。オルゴールは音を奏でながらゴミ箱に落下していく——落下後も音はしばらく鳴り続ける——《MUSIC DUST BOX》という作品が個人的にも好きなのですが、オブジェへの作家の関与は最小限でありながら(あるいは最小限であるがゆえに)知覚の変容が最大限に引き出される点で、《EARS WITH CHAIR》も同様に、藤本さんの作品の特質がよく表れている一点だといえます」

音を使った美術が好きだという牧野学芸員ならでは、最後にこんなことも教えてくれました。
「高松市美術館の開館・閉館の音楽は、香川県をはじめごく一部の地域で産出される、叩くと高く澄んだ音の出る石・サヌカイトを用いて演奏されています。その音楽は、2018年に開館30周年を記念して、作曲家の三輪眞弘さんに作っていただいたもので、従来の開館・閉館音楽を一新するユニークな曲となっています。ぜひ聞きに、高松市美術館に遊びに来てください」

牧野裕二
まきのゆうじ


1973年、京都市生まれ。1995年より高松市美術館で学芸員として勤務。専門領域は近現代美術。これまでの担当企画展・イベントに「森村泰昌モリエンナーレ・まねぶ美術史」(2010)、「高松コンテンポラリーアート・アニュアル」(vol03/2013、vol04/2014、vol.06/2017、vol11/2022)、『村山知義の宇宙』(2012)、「坂本龍一―Playing the Piano Tribute to Shinro Ohtake」(2013)、「ヤノベケンジ シネマタイズ」(2016)、『起点としての80年代』(2018)、「三輪眞弘による高松市美術館開館30周年祝賀演奏会」(2018)、「中野裕介 / パラモデル展」(2021)など。

「香川の美術(工芸)」にフォーカスした常設展示室

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