2025.03.05

科学調査を用いた杉浦非水のポスター研究

中尾 優衣(国立アートリサーチセンター)

科学調査を用いた杉浦非水のポスター研究

 NCARの作品活用促進グループでは、活動の一環として、国立美術館の所蔵作品を対象とした科学調査を行っています。初年度となる2023年度は、国立工芸館が所蔵する杉浦非水によるポスターや原画、雑誌の表紙などのグラフィックデザイン11点を対象に調査を実施しました。調査対象の作品を所蔵する国立工芸館に加えて、国立西洋美術館、東京電機大学、明治大学の研究者がチームを組み、数日間にわたって蛍光X線分析装置、デジタルマイクロスコープ、紫外線励起蛍光像撮影による調査を共同で行いました。

科学調査の様子(2023年8月、国立西洋美術館にて)

 美術史の分野においては、とりわけグラフィックデザインの図像学的な研究が進んできました。一方で、グラフィックデザインの基本的な構成要素ともいえる色材分析の研究は、絵画や彫刻に比べるとほとんど例がありません。国立工芸館所蔵のコレクションはもちろんのこと、他の美術館で所蔵されている作品も含めて、杉浦非水の作品調査にこうした科学的な手法を用いるのは初めてのことです。その背景として、近年では可搬型の蛍光X線分析装置などを用いた非破壊かつ現地(オンサイト)での分析調査が文化財分野で広く普及していること、そして装置の高性能化に伴って、従来は検出が難しかった軽元素や微量元素を含めた幅広い組成の情報を得られるようになったことも大きな要因です。

      杉浦非水《三越呉服店 新館落成》1914年、国立工芸館蔵

 今回の共同研究では、印刷用のインキ、とりわけ金銀インキに着目した分析を行いました。現在も金色や銀色のインキを用いたポスターや本は日常的に見かけますが、その鮮やかな発色はグラフィックデザインに大きな効果を発揮します。調査の結果、金色のインキには真鍮粉が、銀色のインキにはアルミニウム粉が用いられていることがわかりました。

  • 金色の羽根 部分拡大
  • 金色の羽の顕微鏡写真

 当時のインキに関する文献に見られる色材の情報を、具体的な作品を通して比較・確認できるようになったことは大きな成果です。今後さらに別の方法による調査が必要ですが、石版と木版による色材の違いや、一口に金銀インキと言っても印刷方法にバリエーションがあることも見えてきました。グラフィックデザイナーや印刷会社が当時使用可能なインキや印刷方法から何を選び、どのように用いたのかという、グラフィック表現に直結する情報を得ることができたのです。

     天使の顔の顕微鏡写真(口の部分にアルミニウム粉の痕跡がみられる)

 調査結果の一部は、2024年の文化財保存修復学会第46回大会のポスター発表で公表し、さらに東京国立近代美術館の『研究紀要』第29号でより詳しい内容を公開予定です。今回は当時の印刷技術とグラフィック表現の関係性についての新知見を得ることができましたが、科学的な手法を採り入れることで、美術史研究に新たな方向性が拓かれることが期待されます。

中尾 優衣 
国立アートリサーチセンター

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