2024.12.01

NCARトーク002:オーストラリアにおけるアートシーンのいま:ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館のコレクションを中心に

NCARトーク002:オーストラリアにおけるアートシーンのいま:ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館のコレクションを中心に

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館外観(ナアラ・ヌラ・ビルディング) © ジェニ・カーター

はじめに

国立アートリサーチセンター(NCAR)は2024年11月22日に「NCARトーク002:オーストラリアにおけるアートシーンのいま:ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館のコレクションを中心に」を実施しました。NCARトーク・シリーズは、当センターの活動を身近に感じ、より深く知っていただくため、ゲストの方と比較的小規模でアットホームな環境で話を深める試みです。

NCARトーク002では、オーストラリアのシドニーにあるニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(AGNSW)よりシニア・キュレーターのニコラス・チェンバーズ氏をお招きしました。1871年に設立されたAGNSWは、先住民アボリジニやトレス海峡諸島民の美術、アジア美術のコレクションを有し、広範な地域を包摂する展示を行っています。本トークでは、美術館の歴史を振り返りながら、設立以来どのように多様な文化的背景を持つ作品が統合され、展示されてきたのかを、三つのケース・スタディに沿ってお話いただきました。  

NCARトーク002のようす(国立アートリサーチセンター大会議室にて)

ケース・スタディ1:ヴィクトリア朝美術に見る国際交流の歴史

ヴィクトリア朝美術を展示するグランド・コートは、イギリス植民地下の1897年に開設された最も古い展示室です。作品世界と建築要素が溶け合う空間はヴィクトリア朝時代の世界観を再現すると共に、古代ギリシャからイタリア、中東に至るまで植民地における交易の歴史を伝えています。さらに、新たに設置されたカメルーン出身の現代アーティスト、パスカル・マルティン・タイユーによるオブジェは、展示空間に多層的な場所や時間の感覚をもたらしました。北アフリカで収集された中東の陶器を積み上げて作られたオブジェは、アラブ世界からアフリカにまたがる植民地化と交流の物語を暗示し、過去と現在、ローカルとグローバルが交差する空間へと観る者を誘います。

ケース・スタディ2:キュビズムとインターナショナルなアートの展開

植民地時代の世界の認識はイギリスを中心に構築されてきましたが、20世紀初頭のモダニズムの到来は、それまで「イギリス以外」として捉えられてきた世界との交流をもたらしました。特に20世紀を代表する芸術運動、キュビズムは、異質なものが入り混じる交流の物語を伝えています。AGNSWでは、キュビズムを牽引した画家アンドレ・ロート(1885-1962)の下で学んだ、日本を含む世界各国の芸術家の作品を収蔵しています。世界中の文化を吸収しながら発展してきたキュビズムは、特定の文化的条件に縛られることなく、社会、文化、宗教の違いを越えて展開しました。多国籍なコレクションは、初期のモダンアートが表現の形式を変革しただけでなく、国際的な対話と交流の場として機能したことを示しています。

ケース・スタディ3:アボリジナル抽象絵画が示す物語 

オーストラリアのアボリジナル・アートでは、抽象表現と物語は切っても切り離せないものとして捉えられています。先住民アーティスト、エミリー・カーメ・ウングワレーをはじめとする多くの抽象作品には、川や砂漠の暗示など、ローカルな土地の記憶と結びついた物語が込められてきました。これまで表現スタイルの革新性が注目されてきた抽象芸術ですが、アボリジナル・アートは、表現スタイルの議論にとどまらず、その背後にある多様な解釈の可能性を明らかにします。これまでAGNSWでは、展示空間が生み出す多様な文脈の中で、抽象作品に込められた物語が捉え直され、探究されてきました。異なる地域や年代の作品を並置するインスタレーションは、ローカルな枠組みを超え、アボリジナル・アートを取り巻く国境を越えたつながりを浮き彫りにします。

まとめ

先住民の歴史と植民地化の記憶、グローバルな交流が交差するオーストラリアの美術史では、「私たち(自己)」と「彼ら/彼女ら(他者)」の境界が常に問い直されてきました。インターナショナルという言葉の通り、国境の「こちら側」と「向こう側」の狭間(インター)で展開してきた多様な芸術を、どのように捉え、展示に反映することができるのかという問いは、今日までAGNSWの取り組みを支えています。地理的区分や年代に沿って作品を展示するのではなく、時間軸を捉え直し、境界線を統合する取り組みは、異なる文化や歴史の狭間にある多様な物語を明らかにするでしょう。

今回のチェンバーズ氏の招聘は、1989年から続く「日豪学芸員交流プログラム」の一環として実現したものです。本プログラムを通して、これまで18名のオーストラリア人学芸員と17名の日本人学芸員(国立美術館研究員)が研修を行いました。NCARは本プログラムの実施調整を担っています。

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