2025.08.01

第5回NCARスタディ・ツアー(イギリス)活動レポート

第5回NCARスタディ・ツアー(イギリス)活動レポート

国立アートリサーチセンター(NCAR)は、海外の主要美術館・芸術機関とのネットワーク構築および日本の美術専門家・研究者の国際的視野の拡張を目的として、「第5回NCARスタディ・ツアー(イギリス)」を実施しました。本ツアーでは、ロンドン、マンチェスター、リバプールを訪問し、国公立美術館、大学附属美術館、国際芸術祭等多様な訪問先で、マネジメント陣やキュレーターとの闊達な意見交換および施設視察を行いました。

ロンドン:主要機関の動向を概観

ツアー前半はロンドンを拠点に、英国の中核的な文化機関を訪問しました。本ツアーの実施にあたってはブリティッシュ・カウンシルより特別協力をいただき、初日に同機関を訪問しました。英国の文化政策や国際文化交流、脱植民地的キュラトリアル実践に関するレクチャーを受け、現在のイギリスのアートシーンが直面している状況や課題について知るとともに、その後の各館訪問を考えるうえで重要な視点を得る機会となりました。続いて、それぞれ複数の企画展を開催中だったテート・ブリテンとテート・モダン、奈良美智の大規模回顧展を開催中だったヘイワード・ギャラリー、改修を終えたセインズベリー・ウィングを擁するナショナル・ギャラリーを訪問し、ディレクターやキュレーターから展示や運営の実践や課題について直接ヒアリングする機会を得たほか、V&Aサウス・ケンジントン本館ではリサーチ・アーカイブ部門の活動、日本のコレクション展示や修復工房を中心に視察し、研究・展示・保存を横断する実践を見学することが出来ました。

  • テート・モダンでの意見交換会
  • ナショナル・ギャラリーのライブラリー見学

V&A East / Storehouse:収蔵庫をひらく新しい美術館モデル

今回のツアーの大きな見どころの一つが、ロンドン東部に新設された「V&A East /Storehouse」の訪問です。同館長ガス・ケースリー=ヘイフォード氏の案内により、V&Aの収蔵作品を一般公開し、事前予約により誰もが間近で作品や資料を閲覧できるというサービスを提供する、新しい「見せる収蔵庫」を見学しました。
巨大なラックに収納されたオブジェクト群、ガラス越しに見学できる保存修復作業、地下の物流動線までを鑑賞者に見せる形で実現した施設設計は、「保存」と「公開」の両立を目指す先進的なモデルとして、参加者の高い関心を集めました。

マンチェスター・リバプール:国際芸術祭の現場

後半はロンドンを離れ、マンチェスターとリバプールを訪問しました。マンチェスター大学附属のウィットワース美術館では、ディレクター、イ・スッキョン氏の案内のもと、大学美術館としてのミッション、コレクション運営、市民連携の取り組みについて説明を受け、同館のコレクションを活用した「Turner: In Light and Shade」展とペルー・アマゾン地域の先住民画家を紹介する「Santiago Yahuarcani: The Beginning of Knowledge」展を鑑賞しました。同館の美術研究・教育と地域社会を結ぶ拠点としての役割は、日本の大学・公立美術館と社会との関係性を考えるうえでも多くの示唆を与えるものでした。
リバプールでは、市内に展示作品が点在するリバプール・ビエンナーレを自由視察し、都市全体を舞台とした国際芸術祭の運営と地域連携のあり方を体感しました。またツアー最終盤には、マンチェスター国際芸術祭(Manchester International Festival)を視察し、主催会場のAviva Studiosや地域の美術施設に展開された多くのコミッション作品の視察を通して、大規模国際芸術祭の制作体制や都市との協働モデルについて、実践的な知見を得る機会となりました。

今後も、NCARスタディ・ツアーの継続的な実施により、より多くの国内外の美術専門家同士が深く交流できる機会を創出し、日本のアートの国際的なプレゼンスの向上に寄与します。

参加者からの声(抜粋)

「最も印象的だったのは、イギリスの主要な各美術館の運営方針の中でライブラリー&アーカイブズ部門の位置づけや再編の動向を比較できた点である。(中略)独立行政法人国立美術館における当館の情報資料室事業の位置づけを客観的に見直す機会となったことは大きな収穫であり、誰もが利用できるアート・ライブラリーの強みを活かした活動方針を包摂的な視点から効果的に伝えることが大事だと感じた。」
(国立新美術館 伊村靖子)

「Tateキュレーターとのミーティングをきっかけに、ロンドン各地でアジアのクィア映像作品を紹介する映画祭「Queer East」のプログラム担当者をご紹介いただき、同映画祭が木下惠介作品に強い関心を寄せていることを知ることができた。さらに、今後の同映画祭での木下作品上映の可能性について議論を交わすことができた。また、滞在中に自由時間を活用して訪れたBFI(英国映画協会)のReuben Libraryでは、1978年にNational Film Theatre(現・BFI Southbank)で木下惠介作品が特集上映された際、監督本人がBFIに宛てて送った手紙を発見することができた。木下本人が国外での上映や受容に直接言及している資料は多くないため、非常に貴重であり、今後の展示に活用したいと考えている。」
(木下惠介記念館/浜松市鴨江アートセンター 稲垣知里)

「今回得られた知見は、私が現在取り組んでいる「鑑賞体験の質的分析」や「観客と作品との新たな関係構築」にも直接的に結びついている。特に、アジアではまだ十分に成熟していないと感じている「観客研究」や「美術館における持続可能な関与のあり方」に関して、英国の先行事例を参照しながら、自分の実践においてどのように鑑賞体験をより深く、かつ持続可能な形で設計できるのかを再考する契機となった。今後は、今回構築したネットワークを通じて継続的な意見交換を行い、自身の研究と実践の両面に活かしていきたいと考えている。」[美岡1.1]
(東京藝術大学大学院/インディペンデント・キュレーター金秋雨)

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