2025年3月7日、国立アートリサーチセンター(NCAR)主催、日本経済新聞社共催によるシンポジウム「美術館の持続可能な運営モデルとは? 寄附・寄贈の可能性」が日経カンファレンスルーム(東京都千代田区)にて開催された。
冒頭に片岡真実NCARセンター長がシンポジウムの開催に際して、日本の美術館における問題を提起した。国立美術館では諸外国の国立美術館と比較して職員数が極めて少なく、そもそも国公立美術館(全国美術館会議正会員を対象にした場合)が多い中で、国立美術館では主たる収入が公的資金になっており寄附をはじめ自己収入が寡少なことだ。今後の美術館運営を持続可能にするために、寄附や寄贈といった支援モデルについての情報共有の機会として本シンポジウムが開かれることになったと述べた。美術館が社会と接点を持って寄附や寄贈の可能性を意識する、考える時代を迎えようとしている。
シンポジウムの構成と登壇者は以下の通り(敬称略)。
〇イントロダクション「美術館運営の現状と課題について」
登壇者=山口俊浩(文化庁企画調整課 博物館振興室 建築資料調査官)、山内真理(公認会計士・税理士)
モデレーター=片岡真実(国立アートリサーチセンター長)
〇セッション1「美術館への民間支援」
登壇者=藤原誠(東京国立博物館長)、大林剛郎(株式会社大林組取締役会長・公益財団法人大林財団理事長・国際芸術祭「あいち」組織委員会会長)、廣安ゆきみ(READYFOR株式会社ファンドレイジング事業部文化部門長)
モデレーター=保坂健二朗(滋賀県立美術館ディレクター (館長) )
〇セッション2「美術館への作品寄贈」
登壇者=川谷承子(静岡県立美術館上席学芸員)、田口美和(タグチアートコレクション共同代表)、牧寛之(株式会社バッファロー代表取締役社長)
モデレーター=片岡真実
なお、セッションでは各登壇者による約10分の報告を踏まえてモデレーターとやりとりをしながら議論が行われた。本稿では、それぞれ冒頭に報告の要約を示しそれに続いて議論の模様をリポートする。
イントロダクション「美術館運営の現状と課題について」
- 報告1 制度と法への理解を――山口氏
- 報告2 納税者、税理士、美術館の連携を――山内氏
- 議論 寄附者側と美術館側のマッチング
セッション1「美術館への民間支援」
- 報告1 運営はあっても経営がない 経営企画室を創設――藤原氏
- 報告2 支援は日本を発信するチャンス――大林氏
- 報告3 ファンドレイジングは社会とのつながりづくりの一環――廣安氏
- 議論 日本スタイルのファンドレイジングの構築を
セッション2「美術館への作品寄贈」
- 報告1 美術館を支援する寄贈――川谷氏
- 報告2 収集作品を「貸し出す」 コレクションの重要性認知を――田口氏
- 報告3 キュレーター支援と寄贈のための購入――牧氏
- 議論 コレクションの解釈 情報の収集
モデレーターによるまとめ
- 持続可能を目指す美術館の姿とは
- マッチングギフトへの期待
- アートを支援するメリットは? 日本の今後の展望は?

イントロダクション「美術館運営の現状と課題について」

イントロダクションでは、美術館への寄附、寄贈における制度や税制について、文化庁の山口俊浩氏と公認会計士の山内真理氏から報告があった。
報告1 制度と法への理解を――山口氏
寄附をめぐる税制優遇に関して二つ紹介をしたい。「博物館等への寄附における税制優遇」と「文化庁の登録美術品制度」である。一つ目の博物館等への寄附における税制優遇には3つのパターンがある。①重要文化財を譲渡した場合、②美術品やお金を寄附した場合、③相続財産を贈与する場合だ。①・②の場合、個人・法人に対して所得控除や税の減免があり、③において相続税及びみなし譲渡所得税の免除を受けるためには、相続人自身による租税特別措置法70条と40条の申請が必要となる。二つ目の登録美術品制度は、主に個人が所蔵する美術品を美術館等へ寄託し、文化庁に登録することで、所蔵者の死亡時に生じる相続税の支払いを当該美術品で物納をしやすくする制度だ。文化庁、国税庁などのホームページで確認が可能だ。ケース・バイ・ケースで難解なところもあるが、まずはこのような制度が存在することを知ってほしい 。
投影資料_イントロダクション 文化庁 山口俊浩氏報告2 納税者、税理士、美術館の連携を――山内氏
寄附者は、税メリットに関心が高い。しかし、寄附や寄贈の税制は非常に複雑だ。個人では、寄附金控除や租税特別措置法の非課税の特例などで節税効果が期待できるが、所得水準によって効果が異なる。会社をはじめとする法人でも、所得水準によって経済効果が変わってくる。また、寄附・寄贈先となる美術館・博物館についても、その運営母体の法人の種類によって税メリットが異なる場合がある。これらの複雑な条件下においては、社会全体で法による税制度に対する理解が深まることが重要だ。 加えて、寄附や寄贈の意思のある個人や事業者の積極的な支援を後押しするよう、特に企業による寄附・寄贈のメリットが一層高まる制度設計が課題である。納税者、専門家、美術館等の連携がより進むこともやはり期待される。
投影資料_イントロダクション 公認会計士・税理士 山内真理氏議論 寄附者側と美術館側のマッチング
報告を踏まえて、モデレーターの片岡真実NCARセンター長より登録美術品制度の利用件数について問われると「平成11(1999)年から始まった登録美術品制度の申請状況はまだ100件に満たない。相続税は基本的に現金で納税しなければならない。他の資産との関わりでうまく物納という形で制度を活用できない場合もある」と山口氏。さらにモデレーターより登録美術品制度での寄託についてや、作品の寄附・寄贈に関する相談事例全般について質問があった。それに対しては、「登録美術品制度を利用してどこの美術館に寄託するかについて、個人の事情に合うよう相談にも応じている」(山口氏)、「コレクターが望む形の作品の寄贈・寄託の時期・方法などの選択肢をご提案している」(山内氏)と返答された。寄附者が納得して作品を選び、制度の利用による税メリットの有無を理解し、その上で美術館との適切なマッチングが求められる。
セッション1「美術館への民間支援」

セッション1では、美術館支援の現状とファンドレイジングについて、東京国立博物館(東博)の藤原誠氏、続いて株式会社大林組の大林剛郎氏、そしてREADYFOR株式会社(ファンドレイジングコンサルティング会社)の廣安ゆきみ氏から報告があった。
報告1 運営はあっても経営がない 経営企画室を創設――藤原氏
ターンニングポイントは、ロシアのウクライナ侵略を機に光熱費が値上がりしたことだ。博物館の厳しい財政状況について『文藝春秋』に寄稿したり、コレクションの修理費をクラウドファンディングによって支援していただいた。館の運営会議でわかってきたのは、運営はされていても、経済的活動を考慮した経営の概念が欠如していることだ。そこで、経営企画室を作ったほか、財政改革ということで賛助会員制度による寄附額を倍増させることができた。そのほか官公庁からの補助金獲得、企業との協定の締結、オフィシャルパートナー制度も設けて支援もしてもらっている。今後は、寄附や経営戦略による資金調達の割合を増大させるとともに、国からの運営費交付金はそれと同額の予算を要求することで全体予算の拡大を求めていきたい。
報告2 支援は日本を発信するチャンス――大林氏
海外の美術館の支援の枠組みに入ることで素晴らしい点の一つは、国際交流の良い機会であることだ。海外では日本の現代アートだけでなく、伝統的な文化にも関心が非常に高いことを会員との交流を通じて知った。パリポンピドゥー日本友の会を作ったきっかけも、日本人がパリのポンピドゥー・センターをあまり知らないという話をもらったため。日本人が寄附活動を通じて美術館を支援することで、日本のアーティストや美術館がグローバルにつながると考えている。欧米では、文化施設を支援する個人や企業への評価が高い。サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)日本人友の会を創設にあたっては、日本人がアメリカの美術館や文化人をサポートする姿勢も見せることが、アメリカにおける日本の存在感を高めることになればと思った。国内での支援も同様で、地域の文化施設へのサポートは、地域への貢献だけでなくそこで生まれる交流を通じて様々なことを学ぶチャンスだ。
報告3 ファンドレイジングは社会とのつながりづくりの一環――廣安氏
インターネット上で寄附を集めるクラウドファンディングは、コロナ禍以降社会に定着したと感じている。現在は資金の使途が多様化。さらに、打ち上げ花火的な単発の寄附集めではなく、より継続的な寄附集めに繋げる「最初の一手」として活用されるようになってきている。国立科学博物館ではクラファン終了後に、たくさん集まった支援者に科博への関心を維持していただくため、新たなサブスクリプション型寄附制度を導入した。また、毎年初夏の時期に日比谷公園で開催されている音楽のイベントでは、年中行事のようにクラファンを活用してもらう事例も出てきている。ファンドレイジングは、単なるお金集めではなく、パブリック・リレーションズ。社会とのつながりを作り出すものだ。自分たちの活動の根底を見つめなおし、目標や意義をわかりやすく言語化することで、共感してくれる支援者の可視化する手段だと感じている。
議論 日本スタイルのファンドレイジングの構築を
報告を踏まえてモデレーターの保坂健二朗氏からMET GALA註1のようなイベントの可能性についての見解が問われると、「昨年11月に、TOHAKU GALA を開催した。海外の美術館はファンドレイジングに積極的。日本の学芸員もファンドレイジングに関わってほしい」(藤原氏)、「今は、本当にユニークなものでないと生き残れないと思っている。国際芸術祭「あいち」は、ビジュアルアートとラーニング、もう1つはパフォーミングアーツという3本の柱を持ちながら、地域と芸術祭が一体となった非常にユニークな芸術祭。東博も他と違うファンドレイジングにチャレンジしていただけると世界に発信できるのではないか」(大林氏)とのコメントがあがった。一方、寄附のなかでも遺贈についての現状は?「美術館での遺贈に対する課題のひとつは、館の内部に税務や法務についての専門家がいないことだ。そこで弊社では、気軽に相談できる相談窓口を設けている」(廣安氏)とのこと。そのほか、海外の美術館では少額寄附も簡単にできる事例なども紹介された。インバウンドの増加、少子高齢化など、将来を見据え日本スタイルのファンドレイジングの構築が期待される。
註
1:米メトロポリタン美術館が年1回開催する資金調達のためのイベント
世界的スターやセレブが一堂に会する
セッション2「美術館への作品寄贈」

セッション2では、寄贈やコレクションの活用等による美術館の支援について、静岡県立美術館学芸員の川谷承子氏、続いてタグチアートコレクションの田口美和氏、そして株式会社バッファローの牧寛之氏から報告があった。
報告1 美術館を支援する寄贈――川谷氏
重要な使命の一つとしてコレクションを位置づけている当館では、幸運なことに美術館の意向を踏まえて協力をしてくれる地元出身のコレクター、太田正樹さんとの出会いがあった。太田さんのコレクションを展覧会のためにお借りする関係から始まり、そのうちに数点ずつご寄贈があった。最終的には館のコレクションを見渡しながら、必要と思われる作品を購入して寄贈していただくようになった。1960年から2017年頃に制作された作品と、美術史をたどる上で重要な作家で、特に当館で収蔵していない世代の作品は、寄贈によって埋めていただいた形。これによって1990年以降の美術の動向をたどり、紹介できるようになった。今後の課題は、収蔵スペースの確保と作品のコンディションの維持。そしてコレクションを解釈して有効活用できる人材を、有期雇用等ではなくきちんと育成していくことだ。
報告2 収集作品を「貸し出す」 コレクションの重要性認知を――田口氏
父の時代から収集しているコレクションを次世代へ継承するための方法として、タグチ現代芸術基金を立ち上げ、そこに作品を寄附した。その際、ドナー・アドバイズド・ファンド(作品運用の際のアドバイス権)を獲得して、コレクションに関わる形をとっている。タグチコレクションの主たる活動は、コレクションの貸し出し。地方で現代美術を見る機会を作りたいという想いから、各美術館への貸し出しはなるべく実現できるように取り組んでいる。地方の美術館でははじめての現代アートの展覧会という場合もあるが、各館の学芸員の方と相談しながらコレクションを研究して自由に展覧会を作ってもらっている。今後は、このような活動を通してコレクションがあることのメリット・意義を伝えつつ、公共財であるパブリックセクターのコレクションの重要性に対する社会認知を向上させたい。
報告3 キュレーター支援と寄贈のための購入――牧氏
自身の活動としては、アーティストではなくキュレーターを支援すること、寄贈することを前提として作品を購入していることである。例えば、京都大学におけるキュレトリアル寄附講座の設置や海外における日本のキュレーターのポジションづくりなどに取り組んでいる。これらは、フィランソロピーとしての活動だ。日本の美術館は、産業界・海外・一般社会から隔絶されていることが大きな課題。キュレーターは、経済人のパトロネージュにより、その隔絶の接続点になりうる。さらに、アートが社会実装される交差点となる場所が、パブリックミュージアムだと思っている。公共施設としてのミュージアムの永続のための活動を通して、もはや経済人はお金をいかに稼ぐかだけではなく、いかに意味のあることにお金を使うかを考える時代であることを示したい。
議論 コレクションの解釈 情報の収集
報告を踏まえてモデレーターの片岡真実NCARセンター長から、寄贈者と共にコレクションを作っていくことの意義について問われると、「作品が寄贈されるごとに、もともとあったコレクションに新しい解釈が生じ、提示できた。その流れで展覧会を行うと、集まった人とのコミュニケーションが更に生まれた」(川谷氏)との返答。寄贈側と美術館側のマッチングが重要視される中で静岡県立美術館のケースは理想的な事例であろう。コレクションや支援のポイントについては?「マーケットでの最新情報にも目を向けること。コレクションを通して構築された繋がりも重要」(田口氏)、「スペインのボルネミッサ美術館註2や香港のK11 MUSEA註3など海外のフィランソロピストなどを追いかけて行く」(牧氏)のように海外に目を向ける姿勢が示唆された。
註
2:ティッセン=ボルネミッサ男爵とそのファミリーのコレクションを基にスペイン国政府が設置
3:港最大手デベロッパーの新世界発展が運営する建築に多数のデザイナーが関わった買い物ができる美術館
モデレーターによるまとめ

持続可能を目指す美術館の姿とは
日本の美術館の多くが公立主体であることを鑑みて次のような見解が示された。「公共に資するという美術館は、美術館が市民の財産として位置づけられる。美術館が文化的アイデンティティとなりシビックプライドを形成するという意識を醸成することが求められる。」(片岡NCARセンター長)美術館が地域でしっかりと存在感を示し不可欠な存在となることが望まれる。地域振興に関連して「セッション1で上げられたSFMOMAでは、展覧会のみならずシンポジウムやワークショップなどを含めた、美術館の活動全体への共感に基づいた寄附が行われている。展覧会を行う美術館という存在が社会に対して何ができるかを打ち出す必要がある」(保坂氏)と述べられ、展覧会に限定しない寄附のありようも指摘された。同時に、支援の目的と対象を明確化することの重要性も明らかにされた。加えて「ダイバーシティ、インクルージョン、サステナビリティといった社会課題を視野に入れる必要がある。多様な収入源をねらうことも不可避だ」(片岡NCARセンター長)という状況からも、持続可能を目指す美術館の運営や経営は新たな方法論を構築してゆくことが必要不可欠と言えよう。
マッチングギフトへの期待
現在、日本ではアートを支援することのメリットが十分に認識されておらず、美術館からの情報提供も必要だ。「国公立の美術館は、寄附先として税制控除の対象になる。そのことをもっとアピールすべきだ。計算式も含めてホームページに記載している館もある。」(保坂氏)アート支援に前向きな企業に対しては社員と企業が共に支援をするシステムの検討が期待される。「例えばマッチングギフト、つまり個人の寄附額の相当額を会社も寄附する制度の認知度も高まってほしい。」(保坂氏)「オーストリアのフィリアスという団体では個人の篤志家にアート支援をしてもらう活動から始まり、さらにそれと同額を国の文化省が拠出する仕組みがある。」(片岡NCARセンター長)寄附者をさらに支える制度の導入も期待される。
アートを支援するメリットは? 日本の今後の展望は?
アートを支援することに対する価値観の変化も必要だ。「スイスでロダン展が開催された時、スポンサーのクレディ・スイスが世界中のプレスの前でパートナーシップを明言していた。かつ、実績を示すポートフォリオも持っていた。」(保坂氏)
アジアで先陣を切って美術館の設立をしてきた日本の今後は?「欧米との関係だけではなく、アジアの中の日本の位置づけを確認したい。コレクション、運営のあり方など日本の美術館には意義あるアセットがある。それを有効に活かしてゆくための議論を続けてゆきたい。」(片岡NCARセンター長)
美術館が存続発展するためのファンドレイジングなどのさまざまな取り組みを通じて、美術館の存在意義を一人でも多くの人々に示してゆくことが求められるだろう。
構成=河原啓子(博士(芸術学)・大学兼任講師・アートジャーナリスト)
写真©io