グループワーク

日程:
8月1日(月)
グループワーク:10:50~12:30、13:30~16:00
グループワークの成果発表:16:15~17:30
会場:
東京国立近代美術館 2、3、4階 展示室
発表:
小野+遊免、濱脇、田中、三澤、横山+寺島グループ
講評:長田謙一(ながた けんいち|名古屋芸術大学美術学部・同大学院 教授)
進行:吉澤菜摘(国立新美術館 アソシエイトフェロー)
西村+藤田、山田+乾、弘中、藤吉+渡邉、亀井+星グループ
講評:東良雅人(ひがしら まさひと|国立教育政策研究所 教育課程研究センター研究開発部 教育課程調査官(併)文部科学省初等中等教育局 教育課程課 教科調査官)
進行:牧口千夏(京都国立近代美術館 主任研究員)

概要

11年前に指導者研修がスタートしたときから、グループワークはこの研修の核です。今年も100名以上の受講者が10のグループに分かれ、東京国立近代美術館で展示中の所蔵作品を対象に、約4時間かけて鑑賞活動を行いました。この活動の目的は、児童・生徒のための鑑賞教育の検証にあります。しかし、いきなり雛型を作ってしまうのではなく、まずは指導者である受講者自身が実作品を前に鑑賞を体験することによって、子どもたちの内面に起こりうるさまざまな変化を想定しやすくしようとするものです。また、グループメンバーの考えに触れることで、鑑賞の多様性を認識し、それを共有することで広がる鑑賞教育の可能性を実感されたことと思います。
ワークのまとめとして、グループを五つずつに分けて、各作品の前で活動報告を行いました。ファシリテーターによるオリジナリティあふれる進行をベースに、受講者の個性が反映された発表から、充実した活動の様子がうかがわれます。
なお、今年は初めての試みとして、これまでどおりの小学校教員、中学校教員に加えて高等学校教員にも参加していただき、また、かつての受講者の再受講も可能としました。


総評

長田謙一(名古屋芸術大学美術学部・同大学院 教授)

子どもたちが、世界を自分の目で見て、思考や感性を働かせて自分で判断することに自信をもち、違う価値観の人ともコミュニケーションができる人間になっていく。それは自分らしく生きることであり、ほんとうの生きる力だと、私は考えています。しかし、それは容易ではなく、たくさんの見る型、約束事、記号などを学び、もういちど自分の見方に立ち返る必要があります。鑑賞教育の究極の目的とは、「芸術」と呼ばれる作品にかかわりながら、そうした力を獲得していくことでもあろうと思います。 その視点から見ても、みなさんのグループワークを通して、美術館と学校が連携する鑑賞教育が新しいステージに入ったと、つくづく実感しました。鑑賞教育の目論見は、じつに豊かで、かつ深いものです。また、歴史もあるわけですが、創意に満ちた活動を行ってきた多くの先生方がこの場に集い、議論を重ねたことで、さらなる広がりを生んだのでしょう。たいへん素晴らしいグループワークだったと思いました。

東良雅人(国立教育政策研究所 教育課程研究センター研究開発部 教育課程調査官(併)文部科学省初等中等教育局 教育課程課 教科調査官)

各グループワークの発表を見て、いずれも美術館のもつ特徴をうまく取り込んでいたと感じました。美術館を活用した鑑賞の活動では、子どもの学びを中心に置いて学校と美術館が各々の状況を共有しながら、美術館における鑑賞教育の機会であることを意識して、ふだんから連携できる仕組みをつくることが大切です。また、言語活動を活用した鑑賞の活動では、子どもたちが「言葉で表出しているから、感じている」だけではありません。もちろん、表出される造形を語る豊かな言葉は、子どもたちと外の世界をつなぐ役割を果たすでしょう。しかし、感じ取ることは心の中で起こることですから、言葉で表出していなくても感じたり考えたりしている子どももいることを、決して忘れてはいけません。このことは、美術館と学校が子どもを中心に鑑賞の活動を考えて連携することの重要性を示しています。 今後は、グループワークで得た横のつながりも活かしながら、受講者それぞれが、今日の成果を現場につなげていただきたいと期待しています。


小学生対象

小野+遊免グループ  発達によってどのように作品を選ぶか

ファシリテーター:
小野範子(おの のりこ|茅ヶ崎市立緑が浜小学校 教頭)
遊免寛子(ゆうめん ひろこ|兵庫県立美術館 学芸員)
受講者:
11名(小学校教諭9名、学芸員1名、指導主事1名)
課題作品:
「MOMATコレクション」展 展示室8「ゆらゆら動きます」より
中学年対象 パウル・クレー《花のテラス》(1937)
高学年対象 北代省三《自動車についての美学-2》(1958)、《自動車についての美学-3》(1958)、《自動車についての美学-4》(1958)
※ クリックで作品情報へリンク
グループワークの進め方
  1. 鑑賞教育の実践事例や自身が抱えている課題などの話題を交えながら、自己紹介
  2. 課題で多かった「子どもの発達を考えて、どのような作品を見せると効果的か」をテーマとし、「動き」にまつわる作品が並ぶ「展示室8」全体を使って考える
  3. 「鑑賞させたい」作品、「選びにくい」作品について、他者とその「なぜ」を共有
  4. 小学校中学年対象と高学年対象のチームに分かれ、子どもたちに対し、鑑賞を通して何を大事にするのかを対話によって考え、鑑賞させたい作品を選ぶ


  • 自己紹介しながら、課題を確認

  • 線や色の動きに注目しての議論

  • 日常のなかの美しさに着目した

グループワークを振り返って

展示室8は、20世紀美術を切り拓いた作家のエネルギーがマーブリングされたような空間。動きや音の世界から、さまざまな視点で対話が生まれると考えました。「子どもがイメージを豊かにする」ために、線や色の動きにどう着目させるか。また、「子どもが日常の美しさに目を向けられるようにする」ために、当時の新素材の質感や環境からどう切り込むか。グループの方たちが作品を絞っていくなかで、あらためて対話を重ねていくプロセスそのものが大事なのだと思いました。(小野範子)

平成20年度に受講者として参加して以来の指導者研修でした。今回は、鑑賞をさらに深めるための手立てや、発達段階に応じた作品の選定について考えました。鑑賞を深める表現を考えたチームでは、その結びつきを確認すべく、急遽、対話型のギャラリートークを行いました。鑑賞の内容と表現のアイデアとの隔たりに、一同愕然! 鑑賞から生まれるものを起点に考えることの重要性を、再認識するきっかけとなりました。学びと刺激に満ちた時間をごいっしょさせていただいた小野先生とグループのみなさんに、心から感謝いたします。(遊免寛子)

講評

鑑賞作品として、アメリカの高級車を撮影した北代省三の3枚の白黒写真を使い、小学校高学年を対象にしたとのこと。「動き」にちなんだ作品としての展示でしたが、それをさておいて、車の部分を撮影した写真を1枚ずつ見せること、そしてその順番を工夫したことで、子どもが写真そのものに興味をもつプロセスを大事にしたのは、結果的にとてもよかったと思います。3枚めを見て、はじめて自動車だとわかる。見え方が変わる。最後に、子どもたちも「動き」ということに思い至るプロセスが素晴らしかった。3枚が、高級アメ車のイメージポイントをアップで捕らえていることに気づくと、見方がさらに変わるはずです。(長田謙一)

西村+藤田グループ 鑑賞ゲームを開発しよう!

ファシリテーター:
西村德行(にしむら とくゆき|東京学芸大学 芸術・スポーツ科学系 美術・書道講座 准教授)
藤田覚(ふじた さとる|京都市立西京極西小学校 教諭)
受講者:
11名(小学校教頭1名、小学校教諭8名、学芸員1名、指導主事1名)
課題作品:
「「近代風景~人と景色、そのまにまに~ 奈良美智がえらぶMOMATコレクション」展より
※ クリックで作品情報へリンク
グループワークの進め方
  1. アートカードでカルタ遊びをしながら、自己紹介
  2. カルタ遊びで作成した「読み札」に対応すると思う作品を、ギャラリー(「近代風景~人と景色、そのまにまに~」展を開催中)から選ぶ。お互いにその理由を聞くなど、対話による鑑賞活動で見ることそのものを十分に味わう
  3. 学習指導要領を配布。その後、3チームに分かれて、子どもたちが「見る喜び」を感じられる鑑賞遊び(ゲーム)を作る
  4. 各チームが作った鑑賞遊び(ゲーム)を楽しみ、それぞれが考えた「見る喜び」とゲーム化の際の工夫などについて発表


  • 対話しながら、じっくりと作品鑑賞

  • 各チームでゲームを開発

  • 出来たてのゲームを実際に楽しんだ

グループワークを振り返って

西村+藤田グループでは、子どもたちが「見る喜び」を感じられる鑑賞遊び(ゲーム)を開発しました。子どもたちが「見る喜び」を感じるのはどのようなときなのか、チームごとに検討してもらい、それをもとにゲームを作成してもらったのです。どのチームも、「見る喜び」を感じる子どもたちの具体的な姿を想像しながら、工夫してゲームを作ってくださり、いずれも楽しいアイデアがいっぱい詰まったゲームとなりました。先生方、ありがとうございました!(西村德行)

美術館での鑑賞の醍醐味は、やはり本物との出合いであると思います。西村+藤田グループでは、鑑賞の視点を意識しながら楽しめる、または鑑賞の視点が活動のなかで生まれてくるようなゲームの開発を行いました。受講者のみなさんが話し合う過程からさまざまなアイデアが生まれ、表現活動を取り入れたものなど、計三つのゲームが開発されました。鑑賞方法のさらなる可能性と鑑賞教育の広がりが、確かに感じられる内容だったと思います。受講者のみなさん、西村先生、ありがとうございました。(藤田覚)

講評

ゲーム的な要素を用いながら、遊びが目的ではなく、遊びを通して「見る喜び」を身につけるという部分をとても大事にしていたと思いました。それは、作品を見つめることによって、子どもたちのなかに発見や気づきが生まれ、友達や周りの人々とのやりとりから、見方や感じ方が広がるということなのでしょう。子どもたちに「この絵には、何が描いてあるか」と聞くのか、「この絵の中に、どんな世界が広がっているのか」と聞くのか。子どもの実態に応じてゲームを選択できる点がよかったと感じました。(東良雅人)


中学生対象

濱脇グループ 手持ちの材料をじょうずに料理して……

ファシリテーター:
濱脇みどり(はまわき みどり|西東京市立青嵐中学校 教諭)
受講者:
11名(中学校教諭7名、養護学校教諭1名、学芸員3名)
課題作品:
海老原喜之助《姉妹ねむる》(1927)《ゲレンデ》(1930)《群がる雀》(c. 1935)《殉教者》(1951)《雨の日》(1963)
※ クリックで作品情報(画像あり)へリンク
グループワークの進め方
  1. アートカードでアイスブレイク
  2. 付箋と模造紙を使って、東良雅人氏の講演で印象に残った言葉と鑑賞教育について各自の課題を交流し、本研修の趣旨や目標とグループワークのテーマへのイメージをもつ
  3. 海老原喜之助《姉妹ねむる》を対象に、対話型鑑賞の体験と振り返り
  4. 3チームに分かれ、展示された海老原喜之助の全5作品から自由に対象作品を選んだり組み合わせたりして、中学生のための「よりよい鑑賞活動」を考案
  5. グループ内発表のあと、グループワーク全体の振り返り


  • 思いを交流し、笑顔がこぼれる

  • 「うちの子に合う活動は」と話し合う

  • 3チームすべてが独自の案を発表

グループワークを振り返って

今年は知名度の決して高くない海老原喜之助を取り上げ、地域の作品を生かした鑑賞活動の可能性を考えるワークを目指しました。鑑賞活動の具体的な方法について、各々に悩みをおもちだと事前アンケートからわかりましたが、東良雅人氏の講演の言葉と各自の悩みをシェアし合うなかで、その解決策がどんどん見えていきました。交流することで深められ、究められる。主体的であることや探求することの重要性は、大人も子どもも同じだと感じました。(濱脇みどり)

講評

海老原喜之助という作家に対し、2点の絵画を、あるいは3点、そして展示された5点すべてを使うというように、3チームそれぞれ違ったアプローチをしていました。時代による作者の変化への着目、子どもたちが作り出す多様な物語からの展開、カードを使って事前に作品についての議論を深めておく構築性。いずれも独自性があり、ひとりの作家から、これだけ多様な鑑賞方法が可能なのだということを教えてもらいました。欲をいえば、あえて海老原を選んだ理由が伝わると、さらによかったように思います。(長田謙一)

田中グループ 中学生の主体的な鑑賞を考える

ファシリテーター:
田中晃(たなか あきら|川越市立大東西中学校 教頭)
受講者:
10名(中学校教諭7名、学芸員3名)
課題作品:
川端龍子《慈悲光礼讃(朝・夕)》(1918)
※ クリックで作品情報へリンク
グループワークの進め方
  1. 見ることと表現することについて考える。アイスブレイク&自己紹介
  2. 鑑賞指導に関する各自の課題を短冊に書き、互いに共有する
  3. アートゲームの手法で「見る・考える」ことを体験。その活動を振り返り、効果と課題について考える
  4. 二人ペアによる鑑賞プログラムで、気づきと価値の創造を体験し、その活動から効果と課題について考える
  5. 全員で、川端龍子《慈悲光礼讃(朝・夕)》について対話による鑑賞を行う
  6. 中学生を対象とした鑑賞プログラムを作る


  • 二人ペアでの鑑賞で、より深く考える

  • 対話によって作品へのまなざしを共有

  • 「ねらい」を達成するプログラムを考える

グループワークを振り返って

中学生が鑑賞活動に興味をもち、楽しく学びながら、その資質や能力を伸ばしていくにはどうしたらよいか? 学校や美術館で常に模索していることを、同じ立場から、あるいは異なる立場から、ともに考え、それぞれを理解して向上させていくことは素晴らしいことです。グループワークでは、一人から複数へと枠を広げながら、対話を用いた鑑賞の体験によって新たな課題も発見することができ、私自身も有意義な時間でした。受講者のみなさまに感謝いたします。(田中晃)

講評

「光」という意味深なテーマのもと、明治から大正にかけての絵画が並んだ展示室。「光」に関わる子どもの感受性をどのように捉えるかというのは、かなりスリリングな課題だったと推察されます。しかし、展示室の一方に油絵があり、向かい側に日本画があることから、それぞれの光の扱い方の相違や絵具による違いに言及しながら、子どもたちがわくわくする仕掛けを考え出すことができたようです。表現技法、あるいは歴史的知識などを組み込んで、最終的に日本画への気づきを促すというのは面白いと思いました。(長田謙一)

山田+乾グループ 「鉄道」鉄に魅せられた作家たち

ファシリテーター:
山田一文(やまだ かずふみ|戸田市立新曽中学校 教頭)
乾茂樹(いぬい しげき|京都市立藤森中学校 教諭)
受講者:
10名(中学校教諭7名、学芸員2名、教育普及1名)
課題作品:
若林奮《2.5mの犬》(1968)《北方金属》(1966)など
※ クリックで作品情報へリンク
グループワークの進め方
  1. アートカードを使っての自己紹介
  2. 鑑賞指導の留意点について確認する
  3. 三つのチームに分かれて、若林奮らの作品を鑑賞。若林本人のこと、作品のことなどを学び、鉄のイメージについて語り合う
  4. チームごとに、作品を深く味わうための手立てを考える
  5. 考えた手立てや気がついたことを発表し、共有する


  • 小人数に分かれて鉄の作品を鑑賞

  • 作品に関する情報を共有する

  • 作品を囲んで聴衆と対峙した成果発表

グループワークを振り返って

「鉄道」は「てつみち」と読みます。若林奮らの、鉄に魅せられ、鉄と格闘した作家たちの「鉄道」をたどりながら鑑賞教育についての考えを深めようと思い、テーマを設定しました。今回のグループワークを通じて、彫刻家を狂わせるほどの鉄の魔力に、私も取り憑かれました。鑑賞教育の議論は、ややもすると鑑賞の方法論に陥ることがありますが、まずは指導者が感性を豊かに働かせて作品と対峙することが原点だと、あらためて実感したひとときでした。 (山田一文)

形や色彩は、私たちの生きる世界に立体として存在し、「彫刻」として把握することができます。彫刻の鑑賞は、視覚的、触覚的な印象を情報として結びつけ、作品が表す世界観を体現します。今回は鉄でできた作品に対して、作者の人間くささが残る手跡に注目し、その意図を身体的なスケール感と素材への直視で探りました。私たちの生きる立体空間世界を形や色彩で対峙することは、地球に立つ足の裏の知覚を再認識させるでしょう。それは、自己の存在の大きさを考えるきっかけとなり、私たちは生きている確かめを「美術」に見つけます。(乾茂樹)

講評

作品の素材である「鉄」をテーマとして、作品の素材や制作過程を実感させるための工夫を考えるというのが、ユニークでした。じつは、剥き出しの鉄に子どもたちが触れる機会は少なく、日常的に見ているものは、ほとんど加工されているものです。それならば、事前になんらかのかたちで鉄に触れさせ、鉄の量感を感じられるようにするというアイデアも可能でしょう。鑑賞教育に関して、ついつい美術館の中で完結させようと思ってしまいますが、美術館に来る前、来たあとまで含めて考えると、さらに効果的だろうと思いました。(東良雅人)

弘中グループ 《黒い花》から言葉を見つけよう

ファシリテーター:
弘中智子(ひろなか さとこ|板橋区立美術館 学芸員)
受講者:
10名(中学校教諭8名、特別支援学校教諭2名)
課題作品:
松本竣介《黒い花》(1940)
グループワークの進め方
  1. 自己紹介。ふだんの学校、美術館での鑑賞活動における、「よかった!」「悩んでいる!」を話す
  2. 松本竣介《黒い花》を一人で、続いて二人でじっくり見る
  3. 二人で組み、《黒い花》を見る中学生に対してかけたい言葉を考える
  4. 美術館の展示のことや学芸員の仕事を紹介するなど、模擬ギャラリートークでアイデアを共有する
  5. 松本竣介を解説し、松本が書いた詩「黒い花」を読む
  6. 《黒い花》の絵から詩を作る
  7. 美術館や学芸員を活用した鑑賞方法を考え、中学生の鑑賞に必要なこと、指導者にできることについて話し合う


  • 二人ずつ組んで作品を鑑賞

  • 模擬のギャラリートークを実践

  • 《黒い花》から詩を作り出す

グループワークを振り返って

中学生向けの鑑賞作品として、松本竣介の《黒い花》を選びました。この作品には、街を彩る人々、全体を覆う青い色、題名にもなっている「黒い花」など、考え、話し合うための面白い要素が複数あります。グループワークでは、生徒の姿を思い浮かべ、中学生にふさわしい鑑賞について意見を交わしました。美術作品を見たあとの展開として、今回は詩作を提案しましたが、今後は、美術の授業、美術館という場所の枠組みを超えた活動が展開できればと思いました。ありがとうございました。(弘中智子)

講評

「この青い絵が、どうして《黒い花》なのか」から始めて、絵画と言葉の関係を探らせよう、作品のタイトルから自分の言葉で表現させようという趣旨がよかったと思いました。また、美術館との連携についても、積極的に議論したようです。本来なら、鑑賞学習のねらいに応じて、それに適した作品を選ぶべきですが、美術館との連携のなかでは、限られた作品しか使えないケースもあります。では、その作品からどんなことができるのか、何を学べるのかを、鑑賞の視点の多様性から探ることが大切だと感じたことと思います。(東良雅人)

藤吉+渡邉グループ 美術鑑賞指導におけるICTの活用

ファシリテーター:
藤吉祐子(ふじよし ゆうこ|国立国際美術館 学芸課 主任研究員)
渡邉美香(わたなべ みか|大阪教育大学教育学部 准教授)
受講者:
10名(中学校教諭7名、高等学校教諭1名、学芸員2名)
課題作品:
福田平八郎《雨》(1953)
※ クリックで作品情報(画像あり)へリンク
グループワークの進め方
  1. 中学生の鑑賞指導で大切にしたいものを紹介しながら、自己紹介
  2. フィラデルフィアの美術館と学校が協同開発したICT教材の紹介
  3. 東京国立近代美術館ガイドスタッフと竹内栖鳳《雨霽(あまばれ)》(1907)を鑑賞
  4. 福田平八郎《雨》と川端龍子《新樹の曲》(1932)を鑑賞
  5. 「日本らしさ」をテーマに、中学校3年間を通した鑑賞活動の最後の1点として取り上げたい作品を、上記3点のうちから検討
  6. 2チームに分かれ、中学3年生の授業で《雨》を取り上げるために中学1、2年生で実施するべき授業内容と、《雨》を題材としたスライドの内容を検討。お互いの成果を共有


  • 車座になっての自己紹介から

  • ガイドスタッフとの対話を通して作品鑑賞

  • スライドの内容を熱心に検討

グループワークを振り返って

受講者が鑑賞実践の上級者であり、「美術館に行きにくいこと/来てもらいにくいこと」が課題であることを事前に把握していたので、美術館と学校との協同による中学校美術鑑賞指導におけるICTの活用と、中学校3年間を通した鑑賞活動をテーマとしました。各地での実践者が集ったからこそ、中学1、2年生の経験をもとに鑑賞するなら福田平八郎の《雨》と選定され、取り上げ方を検討する際にも幅広い意見を交換できたと思います。美術館での鑑賞以上の経験はないかもしれませんが、美術館との協同には、今回取り上げたICTの活用なども考えられると、知っていただける機会になっていれば幸いです。(藤吉祐子)

中学生が「日本らしさ」を理解するのは容易ではありませんが、3年生ならばぜひ挑戦させたいと受講者全員の意見が《雨》でまとまったとき、面白い教材ができそうな予感がしました。今回のワークでは、ICT教材の完成を目指すのではなく、美術館のさまざまな資源(作品/人/情報などの知的財産)を教育に取り入れる方法を考える契機としてのICTの活用を考えました。「3年間の美術教育のなかで日本文化に触れたことが、子どもたちの一生の財産になるような授業を」と、熱心に議論する受講者の姿があり、さらなる美術館と学校の連携による、鑑賞学習の今後の展開が楽しみとなる1日でした。(渡邉美香)

講評

情報技術が進展していくなかで、ICTはますます活用されていくはずです。その半面、実際に作品と出合い、実物を前にして感覚を働かせるということを疎かにしてしまわないような使い方を考えていく必要もあるでしょう。美術館まで生徒を連れていける機会が少ないという地域的な事情なども踏まえ、その点は、受講者のみなさんも十分に議論していたようです。また、日本文化に触れる機会として、子どもたちが日々生活しているその地域性を生かした鑑賞活動と結びつけられたら面白いのではないかと思いました。(東良雅人)


高校生対象

三澤グループ  造形的な視点から作品を批評する

ファシリテーター:
三澤一実(みさわ かずみ|武蔵野美術大学教職課程研究室 教授)
受講者:
9名(高等学校教諭7名、学芸員2名)
課題作品:
萬鉄五郎《裸体美人》(1912)
※ クリックで作品情報(画像あり)へリンク
グループワークの進め方
  1. 近現代絵画が多数展示された「展示室1」から作品を1点選び、作品に関連づけて自己紹介
  2. 模造紙をワークシートとし、萬鉄五郎《裸体美人》を見て、作品から読み取れる「事実」を左半分に書き出す
  3. 2.の書き出しを吟味し、作品から受け取った「印象」を同じく右半分に書き出す
  4. 作品鑑賞から生まれたいくつかの疑問について考え、話し合う
  5. 制作年や作者の年齢、モデルなどに関する「事実」を情報として知る
  6. 知りえた情報も踏まえ、作品について批評をする


  • 作品そのものに現れた事実を書き出していく

  • ワークシートを囲んで話し合う

  • 各々が意見を発表し、シェアする

グループワークを振り返って

グループワークの冒頭で、萬鉄五郎の《裸体美人》を高校生にどのような視点で鑑賞をさせるか質問した際、作者の心情や主題に視点を当てる考え方と、表現の特徴に視点を当てる考え方とに分かれました。そこで、作者の主題と表現の技法は関連しているとの考えから、作品の造形要素に着目し、主題を探り、その過程を通して表現法の必然性を考えてみようと試みました。全体を通して、対話をしながら事実と印象に分けるプロセスによって、鑑賞が深まっていく姿が印象的でした。(三澤一実)

講評

特定の作品を見て、1枚の紙の半分に事実を、もう半分に印象を書き上げていって対話の材料にし、その対話から、さらに鑑賞の内容を充実させる。そして、その充実をもとに、少しの情報から、美術館が作った解説の実際に迫っていくということが実践されていました。湧き上がった疑問について調べたり意見交換したりすることが、さらに次の疑問につながり、議論の深まりを作り出していきます。中学生が批評家や研究者である必要はありませんが、批評や研究の契機ともなる可能性をはらんだ、とてもよい鑑賞教育のシステムだと思います。(長田謙一)

横山+寺島グループ 「耳」を見る、さわる、考える

ファシリテーター:
横山佐紀(よこやま さき|国立西洋美術館 学芸課 主任研究員)
寺島洋子(てらしま ようこ|国立西洋美術館 学芸課 主任研究員)
受講者:
10名(高等学校教諭7名、学芸員3名)
課題作品:
三木富雄《EAR》(1965)
※ クリックで作品情報へリンク
グループワークの進め方
  1. アートカードを用いた自己紹介
  2. 三木富雄《EAR》をじっくりと見て、気になったところ、感じたことを全員で話し合う
  3. 全員の左耳をポラロイドカメラで撮影し、12枚の耳の写真を見比べ、作品《EAR》の耳とも比較する
  4. 自分の左耳の手ざわりを確認したあと、手袋をして作品にさわってみる
  5. 二人ペアになり、さわった感想や考えたことを話し合い、付箋に書いて並べる
  6. 「この作品を使って、高校生とどのようなことができるか」を3チームに分かれて話し合い、模造紙に構想をまとめて発表する


  • 全員の耳の写真を並べて見比べる

  • 手袋をし、実際に作品を触察する

  • チームに分かれて鑑賞プランづくり

グループワークを振り返って

取り上げる作品を1点に絞り、ひたすら「耳」を味わい、咀嚼する1日を過ごしました。最後には三つのユニークなプランが出揃いましたが、その内容以上に刺激的だったのは、受講者同士がディスカッションを重ねていくなかで、作品を鑑賞した先の到達点としての「多様性」や「自己理解・他者理解」を意識していたことです。「作品をじっくり見ることで、私たちはどこに至るのか」といった、基本的かつ重要な問題をあらためて考える機会となりました。(横山佐紀)

専門性への興味が増す年ごろとはいえ、やはり多くの高校生にとって、鑑賞こそが生涯にわたって美術と接することができる機会といえます。その意味において、小・中・高の各学校と美術館で共有すべきものがあることを確認することができました。また、高等学校の美術が現在、どのような状況にあるかを知る貴重な機会にもなりました。本研修を通して、これら4者の連携がさらに進むことを期待しています。(寺島洋子)

講評

「謎に満ちた巨大な耳」の作品に対し、三つのチームが異なったアプローチを試みていましたが、いずれも高校生のなかに面白い謎を残すことに成功するだろうと思いました。《EAR》という作品の面白さに気づく重要なアプローチとは、たとえば、「なぜ、耳がこれほど大きくなければいけないのか」「なぜ、左耳が引きちぎられているのか」などの、素直な疑問に真面目に向き合うということなのでしょう。それによって、作者の意図に近づけるのかもしれません。なかでも、自分の耳の写真を使ったカードで名刺交換するというアイデアは、傑作だと思いました。(長田謙一)

亀井+星グループ 感じ取り、味わう鑑賞へ向けて

ファシリテーター:
亀井愛(かめい あい|三井記念美術館 教育普及担当)
星博人(ほし ひろと|福島県立保原高等学校 教頭)
受講者:
10名(高等学校教諭6名、学芸員4名)
課題作品:
川端龍子《新樹の曲》(1932)
※ クリックで作品情報へリンク
グループワークの進め方
  1. 鑑賞について、日ごろ思っている課題を発表しながら、自己紹介
  2. 持ち寄った「写真」を使って、鑑賞と観賞の違いを知るウォーミングアップ活動
  3. 川端龍子《新樹の曲》を見て、事実(客観)と印象(主観)を書き出すグループ活動を行い、その内容を全体で共有
  4. 《新樹の曲》の解説文を読み、印象の変化などについて全体の話し合いで共有
  5. 川端龍子自身が記した文章を読み、作品をもとに考えたことを全体の話し合いで共有
  6. 高校生にとっての鑑賞で大切にしたいことを3チームに分かれて話し合い、発表して全体で共有


  • 作品の事実と印象を書き出す活動

  • 作品に関する作者自身の文章を読む

  • 鑑賞で大切なことを発表し合う

グループワークを振り返って

「鑑賞の授業を思うように組み立てることができない」(高等学校)、「小中学生に比べて、高校生の鑑賞に取り組む機会がなかなかない」(美術館)。そんな課題意識をもっていた私たちのグループでは、目で"見て"、言葉にし、共有することを繰り返して、鑑賞について考え、作品に迫りました。一つの作品と徹底して向き合い、作者自身の言葉を通して理解を深めていく作業によって、「高校生に必要な鑑賞とは?」について話し合うことができたのではないでしょうか。星先生とグループのみなさんへの感謝とともに、今後の各地でのご活躍をお祈り申し上げます。(亀井愛)

自己の美意識や価値観を形成する高校時代において、人の生き方に関わることはとても大切といわれております。「見ること」から「作者の言葉」までをもとに鑑賞した今回の作品は、家族愛や子を失った悲しみなどが感じられ、とても豊かな解釈ができました。一方、高校生の主体的な鑑賞へ向けた課題にどう手立てを講じるかなど、参加された先生や学芸員の方とともに考えることができました。また、亀井さんの細やかな運営の配慮、対話しやすい雰囲気づくりについて、多くのことを学ばせていただきました。(星博人)

講評

一つの作品について鑑賞を深めることも大切ですが、たとえば、「日本画が並んだ展示室なら、そこで何ができるか」といった広い視点をもつことも可能でしょう。その場合は、学芸員と先生の連携が、なおさら必要になるのだろうと思います。発表のなかの「生徒は答えを待っている」という発言が印象的でした。鑑賞の活動は、定まった価値を学ぶだけの活動ではなく、子どもたちのなかに新しい意味や価値を生み出す創造的な活動です。自分の価値観と子どもたちに伝えることとを先生自身で整理する必要性を、あらためて感じました。(東良雅人)