講演・事例発表
講演
子どもたちが造形的な視点を豊かに持つことや、自分の中に新しい意味や価値をつくりだすことの大切さ
- 日程:
- 8月1日(月)9:50~10:40
- 会場:
- 東京国立近代美術館 地下1階講堂
- 講師:
- 東良雅人(ひがしら まさひと|国立教育政策研究所 教育課程研究センター研究開発部 教育課程調査官(併)文部科学省初等中等教育局 教育課程課 教科調査官)
- 講演要旨:
- 東良氏の講演では、多くの図や表を使ったスライドと、実際の美術鑑賞現場の映像などを用いながら、次期学習指導要領の現時点での方針と、鑑賞教育の課題と現状、目標について語られました。下記は、東良氏の講演を大幅に要約、再構成したものです。(編集部)
* * *
現在、中央教育審議会では、学習指導要領の改訂に向けた議論が進んでいます。今回の改訂の理念のなかに、「社会に開かれた教育課程」ということがあります。これは、よりよい学校教育を通じてよりよい社会をつくるという目標を、教育課程を介して社会と共有していくことなどを目指したものであり、これまで多様な視点から次期学習指導要領についてさまざまな議論が行われてきました。
中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会の芸術ワーキンググループにおいては、図画工作科、美術科、芸術科(美術、工芸)の成果と課題について「感性や想像力などを豊かに働かせて思考・判断し、表現したり鑑賞したりするなどの資質・能力を相互に関連させながら育成することや、主体的で創造的な学習活動の充実が求められている」ということが提言されています。ここでいう「主体的で創造的な学習活動」とは、表現活動のみならず、自分の中で価値をつくりだすことを目指した鑑賞活動も含まれているといえます。
今年度の「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修」は、高等学校の先生方が参加されることになりました。これまで義務教育が中心であった指導者研修ですが、初等中等教育の連続性のなかで鑑賞教育を考える貴重な機会を得ることができました。今回の研修を通して、ぜひこれからの美術教育の在り方を視野に入れていただき、学校段階の連続性を考えて、グループワークをはじめ、さまざまな活動に取り組んでいただきたいと思います。
鑑賞の活動を通した学びは、単に学校や美術館の中の対話だけで終わるのではなく、鑑賞後に子どもたちの対話が生まれるということが大切だと思います。また、活動を通して一人ひとりが造形的な視点をもてるように、作品などを介して形や色、イメージなどと豊かに関われるようにすることが求められます。
造形的な視点を豊かにすることは、形や色などの視点から自分の生き方、ものやものごとを見つめることにもつながります。私たちの生活は、形や色などの働きが組み込まれており、そのなかで私たちは生きています。しかし、感じ取る力や造形的な視点が豊かでなければ、身の回りに自分としての意味や価値があることになかなか気づかないものです。
対象や事象を、造形的な視点で捉えることは、自分としての意味や価値をつくりだすことにつながり、そのことがより作品鑑賞を深め、感性を豊かにし、そこから「ひと」や「もの」や「ものごと」とつながりをつくっていきます。それは、単に作品の定まった価値や過去の文化芸術を学ぶだけではなく、作品のもつ背景や作者の心情、表現の意図に気づくことや、鑑賞という文化芸術活動を通して、将来は自分たちの手で文化芸術を継承し、発展させていこうという思いにつながることになるのだと思います。
鑑賞の活動を通して、造形的な視点をもち、生活・他者・自己・社会・文化と関わることが、創造性や感性、文化理解を育み、豊かな情操の育成につながるのではないしょうか。みなさんは、これからの鑑賞教育の充実のための指導者として、子どもたちが造形的な視点を豊かにもつことや、自分の中に新しい意味や価値をつくりだすことの大切さをかみしめながら、子どもたちの心身が成長する発達の段階のなかでどういった鑑賞教育が可能かを考え、実践していただきたいと思います。
* * *
講師略歴:昭和62年に京都市立の公立中学校の美術科教諭として赴任。その後、京都市の公立小学校図画工作の専科を担当。平成14年から平成23年3月まで京都市の教育委員会で指導主事を務める。平成23年4月より現職。
社会の中の鑑賞教育
- 日程:
- 8月2日(火)15:15~16:05
- 会場:
- 国立新美術館 3階講堂
- 講師:
- 神野真吾(じんの しんご|千葉大学教育学部 准教授)
- 講演要旨:
- 神野氏の講演では、大学の研究室が、美術館、学校、市民団体、アーティストらと協働して行っている「千葉アートネットワーク・プロジェクト(WiCAN)」の活動や理念を紹介しながら、芸術と社会の関わりについて語られました。下記は、神野氏の講演を大幅に要約、再構成したものです。(編集部)
* * *
美術にとって、いまの時代のいちばんの問題は、社会とどのように接続するのかということだと思います。
現在の社会では、新しいものを生み出しにくく、かつ多様な存在を許さない不寛容さが進んでいます。一方、美術には、「個」を前提とした創造性と表現行為、それを実現する際の「共」の視点を育む大きな可能性があります。美術や図工が目指すべきなのは、感性と知性の高次の調整能力ではないか、ということです。現代美術家のヨーゼフ・ボイスが、社会に創造的に関わることで社会を変えていく行為を「社会彫刻」と呼び、だから万人が芸術家であり、芸術の価値とは創造力だと語ったことは、非常に示唆的だと思います。
私は、社会学者をはじめとする他領域の研究者と「社会と芸術」の関係について考えるフォーラムを運営していますが、そのなかで芸術の世界における「搾取」について議論した回がありました。いま、ほとんどのアーティストは、最低限の生活すら危ぶまれるような不安定な経済状況にあります。では、どこかで搾取されているのかというと、そうではない。端的にいえば、芸術の領域に流れてくるお金の総量が少なすぎるというのが現実なのです。芸術の価値が、経済的に正当に評価されていないか、実際にその程度の価値しかないのか、そのどちらかということになります。
「芸術は、芸術であること自体で価値がある」では、その価値が認知されることはありません。価値が社会に認知されていないのならば、現況の貧困は当然のことでしょう。そして、美術教育も、同じ状況のように思われます。「美術の授業時間が少なすぎる」という現状への批判的立場に立つのならば、美術教育によって育むことのできる能力を具体的に示し、そのための効果的な手法を確立し、社会の中での美術/アートの具体的機能を語っていくべきなのです。
社会における美術/アートの機能について考える手がかりとして、私が提唱している「創造性のサイクル(WiCANサイクル)」を紹介します。これは、個の創造的な表現行為が生まれるプロセスのモデルです。与えられた環境の中で個人が何かを創造的に行う際には、「感じる→深める→考える→価値づける→構造化する→アクション」のプロセスを経ていることを、さまざまなアーティストの創造過程や学習科学から導き出したものです。このプロセスを自身が生み出すことができるようになることが、美術/アートの教育の最も大きな社会的価値だといえるのではないかと考えています。
もちろん、このサイクルは、ひとりの中でいくつも同時並行で進んでいくこともあるでしょうし、プロセスを経て更新された自分が、新鮮に世界を眺め、「感じる」から始まる新しいサイクルに入っていく持続性も説明しています。既定の型に沿った再生産ではなく、個人が周囲の環境や世界から何かを感じ、それを読み解き、行動選択へとつなげていくことこそが創造的だといえ、そのプロセスを学ぶ最適な科目が、美術や図工だといえます。このサイクルを制作活動に当てはめ、導入部分(感じる~深める)に鑑賞活動を充てることもできるでしょうし、見て感じたことを深め、最終的に自分が決めたその解釈を他者に伝えるという鑑賞活動そのものも、このサイクルで説明できます。
さて、鑑賞活動には、大きく二つの側面があると思います。一つは作品を自分の眼で見て、価値づけし、それを誰かに伝えようとすること。もう一つは、作品の広く共有されているよさを楽しみ、味わうことの学びです。21世紀型スキルとして求められているのは、前者の主体的に価値づけをする能力としての鑑賞活動だと思います。後者についていえば、色や形といった造形的な要素だけでなく、文化的な背景やさまざまな価値観を知ることが幅広い文化理解、他者理解へとつながり、結果として寛容性を育んでいきます。新たな創造を生み、それが受け入れられる社会を可能にする重要な条件のひとつは、この「寛容性」です。
いまや、美術が、閉じた「アートワールド」の中だけで完結することは許されなくなっています。社会の中に生きる「私」が、自分なりの意味を構築していく、他文化を理解できるようになる、新しい情報を得て世界の見え方が変わるといったことが求められています。また、一方的な指導ではなく、先生方と子どもたちが新しい発想を相互に交換し合える状況を作っていくことが、今後の鑑賞教育の鍵になり、創造的な社会を作っていくことにもつながっていくのではないかと思います。
* * *
講師略歴:1993年東京藝術大学大学院修了、東京大学社会情報研究所(現情報学環)研究生を経て、1995年より山梨県立美術館学芸員として「現代美術百貨展」(2000年)、「新版日本の美術」展(2002年)などの現代美術展を企画。2006年より現職。WiCAN(千葉アートネットワーク・プロジェクト)を主宰。
事例発表
- 日程:
- 8月2日(火)10:00~11:50
- 会場:
- 国立新美術館 3階講堂
- 発表:
- 感じて考える鑑賞を目指して〜美術館や作品などを活用した鑑賞の実践〜
- 森實祐里(もりみ ゆうり|札幌市星置東小学校 教諭)
- 生きてはたらく美術のチカラ〜中ハシ克シゲ展 in 小湊中学校の取り組みから〜
- 高安弘大(たかやす ひろとも|青森県平内町立小湊中学校 教諭)
- 「鑑賞教育推進事業」2003-2016
- 山根佳奈(やまね かな|千葉市美術館 学芸員)
- 発表要旨:
- 今年度は、「事例発表」というタイトルで、小学校教諭、中学校教諭、美術館学芸員といった三者の立場から、鑑賞教育の現場についての報告がなされました。
森實さんからは、小学校の各学年に応じた鑑賞教育の事例が多数紹介されました。
たとえば、小学校から徒歩5分のところにある彫刻美術館と連携しながら、彫刻への理解を深めていく小学2年生の事例。はじめは裸体彫刻を茶化したり大きな彫刻作品に驚いたりしていただけの子どもたちが、自らどんどん積極的に彫刻と関わろうとしていきます。彫刻を真似た造形を作り、彫刻から言葉を生み出し、さらには彫刻と自分がいっしょにいる絵を自由に描いて、彫刻に見せにいくようになります。ついには下級生に作品をガイドするほどにもなった子どもの成長ぶりをともに喜び、協力的だった美術館の方々にも感謝しているそうです。
ほかにも、美術館に行く代わりに、作品レプリカを使い、教室で行った鑑賞教育の例なども紹介されました。
また、お気に入りの石を見つけてきて、その石を入れるための箱に独自の彩色をするという「とっておきの石」という小学3年生の実践では、制作後の対話がいつまでも活発に繰り広げられたといいます。その後、学習課題の到達度を示す「ルーブリック」という指標を用い、授業を俯瞰して鑑賞能力について分析した成果は、今後の鑑賞を考えるうえでの有効な提案となっていました。
高安さんからの報告では、中学1年生が、校舎内で現代美術家の中ハシ克シゲさんの作品展示を行い、その後も作家から託された作品を社会的場面で生かしていく過程が紹介されました。現役の美術家や青森県立美術館との連携、地域社会との協働から、「生きてはたらく美術」を実感できる授業づくりになったといいます。
中ハシさんの作品は、写真を貼り合わせて実物大のゼロ戦の形にするという、やわらかい立体作品で、生徒にとっては美術作品の多様さ、さらには戦争についても考えるきっかけになりました。あらかじめ展示計画を練っていたにもかかわらず、中ハシさんから「学校でしかできない展示を考えなさい」と諭されたり、自主的に地元の祭りや文化祭での展示発表をしたりしながら、創造性や積極性を発揮する生徒の姿が印象的でした。
最後の山根さんの発表は、学校と美術館が協力して進めるべく、2003年から千葉市で始まった「鑑賞教育推進事業」について、学芸員の立場から行われました。この事業は発足当時から、遠隔地の学校を対象に送迎バスを用意したり、教職員に対する研修を実施したりしています。いくつかの不利な条件の下、試行錯誤しながら受け入れ態勢を徐々に整備。「子どもの日常につながる鑑賞」などをテーマに設定して、小中学生を対象にグループ鑑賞を行ってきました。現在は、ボランティアによる「鑑賞リーダー」と呼ばれる方々とともに、鑑賞教育のメソッドを確立しつつあるそうです。
今後の課題は、学校が主体的に美術館を活用したいと思えるための工夫、事前学習の仕組みづくりなどであり、授業での来館をきっかけに、美術館を活用してもらえるようになってくれるのが望ましいと語りました。
小学校、中学校での鑑賞教育についての発表は、いずれも子どもたちとのやりとりや経緯の説明が具体的で、大いに受講者の参考になったようです。美術館の受け入れ態勢に対する関心も高く、それぞれ発表後の質疑応答も活発に行われました。(編集部)