講演
「学習指導要領の改訂から鑑賞教育について考える 生活や社会と豊かに関わる資質・能力を育むために」
- 講師:
- 東良雅人(ひがしら まさひと | 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官(併)国立教育政策研究所 教育課程研究センター研究開発部 教育課程調査官)
- 講師略歴:
- 1987年に京都市立の中学校の美術科教諭として赴任。その後、京都市の公立小学校図画工作の専科を担当。2002年から2011年3月まで京都市の教育委員会で指導主事を務める。2011年4月より現職。
講演要旨:以下は東良氏の講演を大幅に要約、再構成したものです(編集部)。
「社会に開かれた教育課程」の実現
今年の3月31日、小学校図画工作科、中学校美術科の新しい学習指導要領が公示されました。今日はこれから、この後のグループワークに臨むみなさんのご参考になるように配慮しつつ、今回の改訂の方向性から考えた鑑賞教育についてお話ししたいと思います。
今回の改訂の大きな柱のひとつが「社会に開かれた教育課程」の実現です。これは、よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を学校と社会が共有し、それぞれの学校において、必要な教育内容をどのように学び、どのような資質・能力を身につけられるようにするのかを明確にしながら、社会との連携・協働によりその実現を図っていこうということを目指しています。
今回の改訂の方向性について議論した中央教育審議会の答申では、これからの教育課程の理念の中で以下の「社会に開かれた教育課程」についての3つの観点が示されています。
- 社会や世界の状況を幅広く視野に入れ、よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を持ち、教育課程を介してその目標を社会と共有していくこと
- 子供たちが社会や世界に向き合い関わり合い、自分の人生を切り拓いていくために求められる資質・能力とは何かを、教育課程において明確化し育んでいく
- 学校教育を学校内に閉じずに、その目指すところを社会と共有・連携しながら実現させること
そして、これらの実現を目指し、新しい時代に必要となる資質・能力と学習評価の充実を目指して以下の3つの柱で整理を行ないました。
- 何を理解しているか・何ができるか(知識・技能)
- どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びに向かう力)
- 理解していること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等)
「学びの地図」としての枠組みづくりと、各学校における創意工夫の活性化
また、答申では学習指導要領が子どもたちにとっての「学びの地図」としての役割を果たしていくことが重要であるとされています。今後は、これまで以上に教育課程全体を見渡し、他教科から見ても、図画工作科や美術科、芸術科が何を身につけさせる教科なのかを明確にしていくことが大事だと思います。
図画工作科や美術科、芸術科(美術、工芸)における学習は、学校教育のなかで子どもたちに何を育み、どのような役割を果たしていくのかということを関係者のなかだけで語るのではなく、学校教育というもっと広い視野に立って教科・科目としての役割を明確にしていくことが求められています。
各教科・科目等の内容の見直し
中央教育審議会に設置された芸術ワーキンググループでは、図画工作科、美術科、芸術科(美術、工芸)における今後の教育の在り方についての議論を通して、以下の点についての更なる充実を求めています。
- 思考・判断し、表現したり鑑賞したりする資質・能力を相互に関連させながら育成すること
- 生活を美しく豊かにする造形や美術の働き、美術文化についての理解を深め生活や社会と豊かに関わる態度を育成すること
これらの課題を受け、各教科・科目等の内容の見直しとして、以下3点の改訂の方向性が示されました。
- 感性や想像力等を働かせて、表現したり鑑賞したりする資質・能力を相互に関連させながら育成できるよう、内容の改善を図る
- 生活を美しく豊かにする造形や美術の働き、美術文化についての理解を深める学習の充実を図る
- 高等学校芸術科(美術、工芸)において表現と鑑賞の学習に共通に必要となる資質・能力を〔共通事項〕として示す
これらの改訂の方向性を受けて、小学校図画工作科、中学校美術科については改訂を行ない、先ほど申しましたように新しい学習指導要領を公示しました。高等学校の学習指導要領については、現在改訂の作業が進められているところです。
今回の改訂において重要なことは、これらの改訂の背景を知った上で、各教科・科目等の内容について「何故このように目標や内容が変わったのか」ということを十分に理解して授業改善を行なっていくということです。
美術科の教科の目標
教科の目標は今回、先ほどお話しした「知識及び技能」、「思考力,判断力,表現力等」、「学びに向かう力、人間性等」の3つの柱で整理されました。そして中学校美術科を例に挙げると、目標の柱書きにおいて「表現および鑑賞の幅広い活動を通して、造形的な見方・考え方を働かせ、生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力を次の通り育成することを目指す」と示し,美術科が具体的に「何を身につける教科なのか」ということを明確にするとともに、子どもたちが生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力を育成する役割を重視しています。
図画工作科や美術科の学習においては、様々な学びの扉と子どもたちを出会わせるのが大切だと思います。それは決して作品を制作する扉とだけ出会って終わるものではありません。今後これまで以上に、制作する扉とだけしか出会わずに終わっていないかということを改めて振り返る必要があると思います。中学校美術科の目標の柱書きに示された「生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる」というのは、単に美術の専門家になることではありません。成長して表現や美術を仕事とする子どもはもちろんいますが、一人ひとりの美術や美術文化との関わりは多様です。アイデアを得たり、プランニングをしたり、鑑賞を楽しむこと、生活を豊かにするために部屋に絵を飾ることも美術との豊かな関わりです。また、日常生活でカップやカーテンを選ぶときなどの様々な形や色にこだわって選ぶという関わりもあるでしょう。このように、様々な美術や美術文化の豊かな関わりがあるのだということを改めて考えていく必要があります。
美術には様々な扉があります。どこを開けるかは子どもたちが決めますが、出会いがなければ開けようがありません。学びの扉と子どもたちを出会わせるのが大切だと思います。それぞれの人が、自分の生活や希望する未来にあわせて扉を開けばいいのです。
これは鑑賞においても同じです。鑑賞の活動を通して、どのような鑑賞における学びの扉とどのように出会わせるかいうことも考えながら、今日のグループワークに臨んでいただければと思います。作品の鑑賞を通してどのような学びの扉と出会うのかを、みなさんで議論して進めてみてください。そして今日は美術館を活用した鑑賞なのですから、美術館という場所を生かし、子どもたちと美術・美術文化との出会いをいかに創出するかを考えてみてください。
最後に
鑑賞の活動は、単に知識を詰め込むものではなく、思いを巡らせながら対象との関係を深め、自分の中に新しい意味や価値を作りだす創造活動です。
創造活動を通して、子どもたちが自己・他者・社会・文化・生活などの自己の生き方との関わりあいの中で、感じたことや考えたことをもとにコミュニケーションし、「ひと」、「もの」、「ものごと」とつながっていくことを実感することは、美術や美術文化を深く理解することにつながっていきます。そのために大切なのは、鑑賞の活動の過程において、感性や想像力を働かせて、対象や事象を造形的な視点で捉え、自分としての意味や価値をつくりだすなどの「造形的な見方・考え方」を働かせて鑑賞の活動を深めていくことができるようにすることだと思います。そして指導者は鑑賞の活動の過程と結果の両面から見ていくことが重要です。
全ての子どもたちは豊かな存在です。そして、子どもたちは学ぶ存在です。子どもたちの学びは創造活動の過程にあります。そのことからも指導者には、それを見取る力もますます求められていくことになるでしょう。今日から2日間、「鑑賞を通した子どもたちの学び」を議論の中心に据えて有意義な時間を過ごしていただければと思います。