2024.01.31

NCARのひとびと Vol. 2 国際発信・連携グループ

国立アートリサーチセンター(NCAR)で働く人々をシリーズで紹介します。第2回では、NCARのミッション「アートをつなげる、深める、拡げる」のなかから、アートを「つなげる」「拡げる」活動に取り組む国際発信・連携グループに焦点を当てます。
(写真は下段右から時計回りで、副グループリーダー 真角薫、グループリーダー 岡部美紀、事務補佐員 千葉美和、研究員 岩本史緒、研究員 齊藤千絵、研究補佐員 ホワンチェンユアン)

3つの事業からグループの役割を読み解く

日本のアートの国際的な価値の向上に資するべく、国際発信・連携グループは多岐にわたる活動を行っています。海外のナショナル・ミュージアムなど主要美術館とのネットワーク構築のために、国内の美術関係者を募って海外へのスタディ・ツアーを実施することもあれば、日本のアートシーンをリサーチしてもらうために海外のディレクターやキュレーターを招聘することもあります。また、日本のアートの発信のために、海外で開催される国際展に参加する日本のアーティストのサポートをしているほか、戦後の日本現代美術に関する重要な文献の英訳とオンライン出版、さらにはそれら文献をテーマにした海外でのシンポジウムなどにも携わります。今回の記事では、幅広い活動から2023年度に進行中の3つの事業に焦点を当て、国際発信・連携グループの取り組みを紹介します。スタッフ4名に話を聞きました。

プロフィール

岡部美紀 グループリーダー 公立美術館で学芸員として勤務したのち、古典から現代まで日本美術を海外に紹介する展覧会などを中心に国際交流に携わる。2023年4月より現職。

真角薫 副グループリーダー ギャラリーや公的機関などでアーティストのサポートや文化事業の企画運営、国際交流に携わり、2023年6月より現職。

齊藤千絵 研究員 公立美術館を含む文化機関にて国際交流や事業の企画運営、広報に携わったのち、2023年6月より現職。

岩本史緒 研究員 公立劇場・美術館で国際交流や広報に携わったのち、2023年12月より現職。

NCARスタディ・ツアーで「つなげる」

国内外の美術専門家の継続的なネットワーク構築を目的として、国際発信・連携グループでは、「NCARスタディ・ツアー」を開催しています。2023年度、第1回目の視察対象国・地域は、韓国。ツアーには、日本各地の国公私立美術館や大学、運営形態の異なるさまざまなアートスペースから、現代美術を軸としながらも背景や専門分野の異なる17名が参加しました。

参加者へは、現地の視察アレンジメントやネットワーク構築の機会提供をはじめ、旅費や宿泊費といった主な滞在経費をサポートします。本ツアーでは、韓国の現代美術の動向を多様な地点から視察することを目的に、5日間でソウル、蔚山、釜山の3都市を回り、韓国国立現代美術館やソウル市立美術館、釜山現代美術館などの国公立館に加え、サムスン美術館やアモーレパシフィック美術館など企業を運営母体とする私立美術館なども訪問対象として選びました。国際発信・連携グループリーダーの岡部美紀は、その意図を次のように説明します。

「NCARとして取り組むべき課題のひとつは、日本国内の国立美術館の連携です。それに加え海外の国立美術館とも連携をはかりつつ、国立美術館のみならず、国内外の美術専門家同士がお互いに緊密な関係性を築くことを目標に、このようなプログラムを立ち上げました。将来的には共同リサーチやコレクションの交換展示、共同企画展などに発展することを期待しています」。

2023年11月、「第1回NCARスタディ・ツアー(韓国)」にて/Nam June Paik Art Centerでの意見交換会の様子

2023年11月、「第1回NCARスタディ・ツアー(韓国)」にて/蔚山市立美術館での展覧会ツアーの様子

2023年11月、「第1回NCARスタディ・ツアー(韓国)」にて/ARKO Art Centerアーカイブ室視察の様子

各美術館の訪問時に重要視したのは、なるべく多くのキュレーター、作品の保存や修復に携わるコンサバター、作品や作家の情報、資料を管理するアーキビストなど専門家と出会うこと。また、現代美術を中心に、国公立から私立まで異なる運営形態の美術館を訪れることで、日本の美術館との違いや共通点、都市によって異なる美術館の位置付けなどを知ることができるプログラムが組まれました。「スタディ・ツアー」の企画に携わり、岡部とともにツアーを率いた齊藤千絵は「コロナ禍で持ちづらかったフィジカルな交流機会を多く設けること」を念頭に5日間の計画を立てたと話します。

「ツアー4日目に清州市にある韓国国立現代美術館(MMCA)の作品収蔵施設に行ったのですが、広大なかつてのタバコ製造工場をリノベーションした建物で、1階と3階は一般の来場者が無料で見られる収蔵庫(オープンストレージ)となっていました。その規模にまず驚きましたが、所蔵作品だけでなくアートバンクによって収集した国内作家の作品の公開や、作品の分析を専門とする科学者とコンサバターが常駐する保存修復室では、外部の作品の修復や研修生の受け入れにも積極的だと聞きました。こうした作品の収集から保存修復、公開・教育まで、国が主導して環境整備を行う姿勢について、他の参加者とともにさまざまな角度から意見交換ができたことが強く印象に残っています」。

2023年11月、「第1回NCARスタディ・ツアー(韓国)」にて/韓国国立現代美術館 清州館 見せる収蔵庫(オープンストレージ)ツアーの様子

2023年11月、「第1回NCARスタディ・ツアー(韓国)」にて/韓国国立現代美術館 清州館 保存修復室視察の様子

現地の視察先では、ツアー参加者の専門性や興味に合わせたツアー内容や専門家との交流の場が設けられ、具体的な連携プロジェクトの打診も相互に行われたといいます。帰国後にはツアー参加者が互いの所属館を訪問し合うという交流や、韓国側の美術館スタッフがツアー参加者の属する各地の美術館を訪問するという交流の機会も生まれ、つながりは確実に広がったようです。

「第2回NCARスタディ・ツアー」の視察先は北米。2024年2月下旬から3月にかけて、カナダはオタワに位置するナショナル・ギャラリー・オブ・カナダを皮切りに、モントリオールで複数の美術館施設を訪問。続くアメリカでは、ニューヨーク、フィラデルフィアを経て、ワシントンD.C.でナショナル・ギャラリー、スミソニアン博物館群から国立アジア美術館等、さまざまな施設を訪問する9泊11日の行程を予定しています。

「日本を含むアジア美術がアジア以外の地域においてどのように需要され発信されているのかを知ることは、今後日本の美術を海外に紹介するうえで大事なポイントとなります」と岡部は話します。

アーティストの国際発信支援

世界各地で開催されるビエンナーレやトリエンナーレといった国際芸術展は、アーティストにとって重要な作品発表の場であり、日本の現代美術の国際的な認知度向上につながる貴重な機会です。NCARの「アーティストの国際発信支援プログラム」においては、国外で開催される国際芸術展に日本のアーティストが参加する際に、主催団体を通じてアーティストひとりにつき350万円、複数の場合は最大で700万円の支援を行うプログラムを2024年度から正式にスタートします。また、国際展の開催前にディレクターやキュレーターを日本に招聘し、日本のアーティストをリサーチしてもらうことで日本からの出展を後押しするほか、出展アーティストのインタビュー動画や制作過程の記録動画を日英バイリンガルで制作して公開するなど、さまざまな支援を組み合わせて日本のアーティストを複層的にサポートしています。

2023年度には、本事業のプレ事業として、9月に開幕したブラジル「サンパウロ・ビエンナーレ」に始まり、2024年4月に開幕するイタリア「ヴェネツィア・ビエンナーレ」まで、7つの国際芸術展で延べ18名のアーティストを支援しています。旧発電所の建物を現代美術館へと改築した上海当代芸術博物館を会場として、2023年11月に開幕した「上海ビエンナーレ」への支援プロセスを、副グループリーダーの真角薫が説明します。

「第14回上海ビエンナーレ」の会場となった上海当代芸術博物館

「アーティスティック・ディレクターが2023年5月に発表され、開幕は11月という通常よりもかなり急ピッチで進んだビエンナーレだったのですが、アーティスティック・ディレクターのアントン・ヴィドクル氏とは以前から交流があったので、日本のアーティストの出展を検討しているならぜひサポートさせてほしいと連絡しました。その結果、彼のキュラトリアル・チームから若手キュレーターのヘイリー・エアーズ氏をリサーチに派遣してくれることになり、そのミーティングのセットアップや同席をしてお手伝いしました。リサーチ対象となったアーティストは最終的に全員が上海ビエンナーレに参加することになったので、リサーチの成果がすぐに出展として結実したことは嬉しく思いました」。

「第14回上海ビエンナーレ」 河口龍夫「COSMOS」シリーズ、1974-75、展示風景

「第14回上海ビエンナーレ」 笹岡由梨子「Gyro」シリーズ、2023、展示風景

「第14回上海ビエンナーレ」 牧野貴《Anti-cosmos》2022、展示風景

「アーティストの国際発信支援プログラム」の目的は、日本のアーティストの海外での作品発表をサポートすることを通して、日本のアートの国際的な存在感を高めること。支援申請を行うのは国際芸術展の主催者ですが、一般的に事業実施後に精算払いとして支払われる助成金とは異なり、事業実施前に見積もり額に応じた事前払い(概算払い)も可能で、また展示にかかる経費は国際芸術展主催者ではなくアーティストに直接支払うこともできるため、柔軟性やスピード感を持った支援が実現します。真角は次のように続けます。

「2023年12月に開幕した『タイランド・ビエンナーレ』では、出展アーティストの一人である木戸龍介氏の制作過程を2カ月にわたってドキュメンタリー映像として記録し、私も現地で制作の最終過程と撮影に立ち会う機会をいただいたことが得難い体験でした。制作に打ち込むアーティストと、それをサポートする現地スタッフとの真摯なやり取りや挑戦を目の当たりにすることで、NCARの支援が作品制作の拡がりに作用するさまを実感することができました」。

「タイランド・ビエンナーレ・チェンライ 2023」 木戸龍介《Inner Light》2023、制作風景(右がアーティストの木戸龍介、左が制作協力者のカムチャン・ヤノ)

2024年度から本格的に始動する「アーティストの国際発信支援プログラム」では、1年に2回の公募を行います。年に1回の公募では支援対象期間に間に合わない場合も想定できるため、より多くの国際展に申請のチャンスを用意し、門戸を拡げています。

シンポジウム・ワークショップで国際交流

日本美術の国際発信を行うため、世界の共通課題をテーマに、国内外の専門家が集い、互いの知見を深める意見交換や交流の場を設ける事業も行います。2024年3月には「NCAR国際シンポジウム・ワークショップ」の第1回目として、「美術館とリサーチ|アートを“深める”とは?」をテーマに3日間のプログラムを実施します。

専門領域の調査研究に留まらず、日本の美術館活動全体の充実に寄与することを目指すNCARでは、アートを「深める」ためのリサーチは美術館や美術専門家にとって、不可欠な活動だと考えています。「国際シンポジウム・ワークショップ」の「ワークショップ」では、アーティスト、キュレーター、リサーチャー、アーキビストらそれぞれの視点から、リサーチ、アーカイブなどについての取り組みやその課題をプレゼンテーションし、議論を行います。

たとえば、「アーカイブ・セッション」と題されたワークショップでは、国内外の美術館における作品や資料アーカイブの実践例を紹介し、現場での課題を共有するとともに、公開や活用に向けた将来の展望についても議論する予定です。「アーティスト・セッション」では、リサーチやフィールドワークをもとに作品化・プロジェクト化を行うアーティストらが登壇し、リサーチ過程や制作現場で生じる課題の共有や、制作の過程で得たリサーチ資源の活用方法などについて議論がなされる予定です。その他、「キュラトリアル・セッション」や「リサーチ・セッション」など、複数の異なる立場や視点を横断しながら、アートにおけるリサーチについて複層的に議論が深められるプログラムが企画されています。

そして「国際シンポジウム・ワークショップ」の最終日には、リニューアルオープンを迎える横浜美術館を主会場とする、「第8回横浜トリエンナーレ」の視察を実施。研究員の岩本史緒は、事業実施に向けて次のように話します。

「やはりNCARのミッションにもある『つなげる』に寄与することが、国際発信・連携グループの役割のひとつだと思っています。事業が、様々な人が集うプラットフォームとして機能し、そこから海外の美術機関との横の連携が生まれたり、国内の美術館同士の協働が進んだりするなど、個人レベルでのつながりからより大きな規模へと広がっていく流れを推進できればと思います」。

2024年3月に開催する「NCAR国際シンポジウム・ワークショップ」のフライヤー

グループリーダーの岡部は、「国際シンポジウム・ワークショップ」に関する今後の展望を次のように話します。

「今回は国際発信・連携グループが主導する最初のシンポジウムとなりますので、まずは参加者がお互いに十分な情報交換や議論の場を作れるように心がけています。来年度以降は、『コロナ後の世界における美術や美術館の役割とは何か』といった課題にしっかりと向き合いつつ、今回のシンポジウムの成果を一層発展させて、その一部なりとも社会に還元できるよう努力したいと思います」。

上述した主催プログラムの他、外部の大学を含むリサーチ機関や美術館などとの共同企画も進行中で、今後も他機関と継続的に協働しながら、様々な国際プログラムを展開していきます。

国際発信・連携グループのメンバーたちは、活動初年度(2023年度)の「スタディ・ツアー」や「アーティストの国際発信支援プログラム」プレ事業の成果への手応えを感じ、「小さなつながりがじわじわと広がっている」(齊藤)という実感を共有しています。しかし同時に、それが目に見えるかたちとなるには、長い時間がかかることも認識しています。小さな取り組みの積み重ねによって、時間が経ってみたらそこが豊かな森になっていた。そんな景色を思い描きながら、日本の美術の国際的な認知度の向上に向けてメンバーたちは活動を続けます。

(取材・執筆・集合写真撮影:中島良平)

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