概要
第2回目のツアーはカナダとアメリカを視察対象とし、国立及び公立美術館を中心に14以上の美術館や文化施設を訪問しました。日本からは、公募選考を経た5名(全国の美術館や大学・文化施設のキュレーターなど)および国立美術館の研究員4名、計9名が参加しました。
本ツアーは2024年2月21日から3月2日までの11日間、カナダのオタワから始まり、モントリオールを経由してアメリカに入り、ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンD.C.の5都市にわたって実施されました。カナダ国立美術館、モントリオール美術館、フィラデルフィア美術館、スミソニアン博物館群の複数の美術館、グレンストーン美術館など、国公立から私立まで多様な運営形態をもつ施設を訪れ、現在の北米のアートシーンを様々な角度から体験しました。
現地での交流
訪問先では、館長や国際交流担当をはじめ、多くのキュレーターと交流の機会が設けられました。事前に参加者の専門性や新たに取り組みたい研究テーマを訪問先に共有していたため、多くの館がその希望に対応するべくスタッフを揃え、行程を用意してくれており、質疑応答を交えながらギャラリートーク形式で会場を周ったり、通常は立ち入ることのできない収蔵庫や作品の保存修復施設を見学したりしたほか、貴重な資料を手に取って閲覧する機会を得ることができました。特に、先住民族出身のアーティスト、黒人アーティスト、女性アーティストを取り上げた展示が多く、また日系アーティストをはじめ北米で活躍する多くのアジア系アーティストの活動を知ることができたことが強く印象に残った、という声が参加者から聞かれました。
今後も、「NCARスタディ・ツアー」の継続的な実施により、より多くの国内外の美術専門家同士が深く交流できる機会を創出し、日本のアートの国際的なプレゼンスの向上に寄与します。
参加者からの声
「アメリカはちょうどBlack History Month(黒人歴史月間)である2月に訪れたため、多くの美術館で黒人の歴史やアーティストに焦点をあてた展示を見ることができたが、スミソニアンのハーシュホーン博物館でのシモーヌ・リーの個展は規模も内容も充実しており印象的であった。彼女の作品は前回のヴェネチア・ビエンナーレで大きく取り上げられたこともあり、アメリカ国内のいくつかの美術館でも見ることができたが、彼女の作品に貫かれている黒人女性が辿ってきた苦渋の歴史に対する深い共鳴と、植民地主義に対する鋭い批評性を、担当キュレーターの説明によりじっくりと感得することができた。展示の最後の作品は、セントルイス万博で「展示」されたコンゴ人男性オタ・ベンガから着想を受けたものであったが、彼女の作品を安易に美術史の文脈に回収させず、帝国主義によって築かれてきた「ナショナルな」展示やコレクションに対する現代美術の批評性というコントラストが感じられる、優れたキュレーションであった。」(国立国際美術館 武本彩子)
「本スタディ・ツアーへの参加を通じて、猪熊弦一郎作品を所蔵する美術館を訪問し、キュレーターやアーキビストとの一定の関係構築ができたこと、また猪熊と交流のあった作家(ジャスパー・ジョーンズやイサム・ノグチら)の関係者との接点構築ができたことで、本務先での中期的な調査研究テーマである「猪熊弦一郎のアメリカ在留期間における人的交流とその成果」を進めるにあたっての大きなステップとなった。今回得た関係や接点を活かして、インタビューや資料閲覧など北米での猪熊の活動調査をさらに具体的に推進し、猪熊弦一郎の交流を紐解く大規模な展覧会の実施に結実させたい。」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 中田耕市)
「カナダ国立美術館の先住民族出身のアーティストに対する取り組みが印象に残った。北極圏での生活や伝統的なイヌイット文化を色濃く反映した「NICK SIKKUARK: HUMOUR AND HORROR」展を始め、先住民族出身のアーティストによる実践を、自国の現代アート史に明確に位置づけようとする同館のコレクション展のように、特定の民族ごとに区切りをつけず、これまで「自国アート」として表されてきた美術史においてしかるべき評価を受けてこなかったこうした作品群を、地域的にも時代的に地続きのものとして位置づける試みが非常に重要であると感じた。」 (ASAKUSA/京都芸術大学 大坂紘一郎)
「今回アジアン・アメリカン、アジアン・カナディアンのアーティストについて、作品を実際に観たり、現地のキュレーターから情報を得たりすることができた。自分の中で構想を温めているベトナムに関する企画展実現に向けて、今回得た知見とネットワークをもとに、北米含む海外在住のベトナム移民の作家のリサーチを今後も深めたい。また、勤務先である福岡アジア美術館での将来的な取り組みを検討する中で、カナダ国立美術館やスミソニアン・アメリカ美術館などの事例を参考にしたい。具体的には、カナダ国立美術館で行われていたキャプションにおける作家のルーツの言語と英語の併記、スミソニアン・アメリカ美術館で行われていた、ある地政学的単位を国境の範囲ではなくひとつの「体験」として捉えるキュレーションである。多様なコミュニティを包摂する社会的機関としての美術館のあり方を、これらを参考に模索していきたい。」(福岡アジア美術館 桒原ふみ)
視察先リスト(行程順) | |
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1日目(出国日・オタワ泊) | |
2日目(モントリオール泊) | カナダ国立美術館 Jean-François Bélisle館長ほか |
3日目(モントリオール泊) |
モントリオール美術館 Stéphane Aquin館長ほか モントリオール現代美術館 John Zeppetelli館長ほか カナダ建築センター Giovanna Borasi館長ほか |
4日目(ニューヨーク泊) オプショナルツアー/自由研修日 *右記視察先に希望者が参加 |
アッパーイーストサイド ギャラリー街 チェルシー ギャラリー街 チャイナタウン・ロウワ―イーストサイド ギャラリー街
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5日目(ニューヨーク泊) オプショナルツアー/自由研修日 *右記視察先に希望者が参加 |
ニューミュージアム アーティスティック・ディレクターMassimiliano Gioni氏ほか ニューヨーク近代美術館
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6日目(フィラデルフィア泊) |
バーンズ・コレクション フィラデルフィア美術館 キュレーターMatthew Affron氏ほか |
7日目(ワシントンD.C.泊) |
スミソニアン国立アジア美術館 グローバルアフェアーズ担当Ella Weiner氏ほか ハーシュホーン博物館 キュレーター Anne Reeve氏 |
8日目(ワシントンD.C.泊) |
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート Keywin Feldman館長ほか スミソニアン・アメリカン・アート美術館 キュレーターMelissa Ho氏 |
9日目(ワシントンD.C.泊) |
グレンストーン美術館 シニアディレクターNora Cafritz氏ほか 国立女性美術館 Susan Fisher Sterling館長ほか |
10日目(帰国日) |
参加者リスト(姓のアルファベット順) ※所属先は2024年2月出発時点のもの |
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小林紗由里 | 東京国立近代美術館 |
桒原ふみ | 福岡アジア美術館 |
中田耕市 | 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 |
中谷圭佑 | 京都芸術センター |
大坂 紘一郎 | ASAKUSA/京都芸術大学 |
武本彩子 | 国立国際美術館 |
竹崎瑞季 | 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 |
渡辺亜由美 | 京都国立近代美術館 |
山田由佳子 | 国立新美術館 |