2024.02.01

【シンポジウム開催報告】国立アートリサーチセンター設立記念シンポジウム 「ナショナル・アートミュージアムのいま」(2023年11月26日開催)

【シンポジウム開催報告】国立アートリサーチセンター設立記念シンポジウム 「ナショナル・アートミュージアムのいま」(2023年11月26日開催)

ナショナル・アートミュージアムのいま

独立行政法人国立美術館の新しい機能として設立された国立アートリサーチセンター。その設立を記念したシンポジウム「ナショナル・アートミュージアムのいま」は、今日の国立美術館の“あるべき姿”を想像すべく企画されたものだ。イギリス、フランス、米国、シンガポール、日本からそれぞれの国立美術館長および政策担当者が登壇し、その固有性、歴史、制度、規模、財源など多角的に「国立美術館」を再考する好機となった。

ナショナルとはそこにいる人々のこと
設置者や運営者が国であるだけでなく、国立美術館の「ナショナル」とは何を意味するのか。ロンドンのナショナル・ギャラリーは1824年開館。今年が開館200周年にあたる。全国に19あるナショナル・ミュージアムのひとつだが、英国美術ではなく欧州の美術を中心に収蔵。啓蒙主義を背景に市民が自由に教育を受けることを想定して創設された。ガブリエレ・フィナルディ館長は「ナショナル・ギャラリーは国が所有、その建物も所有するが、“ナショナル”とは地理的な“国家”ではなく、そこにいる“人々”を意味する」と語り、そのためには国民それぞれが美術館に対して所有意識を持つことが重要であると述べた。

ワシントンのナショナル・ギャラリー・オブ・アート(NGA)は、このロンドンのナショナル・ギャラリーをモデルに実業家のアンドリュー・メロンが当時のルーズベルト大統領へ設立を提案し、経費をすべて寄付して1941年に開館。ワシントンDCという米国政治の中心地でベトナム戦争、ケネディ暗殺、カウンターカルチャーの勃興などとともに発展した。546点から始まったコレクションは、82年後の現在、16万点を数える。

ナショナル・ギャラリー・シンガポール(開館2015年)は美術系施設三館を束ねるビジュアル・アーツ・クラスターに属し、「ヘリテージ&アーツ戦略」ならびにナショナル・アーツカウンシルの「OUR SG ARTS計画」の二つの中期計画に基づいて活動。シンガポールと東南アジア地域の美術史をグローバルな美術史の文脈に位置づけることを目指し、ナショナル・コレクションとして9,000点を所蔵する。都市国家としての政策的使命は明確だ。

文化大国フランスは桁が違う。ナショナル・ミュージアムが61館あり、うち43館を文化省が所管。日本のように博物館と美術館の線引きはなく、時代、地域、ジャンルなどで分類されている。ポンピドゥー・センター内にある国立近代美術館では1914年以降の近現代美術を扱う。国立館のうち15館を独立性の高い運営が可能な強化館に指定したことで、存在感やアイデンティティの意識が高まり、野心的な事業を支援する余力も増加したそうだ。

国家がコミュニティになる
NGAのケイウィン・フェルドマン館長は、5年前の就任にあたり、それまでの地方美術館での経験と比較し、「Nation becomes your community(国家があなたのコミュニティになる)」と言われたそうだ。そして、「ナショナル」という言葉は愛国主義的な響きもあるなかで、排他的ニュアンスでの「ナショナル」を回避しつつ、国全体へ向けたサービスを意識しているという。新しいデジタルプログラム、とりわけ教育プログラムを通してより幅広く米国全土へリーチする戦略を考えている。

一方、ビクトリア&アルバート美術館(V&A)イーストは2025年に開館予定の新たな試み、いわゆる“見せる収蔵庫”だ。作品28万点、アーカイブ1,000件、36万冊の書籍等を一括管理する。これを指揮するガス・ケースリー=ヘイフォード館長は、イーストロンドンという比較的労働者や工場の多い地区に開館することで、宇宙船が突然着陸したようなことにならないよう、ローカルなコミュニティを触発するような施設を目指していると述べた。それと同時にナショナルでもありインターナショナルでもあるべきだと語る。

これからのナショナル・アート・ミュージアム
ナショナル・ミュージアムの財源や予算規模も様々だが、フィナルディ館長は「政府はそれぞれの美術館に責任がある」という。同館では約4,400万ポンド(約80億円※2024年1月時点)の年間予算のうち61%が政府負担。それ以外は企画展等の入場料収入及び協賛金収入で賄われている。コロナ以前は入場者の70%が観光客。ただ開館していれば収入があった。入場者数は完全に戻ってはいないが、むしろ地元の観客に無料のコレクション展示に複数回通ってもらうことで、未来の観客育成に繋げたいと語った。

毎年400〜500万人が来館するワシントンのNGAは全展覧会の入場料が無料だ。75%が政府予算、残りは基金の運用益で運営されている。シンガポールでは両国立美術館ともに70%の収入が文化省予算で、シンガポール国民の入場料は無料となっている。

「国立美術館は無料であるべき」という考えもあろうが、わが国の国立美術館は2001年以降の独立行政法人化により自己収入を得ることが求められている。国立西洋美術館の田中正之館長は、コロナ禍は展覧会組織の新たな在り方や自己収入確保の方法を抜本的に再検討する機会となったという。自館および国内のコレクションを活用した「憧憬の地ブルターニュ」展や2024年3月に試みる初の現代美術展、民間寄付の可能性など新しい国立美術館像への改革が紹介された。ロンドン、ワシントンへの来館者の多くはコレクションが目的だが、日本では企画展が主要な来館理由であり、それが収入源でもある。メディア企業によるブロックバスター展への依存度の高さが課題であることはコロナ禍以降すでに何度も指摘されているが、美術館の持続可能な運営方法について抜本的な改革が求められていることは明らかだ。

さらには、コレクションの人種・民族・ジェンダーという観点からの多様化、旧植民地から奪取した美術品や文化財の返還問題、そして気候危機への美術館としての応答。こうしたグローバルな共通課題についても、それぞれの登壇者からの重要性が指摘された。「ナショナル・アートミュージアム」には、ローカルにもナショナルにもインターナショナルにも、そしてトランスナショナルにも果たすべき役割がある。そうした複層的な立ち位置から、政策立案側との対話、明確なビジョンや中長期的な戦略などの重要性を改めて意識させられた一日だった。ここからの学びが具体的な行動に繋がることに期待したい。

片岡真実 国立アートリサーチセンター長

プログラム:
開会挨拶
逢坂 惠理子 独立行政法人国立美術館理事⾧/国立新美術館⾧ 

国立アートリサーチセンター紹介
片岡 真実 国立アートリサーチセンター⾧ 

第1部「国として求められる美術館政策」
講演:ユージン・タン ナショナル・ギャラリー・シンガポール館長

講演:ガス・ケースリー=ヘイフォード ビクトリア&アルバート美術館 イースト館長(オンライン登壇)

講演:クリステル・クレフ フランス文化省 文化遺産・建築総局次長 兼 美術館局長

第1部パネルディスカッション
登壇者:ユージン・タン ナショナル・ギャラリー・シンガポール館長
ガス・ケースリー=ヘイフォード ビクトリア&アルバート美術館 イースト館長(オンライン登壇)
クリステル・クレフ フランス文化省 文化遺産・建築総局次長 兼 美術館局長
モデレーター: 片岡 真実 国立アートリサーチセンター⾧

第2部「ナショナル・アートミュージアムのこれから」
講演:ケイウィン・フェルドマン ナショナル・ギャラリー・オブアート館長

講演:ガブリエレ・フィナルディ ナショナル・ギャラリー館長

講演:田中 正之 独立行政法人国立美術館理事/国立西洋美術館⾧

第2部パネルディスカッション
登壇者:ケイウィン・フェルドマン ナショナル・ギャラリー・オブアート館長
ガブリエレ・フィナルディ ナショナル・ギャラリー館長
田中 正之 独立行政法人国立美術館理事/国立西洋美術館⾧
モデレーター: 片岡 真実 国立アートリサーチセンター⾧

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