概要

国立アートリサーチセンター(NCAR)では、国内外のナショナル・ミュージアムや美術専門家間の継続的なネットワーク構築を目的として、日本で活動するキュレーターや研究者を海外に派遣し、各々の活動や研究領域の理解を深める機会をサポートする「NCARスタディ・ツアー」の第1回目を2023年11月に開催しました。

第1回目のツアーは韓国を視察対象とし、現代美術を中心に展覧会企画やコレクションを収蔵する美術館や施設の訪問、韓国の美術専門家による目的別ガイドツアー、意見交換・交流会を行いました。日本からは、公募選考を経た13名(全国の美術館や大学・文化施設のキュレーターなど)と国立美術館の研究員4名、計17名が参加しました。

本ツアーは2023年11月13日から11月17日の5日間、ソウル市、蔚山市、釜山広域市の3都市にわたって実施されました。韓国国立現代美術館(ソウル、清州)、ソウル市立美術館、リウム美術館、アモーレパシフィック美術館、釜山市立美術館、釜山現代美術館、蔚山市立美術館(末尾に全訪問先リストを付記)など、国公立から私立まで多様な運営形態をもつ施設を訪れ、韓国の現代アートシーンを様々な視点から視察しました。

現地での交流

訪問先の美術施設では、それぞれの開催中の展覧会や施設設備の視察に加え、本ツアーの主目的である日韓の美術専門家同士の交流の促進を図るため、全施設先にて館長をはじめとする複数名のキュレーター陣との意見交換・交流の機会が設けられました。また、より幅広い関心領域における知見交換を行うため、複数館にて、所属キュレーターに加え、作品の保全を担うコンサバター、それらの資料やデータを管理・整備するアーキビスト、広報や運営を担うマネジメントスタッフなど、様々な専門領域のスタッフにも参加いただきました。

交流会では、主に日本側参加者の各々の活動内容や視察目的・関心領域の紹介を行った後、韓国側から同様に参加者紹介、施設の沿革や概要、事業目的や方針の説明を受け、その後各専門や関心領域に分かれたグループ対談や質疑応答を行いました。全行程を通じ、限られた時間のなかで効率よく様々な専門性をもつ専門家との積極的な意見交換が可能になりました。

  • 蔚山市立美術館での交流会の様子
  • 釜山現代美術館での交流会での様子

今後への期待

今回の日韓美術専門家交流を経て、韓国の視察先からは、「このような大規模なキュレーターをはじめとした専門家同士の顔の見える交流は、互いを知る上で非常に重要だと思う。一度つながりができれば、互いのネットワークを今後さらに活用し、共同プロジェクトの実現性も格段に上がる。このようなツアーをぜひ所属館でも実施していきたい」という意見が寄せられました。また、ツアー実施後、韓国の訪問先にて面会したキュレーターやスタッフが、今後の具体的な共同プロジェクトの可能性を探るため、日本側参加者の所属館を訪問し合うといった交流も生まれています。一部の参加者のなかからも、訪問先施設との共同プロジェクトや共同研究の計画が動き始めているといった報告もあり、将来的な連携事業への発展が期待されます。

参加者からの声

「今回の視察から、文化予算の豊かさに加え、美術館の活動と一般へ向けた情報開示の明快さが見る側に安心感と日常的な楽しみをもたらしていることを実感した。特に若い層へ向けて無料で実践されるアプローチは、美術のみならず今後の社会的成熟度と安定へと強く結びついていくと推察される。また、作品と情報のアーカイブ・公開体制を整えていくことが、将来的に世界との往来を招き、成熟した人的文化的建設的な関係を構築することに大きく寄与すると実感した。」(東京国立近代美術館 堀田文)

「首都ソウルとそれ以外の地方、あるいは公立と私立など、成り立ちの異なる美術館機関のそれぞれの事情をうかがうことができたのも興味深かった。日本のシステムとの違いが明らかである一方、共通の課題も多く、韓国のキュレーターたちとのディスカッションは「美術館」の役割について再考する良い機会になった。(中省略)韓国がこの数十年間、現代美術を国や地域の文化的資産として意識的にサポートした結果が見て取れる。」(東京都現代美術館 西川美穂子)

「ジェンダーギャップの少なさとともに、十分なスタッフと組織体制で企画に注力できる環境がキュレーターに整えられている気がした。国家機関がスタジオレジデンスやプライズの制度を潤沢に用意するなどといったアーティストの支援方法などと合わせて、日本は韓国から学ぶ点が多いように思う。」(青森公立大学 国際芸術センター青森 [ACAC] 慶野結香)

「全体を通して、個人や美術館の出張での視察とは異なり、現地コーディネーターが各館と調整を行うことによって可能になった各館の内部ツアーなど、集中的に韓国の現代アートシーンについて理解することのできる非常に有意義な機会となった。また同世代を中心とした他参加者との情報交換を通して、国内での連携の足掛かりを作ることもできた。」(森美術館 飯岡陸)

  • ナム・ジュン・パイク・アートセンターでの交流会の様子
  • アルコ・アート・センターでの交流会の様子
  • 韓国国立現代美術館 清州館 見せる収蔵庫ツアーの様子

今後も、「NCARスタディ・ツアー」の継続的な実施により、より多くの国内外の美術専門家同士が深く交流できる機会を創出し、日本のアートの国際的なプレゼンスの向上に寄与します。

視察先リスト(行程順):

1日目(出国日・ソウル泊) ・韓国国立現代美術館(ソウル) 
キュレーター等美術専門家との意見交換・交流会を開催    
2日目(ソウル泊) ・リウム美術館 
・アモーレパシフィック美術館 
・ソウル市立美術館
各視察先にてキュレーター等美術専門家との意見交換・交流会を開催
3日目(ソウル泊) オプショナルツアー/自由視察日 
*右記いずれかの視察先に希望者のみ参加
・ソウルクラフトミュージアム
・アルコ・アート・センター 
・ナム・ジュン・パイク・アートセンター 
各視察先にてキュレーター等美術専門家との意見交換・交流会を開催
4日目(蔚山泊) ・韓国国立現代美術館(清州)
・蔚山市立美術館 
各視察先にてキュレーター等美術専門家との意見交換・交流会を開催
5日目(帰国日) ・釜山市立美術館 
・釜山現代美術館
各視察先にてキュレーター等美術専門家との意見交換・交流会を開催

参加者リスト(姓のアルファベット順):
※2023年11月時点

氏名 所属先(施設名)
Choo Kukhee 法政大学
大長 智広 京都国立近代美術館
灰原 千晶 東京藝術大学
杭 亦舒 金沢21世紀美術館
堀田 文 東京国立近代美術館
飯岡 陸 森美術館
岩田 智哉 The 5th Floor
慶野 結香 青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)
黒沢 聖覇 株式会社とりくむ
宮本 法明 国立映画アーカイブ
西川 美穂子 東京都現代美術館
芹澤 なみき 愛知県県民文化局/愛知県美術館
島田 芽生 アーツカウンシル東京(CCBT)
外山 有茉 十和田市現代美術館
鵜尾 佳奈 愛知県美術館
尹 志慧 国立新美術館
ZHU CHAOQUN 江戸東京博物館

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