2024.03.21

【共創フォーラム開催報告3】10/9開催「深掘り!セッション」参加レポート

京都国立近代美術館 研究員 松山沙樹

【共創フォーラム開催報告3】10/9開催「深掘り!セッション」参加レポート

Photo: 藤島亮

 2023年10月8日・9日に、国立アートリサーチセンターと東京藝術大学の主催により、共創フォーラム「Art, Health & Wellbeing ミュージアムで幸せ(ウェルビーイング)になる。英国編」が開催された。10月9日は「深掘り!セッション」と題し、1日目のフォーラムに参加したミュージアム関係者や大学・研究機関、行政関係者など実務担当者約50名を対象にした対話的なプログラムが行われた。筆者は京都国立近代美術館で教育普及事業を担当しており、今回は一参加者として2日間のプログラムに参加する機会を得た。
 1日目のフォーラムは約7時間に及び、5名の事例紹介を必死にメモを取るうちにあっという間に時間が過ぎていった。特に感銘を受けたのは、いずれの実践も明確なビジョンに基づいて進められていること、そしてアクセス・インクルージョン・ケアというテーマに取り組む際にミュージアムだけで完結せず、他分野の団体や機関と綿密な関係を結んでいることだった。話を聞きながら、超高齢社会の日本において、このテーマは今後ますます注目されていくだろうという確信を持った。と同時に、「とはいえ日本のミュージアムは、これから一体どこからどんな風に始めていったらいいのだろう」という戸惑いに近い思いも湧きあがってきていた。
 2日目の朝は、そんなもやもやとした思いを抱えながら国立新美術館へと足を運んだ。会場は初日と同じく丸テーブルを4~5名で囲んで座るという設えで、受付で「知っている人がなるべくいないテーブルに座ってくださいね」と案内される。私のテーブルには、美術館で勤務する方やこれから新たなミュージアムの立ち上げに関わる方などがおられた。
 この日のセッションの前半は稲庭彩和子氏(国立アートリサーチセンター)と伊藤達矢氏(東京藝術大学)がホスト役となり、1日目のスピーカーを順に迎えながら30分ずつ、前日のトークを補足するようなエピソードなどが紹介された。続いてグループごとに「自身の現場で、アート・福祉・ウェルビーイングを実現していくために取り組めそうなこと」「英国の事例から生かせそうなこと」について意見交流の時間が設けられ、最後に、5名のスピーカーを交えた全体共有・質疑・ディスカッションが行われた。全体を通して対話的なプログラムとなっていたことで、各事例をさらに深く知ることはもちろん、アートとウェルビーイングという壮大なテーマをより「自分ごと」として捉え、具体的な実践を起こすためのきっかけを得る機会になったと感じている。以下、参加者の視点から、印象に残った話題を中心に当日の様子を報告したい。

  • 伊藤氏・稲庭氏による1日目の振り返り(Photo: 藤島亮)
  • ジェーン・フィンドレー氏のトーク(Photo: 藤島亮)

各スピーカーからの深掘りトーク

 プログラム前半のトーク・質疑では、各事例について、その事業を立ち上げた経緯や試行錯誤、課題や今後の展望などが詳しく共有された。
 たとえばナショナル・ミュージアムズ・リバプールのキャロル・ロジャーズ氏は、House of Memoriesの原点として、自身の母親が認知症と診断されたという個人的な経験について語った。ミュージアムの専門家としての知識と経験を活用し、母親が単なる臨床的なケアを受けるだけではなく、認知症を患っても尊厳ある人生を送れるような方法はないか、試行錯誤したという。そのひとつとして、母が好きなものを書いた付箋や思い出の写真を家の中やベッド横に貼って、会話のきっかけを作った。これが後にHouse of Memoriesにおける「メモリーツリー」の原型となっていく。今やオンラインのアプリや大型トレーラーを用いた出張プログラムなどにも発展、多くの利用者を抱えるプロジェクトになっているが、その出発点には、目の前の個人との一対一の関わりの中で見出したニーズや夢があった。そうしたプライベートな話を聞くことで、自分自身も、まずは身の回りや近くのコミュニティに目を向けて出来ることから始めたら良いんだと、背中を押されたような気持ちになった。

  • 「メモリーツリー」を見せるキャロル・ロジャーズ氏(Photo: 藤島亮)

 テートのマーク・ミラー氏からは、若者のアクセス向上のための興味深い実践事例が紹介された。15~25歳の人たちが美術館活動に参加し、勤務経験を積んでもらうことで将来の職業選択の幅を広げていこうとしているという。若者は将来を思い描いたり自らの人生を選択するために必要な知識や経験を求めているが、美術館はいまだに一部の市民のニーズだけを満たそうとしており、若者が期待するそうした体験を提供できていない。ミラー氏は、それがアクセスの低さの背景にあるのではと語った。そして、ミュージアムが社会情勢の変化や人びとの関心事にもっと意識的になり、時にはこれまでの権威主義的な立場を手放していくことも厭わない姿勢でプログラムを行えば、ひいてはアクセシビリティの向上にも繋がるはずだと。ミラー氏の言葉は、具体的な実践経験に裏打ちされた示唆深いもので、アクセス、インクルージョンに取り組むことは、社会の中での美術館自体の立ち位置をも更新していくインパクトを持つことを改めて認識させられた。

  • マーク・ミラー氏によるトーク(Photo: 藤島亮)
  • ジェーン・フィンドレー氏によるトーク(Photo: 藤島亮)

 ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーのジェーン・フィンドレー氏からは、地域のヘルスセンターと協働した取り組みについて、バーミンガム大学の協力を得て評価やエビデンスを取っていることが紹介された。プログラムの参加者のみならず、関わる医師、患者の変化、そしてスタッフにとっての成果など複数の側面について評価を行っているという。ウェルビーイングがどのように向上したのか、具体的な指標を明らかにして成果を可視化していくことで、外部資金の獲得や異分野との連携の可能性も高まっていく。プログラムの実施と評価の両輪で進めていくことの重要性を感じる話だった。

グループワークと全体ディスカッション

 各登壇者によるトークの後は、グループごとに自身の現場でアート・福祉・ウェルビーイングを実現するために取り組めそうなことや、英国の事例から生かせることなどについて話し合った。その後、全スピーカー・モデレーターが壇上に会し、各グループでの議論を共有し、全体ディスカッションが行われた。

  • 各グループで活発な議論が行われた(Photo: 藤島亮)
  • グループワークの成果共有と質疑応答の様子(Photo: 藤島亮)

 さまざまなアイデアや問いが共有されたが、一つを挙げるならば「関係づくり」についての問いである。具体的には、ミュージアム、医療、福祉、行政など異分野が連携するきっかけをどう作るかということや、これまで没交渉だったコミュニティとどう関係を築くのかといったことだ。
 それに対し、マンチェスター市立美術館のルス・エドソン氏は、医療・福祉機関とミュージアムとの関係構築を行った自身の経験を共有しながら、ミュージアムも地域コミュニティの一員という意識を持って活動することが大切だと述べた。例えば地域の会合や活動などに継続的に参加して、地域の声に耳を傾けていくことから始めるべきだという。地域の現状や課題を手ざわりや温度感をもって感じ取ることができれば、それがプログラムを下支えする理念になったり、セクターを越えて連携する際の原動力になったりするのではないかと感じた。日本でも、東京都美術館と社会福祉協議会等とが連携して「認知症オレンジカフェ」が美術館にて行われ、福祉の専門家の助言を得ながら運営方法を工夫している。もちろん、そうしたニーズの把握や関係構築は一朝一夕にはできない。短期間で成果を出すことに固執し過ぎず、身近なところから地道に進めていくことを、関係者同士の共通認識として持っておくことも重要だろう。

  • 藤岡勇人氏によるトーク(Photo: 藤島亮)
  • ルス・エドソン氏によるトーク(Photo: 藤島亮)

 テートのミラー氏は、新たなコミュニティにアプローチする際の心構えについて、「一貫性」という言葉を繰り返し用いて語った。つまりイベントは一度限りではなく継続的に行うこと、実施する時期、場所、プログラム名を一貫したものにすること、さらに参加者の経験も一貫性があるような内容を考えることが重要だという。また、アクセシビリティ、インクルージョン、ケアといった分野に取り組む際には、プログラムの内容だけでなく、そもそも美術館という空間自体が真に安心して参加できるようになっているかどうかや、個別にケアが必要なことは無いかなどにも丁寧に気を配る必要があるとも述べた。
 すこし大きな視点として、ミュージアムの専門性をどう担保するかということについても話題にのぼった。それは、10年以上取り組む英国の実践者たちにとっても常に課題であり続けていることだという。ロジャーズ氏は、高齢化や孤独・孤立問題への関心が高まる中、ミュージアムへの期待もますます高まるはずだとした上で、とはいえ医療や福祉の分野に大きく偏った実践をする必要はなく、所蔵作品・資料・専門人材を生かしてミュージアムだからこそできる実践を見極めようと努めていると述べた。また、息の長い取り組みにするためには目標を決めすぎず「小さく生んで大きく育てる」精神で、たびたび振り返りをして柔軟な計画変更を行うことも肝要だという話もあった。

参加を終えて――今後に向けて思うこと

 今回の2日間のプログラムは、アートとウェルビーイングというテーマについて、英国の事例を知ることだけで終わらず、自分(たち)の今の立ち位置をよりクリアに見つめ、これから何ができるか、そして実践を続けた先にはどのような未来が広がるか、英国の事例を通して具体的にイメージする機会となった。このような貴重な場を作ってくださった東京藝術大学および国立アートリサーチセンターへ感謝の意を示すとともに、今後も国内外の優れた事例に学ぶとともに、業種を越えたネットワークづくりの場が継続的に設定されていくことを期待したい。超高齢社会の日本では、2025年には65歳以上のうち5人に1人が認知症と診断されるという。一人一人が尊厳をもって生き生きと暮らす社会をつくるために、ミュージアムの現場に身を置く一人として何ができるのか。このテーマをより自分ごととして向き合い、仲間を増やしつつ、身近なところからアクションを起こしていきたい。

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