講演

これからの社会を生きる子供たちに求められる資質・能力の育成と 鑑賞教育の意義

講師:
東良雅人(ひがしら まさひと | 文部科学省初等中等教育局 視学官)
講師略歴:
1987年に京都市立の公立中学校の美術科教諭として赴任。その後、京都市の公立小学校図画工作の専科教員を担当。2002年から京都市の教育委員会で指導主事を務める。2011年より文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官、2018年4月より現職。

講演要旨:以下は東良氏の講演を大幅に要約、再構成したものです(編集部)

はじめに

これから2日間の指導者研修会の実施に際して、最初にみなさんと共通理解をしておきたいことが3点あります。まず、この「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修」は、美術館を活用するということが前提となっています。鑑賞教育の充実にとどまらず、美術館を活用するということはどういうことなのか、近隣に美術館がない場合にはどんな連携や活用法があるのかといったことも含めてお考えいただきたいと思います。

2番目は、この2日間は指導者に対する研修であるということです。ご自身のスキルアップにとどまらず、研修後地域に戻ってからそれぞれが指導者になって、美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導を、この研修に参加できなかった方々にしていただきたいと思います。

3番目は、この研修の大きな柱となっているのが学校における鑑賞教育であるということです。つまり、学習指導要領に基づいて行なわれる鑑賞教育であるということです。また、鑑賞教育というと教科の中だけで考えがちですが、単に狭い範疇の中だけでなく、社会全体に視野を広げて、社会の中で鑑賞教育というのはどういう意味を持つのかといったことを是非お考えいただけたらと思います。なぜなら社会の中に学校があり、学校の中に教育課程があり、教育課程の中に図画工作、美術といった教科があるからです。グループワークでは、「森」を見て「木」を見るといった視点から鑑賞教育を考えていっていただきたいと思います。


これからの超スマート社会を生きる子供たち

これからの子供たちが生きる社会はSociety5.0超スマート社会──サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を行動に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)がやってくるといわれています。

そしてSociety5.0では、さまざまなものがインターネットでつながり個別のものを最適化して課題や困難を克服し、また人工知能(AI)の台頭により急速に社会が変化していくともいわれています。

今回の学習指導要領の改訂に向けた議論の中では、「子供たちの65%は大学卒業後、今は存在していない職業につく」、「今後10年から20年程度で、約47%の仕事が自動化される可能性が高い」、「今世紀最初の20年に起こる変化は、過去のいかなる変化より大きい」といった近未来の予測なども取り上げられました。そして、生涯を通じて不断に学んで、考え、予想外の事態を乗り越えながら自らの人生を切り拓き、よりよい社会作りに貢献して行くことのできる人間を育てることの重要性や、これから求められる育成すべき資質・能力の観点からこれまでの学力観などについて改めて見直したり整理したりすること、また、これから求められる教育についての抜本的な意識改革をすることの必要性などの幅広い議論が行なわれました。


新しい時代における芸術教育の在り方

今年6月に行なわれた中央教育審議会教育課程部会では、「これからの社会を生きる全ての子供たちに求められる資質・能力の育成における芸術教育の意義」を議題に芸術教育に関しての議論が行なわれました。議論では「これからの社会に必要な資質・能力の育成」を観点に全ての子供たちの心豊かな人格の完成を目指し、感性や創造性の涵養、STEAM教育やデザイン思考の重要性なども視野に入れ、芸術教育を通してどんな力をつけることができるかが前半のテーマになりました。さらに後半では「心豊かな社会を形成する我が国の文化芸術活動の一層の充実」という観点から、芸術教育のこれからの文化の形成を担うという側面からの議論が行なわれました。

今回の改訂に向けた答申や、この間の各種の報告書などでは、教育課程全体を通した議論の中から、「豊かな感性や想像力等を育むことは、あらゆる創造の源泉となるものであり、芸術系教科等における学習や、美術館や音楽会等を活用した芸術鑑賞活動を充実させていくことも求められる」、「本物の芸術に触れる鑑賞の活動等を充実させる観点からは、博物館や美術館、劇場等との連携を積極的に図っていくことも重要」といった芸術教育の重要性が示されるなど、今後社会が急速に変化していく時代を生きる子供たちを育成する上で、芸術に関連した教育が非常に重視されているということを是非知っておいていただきたいと思います。


創造活動としての鑑賞

2020年度から小学校で、2021年度から中学校で、2022年度から高等学校で、新しい学習指導要領がそれぞれ実施されます。新しい学習指導要領では、小中高との連携の中で、社会に開かれた教育課程を実現し、図画工作科や美術科、芸術科の本質的な学びを通して子供たちを育てていこうとするものです。

教科等の目標では、「表現および鑑賞の幅広い活動を通して、造形的な見方・考え方を働かせ」ることで、小学校の段階では、「生活や社会の中の形や色などと豊かに関わる」、中学校では「生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる」、そして高等学校では「生活や社会の中の美術や美術文化と幅広く関わる」というように、小学校、中学校、高等学校と、連続性をふまえて「教科において何を育成するのか」ということを明確に示しています。

図画工作科や美術科、芸術科における学習は「創造活動」が学びを支えています。ただ、創造活動というと一般的に自分の心情や考えを生き生きとイメージし、それを造形的に具体化する活動──いわゆる「表現」といわれるものだと思われがちですが、学校教育における「鑑賞」は、例えば、中学校美術科では表現されたものや自然の造形などを自分の目や体で直接捉え、よさや美しさなどを主体的に感じ取り、作者の心情や美術文化などについて考えるなどして見方や感じ方を深める活動であるとして創造活動に位置付けられています。また、解説書では「鑑賞は単に知識や定まった価値を学ぶだけの学習ではなく、知識なども活用しながら、様々な視点で思いを巡らせ、自分の中に新しい価値を作り出す学習である」と説明しています。このように学校教育における鑑賞の活動は「創造活動」であり、授業では、一人ひとりの子供が新しい価値をつくりだしていく活動にしていくことが非常に大事だと思います。このような鑑賞の本質を忘れずにグループワークなどに取り組んでいただければと思います。

鑑賞の活動においては、40人子供がいたら見方や感じ方は40人とも違います。当然一人ひとりの意味や価値をつくりだせる活動というのは一律ではありません。簡単なことではありませんが、みなさんには、一人ひとりの個性やよさを引き出すという側面からも、社会の中の個というものに着目しながら鑑賞の活動を考えていただければと思います。

また、学校では表現の活動と鑑賞の活動の双方を行なっており、特に今回の改訂では、表現と鑑賞の相互の関連を図ることが重視されています。鑑賞の活動が単に表現の活動の補助的な役割で終わってしまうのではなく、鑑賞で学んだことが表現に生かされ、また、表現で学んだことが鑑賞に生かされるような活動の展開も視野に入れながら、子供の発達の段階に応じて鑑賞の本質に迫る活動を考えることも大切です。


本質に迫る学びとは

学校における様々な教科等での学習では、知識を相互に関連付けてより深く理解することや、情報を精査して考えを形成すること、問題を見いだして解決策を考えたり、思いや考えを基に想像したりすることに向かうなどの様々な学びの過程を経ています。そして、その過程を通して、資質・能力が更に伸ばされたり、新たな資質・能力が育まれたりしています。そうした過程の中では、各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方も鍛えられていくと考えられます。

たとえば学校教育に関係のない人たちに「ミロのヴィーナスを使って授業をする教科には何があるか」と聞いたら、おそらく大方は美術とか図工とか答えるのではないでしょうか。しかしながらミロのヴィーナスを使って、古代ギリシャの歴史について学ぶという授業も考えられますし、ミロのヴィーナスが黄金比で出来ているということを切り口に、比率について学ぶという授業も考えられます。このことからわかることは単に美術作品を使ったら、図工や美術の授業になるわけではないということです。つまり大事なのは「何を使うのか」「何をさせるのか」ではなくて、教科の本質に迫ることで「何を学ばせるか」ということが大切なのだということです。

では、例えば美術科における本質とはなんでしょうか。今回の学習指導要領では、各教科等の「特質に応じた物事を捉える視点や考え方」というものを示しています。たとえば中学校美術科の特質に応じた物事を捉える視点や考え方として、「感性や想像力を働かせる」ことや、「対象や事象を造形的な視点で捉える」こと、「自分としての意味や価値をつくりだす」ことの3つをあげ、これらを「造形的な見方・考え方」と位置付けています。

みなさんは今回の改訂において「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」という言葉をよく耳にすると思います。特に深い学びにおいて、図画工作や美術等の学びの深まりの鍵となるのが「造形的な見方・考え方」です。しかしながら授業づくりでは、この「造形的な見方・考え方」をどう働かすかということに軸足を置くのではなく「教科の本質に迫る学習活動」を考えることが重要になってきます。先ほどのミロのヴィーナスを単に授業に使えば深い学びになるのではなく、ミロのヴィーナスを使って教科の本質に迫るからこそ、学びが深まるのです。

美術館における子供たちの活動で考えると、美術館には美術の授業で訪れる子供たちだけではなく、様々な立場から子供たちが訪れるわけですから、子供たちが何のために美術館を利用しているのかによって、その本質的な学びは変わってきます。美術館の活用ではその本質について学校と美術館が子供の学びを共有しながら、子供たちが美術館に訪れる前に様々なディスカッションを行ない、目的に応じて本質に迫った活動にしていくということが非常に大事になります。


「味わうこと」を目指す「見方や感じ方を深めること」

新しい学習指導要領では「B鑑賞」において、小学校では「感じ取ったり考えたりし自分の見方や感じ方を広げること」と示しています。中学では「〜について感じ取り、〜について見方や感じ方を広げること」と明示し、何について感じとったり考えたりするかについて具体的に示しています。また、高等学校に入ると、それを引き継ぎながら「感じ取り、考え、見方や考え方を深める」といった指導事項の構造になっています。

これまでの鑑賞の学習活動では「作品を味わうこと」を大切にしてきました。これからも一人ひとりの子供が自分の見方や感じ方で作品を味わうことは大切にされることです。ただその反面、漠然と「味わう」というところだけが重視され、直感的に感じ取ることだけで活動が終わってしまっていたことも少なくありませんでした。

もちろん直感的に感じ取ることは大事なことではありますが、従前、「感じ取る」だけで、見方や感じ方を広げたり深めたりすることにまでは至らず、より一人ひとりが深く「味わうこと」ができずに終わってしまう鑑賞の活動も見受けられました。今回の改訂では、全ての子供が自分の見方や感じ方を大切にして作品のよさや美しさを味わえるようにするために、形や色、材料や光といった造形の要素の特徴やイメージを感じ取るだけではなく、作者の心情や意図といった作品の背景にあるものや文脈を見つめて考えることで、見方や感じ方を広げたり、深めたりできるようにすることを目指すことが鑑賞の活動のキーワードの一つになっています。

また〔共通事項〕に示された知識を活用して、造形的な視点を豊かにすることも大切です。これまでの知識をタワーのように積み上げることを重視するのではなく、新しい知識をこれまでの体験、経験や以前習得した知識などと結びつけて造形的な視点を豊かにし、作品について考えたり、新しい価値をつくりだしたりしていくことも鑑賞の活動に求められています。


おわりに

今回の学習指導要領の改訂では、「B鑑賞」の改善と共に、美術館との連携も重視しています。例えば中学校美術科では、これまでの美術館の活用だけでなく、連携を図るということが新たに盛り込まれています。中学校美術科の解説では「生徒の鑑賞の活動をより豊かに展開していく観点から学校と美術館等が活動のねらいをお互いに共有しながら推進することが大切」であることや「学習の計画に当たっては、総合的な学習の時間や学校行事、地域に関係する行事などとの関連を図るなどの工夫も考えられる」なども併せて示し、美術館との幅広い連携も一層重視しています。

今日は新しい学習指導要領における鑑賞の活動や、これからの社会を見据えた芸術教育の在り方についてお話ししてきました。グループワークでは、これからを見据えるとともに、是非、美術館の特質を生かした鑑賞活動を考えていただきたいと思います。美術館に行っても、鑑賞するものが実物と学校での複製画の違いだけでしかないという活動ではもったいないと思います。実物との出会いの他に、美術館には広い空間があり、テーマ性をもって作品が展示されています。また美術館は知の宝庫でもあり、専門性の高い学芸員もいます。

みなさんには、子供たちが美術館に行くことをとっておきなことと捉え、こうした美術館の特質を十分に生かして、一人ひとりの子供が豊かな鑑賞体験をできるような活動を考えていただければと思います。