「NCARピックアップ」は国立アートリサーチセンター(NCAR)の活動の中から皆さんに注目していただきたい事例をピックアップして動画コンテンツとともに紹介する特集企画です。
第2回は、アクセシビリティ事業の研究成果として2024年3月に刊行された「ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック」を紹介します。今回はNCARラーニンググループの鈴木智香子研究員に話を聞きました。
鈴木 ミュージアムで実際に起こった「合理的配慮」の事例をもとに、進めるうえでのポイントや背景などを解説したものです。表紙の中心にいるのはハンドブックにも登場する「ミュージアムではたらくMさん」です。読者には、Mさんと一緒に、様々なケースを通して、「合理的配慮」について理解を深め、そして「合理的配慮」の実現につながるようにと考え作りました。ミュージアムに関わる、あらゆる人を読者層として想定しています。
—— 「合理的配慮」という言葉は一般的に聞きなれないイメージがあります
鈴木 簡単に言いますと、障害がある人からの要望を受けて、「社会の中にある困りごと」を、様々な状況に合わせて取り除くことです。
—— 「社会の中にある困りごと」とは具体的に言うと何でしょうか?
鈴木 法律の中では「社会的障壁」という表現が使われています。この「社会的障壁」という言葉が、実は合理的配慮を理解する上で、とても重要となります。前提として、「障壁」がどこにあるのか、そもそもの「障害」の捉え方を理解する必要があります。
—— 「障害」の捉え方について教えてください
鈴木 障害の捉え方には「個人モデル」と「社会モデル」の2通りがあります。この2つの違いは、障害の原因を個人の身体・精神の面に求めるのか、社会に求めるのかです。そして「社会的障壁」というのは、社会の側がつくっている原因そのものを指します。「障害の社会モデル」の考え方では、障害の原因となる社会的障壁をなくすのは社会側の責務であると捉えています。
—— 少し難しくなってきました
鈴木 つまり、障害の原因をつくっているのが社会側なのであれば、それを取り除くのは社会がするべきことだ、ということです。その「障壁」を取り除く方法も2通りあります。例えば、車椅子利用者の前に段差があることで上に上がれない、という障壁があったとします。ひとつめの方法は、スロープやエレベーターなどを設置しておいて、あらかじめ環境自体を変えておくことです。これを「環境の整備」と言います。もうひとつの方法は、本人が求めていることに合わせて対話を重ねて対応をする方法です。これが「合理的配慮」です。事業者となる人が車椅子利用者と話をして、段差はそのままにしながら、仮設のスロープで対応する、というものです。
—— なるほど、「合理的配慮」とは整えられたインフラとは別に、ひとりひとりのニーズに合わせて対応する、ということなのですね?
鈴木 そのようになります。環境の整備だけでは多様な障害のあり方や個別のニーズに対応しきれない場合もあります。ですので「環境の整備」と「合理的配慮」と、両軸で実施していくことが、ミュージアムのアクセシビリティ向上につながると考えています。
—— 最後に、このハンドブックは「DEAIリサーチラボ」の研究成果として刊行されたとありますが、「DEAIリサーチラボ」とはなんでしょうか?
鈴木 「DEAIリサーチラボ」とはNCARが立ち上げた研究会です。このハンドブックは「DEAIリサーチラボ」が調査研究した内容が元となっています。2023年8月、国立アートリサーチセンターのアクセシビリティ事業の一環として「DEAI(であい)リサーチラボ」という研究会を発足しました。「DEAI」とは、Diversity(多様性), Equity(公平性), Accessibility(アクセシビリティ), Inclusive(包摂性)の4つの文字の頭文字をつなげたアクロニム(略語)です。
「DEAIリサーチラボ」では、この世界の潮流となっているDEAIの理念についてリサーチするとともにミュージアムの「アクセシビリティ」の基準を底上げするための具体的な方法や要件を検討しています。くわしくは「DEAIリサーチラボ発足と『合理的配慮』について」をご覧いただきたいのですが、「DEAIリサーチラボ」では外部有識者とNCAR研究員が共に調査し、議論を重ね、記事として公開する、という活動を行っています。「DEAIリサーチラボ」のラボメンバーが調査した実際の事例が、NCARサイト「アクセシビリティ」の調査・研究レポートとして公開されていますので、そちらも合わせてご覧ください。また、下記の動画にてハンドブックの内容をわかりやすく紹介しています。ぜひご覧ください。
(取材・執筆・撮影:NCAR Magazine)