2024.01.31

DEAIリサーチラボ発足と「合理的配慮」について

国立アートリサーチセンター 研究員
鈴木智香子

DEAIリサーチラボ発足と「合理的配慮」について

2023年8月、国立アートリサーチセンターのアクセシビリティ事業の一環として「DEAI(であい)リサーチラボ」という研究会を発足しました。
「DEAI」とは、Diversity(多様性), Equity(公平性), Accessibility(アクセシビリティ), Inclusive(包摂性)の4つの文字の頭文字をつなげたアクロニム(略語)です。「DEAIリサーチラボ」では、この世界の潮流となっているDEAIの理念についてリサーチするとともにミュージアムの「アクセシビリティ」の基準を底上げするための具体的な方法や要件を検討していきます。この研究会では外部から4名の専門的知見を持つ方々に参加いただき、初年度として「ミュージアムにおける合理的配慮」についてリサーチをしてきました。

今後はラボメンバーによる「DEAI調査レポート」を順次公開していきますが、今回はその前段としてリサーチラボが生まれた背景と、「DEAI」の概念からつながる研究テーマ「合理的配慮」について紹介します。

「DEAI」とは?

D Diversity(ダイバーシティ:多様性)
E Equity(イクイティ:公平性)
A Accessibility(アクセシビリティ:利便性)
I Inclusion(インクルージョン:包摂性)

この4つの単語は、現代社会の中で最も重視されてきている概念です。多様性のある、誰一人取り残さない、全ての人の尊厳が大切にされる社会の実現が全世界で目指されています。その背景には、世界全体の潮流として人権意識の大きなアップデートがあり、2015年に国連総会で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)でもその倫理的なヴィジョンが共有されました。
SDGsでは持続可能な開発目標として17個のゴールが設定されています。例えば、以下の3つの文言をみてみましょう。

  • すべての人に健康と福祉を
  • ジェンダー平等を実現しよう
  • 平和と公正をすべての人に

このように、あらゆる人が公平な機会をもって社会参加できている状態こそが、地球の持続可能な状態であることを謳っています。

日本の企業でも、「D&I」や「DE&I」という言葉が企業理念として取り上げられているところが増えています。より多様なひとびとと共に協働していく社会づくりを目指して、この新しい表現が広がってきているといえます。また、ミュージアムの世界においても、アメリカ博物館協会(AAM)では、2010年代後半より「DEAI」の概念をミュージアムのミッションの中で明文化しており、「DEAI」に関する数々の報告書やミュージアムの現場で行われている取り組みを紹介する記事も発信しています。


2015年のユネスコが採択した「ミュージアムとコレクションの保存活用、その多様性と社会における役割に関する勧告」や、ICOM(アイコム:国際博物館会議)と呼ばれるミュージアム界最大の国際会議の場において、約50年ぶりに見直されたミュージアムの定義でも、これらの考えが明記され、現在では「DEAI」の考え方はグローバルスタンダードとして位置付けられています。この潮流を受けて、諸外国のミュージアムでは「脱植民地化」や「LGBTQI+」などのジェンダーに関する展覧会やイベントなどが企画され、積極的に自国の中にある「DEAI」に関する課題を可視化する動きが見られます。

「DEAIリサーチラボ」の発足

「DEAIリサーチラボ」は、この国際的な潮流となっている理念がミュージアムにおいて、どのように実現されうるかをリサーチし、日本のミュージアムの「アクセシビリティ」基準を底上げするための具体的な方法や要件を検討する場です。2023年9月に発足してより、以下の通り活動を進めてきました。

ラボメンバー

<外部有識者>
・亀井幸子 (元徳島県立近代美術館 エデュケーター)
・柴崎由美子(NPO法人エイブルアートジャパン 代表理事)
・髙橋梨佳(NPO法人エイブルアートジャパン「みんなでミュージアム」運営事務局)
・高尾戸美(元多摩六都科学館 多文化共生コーディネーター)

<国立アートリサーチセンター>
・鈴木智香子(国立アートリサーチセンター 研究員)
・伊東俊祐 (国立アートリサーチセンター 客員研究員)
・中野詩(国立アートリサーチセンター 研究補佐員)

活動内容

  • ラボメンバーによる調査:ミュージアムにおいて実際に起こった「合理的配慮」のケースを調査し、集める。
  • 毎月1回開催する「ラボミーティング」:調査の内容について議論し、ミュージアムにおける合理的配慮の現状を理解する。
  • 調査レポート記事の執筆:集めたケースについてレポートとして執筆し、NCARウェブサイトに掲載する。

写真3点:初めての対面によるラボミーティングを実施している様子(2023年12月、国立アートリサーチセンターにて)

最初の研究テーマとして、「DEAI」の理念の先にある「あらゆる人が公平な機会をもって社会参加できている状態」を実現するために重要なステップ、「合理的配慮」について調査することにしました。ラボメンバーの見識により集めた具体的なケースをもとに、ミュージアム業界において「合理的配慮」の理解が進むことを目指しています。

なぜ、「合理的配慮」?
日本の社会背景とミュージアムの現状

みなさんは、「合理的配慮」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
「合理的配慮(reasonable accommodation)」は、新しい概念を含む法律用語でもあり、なかなか理解しづらいかもしれません。しかし、「あらゆる人が公平な機会をもって社会参加できている状態」を実現するために、とても重要なアプローチであり、「共生社会」を実現するうえで理解を深める必要があり、もちろんミュージアムを開かれた公平な場にしていくために重要な概念です。

ここからは、なぜ「DEAIリサーチラボ」の研究テーマとして「合理的配慮」を扱うことになったか、日本の社会背景について説明したいと思います。

日本のミュージアムでは、1981年の国際障害者年以降、「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」などの考えも浸透し、ウェブサイトに施設・設備に関する情報をまとめて掲載される例も増えてきました。また、近年では「ダイバーシティ」「インクルーシブ」という概念が広がり、多文化共生を推進する多言語や「やさしい日本語」への対応など、様々な事業や取り組みが行われるようになってきました。その背景には、冒頭に述べた世界的な潮流や、それに対応する国内の法整備が進められてきたことがあります。

2006年

ー 国連総会で「障害者権利条約」が採択され、初めて「合理的配慮」という概念が明文化されました。

2016年

ー 日本が「障害者権利条約」に批准したのは2014年のことですが、その間に、この考え方に基づく対応が法的に求められ、日本の法律として「障害者差別解消法」が2013年に成立、2016年4月より施行されました。

その後さらに法整備の動きが加速化していきます。国際的な関心も高まる2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を意識しながら、障害者の社会参加が促進される法律が整えられてきました。

2018年

ー「文化芸術基本法」が改正。その基本理念として「年齢、障害の有無または経済的な状況にかかわらず等しく文化芸術を鑑賞できるための環境の整備」が重要視されました。さらに同年には「障害者文化芸術推進法」が制定され、障害者の文化芸術に関する施策が盛り込まれました。

これに加えて、先に挙げたユネスコ勧告やICOMのミュージアムの定義の見直しがあり、日本の博物館法もこの国際的潮流を背景に、2022年に改正されたばかりです。上記で紹介したのはほんの一部ですが、日本では2000年代以降、欧米各国から遅れを取っていた「共生社会」の実現を目指した関連法が整備され、その文脈においてミュージアムや文化芸術の果たす役割も明示されるようになってきました。

そもそも「合理的配慮」は、障害者差別解消法が成立した時点から公的施設では義務化されていたのですが、10年近く経った現在においても、ミュージアムの運営において浸透しているとは言い難い現状です。さらには2024年4月には「合理的配慮」の提供が公的施設だけでなく民間事業者も含め完全義務化されるため(※令和6年4月1日法改正による)、ミュージアムの運営においても「合理的配慮」への対応の実現は待ったなしの状態であるのです。

「合理的配慮」とは?

では、「合理的配慮」とは何なのでしょうか?
簡単に書くと、障害のある人から、社会の中で出会った困りごとや社会的障壁を取り除いてほしい、という意思が伝えられた時に、社会(行政機関や事業者)側がその人の特性や状況に合わせて調整したり変更したりする対応のこと、です。

ここで表される「障害のある人(障害者)」とは、誰を指すのでしょうか?
障害者権利条約で表されている「障害者」というのは、「障害の社会モデル」の考え方に基づいています。一般的に「目が見えない」「耳が聞こえない」「立って歩けない(車椅子に乗っている)」などの身体面や精神面の機能に障害があることを「障害」だと捉えがちですが(これを障害の医療モデルや個人モデルと言います)、実は社会や環境のあり方・仕組みが「障害」を作り出していると考え、それを解消するのが社会の責務だとする考え方が、「障害の社会モデル」です。


重要なのは、「合理的配慮」の提供を必要とする「障害のある人」というのは、「障害」を感じるだれもが対象だということです。「(社会に対し障害を感じる)あらゆる人が公平な機会をもって社会参加できている状態」を実現することがゴールであり、「公平な機会」を得る権利を保障するものなのです。



それでは、どういう「障害」と「それを解消する対応」が考えられるのか、ミュージアムの例に即して具体的に考えてみましょう。だれかがミュージアムへ行くときに、何かしらの「障害」(社会的障壁)、つまり困りごとが生まれたとします。

  • 聞こえないAさんが講演会に参加したいけど、情報保障が何もされず進行してしまうとき
  • 見えないBさんが解説パネルに書かれている文章を読みたいけど、壁に貼られたパネルしかないとき
  • 車椅子に乗ったCさんがミュージアムへ入りたいけど、入口に階段しかないとき
  • 発達障害のあるDさんはミュージアムがどんな場所かわからないため、不安を感じるとき

これらの困りごとを解決するために、例えば下記のような対応が考えられると思います。

  • 聞こえないAさん含め、聴覚障害のある人が参加できるように、手話通訳付きの講演会を企画する
  • 見えないBさん含め、視覚障害のある人が参加できるように、解説文を点字で訳したパネルを設置する
  • 車椅子に乗ったCさん含め、車椅子に乗った人が入館できるように、階段以外にスロープの経路を設置する
  • 発達障害のあるDさん含め、初めての場所が不安な人が安心して来館できるように、「ソーシャルストーリー」を用意する

このように、Aさん、Bさん、Cさん、Dさんの個人ではなく、「不特定多数」の人を想定して対応することで解決できるものもあります。これらは、いわゆる「設備のバリアフリー化」や「環境の整備」と呼ばれるものです。
しかし、こういった「全体」に対する対応を行なったからといって、あらゆる「困りごと」に対応できるわけではありません。もう一つ必要となるのが「個別」への対応です。どこに「障害」を感じるかは、個々人の特性や文化的背景によって違いますし、その「ニーズ(要望)」というのも、その時々の状況で異なります。
この個別のニーズを解決するために法律(障害者差別解消法)で定められているのが、「合理的配慮」の提供です。

具体的に、「合理的配慮」には以下のプロセスがあります:

第2回ラボミーティングで提示した「合理的配慮」のプロセスを示した図(伊東俊祐作)

1. <困りごと・要望(依頼)>


講演会に参加するのに障害を感じた聞こえないAさんがミュージアム側に対し、「情報保障をつけてもらえないか」と依頼します。

2. <対話(建設的対話)>


ミュージアム側は、「どのような情報保障を希望しますか?」という風に、Aさんがどういったサポートを希望しているのかをよく聞いたうえで、ミュージアム側が対応できることを探り、提案する、という重要なプロセスです。

3. <合意>


双方が合意できれば、合理的配慮の提供が実現した、ということになります。
例えばAさんが手話通訳を希望し、ミュージアム側が手配できれば、無事に解決したことにつながります。


では、実際にどのような「困りごと」があり、ミュージアムはどう「対応」をしてきたのか、つまり、どのように「合理的配慮」を提供してきたのでしょうかーー。「DEAIリサーチラボ」のラボメンバーが調査した具体的なケースをもとに、一緒に考えていきましょう。「DEAIリサーチラボ」の調査記事レポートを通して、「合理的配慮」の理解が進むこと、そして「ミュージアムへ行くときに困っている誰か」を想像できるようになること、その先に、ミュージアムから「共生社会」に一歩でも近づくことを願っています。

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