2024.05.17
DEAI調査レポート3

ミュージアムと合理的配慮
――ひとつの問い合わせが美術館を変える

合同会社マーブルワークショップ代表/
DEAIリサーチラボメンバー
髙尾戸美

DEAI調査レポート3 | ミュージアムと合理的配慮<br><small> ――ひとつの問い合わせが美術館を変える</small>

「暗闇ワークショップ――さわって、はなして、みる/石と乾漆――」の様子(写真提供:岡山県立美術館)

この「DEAI調査レポート」シリーズでは、「DEAIリサーチラボ」*のメンバーが調査した事例を紹介していきます。
第3回の調査記事は、これまでミュージアム**での「やさしい日本語」の推進などに取り組んできた髙尾戸美(合同会社マーブルワークショップ代表)のレポートです。岡山への移住をきっかけに岡山県立美術館の活動に関わり始め、身近に接したことからの気づきや学びを紹介します。学校や団体、個人利用者からのニーズに対して、美術館はどのように取り組んできたのか、そこからの学びとは。


*「DEAI」とは、Diversity(多様性), Equity(公平性), Accessibility(アクセシビリティ), Inclusive(包摂性)の4つの文字の頭文字をつなげたアクロニム(略語)です。2023年8月に国立アートリサーチセンターの活動として発足した「DEAIリサーチラボ」では、世界の潮流となっているDEAIの理念についてリサーチするとともにミュージアムの「アクセシビリティ」の基準を底上げするための具体的な方法や要件を検討しています。外部から専門的知見を持つ方々の参加をえて、2023年度は「ミュージアムにおける合理的配慮」について、具体的事例とともに理解を深める活動をしました。「DEAIリサーチラボ」ならびに「合理的配慮」については、調査研究レポート「DEAIリサーチラボ発足と『合理的配慮』について」をお読みください。

 **このレポートの「ミュージアム」は、美術館だけでなく、考古・歴史・民俗・文学などの人文科学系博物館、自然史・理工学などの自然科学系博物館や、水族館、動植物園のほか、資料館や記念館も含みます。この「DEAI調査レポート」シリーズでは、ラボメンバーが調査した事例を紹介していきます。

はじめに

私がミュージアムと関わり始めたのは、大学1年生の時です。札幌市豊平川さけ科学館のボランティア活動、そして臨時職員として河川でのサケの生態調査や飼育、教育普及活動を通じてミュージアムという場にすっかり魅了されました。その後、東京に拠点を移し、自然史博物館での勤務、また全国の文化施設の展示設計や施工プロジェクトにプランナーとして携わった経験を経て「ミュージアムに関わるあらゆる人たちの学びを支援すること」を目的に小さな会社を起業しました。それ以降、全国のさまざまな施設でワークショップの企画運営、職員向け研修を行ってきました。転機が訪れたのは、多摩六都科学館(註1)で研究・交流グループリーダー/多文化共生コーディネーターとして地域連携などの業務を担っていた時です。多摩六都科学館は、東京都の多摩北部エリアにある5つの地方公共団体が地域のためにつくられました。地域に暮らす外国人と科学館とを繋ぐプロジェクトが2019年に立ち上がり、私はミュージアムの担当者として行政、大学、支援団体や市民等と共に携わりました。この経験を通じて、ミュージアムが地域社会、そして市民のためにできることとは何かを改めて考え、学ぶ機会を得ました。その時の体験を胸に、現在は移住先の岡山で大学院生をしながら、外部支援者の立場でミュージアム現場スタッフの方々と共に活動をしています。

今回は、岡山県立美術館での「合理的配慮」への対応について、同館の岡本裕子主任学芸員へのヒアリングを元に、現場のスタッフがその対応の際、どのようなことを考えながら取り組んだのか、またそれらの活動が施設運営にどう活かされているかを紹介します。

岡山県立美術館とは?

岡山県立美術館(以下、県美)は、郷土にゆかりあるすぐれた美術品を収集・展示するとともに、芸術文化を介して、現在から過去・未来に、岡山から様々な国や地域に「つながる美術館」を目指して1988年に開館しました(註2)。「岡山県ゆかり」をキーワードとした『岡山の美術展』は、収蔵作品から郷土とのつながりを実感することができる県立の美術館らしい展示内容です。その他に、全国を巡回する大規模な展覧会や学芸員によるギャラリートークをはじめ、こども向けのワークショップなどの教育普及事業も定期的に開催されています。

県美の特徴として、学校向けの教育普及活動に力を入れていることが挙げられます。学校と美術館の連携事業は1998年に始まり、10年の紆余曲折を経て恒常的な連携組織である「学校と美術館の連携プロジェクト委員会」の発足に繋がっています。また岡山県内の小中学校の教育研究会と連携した展覧会を2020年から年に一度開催してきました。そこには県内の小中学校だけでなく特別支援学校も参加しています。

岡山県立美術館外観

「美術館に行ってもいいでしょうか?」

みなさんはどこかのミュージアムに行く時、はじめに何をしますか?おそらくは公式ウェブサイトなどで、その施設の開館情報、交通手段、どんな展示が見られるか、何か参加できるイベントはあるかについて調べることが多いのではないでしょうか。個人的に行く場合、開館日に、予約不要の展示やイベントを選び、気軽にミュージアムを利用することができます。それに対し、学校などの団体で利用しようとする場合、一度に多くの生徒を連れて行く必要があり、事前に日時の調整や移動手段の確保など、大変なエネルギーを要します。その中でも、例えば特別支援学校から生徒たちを連れて行く場合、設備面を含め、さまざまなニーズを必要とするケースもあるため、事前に相談すること自体、他の団体よりもハードルが上がってしまいます。学校や施設側からすると、「自分達はミュージアムに受け入れてもらえるのだろうか」、そもそも「行ってもいいのだろうか?」「対応してもらえるのだろうか」という想いを抱えての問い合わせから始まります。

では、県美で実際にあった「合理的配慮」の対応例を「DEAIリサーチラボ」で議論したプロセスに則り紹介します。
身体障害、知的障害、そして発達障害などの重複障害がある、多様な配慮が必要な利用者が通う放課後等デイサービスから、団体見学をしたいという相談が美術館に届きました。

1. 障害のある方や支援者からの<困りごと・要望>の内容
2. 障害のある方・支援者側と美術館側との<対話>
3. <双方が合意したこと>で最終的に実施した内容
という3つの段階に分けて説明します。

1. <困りごと・要望>
デイサービスの担当者より、「入退館する際の介助者が足りないため、なるべく一度に入館したい」という要望があった。

2. <対話>
・既存のエレベーターでは車椅子1台と介助者一人しか一度に利用できないため、美術館のエントランス入り口からの入場やエレベーターの利用が難しい。
・エントランスに介護タクシーを付けて入館しようとした場合、入館するまでに段差や距離がある。さらに屋根がないために雨天時の移動が困難となる。
デイサービスの担当者と意見をすり合わせのうえ、可能な限り対応できるように打合せを重ねた。

3. <双方が合意したこと>
・他の団体利用者の予定や、館内施設の使用予定を確認し、美術館スタッフが事前に館内で調整を行った。加えて、関係するスタッフに事前に情報を周知しておいた。
・車椅子利用者や歩行困難者など多様な配慮が必要な子供たちが一度に入館できるように、エントランスからではなく、トラックヤード側から入退館した。
デイサービスの担当者は、一度に入退館でき、移動の際の負担が軽減されたことに満足した。

館内に理解の輪を広げる

障害のある人がミュージアムを安心して楽しむことができるようにするためには、ミュージアム側の担当者だけが適切な対応を理解するだけでなく、館内全てのスタッフへの周知と協力が不可欠です。

例えば、通常の移動手段として利用するエレベーターだけでは、全ての車椅子利用者が一度に乗ることができないケースがあります。その際は、全員が一緒に移動できるよう、通用口や大きな業務用エレベーターを用いる対応もできますが、館内での事前の調整が必要となります。

そして最も重要なことは、学芸員や事務職員などの館内職員だけでなく、来館者に直に接する受付スタッフや展示室内の監視員、警備員、そして市民ボランティアなどに周知することです。それは、何かしらのサポートを必要とする利用者を、館内の多くのスタッフが特別な対応ではなく、日常業務対応として見守ってくれる環境をつくることにもつながるからです。

また次のようなエピソードを県美で聞きました。ある視覚障害者から、「いつもは家族の協力によって美術館で作品を鑑賞していたが、その日は家族の都合がつかないため美術館のスタッフに一緒に絵を見てほしい」という依頼があり、その時はボランティアが対応したそうです。その後も、その人は一人で美術館を訪れることがあり、ボランティアと共に鑑賞を楽しむこともあったそうです。このように、ミュージアム全体で、来館する人の要望に対し、いつでも温かく対応できることが理想であると考えます。

個々の対応から、より多くの人たちが参画できる場づくりにつなげる

「合理的配慮」は、個々の要望に応じて対応しますが、そのことがきっかけで新しい教育プログラムが誕生することがあります。県美では、盲学校の生徒による見学を10年間継続して受け入れてきた中で、学芸員と盲学校の教員とで活動内容の省察を繰り返し、触る作品や触図(註3)の制作につながりました(註4)。また、これまでの成果は、現在も県美で開催されている、視覚障害の有無に関わらずだれでも参加できるプログラム「暗闇ワークショップ」(註5)につながりました(写真2点)。このような企画は、障害を超え、また新たなモノの見方を学ぶ機会として機能します。また、ミュージアムのプログラムを通じて、障害がある人たちに対して知らないうちに行ってしまっているかもしれない「マイクロアグレッション(註6)」に気づくきっかけになることもあると思います。

「暗闇ワークショップ――さわって、つくって、 みる――」の様子

「暗闇ワークショップ――さわって、はなして、みる/石と乾――」の様子

おわりに

今回の調査を通じて、ミュージアムは誰もが利用できる場であるにもかかわらず、障害がある人たちにとっては、来館すること自体をためらう状況があることがわかりました。その状況を少しでも改善するべく、県美では問い合わせを受けた学芸員が、学校や施設の担当者と共に、最善の対応を考えながら館内への理解も促しつつ「合理的配慮」を実施している現状があります。そしてその対応から生まれたアイデアをユニバーサルなプログラムに発展させている様子も知ることができました。

ミュージアムではたらくスタッフは、どのような利用者にも、できるだけ良い時間を過ごしてほしいと願い、そしてそのためにできることを考え、日々その課題に向き合っています。しかしながら、ミュージアムで「合理的配慮」が提供されるということを知っている人は、一般的にまだ少ないのではないでしょうか。ミュージアムに来館できずに困っている多様な人々に対して、実はその困りごとをミュージアムに相談すれば少しでも希望に近い形で利用できるということを、学校や社会福祉施設などに関係する、多くの人に知らせることが必要です。

もし、あなたの近くに、ミュージアムへ来館することをためらっている人がいたら、「まずは、ミュージアムに相談してみませんか?」と声をかけてみませんか?一人ひとりの小さな働きかけから、様々な可能性が広がっていくのではないでしょうか。

1)多摩六都科学館 https://www.tamarokuto.or.jp(2024.2.18閲覧)

多文化共生プロジェクトについては、以下を参照のこと

https://www.tamarokuto.or.jp/blog/rokuto-report/2020/04/27/tabunka/(2024.3.27閲覧)

2)岡山県立美術館 https://okayama-kenbi.info(2024.2.18閲覧)

盲学校との連携プログラムについては、以下の図書も参考になります:

岡本裕子「第1章 対話を用いた教育プログラムの立案——美術館と盲学校の連携事業から」『ひとが優しい博物館 ユニバーサル・ミュージアムの新展開』広瀬浩二郎編著、青弓社(2016年)p.36-49

3)「触図」とは、描かれている要素を点・線・面などに置き換え、触って分かるように、凹凸をつけて表したもの

4)岡本裕子「触図活用の新展開?!」『ユニバーサル・ミュージアム さわる!“触”の大博覧会』国立民族学博物館編集・広瀬浩二郎編者(2021年)p.182-185

5)岡本裕子「実践報告「暗闇ワークショップ―さわって、つくって、みる」」『美術館ニュース』第138号 (2022年)

https://okayama-kenbi.info/kenbi/wp-content/uploads/2022/09/138.pdf(2024.2.18閲覧)

6)「マイクロアグレッション」とは、マジョリティが無意識のうちにマイノリティに対して発する言葉などを通じて意図せずに攻撃してしまうこと
多文化共生教育が専門の渡辺雅之氏の定義によると[日頃から心の中に潜んでいるものであり、口にした本人に「誰かを差別したり、傷つけたりする意図」があるなしとは関係なく、対象になった人やグループを軽視したり侮辱するような敵対・中傷・否定のメッセージを含んでおり、それゆえに受け手の心にダメ―ジを与える言動]とある

https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2023/89893/education (2024.3.19閲覧)

写真提供:すべて岡山県立美術館 
編集協力:米津いつか

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