2024.08.09

【シンポジウム開催報告】国立アートリサーチセンター 国際シンポジウム・ワークショップ2023「美術館とリサーチ|アートを“深める”とは?」(2024年3月21日開催)

【シンポジウム開催報告】国立アートリサーチセンター 国際シンポジウム・ワークショップ2023「美術館とリサーチ|アートを“深める”とは?」(2024年3月21日開催)

左より、片岡真実、オズゲ・エルソイ、川口雅子、カラ・オリッジ、イ・デヒョン
撮影:仙石健(.new)

国立アートリサーチセンター(NCAR)は、国内外の美術専門家による対話と協働の場を創出することを目的に、2024月3月21~23日に国立新美術館にて「国際シンポジウム・ワークショップ2023」を開催しました。

「美術館とリサーチ|アートを“深める”とは?」をテーマに、世界各国から集まったアーティスト、キュレーター、研究者ら美術専門家45名が3日間のワークショップに参加し、3月22日にはシンポジウムを一般公開にて開催しました。

シンポジウムでは、より多角的な議論の場となるよう、運営規模や形態、活動対象や地域を異にする、世界の多様なアートリサーチ拠点から5名のパネリストをお迎えし(下部リスト参照)、各機関の特徴やユニークな取り組みを紹介いただきました。パネルディスカッションでは、各機関の課題を共有し、それぞれの実践例を交えながら、互いの強みを活かしたリサーチ資源の活用方法や共同の在り方について、幅広く議論がなされました。本稿では、本シンポジウムで議論された主な内容をお届けします。

目次

何をリサーチし、誰に向けてアーカイブするのか

  • アジア・アート・アーカイブの事例
  • ヒューストン美術館、ICAAの事例

伝統と革新―21世紀のリサーチ機関として

  • ゲッティ・リサーチ・インスティテュートの事例

日本での取り組みー日本の情報を、海外へ

  • 国立アートリサーチセンターの事例

美術館とリサーチ―アートを“深める”とは

冒頭に、片岡真実センター長より、設立から一周年を迎えたNCARの活動実績の紹介とともに、近年の国際的なアートシーンの動向に対する考察と本シンポジウム開催の背景についての説明がありました。「戦後、アジア地域のなかでは日本の美術館行政は比較的早い段階に発展してきましたが、現代アートの国際的な潮流が大きく変動するなかで、90年代以降、アジア各地に主要な近現代美術館、国際展、アートフェアなどが次々と開設され、近年、それまであまり紹介されてこなかった地域、ジェンダー、アートの技法などを含む多様な表現が世界各地で注目を集めています。こうした変化のなか、日本の美術館も21世紀型の新しいモデルへの更新が求められており、これまでの歴史の中で見過ごされていたものを改めてリサーチする、“リサーチの時代”を迎えていると言えるのではないか、という提議のもと、本シンポジウムでは世界の実践例を通じて、多角的にアートを”深める”方法について探っていきたい」と語りました。

何をリサーチし、誰に向けてアーカイブするのか

アジア・アート・アーカイブの事例

香港のアジア・アート・アーカイブ(以降AAA)は、2000年当時、設立者の一人クレア・スーが自身の修士課程で中国現代美術の資料の入手に苦心した経験から、アジアの現代美術を自分たちの手で記録し、資料を収集し、それらの情報を積極的に公開していこうという強い決意の下に設立されました。現在、キュレーター、研究者、編集者、技術者など約30名のスタッフで運営され、リサーチを軸に活動する非営利団体です。設立から20年が経ち、収集した二次資料5万点以上をライブラリー、デジタル化した一次資料7万6千点以上をオンラインにて公開しています。ライブラリーでは、地域の作家やコミュニティと連携し、資料研究にもとづくアーカイブ展示を定期的に開催しており、体感を重視したパフォーマンスやワークショップも行っています。こうした資料研究と展示公開の過程で新しく得た知見をさらに記録化していくことで、多角的かつ活きたアーカイブ資料の構築と活用の循環を図っています。シニア・キュレーターのオズゲ・エルソイ氏は、いかなる活動も収集作家を中心に据え、彼女らが何を考えて制作し展示をしたのか、繰り返し問い続けることで作品や制作過程をより深く考察し、作家の思考と制作活動の軌跡を言説化するためのリサーチとアーカイブに重点を置いて活動を行っている、と語りました。

  • アジア・アート・アーカイブ シニア・キュレーター オズゲ・エルソイ氏
    撮影:仙石健(.new)

ヒューストン美術館、ICAAの事例

人口240万人のうち45%がラテン系(うち63%が学生)である、ヒューストン(2024年3月当時)を拠点とするヒューストン美術館ICAA*。ここでは、2001年より、世界に先駆けてラテンアメリカのアートに特化したコレクションを形成し、資料を精力的にアーカイブしていくという取り組み**が始められました。その特徴は、これが同館単体のイニシアチブではなく、北中南米20都市をつなぐ大陸的ネットワークにより形成された22の特別研究チームが協働し、20年にわたって継続的に事業を行っていることにあると、ICAAディレクターのマリ・カルメン・ラミレス氏は語ります。同センターでは、現在1万点を超えるラテンアメリカのアートの一次資料を管理し、オンライン無料公開を前提とした大規模なデジタルアーカイブ化も進めています。同美術館では、これら収集したコレクションと関連アーカイブを定期的に展示公開し、大学と連携した実践的な教育プログラムとともに、ラテンアメリカのアート研究における新しいナラティブや理論の再構築を積極的に促しています。この取り組みは、それまで周縁化されていたラテンアメリカのアートの再文脈化と振興を促し、コミュニティの文化的アイデンティティを支える一助となっていると、ラミレス氏は語りました。

  • ヒューストン美術館ラテンアメリカ部門担当キュレーター/ICAAディレクター マリ・カルメン・ラミレス氏
    撮影:仙石健(.new)

伝統と革新―21世紀のリサーチ機関として

ゲッティ・リサーチ・インスティテュートの事例

アメリカ・ロサンゼルスを拠点とするゲッティ・リサーチ・インスティテュート(以降GRI)は、1953年にアメリカの実業家J.P.ゲッティが設立した財団の豊富な資金力のもと、主に西洋美術を収集するゲッティ美術館のコレクションを中心に調査研究を行う専門機関として1954年に開館しました。現在、約10万点の貴重資料を含む膨大なアーカイブ資料は総勢117名のスタッフで管理され、世界の美術研究の基礎となるデータベース運営には、時代に即した運用を可能にする専門チームが配備されています。リサーチ・ライブラリー運営や展示活動などのほか、国内外の美術専門家向けの助成や滞在研究プログラムも実施しており、後者は、1985年の開設以来59か国以上から1,800名の奨学生を受け入れていると、GRIのアソシエイト・ディレクターのカラ・オリッジ氏は語ります。近年では、歴史ある組織が陥りがちな運営の不透明性から脱却し、現代の多様性や包摂性に根差した運営方針への転換が求められており、2020年から新しいリーダーシップのもと、持続可能性を運営指針の柱とし、DEAI***にもとづく組織再編やプログラムの再構成を行い、施設サービスの見直しから組織内スタッフの意識変革にいたるまで、徹底した対策が図られています。

  • ゲッティ・リサーチ・インスティテュート アソシエイト・ディレクター カラ・オリッジ氏
    撮影:仙石健(.new)

日本での取り組みー日本の情報を、海外へ

国立アートリサーチセンターの事例

日本の事例として、国立アートリサーチセンターの情報資源グループが手掛ける、日本の美術研究のためのリサーチポータル「アートプラットフォームジャパン」の取り組みが紹介されました。なかでも、日本の重要文献の翻訳とオンライン出版、全国の美術施設の収蔵品情報を日英バイリンガルにて発信する「全国美術館収蔵品サーチ『SHŪZŌ』」の構築背景や特徴、さらには日本の作家情報を発信する「日本アーティスト事典」といった最新の取り組みが紹介されました。日本国内では、いまだ専門人材や財源不足のため、収蔵品情報を十分にデータ公開するに至っていない美術施設も多くあるなか、こうしたイニシアチブは、国内外に日本の近現代アートや美術館のコレクション情報を丁寧かつ網羅的に発信するという点で、先駆的かつ意義深いものといえます。今後、技術の進展や国内外の需要を見極めつつ、まずは国内のデータ整備と発信基盤を継続して整え、公開データを拡張していくことが重要であるが、より国際的に情報を活用していくための将来的な広域連携の可能性も示唆されました。

  • 国立アートリサーチセンター情報資源グループリーダー川口雅子氏
    撮影:仙石健(.new)

パートナーシップの可能性

Hゾーンの事例

近年、国際的なアートシーンでの存在感が一層高まる韓国はソウルを拠点に、アート・コンサルティングを通じて様々な国際プロジェクトを展開するHゾーン。設立者兼ディレクターのイ・デヒョン氏は、21世紀の国際社会におけるアート・プロジェクトの動向分析をもとに、時代の潮流を読み解きながら、さまざまな境界線を超えてコラボレーションしていくことの重要性を語りました。2020年に手がけた、音楽と現代アートで世界5都市をつなぐ「CONNECT, BTS」プロジェクトや、ヒュンダイ・モーターズ在職時に実現したイギリス・テート美術館との「ヒュンダイ・テート・リサーチ・センター:トランスナショナル」プロジェクトなどを成功例に、美術館が既存の枠組みに囚われない連携と社会的実践を、企業や行政など異なる強みをもったパートナーと創造的に実現していくことで、地球規模の諸問題にアートの視座からアプローチできる可能性を語りました。

  • Hゾーン設立者/ディレクター イ・デヒョン氏
    撮影:仙石健(.new)

まとめ

ディスカッションでは、各機関における人材やキャパシティの問題が指摘された一方で、それぞれの専門性を活かした発展的なパートナーシップの在り方が議論されました。例えば、AAAやGRIでは、物理的な資料の保管や管理をパートナーの美術館や大学機関が担う代わりに、それら資料のデジタル化とオンライン公開を自分たちが担当することで、互いの専門性を活かした相互補完的な連携が実践されています。こうした資料の共同管理や共同公開の在り方は、限られたリソースの中で、互いの強みを活かしつつリサーチ資源を有効に活用し、より多くの利用者のアクセスを可能にする有益な方法であることが議論されました。また、こうしたパートナーシップにおいては、専門性や技術の交換だけではなく、それぞれのミッションの実現や公益につながるような、互恵的な連携であることが重要であることも謳われました。

改めて、アートを“深める”とは

本シンポジウムでは、さまざまな世界のリサーチ機関の実践例を通じ、リサーチやアーカイブの方針や手法、収集した資料の公開や活用方法、発展的な共同の在り方などについて、多角的に議論が重ねられました。いずれの機関も、時代に即したリサーチや資源のさらなる活用方法を模索し、日々実践を積み重ねています。

最後に、片岡センター長は、これまでの議論を通じて、あらゆる美術館活動のなかでも、展覧会の動員数や調達資金といった数字的指標とは異なり、リサーチやアーカイビングといった表にはみえにくい仕事においても、その細部に立ち入り、どれだけ丁寧に仕事がなされているか、またそれがどのように美術館活動を“深めて”いるかといった視点にも着目し、さらにそれを対外的に伝え、美術館活動全体の発展につなげることが重要であると締め括りました。

シンポジウムにおけるディスカッションの様子
撮影:仙石健(.new)

国立アートリサーチセンターでは、日本のアートの国際的な存在感の向上を目指し、今後も世界の美術館や研究機関の多様な実践例を紹介するとともに、対話の機会を創出し、日本の美術館活動全体の促進に寄与すべく活動を続けてまいります。

* ICAAInternational Center for the Arts of the Americas

**Documents of Latin American Arts and Latino Arts」と題し、ラテンアメリカのアートの記録化、文書化、それらのオンライン出版・公開を目標として、2001年にICAAにより始動されたアーカイブ・プロジェクト

*** DEAIDiversity(多様性), Equity(公平性), Accessibility利便性), Inclusion(包摂性)の4つの文字の頭文字をつなげたアクロニム(略語)

シンポジウム概要:
日時:令和6(2024)年3月22日(金) 17:30~20:00
主催:独立行政法人国立美術館 国立アートリサーチセンター
会場:国立新美術館 3階 講堂(東京都港区六本木7-22-2)

プログラム:
開会挨拶:片岡真実(国立アートリサーチセンター長)
プレゼンテーション:
パネリスト:
オズゲ・エルソイ(アジア・アート・アーカイブ シニア・キュレーター)
川口雅子(国立アートリサーチセンター情報資源グループリーダー)
イ・デヒョン(Hゾーン設立者/ディレクター)
カラ・オリッジ(ゲッティ・リサーチ・インスティテュート アソシエイト・ディレクター)
マリ・カルメン・ラミレス(ヒューストン美術館ラテンアメリカ美術部門担当キュレーター/ICAAディレクター)*オンライン登壇
ディスカッション:
モデレーター:片岡真実(国立アートリサーチセンター長)
質疑応答
閉会

シンポジウム動画はこちらからご視聴いただけます:
https://youtu.be/NiU0qXU6yPI

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