2024.03.21

【共創フォーラム開催報告2】英国のミュージアムが取り組む「健康とウェルビーイング」

社会連携促進グループ 高田麻央

【共創フォーラム開催報告2】英国のミュージアムが取り組む「健康とウェルビーイング」

Photo: 藤島亮

 2023年10月8日(日)、共創フォーラム「Art, Health & Wellbeing ミュージアムで幸せ(ウェルビーイング)になる。英国編」が開催されました。このレポートでは、当日のフォーラムの様子に加え、ゲストスピーカーによるインスピレーション・トークや参加型ワークショップを通して感じたことや考えたことを、フォーラム参加者の視点から報告します。

開催概要

 本フォーラムは、アートと健康・ウェルビーイングをつなぐ先進的取組が進む英国から4名、日本から1名の実践者が登壇し、会場とライブ配信のハイブリッドで開催されました。参加者数は、リアル会場は約100名で満席、ライブ配信の視聴者数は700名超となりました。
参考:【共創フォーラム開催報告1】

会場の様子

 会場となった国立新美術館の講堂は、段ボール製の特注テーブル約20個を、それぞれ5名程の参加者が囲むアイランド形式のレイアウトとなっており、着席して開始を待つ参加者の間で自然と挨拶や会話が生まれていました。座席には資料と合わせてワイヤレスのガイドレシーバーが置かれ、日英同時通訳を聞きながらフォーラムに参加できるよう準備がされていました。この日英同時通訳を含め、多様な参加者に配慮したアクセシビリティの充実は、本フォーラムの特徴の一つであったと言えるのではないでしょうか。会場では、ステージ上で日本手話通訳が行われ、ステージ下のスクリーンでは日本語の文字通訳がリアルタイムで表示されました。

  • 会場の様子(Photo: 藤島亮)
  • 各席に置かれたガイドレシーバーと名札(Photo: 成田舞)
  • リアルタイムの文字通訳が表示されるスクリーン(Photo: 成田舞)

イントロダクション

 フォーラムのイントロダクションとして、国立アートリサーチセンターの稲庭より、フォーラムのキーワードである「健康とウェルビーイング」を取り巻く国際社会の潮流と、これに取り組む日本とイギリスにおける社会的・文化的背景を概観するプレゼンテーションがありました。
このイントロダクションでは、日本において「健康とは何か」という概念の更新が起こった背景について、超高齢社会の到来やSDGsの浸透、新型コロナウイルス感染症の世界的流行といったマクロな視点で整理するとともに、同時期に発生したMeTooやBlack Lives Matterといった世界的な社会運動の高まりにも触れることで、続くインスピレーション・トークで紹介される取組のバックグラウンドを確認することが出来ました。

インスピレーション・トーク

 ゲストスピーカー5名による、それぞれ約20分間のインスピレーション・トークの詳細は収録動画で見ることができます。本レポートでは、トークの概略をまとめつつ、キーワードや印象的な発言や論点を振り返りたいと思います。

マンチェスターにおける美術館とローカルコミュニティとのコミットメントを高めるプロジェクト(事例紹介)

スピーカー:Ruth Edson(ルス・エドソン)
マンチェスター市立美術館 ラーニング・マネージャー(コミュニティ担当)

Ruth Edson氏によるプレゼンテーションの様子(Photo: 藤島亮)

 このトークでは、それぞれ異なる美術館を拠点とした2つの事例が紹介されました。いずれも、ローカルコミュニティの抱える課題にアプローチした取組です。1つ目は、 マンチェスター市立美術館において、マンチェスター市に住む50歳以上の女性の“仕事”と“年金”に関わる不平等に焦点を当てた「不確実な未来 ― 地元牽引型の共創されたアートとリサーチ」プロジェクトです。2つ目は、閉館したミュージアムPlatt Hallを活用し、ローカルコミュニティにおいて社会的処方の導入を試行する「プラットホール・イン・ビトウィーン」プロジェクトです。どちらも特色のあるチャレンジングなプロジェクトですが、特に「プラットホール ・イン・ビトウィーン」は、社会的処方の仕組みをコミュニティに実際に組み込んでいるという点で、世界的にも先駆的な事例と言えるのではないでしょうか。

リバプール・ミュージアムの認知症啓発プログラム「ハウス・オブ・メモリー」(事例紹介)

スピーカー:Carol Rogers(キャロル・ロジャース)
ナショナル・ミュージアムズ・リバプール ハウス・オブ・メモリーズ ディレクター

Carol Rogers氏によるプレゼンテーションの様子(Photo: 藤島亮)

 このトークでは、リバプール・ミュージアムが開発・実践している国際的な認知症啓発プログラム「House of Memories」が紹介されました。「メモリーツリー」(註1) を描いた1枚の紙から始まったこのプログラムは、10年という期間を通して、持ち運び可能な専用「ツールキット」を始め、タブレット端末で使用する認知症ケアのためのアプリケーション「My House of Memories」、美術館の外でもプログラムを実施できるよう小型のバンにコレクションを積んだ「On the Road」など、たくさんのコンテンツを生み出しています。ロジャース 氏は、本プログラムを「認知症コミュニティを支える、世界をリードするミュージアム発のイノベーション」と表現していましたが、そこには10年の間に積み重ねてきた取組に対する誇りと、美術館が社会に対して果たす責任に対する強い意識が感じられました。ロジャース氏のアントレプレナーシップがにじみ出る非常に印象深いトークでした。

テート美術館におけるラーニングプロクラムのビジョンとパートナーシップ戦略

スピーカー:Mark Miller(マーク・ミラー)
テート美術館 ラーニング・ディレクター

Mark Miller氏によるプレゼンテーションの様子(Photo: 藤島亮)

 ミラー氏のトークは、社会に開いた取組を行うにあたって美術館が考えるべき、あるいは自ずと直面する様々な「問い」について言及するものでした。例えば、テート美術館が社会において果たすべき役割は何か、地域社会からテートに向けられるニーズは何か、現在何ができていて何ができていないのか、いかにして取り組むべきニーズの優先順位付けを行うかといった、活動の現在地と目的地を明らかにする問いが示されました。加えて、「ケア」という言葉の持つ意味とは何か、ケアとは文化施設として活用し得るスキルであるのか、美術館の持つ研修やプログラムは本当にケアにつながっているのか、といった「問い続ける」ことが求められる問いを言語化する重要性も示唆されました。これらの問いは、多くのフォーラム参加者が自身に問いかけ、現在も迷い悩んでいる観点だったように思います。会場の何人もの参加者が、トークを聞きながら深くうなずいたり、メモを取ったりする様子が見受けられました。

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーとヘルスケアセンターの地域密着型連携(事例紹介)

スピーカー:Jane Findlay(ジェーン・フィンドレー)
ダリッジ・ピクチャー・ギャラリー プログラム・エンゲージメント長

Jane Findlay氏によるプレゼンテーションの様子(Photo: 藤島亮)

 このトークでは、ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーとNHSのヘルスケア拠点であるTessa Jowell Health Centreとの連携事例が紹介されました。両者は、「健康格差を縮小すること」を共通の目標として4年にわたるパートナーシップを結び、アート作品の院内展示やクリエイティブ・プログラムの提供といった活動に加え、地域の社会的処方モデルにクリエイティブ・アートを組み入れるという、実践的取組を進めています。2020年5月に開設されたTessa Jowell Health Centreとの連携は、まさにパンデミックの渦中で推進されました。フィンドレー氏は、計画していた内容・スケジュールを変更せざるを得ない場面も多々あり、辛抱強さや忍耐が必要だったことに触れつつ、小さな目標達成を評価しながらパイロット的な取組を大きなプログラムへと育てていくという段階的な進め方が、結果的には良かったと振り返っていました。このトークで示された「小さくはじめて大きく育てる」というアプローチは、本フォーラムの中でもひとつの大きなキーワードになっていたように思います。

東京都美術館による超高齢社会に対応するアート・コミュニケーション事業「クリエイティブ・エイジング ずっとび」

スピーカー:藤岡 勇人(ふじおか はやと)
東京都美術館 学芸員

藤岡勇人氏によるプレゼンテーションの様子(Photo: 成田舞)

 最後のトークでは、国内の事例として東京都美術館の取組が紹介されました。「Creative Ageingずっとび」では、シニアになることを「老い」や「衰え」のイメージではなく、「創造的に年を重ねる」営みとして捉え、活動を展開しています。認知症の方と家族のためのオンラインの鑑賞会「おうちでゴッホ展」や、台東区の社会福祉協議会と連携して認知症の方と家族が集る場を設けた「オレンジカフェ」についてのトークは、現場でプロジェクトを進めた担当者ならではの視点が印象的でした。実際に認知症の方々を美術館に招くことの大変さや継続することのハードルといった課題は、多くの参加者が共感したのではないかと思います。また、「まずは続けることが大切であり、その先で、より多くの人を巻き込むことが出来たら良いのではないか」といった、中長期的に活動を展開する上での考え方も示され、現場の様子がリアルに想像される、示唆に富むトークでした。




5つのインスピレーション・トークの間には、ダイアログセッションの時間が設けられ、トーク内容を深掘り・展開する質疑応答が行われました。

ワークショップの様子

 インスピレーション・トークの後には、リアル会場とオンライン会場に分かれて、対話型のワークショップが行われました。リアル会場の参加者は、同じテーブルを囲んだ4~5人の参加者と共に、付箋や模造紙を用いて意見交換を行いました。オンラインでは、ホワイトボードツールのMiroを使用して参加者の意見が集約されました。

  • リアル会場での対話の様子(Photo: 成田舞)
  • オンラインのホワイトボード(Photo: 成田舞)

リフレクション・トーク

 最後に、ゲストスピーカー5名に加え、東京藝術大学とブリティッシュ・カウンシル、国立アートリサーチセンターから合わせて5名(註2)が登壇し、リフレクション・トークが行われました。その中で特に印象的だった示唆をご紹介し、レポートを締めくくりたいと思います。1つ目はパートナーやステークホルダーとの対話の重要性です。健康とウェルビーイングを考える上では、他分野にまたがる連携が必須であり自身の専門とする分野を超えた専門性が必要となります。自身が安全だと思う領域から一歩外に出て新しい場所に踏み出し、相手の言葉を傾聴し対話を重ねていくことの大切さについてのトークは、実践者ゆえの重みがあるものでした。次いで、学術的な研究・リサーチの必要性についても改めて議論されました。複数の組織にまたがってエビデンスを集めること、そして適切なスパンで実践事例の価値を再評価することの重要性が示唆されました。また、ロングタームの取組であるからこそ、従来的なやりかたにとらわれてしまうリスクを意識し、組織だけでなく活動そのものについても高いレジリエンスを維持することが肝要であるという点も、忘れてはならない指摘であったように思います。一組織あるいは日本国内に閉じることなく、グローバルな視座を持ちながら健康とウェルビーイングという課題に取り組むことが必要であると感じました。

(1)「My House of Memories」で使用される、思い出を想起させる品や印象深い写真などを自由に記録するワークシート。

(2) 主催者側登壇者は以下の5名:日比野克彦、伊藤達矢(東京藝術大学)、マシュー・ノウルズ(ブリティッシュ・カウンシル)、片岡真実、稲庭彩和子(国立アートリサーチセンター)

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