事例紹介

「どこでも美術館」と地域の特性を生かした題材における美術館との連携

講師:
前半:
鬼本佳代子(福岡市美術館 学芸課 主任学芸主事)
後半:
小川将志(福岡市教育委員会 福岡市教育センター 研修・研究課 指導主事)

事例紹介要旨:以下は鬼本・小川両氏の発表を大幅に要約・再構成したものです(編集部)

前半:アウトリーチ活動「どこでも美術館」   

講師:鬼本佳代子(福岡市美術館 学芸課 主任学芸主事)

福岡市美術館の概要

福岡市美術館は、1979年11月、市民の教育、学術および文化の発展に寄与するために福岡市中央区大濠公園に設置された市立の美術館です。学校向けのプログラムとしてボランティアによる対話型鑑賞スクールツアーを実施しており、市内外から年間40弱くらいの小学校が訪れていました。

2016年9月からリニューアルのため2年半ほど休館することになったのですが、その間に、美術館の外で鑑賞活動をしてみようということで立ち上げたのが「どこでも美術館」です。

「どこでも美術館」の教材

できれば実物作品を見てほしいけれど、保存の関係で実物は持ち出せません。そこで持ち出し用の教材を作ることにしました。教材は①当館の所蔵品に関連するものであること、②持ち運びが可能なサイズ・重さであること、③参加者に見せた時に驚きがあることの3点をポイントに作りました。

福岡市美術館の所蔵作品であるシャガールの《空飛ぶアトラージュ》と長谷川派の《韃靼人狩猟図屏風》のほぼ実寸大の複製、所蔵作家である藤浩志氏の作品《ヤセ犬》、所蔵作品に関連した陶磁器と陶土や陶石などを納めたやきものボックス、テキスタイルのコレクションに関連した染め・織りものボックス、それらの教材を補完する画材・技法ボックス、彫刻素材ボックス、版画素材・技法ボックスなどを作りました。

今後の「どこでも美術館」

これらの教材を使い、小川先生のいらっしゃった内野小学校をはじめ市内の小中学校などで「どこでも美術館」を実施したところ、教員の全てが「満足」もしくは「やや満足」、児童生徒の87%が「福岡市美術館に行ってみたい」と答え(2018年度のアンケート結果)、こうした活動が必要とされていることを改めて感じました。

2019年3月、福岡市美術館はリニューアルオープンしました。「どこでも美術館」は現在、福岡市内の小中学校への教材の貸し出し、離島や特別支援学校および院内学級など美術館に来られない子供達へのアウトリーチ、高齢者向けのアウトリーチと展開しています。


後半:〜平成29年度福岡市立内野小学校における実践〜

講師:小川将志(福岡市教育委員会 福岡市教育センター 研修・研究課 指導主事)

学校と美術館と地域による連携を目指す

2年前の平成29年、私は福岡市教育センターの長期研修員として福岡市の山間部にある内野小学校に籍を置き、図画工作科の調査研究をしていました。今回は当時私が行なった「どこでも美術館」と地元で高取焼を作られている亀井隆公仁さんとの連携授業についてお話しさせていただきます。

それまでも内野小学校では、鬼本さんのお話にあったスクールツアーに単発的に参加し見学に伺うことはありました。しかし、「美術館との連携」というところまでは至っていませんでしたし、「地域の題材」に関しても総合的な学習などでいろいろ試してはいるものの、学校、美術館、地域の三者がつながりをもって題材を作っていくというところまで至っていませんでした。ですからこの調査研究においては、鬼本さんをはじめとした学芸員の方々や亀井さんに発想・構想の段階から関わっていただくことにしました。

地域の特性を生かした題材の設定

研究を実践したのは5年生。福岡市では4年生の社会科で地域学習として小石原焼という焼き物について勉強するため、そこでの学びを想起しつつ自分で実際に作ってみようということで、「器に注いだ私の思い 内野のほこり高取焼」という題材を設定しました。

また、高取焼で実際に使う粘土と釉薬を使わせてくださるという亀井さんのご厚意、そしてせっかくなら飾るのではなく使ってほしいというご要望もあり、題材は「お皿」に決まりました。

発想・構想段階では、福岡市美術館の「どこでも美術館」の焼き物コースを活用しました。本来なら鬼本さんをはじめとした4名の学芸員の方々が授業を進めますが、亀井さんも作品を提供してくださり、実際に授業にも参加していただきました。専門的な知識や技能をもつ方々との出会いから、本題材が始まりました。そして、子供たちに高取焼が福岡で400年にわたって受け継がれている伝統工芸であることを伝え、その上で「誰に、どんな気持ちで、どんなお皿を作るのか」を主題としました。

表現段階では、亀井さんの専門的な知識・技能を生かして授業に参加していただきました。「もうできん」と投げ出しそうになる子にも寄り添って指導していただきながら、子供たちはお皿づくりを進めていきました。成形がある程度終わった段階で、鬼本さんにインターネットを経由したテレビ電話を使用して授業に参加していただきました。その際に価値づけされた言葉から、鑑賞の視点を得ることができました。

鑑賞段階では、亀井さん、鬼本さんとの鑑賞会を設定しました。専門家から造形的な視点による価値付けをしてもらうことや、専門家ならではの見方や感じ方に触れることで、子供たちは自分の見方や感じ方を深めていくことができました。


図画工作での学習成果が他にも波及

その後、子供たちに行なった実態アンケートや記述式のアンケートから成果を検証していったのですが、図画工作で学んだことを生活で役立てることができるという設問に対しては肯定回答率が倍増しましたし、資料にあげたように明らかに鑑賞の力が上がったことがわかる記述や、自分の表現に自信をもっていることがわかる記述があり、子供たちの間でも成果が見られました。

また、学級担任に子供たちの変化について聞いたところ、「給食の食器の返却が丁寧になった」「他の授業でお互いの良さを評価するのが上手になった」ということで、図画工作での活動の成果が他の教科や学級づくりにも波及していることがわかりました。


いかに続けていくかが今後の課題

この研究を通して、散発的に行なっていた授業をつなげることでより大きな効果が現れるということがわかりました。そして、先生だけで子供たちを指導していくのではなく、多くの人たちと関わりながら授業を進めていくことが有効であることが確認できました。

一方、こうした活動をいかに細く長く続けていけるかということは大きな課題です。地域の方はずっとそこにいらっしゃいますが、公立の学校では毎年異動があり先生が入れ替わっていきます。また、美術館はリニューアルオープンし、休館中のように学芸員の方と密に連携を取ることが難しくなりました。こうした事情を抱えつつ、今後どう続けていくかを考えていきたいと思っています。この研究調査の報告書は、福岡市教育センターのホームページに掲載されておりますので、興味をもたれた方は是非ご覧ください。