事例紹介

心豊かな生き方を創造する 工芸の学びを目指して
〜表現、鑑賞の相互の関連から思考力、判断力、表現力を育むカリキュラム開発〜

講師:
神田春菜(東京学芸大学附属高等学校 教諭)

事例紹介要旨:以下は神田氏の発表を大幅に要約・再構成したものです(編集部)

東京学芸大学附属高等学校の概要と鑑賞授業の充実の背景

本校は、生徒数が約1000名の大規模校で、さまざまなバックボーンをもつ生徒が通っています。全教科で本物を通して教育を展開し、教育研究校として先進的なカリキュラムの開発にむけての実践を行なうことを特色としており、芸術科については音楽、美術、工芸、書道の4科目全てを開設している数少ない高校の一つです。

私は4年前から国立教育政策研究所の研究指定校事業において工芸で研究を行なっており、これまでの本校での工芸教育の取り組みを見直してきました。その中で、鑑賞教育の充実の重要性について学び、鑑賞教育を通じてどうすれば生徒の学びを深めることができるかを考え、実践してきました。


制作をベースに鑑賞活動を織り込んだカリキュラム

工芸を選択した生徒は、ものを作ることが好きで熱心に制作に取り組む一方、絵を描いたりデザインを考えたりすることに苦手意識をもち、他者のためより自分のために作りたい思いが強いという特徴があります。また、これは工芸科に限ったことではありませんが、正解を求めるあまり失敗を恐れる生徒が多いように感じます。

こうした現状を踏まえ、「心豊かな生き方を創造するにはどのような工夫が必要だろうか?」といった本質的な問いを設定し、学習指導要領の内容と照らし合わせた上で、カリキュラムを作り、題材を考えてきました。

今回ご紹介するのは平成30年度入学生の1・2年生のカリキュラムです。素材や技法を通して試行錯誤して制作することをベースにしつつ、それぞれの段階で鑑賞活動を折り込み、視点を変えたり新たな発想や構想につなげたりすることで、表現が深まるよう工夫をしました。

素材を生かす工芸の表現を知る

授業を実践するにあたり、大切なのは何を学ぶのかを明確にすることです。まずオリエンテーションで「工芸」とは何かについて考えてもらい、身近な素材である紙を使って単純な加工法から美しい形が生まれることを知ってもらうことから始めました。その上で、加工法を技法として生かした伝統工芸品について調べてレポートにまとめてもらい、工芸品を作ったり鑑賞したりする際に大切にしたいことを考えるきっかけにしました。

また素材を生かした工芸の表現方法を学ぶために、並行して日本の伝統技法を用いた小箱の制作を行ないました。素材は、学校の近くにある材木屋さんから質の良いヒノキ材を入手し、どうしたら素材のよさを生かすことができるかを考えながら制作に取り組ませました。完成した作品の使い勝手を鑑賞するという授業も取り入れたかったのですが、時間が限られているので、生徒にそれぞれ作品を持ち帰らせ、素材を生かした表現ができたか、使い勝手はどうか、などについて振り返りレポートにまとめてもらいました。

百人一首を保管する箱を制作した生徒のレポートには、「ヒノキ材は丈夫で調湿・調温作用があり、木目が美しく装飾も多様であることを知り、デリケートな紙でできた札を保管する小箱にちょうど良いと思った」「百人一首の華やかなイメージとも重なるので、ベンガラと柿渋を混ぜ合わせた赤に近い色を選んだ」といったことが書かれていました。その他、「それぞれの作品には素材がそれでなければいけない理由があることを知った」「自分の制作の苦労を通して職人芸のすごさを知った、職人に敬意を持った」といった感想も見られました。


素材の表情に着目して鑑賞する

次に、工芸の見方を広げ表現に生かすために、画像を用いて鑑賞の授業を行いました。「工芸における「うつくしいもの」って何?」と投げかけて近現代の茶陶や現代の工芸作家の作品など、工芸といった分野でくくられている作品を見てもらい、「工芸は自分たちが知っているものだけではないらしい」ということ、そして「素材と対話することは、鑑賞をするときにも大切」ということを理解してもらいます。

生徒たちに「よく見ましょう」と言っても10秒くらいで終わってしまうので、3分間と時間を決め、その間、喋らずに作品と向き合ってもらいます。その後、5〜6人のグループに分かれ、作品を鑑賞して感じ取ったことについて思考ツールを用いて分析し、作品にふさわしいタイトルをつけてもらいます。その後、発表の時間を作り、共通点や相違点を出し、工芸の美しさやそれぞれの作品が私たちの生活において何を語りかけているのかなどについて意見を交わしました。

最後にそれぞれの作品がどういう作品であり、どう批評されているのか、作家が作品とどう向き合っているのかを紹介し、授業を終えました。

鑑賞を充実させたことで見られた生徒の変化

「鑑賞」活動を充実させたことで、前年度と同じ「表現」の活動の題材であっても、素材の特性を意識的に生かし、また作品の使用場面を具体的に想定して発想や構想をする生徒の割合が増えました。

また「鑑賞」活動を通して、生徒たちが工芸に対する見方や考え方を広げ、工芸に対するイメージを変え、より主体的に制作に取り組む様子が見て取れました。

素材を生かすことを軸にした鑑賞の活動では、本物に触れることが大事なので、今後は学芸員の方々と連携してやっていけたらと思います。