事例紹介
地域連携における伝統文化教育──文化財の鑑賞授業
- 講師:
- 前半:
田中直子(総本山醍醐寺 学芸員・文化財担当)
後半:
和田徹矢(京都市立醍醐中学校 校長)
事例紹介要旨:以下は田中・和田両氏の発表を大幅に要約・再構成したものです(編集部)
前半:地域連携におけるプログラムと継続への試み
講師:田中直子(総本山醍醐寺 学芸員・文化財担当)
醍醐寺について
醍醐寺は874年、現在の京都市伏見区に創建された、200万坪以上の広大な境内を持つ寺院です。1994年に古都京都の文化財として世界遺産に登録されましたが、境内は近隣の学校への通学路、付近の小学校の遠足や地域のマラソン大会のコースとして利用されておりますし、近隣の小中学校の生徒には万灯会や五大力仁王会といった醍醐寺の行事・大祭にも参加してもらっており、地域に根付いたお寺となっています。
地域連携プログラムの開発
2021年に改訂される新指導要領で、伝統文化に対する教育の充実がポイントになっているように、自分が属する文化を学び、知ることは精神的な拠り所になると同時に、多様な社会に適応する力にもなります。そうした観点から、①地域の伝統文化に気づき、自身と関連づける、②伝統文化に対する興味関心の芽・目を育む、③継承するということを考える、これら3点をコンセプトに据え、京都市立醍醐中学校の全生徒を対象に、先生と僧侶と学芸員が連携して、醍醐寺の文化財を活用した鑑賞授業を開発しました。
持続・発展していく授業
生徒の学びを持続・発展させるために、鑑賞授業をはさむ形で事前学習と制作を組み込んでいます。また年を重ねることでステップアップしていくように、1年生は平面絵画の「舞楽図」などの屏風、2年生は立体彫刻の「五大明王像」、3年生は建築、庭園を含む総合空間として「三宝院表書院および庭園」を鑑賞の題材としました。
鑑賞には驚きやときめきが必要ですので、事前学習は欠かせません。1年生には本物の絵具を顕微鏡で見てもらい、2年生には彫刻の素材と技法について学んでもらい、3年生では夏休みの宿題として調べ学習をし、境内の好きなところを写真に撮ってもらった上で、実際に鑑賞をして感じていただきます。
制作は自身との対話であり他者に向けての表現です。事前学習で得た学び、鑑賞授業で得た知覚をもとに、1年生には屏風などの絵画作品を、2年生には祈りの象形を、3年生には醍醐寺を紹介するリーフレットをそれぞれ作っていただきます。
宗教という枠を超え、文化を継承し創造する
ユネスコ憲章には「文化とは特定の社会的集団に特有の精神的、物質的、知的、感情的特徴を備えたものであり、(中略)生活様式、共生の方法、価値観、伝統および信仰も含むものである」とあります。醍醐寺は仏教の寺院ですが、子供たちには、こうした学びを通して宗教という枠を超えて、地域の文化を再認識し、地域や先祖を誇りに思い、地域の文化を継承するとともに新たな文化を育んでほしいと思います。
後半:醍醐中学校での文化財鑑賞授業
講師:和田徹矢(京都市立醍醐中学校 校長)
醍醐中学の概要と教育課程研究指定校と研究内容
醍醐中学校は醍醐寺から1キロくらいのところにある、生徒数248名の小規模校です。学校から醍醐寺まで歩いていけるという地理的な条件、また学年人数が80〜90名というコンパクトな規模であることも、この授業が成立している要因といえるでしょう。
また本校は昨年と今年、国立教育政策研究所の教育課程研究指定を受けており、伝統文化教育を地域とともに推進するための教育課程の編成、指導方法等の工夫改善に関する実践研究に取り組んでいます。
研究内容は、(ア)伝統文化教育を中心とした各教科での横断的なカリキュラム・マネジメントの実現、(イ)伝統文化体験カリキュラムの策定、(ウ)伝統文化の継承と地域貢献の推進、(エ)成長する学校運営組織「チーム醍醐」づくり、(オ)研究の評価となっており、田中さんからご説明いただいたプログラムが(イ)の伝統文化体験カリキュラムになります。
カリキュラム・マネジメントに関しては、国語で古典学習をし、社会で歴史的景観の保存、地域調べをし、音楽では伝統音楽を学び、家庭科では和装体験などを行なっています。伝統文化とは無関係と思われる数学でも、醍醐寺の五重塔の高さを三平方の定理を使って求める試みを行ない、英語では醍醐寺のリーフレットの一部を英訳するなどして伝統文化に対するアプローチをしています。
カリキュラムの年間予定と取り組みの評価
伝統文化体験カリキュラムについては、6月に2年生が五大明王像を、10月に3年生が三宝院を、そして11月に1年生が屏風絵の鑑賞をそれぞれ行なっています。また1年生は1学期の総合学習で灯籠を制作し、8月の醍醐寺の万灯会の際にそれらを境内に飾ることが恒例となっています。
鑑賞授業の取り組みの効果については、生徒を対象にしたアンケートや学校運営評議会による評価などを通して検証しています。
生徒たちはいつも醍醐寺の中を通って学校に通っているわけですが、学芸員さんや僧侶の話を直接聞かせていただき、本物に触れると「貴重なものをじかにみることができ嬉しかった。すごいと思った」「解説を聞き、よくわかった。次の作品もみたい」といった感想がでてきます。
さらに3年生になると「いつもホームページなどで切り取られた一部を見ているが、今回授業で三宝院に来て、庭園の滝の音や風、障壁画、建築、歴史、すべてが相まって一つなのだと気づいた」といったさらに深い感想がでてきます。
また5年続けていることもあり、今年は絵を見せてもらえる、来年は彫刻を見せてもらえる、その次は庭なんだと、子供たちが地域の文化財に対して興味をふくらませていく様子も伝わってきて、この取り組みが子供たちに大きな影響を与えていることが実感できます。
つながりを持つことのすばらしさ
私は醍醐寺中学校に赴任して今年で2年目ですが、醍醐寺さんと連携したこうした授業があることを知った当初はとても驚きました。京都は寺社仏閣が多くありますが、お寺とつながっている学校は醍醐寺中学校と醍醐寺小学校くらいではないでしょうか。前任の校長先生が学芸員の田中さんと知り合われたことをきっかけに、この取り組みが発展している状況ですが、寺社や美術館とのこうした連携はもっともっと広がってほしいと思います。