事例紹介
表現と鑑賞のサイクル
- 講師:
- 上原悠介(京都府立亀岡高等学校 教諭)
事例紹介要旨:以下は上原氏の発表を大幅に要約・再構成したものです(編集部)
取組の背景
本日は前任校、京都府立宮津高等学校での取組を紹介します。宮津高校は京都府の北部にあり、一番近い国立美術館である京都国立近代美術館まで3時間以上かかります。通学圏も広範囲で、交通手段も都市部ほど整備されていませんので、美術館に行ったことがない生徒も多くいます。
このように美術館を活用することはなかなか難しい状況ですが、学習、学校行事、部活動、ボランティアに熱心な生徒が多いです。毎年2月に実施されている作品展も宮津高校の特色かと思います。生徒、職員はもちろん、地域の人々も作品展を楽しみにされています。表現活動の集大成である作品展を充実させるために普段の活動の中心は表現となり、鑑賞学習にあまり取り組めていないという現状がありました。
宮津高校では、文部科学省国立教育政策研究所の委嘱を受けて平成28年から2年間の研究指定校事業に取り組み、「表現と鑑賞が相互に関連した指導および学習評価の方法」を主題としました。その理由は、鑑賞の能力において感性を働かせ、イメージを自らとらえて価値を作り出すことに課題が見られたからです。
最初は手当たり次第に本を読んだり、先進校の調査をしたりしましたが成果や実感が得られないまま1学期が終わり、何かを得たいと思って夏休みにこの研修会に参加したのを覚えています。では、実践の内容についてお話していきます。
グループでの作品鑑賞1
高校1年生の授業で、グループでの作品鑑賞を行ないました。《セーヌ河の日没、冬》というクロード・モネの作品です。私がこの研修会で経験したことを、まずはそのままやってみました。
色使いやタッチを観察して、作者の心情、作品の主題をよみとってもらいたいと思ったのです。不安でしたが、生徒たちの反応はとてもよく、初めての授業形式を楽しみながら、深く作品の本質に迫れるのだという姿をみせてくれました。
グループでの作品鑑賞2
2回目は、2作品を同時に比較しながら見ることに挑戦してみました。作品は《ラ・グルヌイエール》、仲がよかったモネとオーギュスト=ルノワールが、同じ日同じ時間に同じ場所で競うように描いた作品です。印刷した作品を模造紙の中央におき、じっくりと観察した上で付箋紙に感じたこと、気づいたこと、考えたことをどんどん書き、作品の周りに貼っていってもらいました。
最初は画像だけでスタートし、議論の進み具合にあわせて、制作された年代や作者や題名など、作品の情報を段階的に提供しました。最終的には付箋に書かれた情報を「客観的な事実」と「主観的な印象」に話しあいながら分類し、意見を整理・集約し、グループ毎に発表してもらいました。
成果と課題
生徒たちに鑑賞授業のアンケートを実施した結果、鑑賞することで表現が豊かになった、深まった、風景画を描くことで、身近な風景の中の美しさに気づけるようになり、自分が生活している地域への愛着が増したという声が聞かれました。鑑賞の活動を通して、主題が発想や構想とどう結びつくか、創造的な表現の技法にどう影響するかについて理解し、作品制作に生かすことができたということが挙げられます。
一方で課題としては、モネやルノワールをお手本として描いてしまう生徒もいたので、もっと本質に近づいてもらうためには工夫が必要だと痛感し、それをふまえて2年目の鑑賞授業を行ないました。
平成29年度の実践
主題は「表現と鑑賞が相互に関連した指導及び学習成果の方法」で、ふたつがうまく結びつくようにしたいと思いました。
数年前から2年生の授業では、お気に入りの作家を決め、過去作品を研究したうえでオマージュ作品の制作をしていたのです。どういう力を身につけるかよりも、むしろオマージュ作品を制作することのみに意識がいってしまいますので、「時代を超えてリンクするあなたと私〜作者の心情に思いを馳せて〜」と題材名を変更し、授業のたびに生徒に示しました。そうすることで、教員も生徒も学習活動のねらいや、発想や構想する際にも鑑賞をする際にも働く中心となる考えを明確にして取り組みました。
また鑑賞する作品は、時代を超えて影響関係にある、ロダン《青銅時代》とミケランジェロ《瀕死の奴隷》を選びました。1年次の反省点も踏まえ、絵画に取り組むから絵画を見ましょうというのではなく、彫刻を見てみようと。
ロダンはミケランジェロを模倣したのではなく、人体の美しさを追求していくなかで、本質的な考え方が共通しているから結果として似ている部分が出てくることに、生徒たちは徐々に気づいていってくれたかと思います。
個別の鑑賞、アイデアスケッチ、表現活動
生徒個々が興味をもった作品について研究し、作品そのものを見て感じたことと、書籍やインターネットで調べたことを区別するように留意しながらやってもらいました。
同時に美術室内の改善ということで、普段から興味をもったら調べられるように、作家の人生や思想が解説されているものを選んで作品集を書棚に並べました。タブレットやwifi環境も準備しました。
それらを経て、自分がどんな作品をつくるのかというアイデアスケッチに入っていくわけですが、自分が選んだ作者とその心情や考え方で共感できるところを中心に主題を考え出し、そこから構想を練っていくよう指導しながら進めました。創作活動に、しだいに生徒の独創性が発揮され、過去の作品に影響を受けつつも、自らの主題にあった表現方法を工夫し創造的に表そうとする生徒の姿が見られました。
表現と鑑賞を関連づけた学習の成果とまとめ
鑑賞の活動が表現の幅を広げ、表現の活動から得た視点が鑑賞する際に新しい価値を見出すことにつながることがわかりました。
2年間やってみた実感として、表現と鑑賞は互いに補いあい、切り離せない関係ではないかと思います。取組を通して、生徒が高校を卒業した後も、美術への関心や芸術文化を愛好する心情を、自分自身で発展させていくことのできる資質を育むことができたかと思っています。