2024.09.18
DEAI調査レポート4

感覚過敏の症状のある人たちに向けた試み

NPO法人エイブル・アート・ジャパン代表/
DEAIリサーチラボメンバー
柴崎由美子

DEAI調査レポート4 | 感覚過敏の症状のある人たちに向けた試み

目の見えない人・見えにくい人と一緒に楽しむプログラムを進行する筆者(右端の人物)

この「DEAI*調査レポート」シリーズでは、「DEAIリサーチラボ」のメンバーがミュージアム**で調査したアクセシビリティの事例を紹介していきます。 第4回調査レポートとなる本記事では、NPO法人エイブル・アート・ジャパンの柴崎由美子さんがある展覧会で取り組んだ、感覚過敏(註1)の症状がある人たちに向けた試みについて書きました。この事例では、アクセシビリティを促進するうえで、個別のニーズに対応する「合理的配慮」と同時に取り組むべき、全体への対応として重要な「環境の整備」について紹介しています。

*「DEAI」とは、Diversity(多様性), Equity(公平性), Accessibility(アクセシビリティ), Inclusion(包摂性)の4つの文字の頭文字をつなげたアクロニム(略語)です。2023年8月に国立アートリサーチセンターの活動として発足した「DEAIリサーチラボ」では、世界の潮流となっているDEAIの理念についてリサーチするとともにミュージアムの「アクセシビリティ」の基準を底上げするための具体的な方法や要件を検討しています。外部から専門的知見を持つ方々の参加をえて、2023年度は「ミュージアムにおける合理的配慮」について、具体的事例とともに理解を深める活動をしました。「DEAIリサーチラボ」ならびに「合理的配慮」については、調査研究レポート「DEAIリサーチラボ発足と『合理的配慮』について」をお読みください。

**このレポートの「ミュージアム」は、美術館だけでなく、考古・歴史・民俗・文学などの人文科学系博物館、自然史・理工学などの自然科学系博物館や、水族館、動植物園のほか、資料館や記念館も含みます。

はじめに―― 私と美術館の出あい

私は、「障害と芸術文化」に関わるNPOの職員として27年活動しています。「障害のある人」の側から見た、合理的配慮に関わる考え方や実践知を共有するために「DEAIリサーチラボ」に参加しています。今回扱うケースは、「感覚過敏」という特性を持つ人がどのような困りごとを抱え、そして私が関わった事業においてどのように受け入れをしたか、その取り組みについて試行錯誤のプロセスを含めて紹介するものです。いわゆるミュージアムでの事例ではありません。
最初に、NPOの職員としてははじめて文字にするかもしれない、私のことを書きます。それは家族に障害のある人がいるという出自です。私は、一歳違いの兄と、保育園・小学校・中学校と同じ通園・通学路を歩き、同じ環境で学び育ちました。この経験は、明らかに私の人間観や思考に影響してきました。私が高校生のとき、兄に「知的障害」があることがわかりました。当時、児童相談所でアルバイトをしていた姉が、両親を説得して知能テストを受けさせたことで明らかになりました。私にとって兄は、知能テストを受けようが受けまいが、何も変わらない存在でした。しかし社会的には、進路や人生の選択肢が分かれていくことにひどく困惑したように思います。
そんな困惑した思いを抱えた思春期真っ只中の私にとって、絶好の逃げ場だったのが美術館です。高校から歩いてすぐのところにあった宮城県美術館とそこに集う市民との出あいが私の進路の決め手となりました。私は美術館に通い、美術館に集まる不思議な市民(後に学芸員と、美術館設立に関わった芸術家たちだとわかります)の存在に触れ、芸術文化は人びとの生活や地域のなかにあり、その価値をどう活かしていくかを探求することに関心をもつようになりました。
美術大学に進学して、アートマネジメントや地方における芸術祭が注目されはじめた当時(1990年代)の影響もあり、さまざまな展覧会や芸術祭に参加・体験しましたが、なぜか私が心惹かれたのは芸術家とは名乗らない市井の人びとの芸術活動でした。そうして、大学を開放して始めた障害児のアトリエ活動の運営に関わるようになりました。
「芸術文化は人びとに、そして社会にどのような可能性をもつのか」。関心の軸は次第にふくらみ、1年以上かけて国内外をリサーチしました。そして「ここだ!」と転がり込んだ「障害と芸術文化」を軸にした団体での活動をきっかけに、今も実践を続けています(註2)
  • 2023年せんだいメディアテーク展覧会「定禅寺パターゴルフ???倶楽部!!」関連企画「勝負の手がかりは音!? 見えない人・見えにくい人と一緒にプレーを楽しもう!!」の様子(撮影:渡邊博一)
  • 2023年せんだいメディアテーク展覧会「定禅寺パターゴルフ???倶楽部!!」関連企画「サイレントなゴルフ場!? 手話や筆談でプレーを楽しもう!!」の様子(撮影:越後谷出)

感覚過敏について考えるきっかけとなった「クワイエットアワー」の取り組み

私が初めて「感覚過敏の症状がある人」に問題意識をもったのは2017年頃でした。日本財団DIVERSITY IN THE ARTS 企画展(註3)の立ち上げに際し、アクセシビリティに関するチームの一員として参加していたときのことです。
ある朝、テレビから、イギリスのスーパーマーケットで「クワイエットアワー」(日本語では、静かな時間/穏やかな時間と訳される)というものが試験的に導入された、というニュースが流れてきました。オープン時間の前に、照明の照度を極力落とし、館内のアナウンスや、さまざまな映像ディスプレイの音も可能な限り消した状態で、感覚過敏のある客を迎えるというものです。インタビューに応える人びとには自分は発達障害者です、という人たちも含まれていました。
私は、それまでの日々の活動のなかで感覚過敏に関する困りごとに何度も直面してきました。例えば、大勢の人がいると具合が悪くなり休む場所を必要とする人、大型電気店などの眩しい光や大音量のアナウンスが苦痛で買い物ができない人、特定の匂いが気になってバスに乗れない人、イヤーマフを装着していないとそもそも社会生活を送れない人、などです。
こうした感覚過敏の症状がある人が、ミュージアムという場所をどう捉え、また展覧会という場にはどうアクセスできるのだろうか。そんなことを考えていた折に、展覧会のテーマが「どんな人にもひらかれた、アクセシブルな美術館」と設定されました。物理的なバリアフリーや、視覚障害、聴覚障害の人たちに向けたアクセシビリティの検証と準備がすすめられていたのですが、未着手だった感覚過敏の症状のある人へのアプローチについて提案したところ、展覧会の期間中に試験的に導入してみることになりました。

2017年日本財団DIVERSITY IN THE ARTS 企画展「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」のスパイラルガーデン会場(撮影:木奥恵三)

「クワイエットアワー」があるから、好きな作家の作品を見に来れた!

開催ギリギリまで、配慮すべき点を丁寧に確認しながら、感覚過敏の症状のある人たちへの準備をすすめました。その結果、実施することになった2つの企画概要は、次の通りです(文章は当時のまま)。

【クワイエットアワーを利用してみよう!】
おもに知的障害のある方、発達障害のある方、精神障害のある方のうち、感覚や知覚などに過敏さがある方を対象とした、開館時間外に一定時間を解放する特別な鑑賞時間です。

日時 2017年10月17日(火)9:00~11:00、10月24日(火)9:00~11:00
会場 スパイラルガーデン(スパイラル1F)
対象 できる限り照明の明るさを落とし、館内の音響を下げた静かな会場で鑑賞したい方、どなたでも参加可能です。
定員 各日30名(申込み先着順)
参加費 無料

【クワイエット・ルーム】
本展では、展示会場内に静かに過ごせる部屋を設けています。気分を落ち着かせたい、気分が悪くなった、体調がおもわしくないなど、必要時は遠慮せずにスタッフへお声がけください。

会場内に設置したクワイエット・ルーム(撮影:木奥恵三)

「クワイエットアワー」の取り組みには、各回に10名ほどの参加者がいたと記憶しています。なかでも私が鮮明に覚えている人たちが何組かいます。精神障害があるという美術好きのカップルは、「人混みが苦手、人の目が気になったりするなか、照明と音を極力排除した空間でゆったりと展覧会を楽しむことができた」と話してくれました。障害のあるお子さんとお母さんは、「触れられる作品があり、スタッフが一緒にまわってくれたことで、こどものペースにあわせてゆったりと会場を巡ることができた」という感想を語ってくれました。
ある人は、「クワイエットアワーがあるから、私の大好きな作家の作品を見に来る決心がついた!」と言いました。お話を詳しく聞くと、その人は福岡から来場しており、自分の感覚特性に鑑みたときに、東京に来ること、ましてや入場制限があるほど混雑している展覧会を見ることも諦めていたが、この「クワイエットアワー」があることを知って決断し、さまざまな旅の困難をも乗り越えることができた、とのことでした。

全然、クワイエットではない――見えてきた課題と改善

一方、1回目に実施した「クワイエットアワー」で参加者から厳しい指摘も受けました。
ひとつは、スタッフの多さと過干渉に関するものです。初めての試みを見てみようと、主催者や会場の管理者、関係者などが観察に来て、参加者に自ずと視線が注がれてしまいました。またスタッフが、よかれと思ってとったコミュニケーションが人によっては過干渉で、「全然、クワイエットではない」とアンケートに書かれていました。
さらに、「クワイエットルーム」の設置環境に関する問題もありました。当初は、建物自体に用意された休養スペースを活用する案もあったのですが、それだと展覧会会場から遠い場所にあることが課題となりました。そこで、なるべく距離の面や会場スタッフがすぐに対応できるなど、なるべく心理的に安心して利用できることがいいと考え、会場内に工夫をこらして準備しました。ところが、「クワイエット・ルーム」を設置した奥にボランティアスタッフの荷物置き場があったため、人の出入りが多く、「クワイエット・ルーム」が落ち着いて利用できなかった、という指摘を受けたのです。
2回目の実施に向けて、どのように改善していくべきか、チームで検証していきました。アンケートに記名してくれた感覚過敏のある人には、直接、メールで質問することもありました。
まず、主催者や会場管理者にも当事者からの意見や困りごとを伝え、会場の環境を整えることに配慮しました。例えば、感覚過敏に関する知識を深めて限定したスタッフのみで対応をし、見学やリサーチは控えてもらいました。このように、現場に立つスタッフだけでなく、展覧会に関わるあらゆるセクターや部署の方との連携も欠かせません。こういった働きかけにより、管理者側からも改善すべき点がないか、共に考える姿勢をつくることができました。
クワイエット・ルームに関しても、「使用中」の札を準備して、その札が出ている間はケアに通じたスタッフ以外は出入りしないことにしました。また、クワイエットアワーを開催している時間帯は、ボランティアの集合場所と荷物置き場を変えることで対応しました。
さらに、2回目のクワイエットアワーを実施したあと、「知的障害、発達障害、精神障害のある人と考えよう!展覧会のたのしみ方」という新たな企画を用意しました。当事者および支援者に参加してもらい、感覚過敏を含む見た目にはわかりにくい障害や、そもそも美術館や展覧会という場に行ったことがない人たちに、どんな視点が必要なのかを尋ね、直接話をする時間をもちました。精神障害のある当事者と、知的障害のある人たちを支援する福祉施設のスタッフが体験を語り、全国各地からやってきた美術館の教育普及の学芸員やフリーのキュレーターなどが参加した貴重な機会となりました。

当時の活動を振り返って

展覧会のあと、感覚過敏の人たちに関する先行研究を行っていた高橋秀俊さん(当時、国立精神・神経医療研究センター、現在は高知大学医学部)と出あい、次のようなコメントをいただきました。
・日本社会はそもそも国際基準に照らしても環境音が大きく子どもの発育などに悪影響を起こしていること
・感覚過敏は発達障害者によらず、すべての人のなかに、ある一定数確認できること
・発達障害のある人は生物学的に感覚過敏をもっていることが多いこと
・感覚の問題に対処する施策、姿勢をセンサリーフレンドリー(英:Sensory friendly)と呼ぶようになっていることや、わたしたちが名付けたクワイエット・ルームはセンサリールームという名称のほうがふさわしいこと
・もっともっと日本における実践がすすめられるべきであること

2017年に私がニュースで見たイギリスの事例において、私の心を掴んだことのひとつに、この試験的時間でスーパーマーケットが売上を伸ばし、ビジネスの側面からもこのサービスに価値があると認められていたことでした。日本国内でも、サッカー場やスーパーマーケットなど、そしていよいよ劇場や音楽堂などの文化施設、動物園や水族館などの社会教育施設においても、感覚過敏の症状のある人たちに配慮した実践がはじまりつつあります。
私たちのNPOや関連団体においても、これまで実施してきた主な活動に、福祉施設をアートで開くコミュニティセンターの設立(2004年)、障害のあるアーティストのライセンス事業の創出(2007年)、東日本大震災を契機とした障害と芸術文化の中間支援組織運営(2011年)、障害のある人たちの働き方をアート✕デザインの領域から提案する「Good Job! センター」の設立(2017年)等があります。活動のテーマは一貫して、「障害のある人とともに、今ここにないものをつくる」です。障害のある人を核にして活動することは、わたしたち人間がもっている身体感覚に気づきをあたえ、それに寄り添うことは社会を豊かにしてくれるものだと考えます。美術館を含むミュージアムや文化施設もそうした装置のひとつであり器であるということを、現在行っている実践現場「みんなでミュージアム」(註4)を通じて、これからも伝え続けたいと思います。

1)感覚過敏の症状とは、聴覚や視覚、嗅覚、触覚など諸感覚が敏感なために日常生活に困難さを抱えている状態をさす。人によっては、直接的な音や光などによってパニックになったり、あるいはその感覚に対する強いこだわりがあったりすることがある。

2)一般財団法人たんぽぽの家、社会福祉法人わたぼうしの会、奈良たんぽぽの会の3つの組織からなる市民団体「たんぽぽの家」(奈良)に従事(1997-2011年)。その後、関連団体であるNPO法人エイブル・アート・ジャパン(東京)に異動し、東北事務局を開設し(2012年)活動する(2012年-現在)。

3)日本財団DIVERSITY IN THE ARTS 企画展「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」(2017年10月13日〜31日、スパイラルガーデン、主催:日本財団)
https://www.diversity-in-the-arts.jp/moto

4)「みんなでミュージアム(みんミ)」は、美術館や博物館に行きづらいと感じる人が、もっと自由にミュージアムにアクセスできること、どんな人も、より豊かなミュージアム体験ができることを目指した取り組みで、NPO法人エイブル・アート・ジャパンが障害のある当事者とともにこの活動を推進している。
minmi/ableart.org

編集協力:米津いつか

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