2024.09.18
DEAI調査レポート5

ミュージアムと合理的配慮
――発達障害がある人の事例から

NPO法人エイブル・アート・ジャパン/
DEAIリサーチラボメンバー
髙橋梨佳

DEAI調査レポート5 | ミュージアムと合理的配慮<br><small>――発達障害がある人の事例から</br>

筆者の姉が会場に展示された自身の作品を見ている様子(写真提供:筆者)

この「DEAI*調査レポート」シリーズでは、「DEAIリサーチラボ」のメンバーがミュージアム**で調査したアクセシビリティの事例を紹介していきます。 第5回調査レポートとなる本記事では、NPO法人エイブル・アート・ジャパンの髙橋梨佳さんが、発達障害のある人に関する事例について書きました。

*「DEAI」とは、Diversity(多様性), Equity(公平性), Accessibility(アクセシビリティ), Inclusion(包摂性)の4つの文字の頭文字をつなげたアクロニム(略語)です。2023年8月に国立アートリサーチセンターの活動として発足した「DEAIリサーチラボ」では、世界の潮流となっているDEAIの理念についてリサーチするとともにミュージアムの「アクセシビリティ」の基準を底上げするための具体的な方法や要件を検討しています。外部から専門的知見を持つ方々の参加をえて、2023年度は「ミュージアムにおける合理的配慮」について、具体的事例とともに理解を深める活動をしました。「DEAIリサーチラボ」ならびに「合理的配慮」については、調査研究レポート「DEAIリサーチラボ発足と『合理的配慮』について」をお読みください。

**このレポートの「ミュージアム」は、美術館だけでなく、考古・歴史・民俗・文学などの人文科学系博物館、自然史・理工学などの自然科学系博物館や、水族館、動植物園のほか、資料館や記念館も含みます。

はじめに――発達障害の事例を取り上げる理由

私は、2022年からNPO法人エイブル・アート・ジャパンの東北事務局のスタッフとして、主に宮城県仙台市を拠点に、障害がある人と芸術文化活動をつなぐ活動に取り組んでいます。
障害とアート、その両方に関心をもったのは大学3年生のときでした。自閉症で知的障害のある3つ上の姉の日常行為から生まれた創作物が、美術公募展で入賞したことを知り、物心つく頃から姉に対して「こだわりが強い困った人」という印象を抱いていた私にとって、「障害とは何か」を考えるきっかけとなった出来事のひとつでした。このとき障害とアートが出会うことでの可能性を感じた一方で、姉の日常生活では、こだわりからくるトラブルなども少なからずあり、作品として取り上げられることで見えなくなっていくものへの複雑な想いもありました。また、この頃から姉を連れて美術館に行く機会も出てきましたが、アートを扱う美術館は、姉のように小さな声で話すことが難しかったり、強度行動障害(註1)があったりする人にとって、とても遠い場所だと実感しました。それから、美術館のアクセシビリティにも強く関心を持つようになり、現在、エイブル・アート・ジャパンが文化庁の委託事業として行っている、あらゆる人に開かれたミュージアムの環境形成とそれに関わる人材育成に取り組む「みんなでミュージアム」のメンバーとしても活動しています。
このレポートでは、私が姉とミュージアムへ出かけるときに、実際にあった合理的配慮の事例を取り上げながら、発達障害のある人とミュージアムをつなぐ取り組みについて紹介します。

合理的配慮のケース――実体験から

2023年度のDEAIリサーチラボの活動として、ミュージアムで実際に起きた合理的配慮の事例調査があり、私が調査した事例のひとつに姉との実体験を取り上げました。2024年3月に国立アートリサーチセンターが企画・制作した『ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!「合理的配慮」のハンドブック』に載っているケース5(pp.18-19)は、その実体験が元になっています。そのケースについて、どのように合理的配慮の提供に至ったか、またそこから学んだことについて書いていきたいと思います。

1.<困りごと・要望>
2022年3月、姉の作品が滋賀県での展覧会に出展されたため、本人と家族で展覧会を見に行くことになりました。そのとき、姉は初めて行く場所への不安感を強く感じていました。
発達障害のある人には、感覚過敏といわれる、聴覚や視覚、嗅覚、触覚などの諸感覚が敏感なために、日常生活に困難さを抱えている人が多くいると言われています。姉もまた感覚過敏があり、特に日常生活でよく困りごとが生じるのは「聴覚過敏」によるものです。一般的に聴覚過敏の人は、赤ちゃんの鳴き声、掃除機の音、スーパーの騒音、風船の破裂音や雷といった突発的な音などを苦手とします。姉の場合は、特に風船の破裂音が苦手で、風船の姿を見るだけでパニックになってしまうことがあり、初めて行く場所は「苦手な風船があったらどうしよう」と不安が大きくなります。そのため、慣れていない場所に出かけるときは防音効果のある「イヤーマフ」を装着しています。苦手なものに遭遇すると、自傷や他害につながってしまうこともあり、気持ちが落ち着くまでに時間がかかります。
なるべく苦手なものである「風船」に出会うリスクを避けるために、今回は、母が展覧会の主催者に対し、事前に問い合わせをしました。「会場内や会場に行くまでの道中に、風船を使った作品や飾りつけなどがないか」というメールを送りました。


2.<対話>
対応してくれたのは、会場のひとつだった美術館の学芸員で、メールで数回やりとりをしました。まず、風船の有無を知りたいという最初の要望に対して、会場内と会場までのすべてのルート(市内の徒歩圏内に点在する3会場を巡る展覧会だった)に風船がないかを快く確認していただきました。さらに、「風船以外にも苦手な音がないか」「風船ではないが、音が出る作品について、その音は大丈夫そうか」、などの追加で確認をしてくれました。また、「事前に会場の写真を送ることもできる」こと、「メールで書き表しづらい注意点があれば電話もできる」という提案もありました。


3.<双方が合意したこと>
窓口となった担当者が確認をしてくれたことで、「会場に風船はないよ」と事前に本人に伝えることができ、当日は姉と両親と私の4人で、安心して展覧会を見に行くことができました。
本人にとって苦手なものがあるだけでミュージアムに出かける障壁となってしまう場合もあります。今回のケースは、その障壁を少しでもなくしておくために可能なかぎり対応してもらった例です。

自分の作品が展示されている会場に着いたときの姉の様子(写真提供:筆者)

合理的配慮の実体験から学んだこと

この話には続きがあります。このとき窓口となってくれた学芸員が、後日、その美術館が発行するフリーペーパーにこのときの出来事を取り上げて、合理的配慮についてのコラムを書いたのです。その中で特に印象に残った文章があります。

「『風船があるかどうか』は、きわめて個人的なニーズで、多くの人にとってはどうでもよいことです。しかし時に、ニーズは致命的に個人的なことです。『この障害者にはこうするべき』という定式化をわきに置いて、できるだけ、個人のニーズに向き合うことーそんな架橋法をケースバイケースで考えるべきなのではないかと思っています。」(註2)

聴覚過敏のある人で、風船の破裂音を苦手とする人はいても、風船の姿を見るだけでパニックになってしまう人は少ないかもしれません。障害のある人から社会的障壁を取り除いてほしいという意思が伝えられたときに、同じような事例がなかったりその人のことを十分に知らなかったりすると、ニーズの内容に戸惑うこともあるかもしれません。しかし「前例がないから」「特別扱いはできないから」と断るのではなく、合理的配慮において大切なのは、その人が何を求めていて何を苦手とするのかを聞く姿勢や対話であることを、あらためて実感しました。

発達障害のある人に向けたミュージアムでの取り組み

日本のミュージアムでも、発達障害のある人に向けた「環境の整備」を進める取り組みが少しずつ増えてきました。例えば下記のような事例があります。

・ソーシャルストーリー
社会的な場面やルールについて前もって理解できるよう、主に発達障害のある人とその家族をサポートするツールです。「ソーシャルガイド」、「ソーシャルナラティブ」という場合もあります。国立アートリサーチセンターや三重県立美術館では、美術館での行動の見通しが立てられるよう、その様子をわかりやすい日本語と写真で紹介するツールを用意しています。

国立美術館版「Social Story はじめて美術館にいきます。」
https://ncar.artmuseums.go.jp/activity/accessibility/

三重県立美術館「ソーシャルガイド」
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/000248624.htm

・カームダウンスペース
感覚過敏によって気分が優れないときや、初めて行く場所への不安感のある人などが、外部の音や視線などを遮断して気持ちを落ち着かせることのできるスペースのことです。パーテーションなどを使って簡易的にスペースをつくる場合や、空いている会議室などの部屋を案内する場合、また「カームダウンルーム」と呼ばれる専用のスペースを設置する場合もあります。
*カームダウンスペースについて詳しくは、DEAI調査レポート4「感覚過敏の症状のある人たちに向けた試み」をお読みください。

みんなでミュージアムが関連イベントを企画運営したせんだいメディアテークでの展覧会「定禅寺パターゴルフ???倶楽部!!」に設置したカームダウンスペース(2003年/写真提供:筆者)

・センサリーマップ
音や光など五感に関する情報をマップに記したものです。事前にこのマップを見ておくことで、自分が苦手とする場所を避けることができたり、休憩場所を検討したりするのに活用することができます。東京国立博物館では、センサリーマップを公式ウェブサイトから確認することができます。

東京国立博物館のセンサリーマップ
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2579

企画展にあわせた取り組みの事例

上記のように、館全体の環境の整備として取り組む例もあれば、企画展の内容に合わせて取り組む例もあります。
東京都現代美術館で2023年7月~11月に開催された企画展「あ、共感とかじゃなくて。」では、美術館に慣れていない人や感覚特性がある人、初めて行く場所への不安感が強い人などに向けたアクセシビリティに取り組んでいました(註3)。たとえば、聴覚過敏のある人に向けた耳栓の配布、何かをさわっているほうが落ち着く人がクールダウンするための「フィジェット・トイ」の貸し出し、展示室の過ごし方や、見通しを立てて作品を体験したい人のために作品の楽しみ方をまとめたソーシャルナラティブの作成などです。

  • 耳栓の配布やフィジェット・トイの貸し出しについて知らせるパネル(会場:東京都現代美術館/写真提供:筆者)
  • 企画展「あ、共感とかじゃなくて。」のためにつくられたソーシャルナラティブ(会場:東京都現代美術館/写真提供:筆者)

ミュージアムは静かにしなくてはいけない場所?

もうひとつこのレポートで考えたいことは、ミュージアムなど静かに過ごすことが暗黙のルールとなっているような場所で、自然に声が出てしまう人への対応についてです。私の姉も小さな声で話すことが難しく、常に独り言をしゃべっているため、ミュージアムだけでなく、映画館や病院など静かに過ごさなければいけない場所は「迷惑をかけてしまうのではないか」という家族の思いから、そうした場所に本人と行くことを家族が避けてしまうこともありました。「みんなでミュージアム」のヒアリング調査でも、発達障害のある息子さんのいるお母さんから「発達障害のある子どもたちやご家族は困っているというよりも、行くことをあきらめている人が多いというのが現状です」という声もあります。

ある福祉事業所で、そこに通う利用者と地元のミュージアムに出かけようと、ミュージアムに団体で行くことを事前に連絡したときのことです。その際に、特性として自然に声が出る人もいることを話したところ、「他のお客様もいるのでなるべく気を付けてください」という回答があり、事前に連絡をした職員は、「受け入れられているとは感じづらかった」という感想を残していました。
また、「みんなでミュージアム」では、ミュージアムの職員に向けた合理的配慮に関する研修に協力していますが、障害の特性から自然に声が出てしまう人がいたときに、「どのように声かけをすれば良いかわからない」という声を聞くこともあります。自然に声が出てしまう特性のある人を受け入れたい一方で、他の来場者にも配慮しなければならないことを考えると、対応が難しく感じるかもしれません。

姉の場合は、視覚的に示すことが理解につながることが多いため、静かにしてほしいときは、人差し指を口元に当てたジェスチャーをしている人のイラストが印刷されたカードを見せながら、本人に伝えています。

自作のカード(写真提供:筆者)

発声の様子などから不安な気持ちを抱えていそうなときは、このようなツールを活用してやさしく伝えたり、カームダウンスペースや声を出しても大丈夫な場所へ案内したりすることで、本人や付き添い者も「受け入れられている」という実感につながるのではないかと思います。また、障害のある人に向けて休館日に美術館を開放する特別鑑賞会や、おしゃべりOKな日を設ける取り組みも増えてきています。

さいごに

2023年、エイブル・アート・ジャパンが仙台で運営しているアトリエのメンバーと、宮城県美術館を訪れ、常設展の鑑賞会を実施したことがありました。このアトリエは、「障害のある人とない人がともに創作する」を趣旨に活動しており、メンバーの障害の特性や年齢も、こどもから大人までバラバラです。3〜4人のグループに分かれて会話をしながら鑑賞をする計画でしたが、蓋を開けてみると、言葉でのコミュニケーションが得意な人もいれば、言葉よりも表情や身振りで意思を伝えてくれる人もいて、全員で会話が進まないグループもありました。ある小学生と高校生の参加者は、ほとんどグループの会話には入らずに、事前に配っていた紙と鉛筆を使って黙々と絵を描き始め、その絵を通して「この絵にはこんなものが描かれているよ」と伝えてくれました。複数人で対話しながら作品を鑑賞していくようなプログラムでは、言葉でのやりとりが重視されますが、作品を楽しむ方法は、もっといろいろあるかもしれない、と気づかされました。そんなふうに、さまざまな特性の人が集まることによって、作品の見方も広がっていくのではないかという可能性にも気づきました。

合理的配慮の提供は人権に関わることですが、こうしなければならないと固く考えたり、身構えたりしすぎず、「新しい出会いを楽しむ」ことで、ミュージアムはもっとさまざまな人に開かれていくのではないでしょうか。

宮城県美術館での鑑賞会の様子(写真提供:筆者)

1)強度行動障害とは、「自傷、他傷、こだわり、もの壊し、睡眠の乱れ、異食、多動など本人や周囲の人のくらしに影響を及ぼす行動が、著しく高い頻度で起こるため、特別に配慮された支援が必要になっている状態」を意味する用語。
厚生労働省「令和4年10月4日 第1回強度行動障害を有する者の地域 支援体制に関する検討会 参考資料3」 https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000995582.pdf(2024年9月17日最終閲覧)

2)「アール・ブリュットを巡るコラムVOL.19 障害のある人と美術鑑賞の間の距離について−法律の読解をてがかりに、架橋法を考える」、山田創、ボーダレス・アートミュージアムNO-MAニューズ・レター『野間の間』VOL.29、2022年3月
https://no-maarchive.com/cms/wp-content/uploads/2022/04/vol29.pdf(2024年9月17日最終閲覧)

3)詳しくは『2023年度東京都現代美術館年報研究紀要第26号』p.124を参照
「あ、共感とかじゃなくて。」展における、展覧会鑑賞のための安心のデザイン/八巻香澄
https://www.mot-art-museum.jp/images/annual_report_202302.pdf(2024年9月17日最終閲覧)

編集協力:米津いつか

同じカテゴリのNCAR Magazine

同じカテゴリの活動レポート

最新のNCAR Magazine

BACK