ギャラリートーク分析

2.中学生

奥村
皆さん、こんにちは。今回の講演にあたり「ビデオデータの分析から考える鑑賞活動」という資料をまとめましたのでご覧ください。

さて、自分のギャラリートークを分析されるのは居心地の悪い気持ちがしますが、私のテクニックは全て普通の小学校の先生が使っているもので、特別なものではありません。特に心掛けていることは、子どもを「誉めない」で「認める」という姿勢です。子どもたちに手を挙げさせていないことは中学生の先生には分かりにくいと思いますが、小学校の先生は普段から子どもたちの顔を見て、この子は言える、言えないという判断をしているからです。

大事なことは、アリスティード・マイヨールの彫刻とモネの「睡蓮」と、ヤーコプ・ヨルダーンズの「ソドムを去るロトとその家族」の作品を選んだのが、西洋美術館のノウハウだということです。「あの彫刻やあの絵だと子どもたちがたくさん語る」ということを知っているわけです。そのノウハウに基づいてギャラリートークをしています。また、今日これから見る中学生の姿もさきほどの小学校もいろんな鑑賞教育の経験があります。私の小学生に対する教育ノウハウも役に立っているかもしれませんが、いわゆる名画や名品、児童生徒の実態に助けられていることを忘れてはいけません。
奥村
ビデオデータを分析する場合に大事なことは、「そこで何が行われて、何が達成されて、何が成立しているか」を慎重に分析する態度です。分析のコツは、本間先生がおっしゃっているように、視線や手元、動き、ディスカッションなどです。

ギャラリートークをするときのコツは、相手がすごいことを言っているという「信じる姿勢」です。後は事実と理由を分けながら、意見を交流させ、まとめ、創造の現場を楽しむことです。ファシリテーターがいちばん楽しむことがポイントかもしれません。


「kanshokyoiku.jp」の画面

これが「kanshokyoiku.jp」の画面です。小学校5~6年をクリックすると、適切な作品が出てきます。それぞれ作品の解説やキーワード、背景が出てきます。昨今、鑑賞方法が固定化されて知識や文脈の軽視が見られるので、そのあたりを注意してやっていくことが大事だと思います。最近の鑑賞は、テーマやメッセージなどの「主題」と、形や色などの「対象」の行き来で終わっていることが多いですが、知識や文脈をいいタイミングで効果的に使う必要があります。
奥村
子どもたちはある程度、分類したほうがいいです。まず「推進役」がいます。さきほどの女の子ですね。ずっと聞いている「傍観役」もいます。ただし、こういう子どもは、突然重要な発言をします。決定的な役割を果たすので大切です。あと「それは、違うんじゃないか」と逆のことを言う反対役も大事です。この反対役が子どもたちにいない場合、ファシリテーターが反対役をやるといいでしょう。あと推進役の意見をつねに補足してくれる「補足役」の子どももいます。

アリスティード・マイヨール 《夜》


アリスティード・マイヨール 《夜》


奥村
それでは中学生の分析に入りたいと思います。いまブロンズ像を見ていますが、子どもの意見が明らかに違うとき、どうしたらいいでしょうか。このブロンズ像は女性の身体ですが、生徒は男の人だと言っています。これをいきなり訂正するのではなく、どこを根拠にそう思うのかを明らかにすることが大切です。その発言に誘発されて、他の中学生から「ここがこうだから女性ではないか」という意見が出ます。私はその後に訂正しています。

さきほど、ギャラリートークには西洋美術館のノウハウが入っているといいましたが、この彫刻は形を根拠に語りやすいので、ウォーミングアップに最適な作品かもしれません。ギャラリートークで、最初の作品なのに20分も30分もかけているケースを見かけます。子供たちはみるみる疲れていき、見ていて辛くなります。進行役に必要なのは「タイムキープ」です。発言する子どもだけに目を向けるのではなく、そうでない子を大切にするべきでしょう。先ほどのシーンもそうですが、子どもがシーンとしたり、ダレてきたなというときに場面の切り替えをやっています。私の場合、最初の作品は無理をしないで10分以内で切り上げます。

 


クロード・モネ《睡蓮》


クロード・モネ《睡蓮》

奥村
次はモネの作品です。最初は手前で鑑賞して、次にぐっと作品から下がります。距離を変えます。


右から3番目の男の子に注目してください。何か喋りたそうです。だけど言えないまま時間が過ぎていきます。ようやく言えた時、この子どもの発言がそれまでの発言と質が違うことに気づかされます。「水に映る森みたいなのが、ちょっと乱れていて、風が少し吹いている」。絵の中から動きを見つけてきたのです。だから、ずっと言いたかったのでしょう。発言をした後、すごく満足していますね。
ファシリテーターが自分自身の気持ちとか感想を言うことも話し合いの活性化では大切です。

ヤーコプ・ヨルダーンズ《ソドムを去るロトとその家族》


ヤーコプ・ヨルダーンズ《ソドムを去るロトとその家族》


さて次は、「ソドムを去るロトとその家族」の鑑賞ですが、少し低調だったのでグループで話をすることにしました。そのときに「後で当てるからね」と一言、生徒に言って心の準備をさせておきます。やや強引な手法ですがうまく発表できないときは子どもたちに準備をさせておくことは大事な手立てでしょう。ただ、このときは映像を見てもらうと分かると思いますが、最初はグループの個別の話を聞いているのですが、だんだんと一体化した話し合いになっていきます。


奥村
まとめでは、私は子どもたちの話を、子どもの言葉を使ってまとめるようにしています。でも、この場面のようにまとめの時間であっても、子どもが発言してきたら、それをとらえてディスカッションに戻します。先生って強引にまとめてしまうことが多いので、そうならないためには、常に生徒の仕草や言葉をよく見ておくことがコツかもしれません。


これからの映像はいちばん見てほしい部分です。 小学生でも中学生でもその子どもたちの能力が十分伸びれば、もうファシリテーターによる進行は要らないと思っています。1枚目、2枚目、3枚目と鑑賞してうまくいけば、4枚目は「自分たちで見ておいで」と放り出します。 その場面で、ちょっとびっくりした場面です。生徒たちが学芸員の視点で作品を見始めたのです。何度もギャラリートークをしていますが、参加者自らが展覧会のギャラリーの展示を見て、学芸員のように「こんな風に見てほしいと思っているのだろう」という発言を聞くことはまれです。自分にとっては貴重な場面でした。

われわれはありのままを見ているわけではありません。美術館という場所や施設が作品を美術品にします。あるいは、美術館の学芸員が仕立てた展覧会の文脈で、作品を見ているわけです。中学生以上であれば、参加者がそれに気づくことはあるということです。


奥村
これはどのくらい子どもの能力が高まったかを示す場面です。私はさきほどのグループにくっついて、何とか加わろうとするのですが、相手にされません。もう自分たちで鑑賞をはじめているのですから当たり前です。私が働きかけるまでもなく、3人全員がいろいろな話を、能動的にしています。私は敗北感を味わいながら、とぼとぼと帰っていきます(笑)

この場面で何が言いたいかというと、たとえ短い時間であっても、子どもたちは鑑賞の中で発達していくということです。十分発達したのなら進行役は要らないのです。

今、見ていただいたように、鑑賞は創造的な行為です。中学校の美術の目標にも「表現及び鑑賞の幅広い活動を通して、美術の創造活動の喜びを味わい美術を愛好する心情を育てるとともに、感性を豊かにし、美術の基礎的な能力を伸ばし、美術文化についての理解を深め、豊かな情操を養う」と示してあります。鑑賞が創造的な活動であることは学習指導要領の基本的な考え方です。鑑賞とは自分の感覚、経験、知識、文化などから、子どもたち自身が意味や価値をつくりだす活動なのです。かけがえのない自分自身をつくりだす時間なのです。

いま中央教育審議会の企画特別部会で今後の学習指導要領の方針が議論されています。そこで自分の知識や経験をフルに活用しながら、そこにある情報を適切に判断して論理的に組み立てて、能動的に主体的に自らが創造的に価値をつくりだす学習指導要領にしましょうという話が進んでいます。これはある意味、図工や美術の考え方そのものです。
奥村
多くの人たちは教育を「決まりきったことを教え込むもの」「型に押し込めるのが教育」だと捉えています。その文脈で普及活動や鑑賞教育を説明されることが非常に多いです。実はそうではなく、たとえ美術鑑賞であっても創造活動という定義で行われているわけです。

美術教育の世界で、ビデオデータを詳細に分析できる人は日本に数人くらいしかいません。そこを求めなくてもいいと思います。是非、自分たちがやっているギャラリートークや鑑賞活動というものをビデオに録画して、後で見るといろいろなことが分かる、という程度で十分だと思います。

全部ご覧になってお分かりと思いますが、一番面白がっているのは私=ファシリテーターです。本当に子どもたちと鑑賞やワークショップをするのは楽しいです。それが一番、大事なことかもしれません。最後の生徒の創造性にたじろいた場面など、私には驚きであり喜びでした。

それでは質問を受け付けます。
受講者
二つ質問があります。まず作品の選定をどうするのか?また鑑賞の授業の実施時期はいつがいいのか。それをお聞きします。
奥村
作品の選定に関しては美術館に聞いたほうがいいと思います。私が宮崎県立美術館でやっていたときには、マグリッドで行いました。どんな作品よりも、子供たちが語るからです。美術館には、子どもたちが自然にいろいろと語りだす作品が存在します。おそらくそれが名画とよばれるものなのでしょう。子供たちが名画にするというか、、、それを知っているのは美術館の学芸員です。名画でギャラリートークを行うと、深いトークが可能になります。それを自分の力だ、子どもの力だと勘違いして鑑賞活動をすると手痛いしっぺ返しを味わいます。私もその連続です。

また、選定では発達の段階を考えることが大切です。作品と子供の出会う時期については、私どもの研究で美術館のデータと学修指導要領、教科書などをもとに「発達と鑑賞の関連表」を作りましたので参考にしてください。
受講者
鑑賞活動の人数はどのくらいが適切でしょうか?
奥村
ファシリテーターが両手を広げた間に入る人数です。体が大きい中学生なら10人くらいです。小学生なら15人くらいでしょうか。そのスペースが余ってしまうと、普通の入場者が乱入してきます。よくあります(笑)。美術館で、クラス全員40人での鑑賞活動などは到底、不可能です。きちんとトークをしようと思ったら15~20人のグループにするのがよいでしょう。
受講者
知らない生徒と鑑賞活動をするコツはありますか?
奥村
アイスブレークは必ずやります。ファシリテーターと参加者の間の壁を取り除くのは大事だと思います。私はよく、じゃんけんをします。ただ「最初はグー」と言いながらパーを出します。子どもたちは「ずる~い」と言って、すぐに仲良くなれます。いい人になろうとせずに、むしろ悪者になった方が、子供たちは心を開いてくれます。

それでは時間なので終わらせていただきます。 ありがとうございました。