過去の受講者による成果発表

講師:
佐藤一幸(弘前市立城西小学校 教諭)
日時:
8月2日(日)14:40~14:55


弘前城の天守を臨む

3年生が描いた「岩木山」

郷土色豊かな学習環境

みなさん、こんにちは。青森県弘前市立城西小学校の佐藤一幸と申します。今回はこのような発表の機会を得まして、たいへん感謝しております。ご期待にそう話になるかわかりませんが、しばらくお付き合いください。生来、真面目に話せないたちなので、今日の私の役目は、前座として冗談を交えつつ、みなさんをリラックスさせることだと思っております。

まずは自己紹介させていただきます。出身は、北海道の旭川です。さきほど美術館入り口の表示で知ったのですが、私はこの建物と同い年です。趣味は、城館調査と史跡巡りです。すぐそこの首都高の下は「一橋御門」の跡ですね。そういうものをみつけるのが大好きです。

私が勤務する城西小学校は、名前の通り弘前城のすぐ西隣の、たいへん学習環境に恵まれたところにあります。子どもたちが育つ弘前の環境を少しご紹介します。弘前城の天守を臨む風景は、今年でしばらく見納めです。これから曳屋をして、石垣の修理に入るからです。津軽というと、なんとく白とかグレーといったイメージがあるかもしれませんが、弘前ねぷたは極彩色でとても美しいものです。この時季になると、夕方、あちらこちらから、練習や運行のお囃子が聞こえてきます。とてもすてきです。音も風景ですよね。秀麗な岩木山も、みなに愛されています。この絵は、3年生の子どもが描いた岩木山です。

先日函館で、北海道造形教育連盟の全道大会があり、そこで前の教科調査官の村上尚徳先生のお話を伺う機会がありました。内容は、「感性は環境と経験に密接に関連する」というものでした。まさに津軽に育つ子どもたちは、その通りだなと感じています。



「すてきな先生ばかりや~」

研修で学んだこと

私は平成21(2009)年度の受講生で西村德行先生が班長のI班でした。合言葉は「愛のあふれるI班」です。これがグループワークの様子です。「すてきな先生ばかりや~」ほんとにすてきな先生ばかりでした。私は、大学も大学院も、専攻は社会科日本史でして、現場に出て図工がわからなくて研究会に入ったクチです。ですから、この研修で3日間美術館にどっぷりとつかり、図工美術をリードされている様々な方々に巡り合うということは、自分としてはとても不思議で、なおかつとてもよい経験でありました。自分の人生のなかで、この「美術館で過ごす3日間」という時間は、おそらく2度とないことだと思います。

さて研修をふり返るなかで、まず気づかされたことは、「美術館のもつ力」「鑑賞のもつ力」です。さきほどの講演のなかでもお話がありましたが、私も美術館はたいへんすばらしいところだと思っています。それは、何か人間としての根源的なものを内包する空間であり、人として再生させてくれる力をもつ空間だ、ということです。

実際の研修では、先生方がそれぞれギャラリートークの実践を披露してくださいました。見学させていただいているうち、このように美術に関わることが、人間としての自然な営みなのだという思いがわき上がってきました。さきほど申し上げましたが、自分はもともと社会科の人間です。人が人らしい姿をみせる、あるいは本質や矛盾を見つめていくことでは、図工美術と共通する部分がたくさんあると思っています。このふたつのジャンルの要素を結びつけていくことも、この研修後に自分がテーマとしているところでもあります。



下地づくりの様子を鑑賞

研修後の実践1
「学生作家と交流する鑑賞・制作学習」

次に、研修後の実践についてお話をします。研修を終えたあとは、以前にも増して鑑賞教育を意識するようになり、何かまとまった実践をやりたいと思っていました。

そこで、実践発表のなかにあった三澤一実先生が関わってらっしゃる「旅するムサビ」からヒントをいただき、大学生に「作家」として来校してもらって授業をしようと考えました。近くに美術系の大学はないので、弘前大学教育学部、および大学院美術教育研究科に美術科の学生・院生の派遣を依頼しました。

対象は6年生です。授業は、事前学習に1時間、学生が作家として来校する時間を3時間とり、まとめに1時間、計5時間で計画しました。ひとりには油彩の抽象、もうひとりには日本画の具象を制作してもらいました。1時間目は、下地づくりの様子を鑑賞します。鑑賞態度には個人差が予想されたので、簡単なワークシートを用意しました。2時間目は、作品を作家が持ち帰り、筆を進めたものを改めて持参してもらい、制作途中を鑑賞しました。最終の3時間目は、仕上がった作品を観て、はじめに子どもたちの話し合いを行い、学生作家は脇でこれを聞き、そののちに作家の思いを子どもたちが聞く、という流れで作品の鑑賞を行いました。

その後、鑑賞したそれぞれの作品のイメージをもとに、子どもたちが詩または物語・ファンタジーを選択し、文章にまとめました。これらは、学校文集にも掲載しました。



映像作家さんに絵コンテを説明

研修後の実践2
「絵画制作鑑賞と映像表現鑑賞(クラスCMづくり)」

この2年後に、2度目の実践を行いました。この時は、絵画制作鑑賞に加えて、映像表現を取り入れ、CMづくりをテーマにしました。同じく、院生2名に来校してもらい、来校時間を5時間として扱いました。6年生は2クラスあったので、1組は「やる気があればなんでもできる」、2組は私のクラスで「個性あふれるスペシャリスト集団」をテーマに取り組みました。

絵画については、前回の実践に人物画がなかったのでリクエストを出し、作家自身をテーマにした油彩の肖像画を制作してもらいました。そして映像表現については、クラス紹介のCMづくりをテーマにし、班ごとにシナリオをつくり、撮影することにしました。まず個人で絵コンテを制作し、班ごとに話し合ってひとつの絵コンテにまとめていきます。それを4カットくらいで撮影します。写真は学生作家に子どもたちが絵コンテを説明しているところです。

油彩に関しては、1時間目に下地づくり、2時間目以降には制作鑑賞に加えて、下地の削りとりや彩色などの実際の作業にも参加しました。映像に関しては、1時間目は作家の過去の作品を鑑賞することで、子どもたちのイメージづくりを行いました。絵コンテづくりは、計画以外の時間を使うことにもなりましたが、班ごとに自分たちのイメージを紙に描いていきました。このなかで、子どもたちには私が指導者として「画面は、いつも絵を描く時の画用紙であり、自分たち自身が線や色として絵コンテを表現することになるよ」と、説明しました。映像表現については、班の活動以外は、個人の撮影などの時間に充てました。

3時間目4時間目においては、油彩の制作を鑑賞したり参加したり、映像担当作家が編集しているシーンを画面で鑑賞したり、互いの班の撮影のようすを鑑賞するなどしました。最終の5時間目は、絵画の鑑賞、制作したCMの鑑賞と話し合いを行いました。



「あ~、すっきり」

研修後の実践 その他の活動

次に、雪国ならではの実践ということで、少し涼しい写真をご覧にいれます。これは「雪でみんなでアーティスト」と題して行った造形遊びから始まる学習です。雪に色をつけるのには、ねぷたに彩色する凧絵の具がいちばんいいですね。「あ~、すっきり」小学生はこんなのが好きですよね。(会場笑)



「枯山水」

額縁のようなフレームで画面を確認

お花畑をイメージしたものもあります。次の写真はなんだかわかりますか? 筋を引いていますが、この道具は、前任校で田植えに使っている自作の筋引き器です。子どもが「これを使えるんじゃないか」と提案してくれました。これで跡を付け、その上を足で踏んでいました。実はこれ、「枯山水」なのです。鑑賞法というか、実際に額縁のようなフレームで画面を確認しながら、見せ方の工夫もしています。

次にアートカードの実践です。アートカードは、教科書の指導書にも付くようになり使いやすくなりました。これは青森県立美術館のもので、地元作家の作品にふれるよい教材です。青森県美版の特徴はというと、縄文時代の作家も参加しているところですね。(会場笑)有名な作家の作品に交じって、縄文ポシェットと呼ばれる資料のカードもあります。カードを使う時、子どもたちは様々にルールを考えますよね。ばば抜きもできるといっていましたが、どういうルールなのかよくわかりません。(会場笑)


美術館等の利活用

美術館などとの連携ということで、少しご紹介します。近年、2度ほど日展の移動展が弘前市にある青森県立武道館で行われました。最近は、平成25(2013)年です。弘前市は人口18万くらいの街ですが、他の開催大都市とならんで、なぜかよく開催されます。この時は、児童生徒に関して入場料が免除され、鑑賞を希望した学校には、市から差し回しのバスが出されました。1度目は、こうしたことはなかったので、鑑賞に対する意識が高まってきたのではないかと思います。この時も、鑑賞のワークシートをつくりました。大勢で一気に短時間の鑑賞をさせるための、ある意味、苦肉の策です。鑑賞の時間は正味60分でした。子どもたちは全部を記入する必要はないし、数を数えるような簡単なクイズなども入っています。

次に、「名画の花束」展についてご紹介します。弘前市には公立の美術館はありませんので、博物館がその役割を果たしています。昨年、弘前市立博物館の改修工事が終わり、記念の展覧会がありました。ルノワールや地元作家の棟方志功などの作品と博物館所蔵品をコラボレーションさせた展覧会で、「名画の花束」展といいます。この展覧会の企画に当たっては、博物館側の意向で、子どもたちがよりよく鑑賞できるようにと、図工美術関係の教員と展示の仕方について会議をもちました。また、展覧会に関しては博物館の方でもワークシートを準備してくださるなど、今までなかった取り組みが行われました。ちなみに博物館の建物は、東京国立近代美術館とも縁の深い前川國男氏の設計で、市内には同氏設計の建物がほかに7つあります。ぜひ訪ねに来てみてください。幸い、現任校の城西小学校は博物館まで歩いて10分ほどの距離ですから、鑑賞する環境にとても恵まれています。

また、2年ほど前には、青森県立美術館でこちらと同じような鑑賞指導の研修も行われました。その時の様子です。真ん中の女子ふたりは私の娘です。まだかわいかった頃です。(会場笑)



模擬授業の様子

ところで、いまだにわからないことだらけの自分ではありますが、この場で学ばせていただいた者として、地域で貢献していかなくてはならないと考えてきました。自分で得た知識を少しでも広めて、図工教育をよりよくしていかなくてはと思い、研究会での立場を通して働きかけをしています。

また、昨年度は前任校の校内研の講師として6月と2月の2度、お話しさせていただく場も得て、自分としてもさらに精進しなくてはならないと考えているところです。これは、小・中学校美術展を行っているとなりの部屋での様子です。若い後輩が、模擬授業をしているところです。


おわりに

今回このような場をいただくにあたって、弘前造形教育研究会の先生たちに、鑑賞教育について思うところを聞いてみました。すると、カリキュラム通りにはいかない事情──地域の要請、各種作品展等によって時間が自由にならない──がみえてきました。図工への関心が高くない人ならばなおさら意識が向かないだろう、という意見も返ってきました。また、美術館等を利用するにあたっては、やはり交通手段の問題があります。前任校では、全校遠足の行き先として、県立美術館を選んだことがありますが、こうした学校は多くはありません。また、昨今のバス代高騰のあおりで、遠出さえも難しくなってきています。



「美と人と食が一体となる時」

さて、以上雑ぱくな話ではありましたが、図工、とりわけ鑑賞に関して活動を続けてこられたのも、この研修を通じての学びを基礎とし、この研修を通じて得られた多くの方々とのご縁があったからこそと思っています。2日目に行われた情報交換会では、国立新美術館というすてきな建物と雰囲気のなかで、いろいろな方とお話をすることができました。昨年は、旭川の母校を会場に開かれた、造形教育全道大会での情報交換会もありました。場所は、北海道立旭川美術館でした。どちらもすてきな空間で、まさに「美と人と食が一体となる時」でした。

こうしていただいた人とのつながりが、今の自分を支えていると思うのです。最後に感謝の思いを伝えて、終わりたいと思います。


プロフィール

佐藤一幸(さとう かずゆき)
弘前市立城西小学校教諭。1969年北海道生まれ。96年より弘前市内の公立小学校教諭として勤務する傍ら、青森県史編纂調査協力委員としても活動。2013年東北造形教育研究大会青森弘前大会研究部長。現在、弘前造形教育研究会研究部長。平成21(2009)年度指導者研修受講。