過去の受講者による成果発表
- 講師:
- 長尾菊絵(西東京市立ひばりが丘中学校 主任教諭)
- 日時:
- 8月2日(日)15:20~15:35
研修前の疑問・課題
みなさん、こんにちは。西東京市立ひばりが丘中学校の長尾菊絵と申します。私は今から5年前、平成22(2010)年度、第5回目の指導者研修に参加させていただきました。そして、今年度、つい先週7月27日に、東京都中学校美術教育研究会(都中美)の夏季研修会において、東京国立近代美術館を会場とし、国立美術館共催でトークラリー研修会を開催することができました。その研修会で、本指導者研修の卒業生5名がファシリテーターを務めました。本日はその都中美の研修会を中心に発表させていただきます。
簡単に自己紹介を兼ねて本研修会に参加させていただくことになった経緯を紹介させていただきます。平成20(2008)年、21(2009)年の2年間、前任校の江東区立亀戸中学校で、「全教科で取り組むPISA型読解力」の研究指定校として2回の研究授業を行いました。平成22(2010)年度には、本研修に参加させていただきました。そして、平成25(2013)年度から都中美の教科研究部の研究部長を務めさせていただいています。
研修前の疑問・課題についてお話しします。研究授業を行うにあたり「PISA型読解力」を美術でどう捉えるか。自ら課題を発見し解決する力、そして与えられた知識の集積ではなく自ら知識を構成する力をつけるには、知識享受型の鑑賞ではなく、対話による鑑賞が効果的だと考え、研究授業を行いました。しかし当時は、対話の自由な発想を大切にし、情報をあまり与えなくてもよいという考えがあったように思います。授業を行うと、はじめは楽しそうに対話していた生徒も、何も作品情報を与えないと物足りない顔になり、本当にこれでいいのか、と悩んでいました。また、授業のねらいに迫るために、つい誘導的に発問になってしまったり、意図的に情報を与えてしまい、オープンエンドということに対する答えが見つからず、試行錯誤の日々でした。
研修で学んだこと
私は鑑賞の授業に関する課題を解決したかったので、中学校美術教諭の経験のおありになる松永かおり先生のギャラリートークに参加しました。このグループの作品は榎倉康二の《ふたつのしみ》。「この作品で中学生にトークするなんて、どうしたらいいのだろう・・・・・・」と驚きましたし、中学生も「これ、作品なの?」「なんでしみなの?」とひそひそ声で困惑していました。トークは大きく3つの構成になっていました。まず、「これはなにかな?」「しみ?」「なんでこのしみがあるのかな」というふうに、推理をし、過去になにがあったのかを考えさせます。次に、「今度はしみの形をよく見てみよう」「ほんとうにしみなのかな?」と、これがほんとうにしみなのか、そうでなければなんなのかを想像させます。そうすると生徒たちは、「よく見るとふたつのしみは同じ形なので、これはしみではなくて忘れられない辛い思い出だと思います」など、自己を投影したり未来のことを話しはじめました。そして、意見が出尽くしたところで、「みんなで話したことを考えながら、自分の考えをワークシートに書いてみましょう」と、内面と対話する時間をとりました。
ここで学んだことは、作品と静かに対話する時間を大切にすることです。通常は、作品との出会いの場面に会話をせず、ひとりでじっくりと作品を見る時間をとります。しかし、意見の交換後にも、他者の考えを受けとめて、その後改めて個人でじっくりと作品を見て自分自身の内面に向かわせることは、さらに作品を深く味わうのにとても有効だと知りました。対話し、内面へ入り、また対話すること。道徳の授業でも、さらに深く考えて欲しい時は書く活動を行っていたことを思い出しました。一見難解な作品を前に困惑気味だった生徒たちが、徐徐に前のめりになり自分自身で考えたり話したりしていく過程をみて、「子どもには難しい」と大人が思っていた作品であっても、授業のねらいと組み立てによって、生徒たち自身が能動的に鑑賞できるのだということを学びました。
また、埼玉教育大学付属中学校の山田一文先生のグループワークでは、中学校の美術の授業で対話による鑑賞をねらいに落としこんでいくアイディアをたくさん知ることができました。そして、必ず必要というわけではありませんが、話し合いのなかで、情報を与えることに関して適切なタイミングと量で与えることは、鑑賞を深めるために有効なのだと学びました。
研修後の実践「トークラリー鑑賞研修」
まず、ここ3年間の都中美の研修についてご紹介します。平成24(2012)年度、東京都美術館での対話による鑑賞、平成25(2013)年度、都中美と全国造形教育連盟合同大会のプレ研究「中学校美術Q&A」との連携、平成26(2014)年度、東京都現代美術館教育普及学芸員の郷泰典さんによる「教師が手作りするアートカードと授業での活用を協議する研修」が行われました。
今年度、トークラリーの研修を計画することになった経緯です。ここ2~3年、都中美の研修に、新しい先生が多く参加してくれるようになりました。1校1名配置の美術科にとって都中美の研修はまさに「授業を良くしたいというすがるような思い」で参加して下さいます。若い先生は、対話による鑑賞の経験が少ない方が多く、研修に取り入れて欲しいとの要望が多くありました。また、授業につながる研修にしたかったことから、模範のギャラリートークを見るだけでなく、自分たちで実際につくりやってみるという研修にしたかったことが挙げられます。また、都中美の教科研究部23名のなか、指導者研修の卒業生が5名もいました。そこで私たち卒業生が参加教員にトークのつくり方を指導するファシリテーターになることは、指導者研修を受けた時に強調されていた「広めることが還元することになる」と考えました。
昨年の9月22日から計5回、美術館研修の準備のための会議をもちましたが、教科研究部の先生方は学年主任や進路指導主幹など、現場でも重責を担う先生方です。会議は休日に行われることもありました。よい研修をつくりたいという情熱、その一言につきると思います。先生方は指導者研修後、各大会で鑑賞の研究授業などもバリバリやっていらっしゃいましたが、生徒と鑑賞のための対話をするのと、先生方に対話による鑑賞を教えることは異なります。国立美術館の方々に事前に研修をしていただき、グループワークの進行の方法や、先生方に伝えるポイントを改めて整理することで、かたちにしていきました。
そして先週、7月27日に、都中美と国立美術館の共催による「トークラリー鑑賞研修」を行いました。午前中は講義のあと、ファシリテーターの対話による鑑賞を体験し、その後グループワークでディスカッションを行い、参加者がトークをつくります。午後は中学生が来館し、参加した先生がトークラリーを行います。最後に、振り返り、発表、指導、講評という流れです。
グループワークでは、年齢や対話による鑑賞の経験の有無を考慮し、バランスよくグループを組みました。
事前アンケートで対話による鑑賞の経験があると応えた先生は56名中9名。わずか15%です。このグループは小学校の副校長、職歴30年の主幹教諭、今年採用になった職歴4ヶ月の非常勤講師を含む6名。全員が対話による鑑賞の授業は未経験者でした。先生が生徒役となって対話による鑑賞を体験します。どのグループもとても楽しそうでした。その後ディスカッションをしながらトークラリーをつくります。ファシリテーターが様々な資料を用意し、トーク作成のヒントを提示したり、トークのための情報の整理をします。今日初めて会った先生と議論をし、トークラリーをいっしょにつくっていく、こういった活動も1校1名配置の美術科教諭にとっては貴重な経験です。川端龍子作の、雑草を描いた日本画の作品を担当する先生方は、はたしてこの作品に中学生が興味をもつのだろうかと不安に思っていました。先生方はどんどん険しい表情になっていきます。そしてトークをやってみたところで午前中は終了しました。
12時45分、中学生の来館です。18校、173名の生徒がトークラリー参加のために集まりました。1階ギャラリーでトークラリーの説明を行います。今回の参加生徒は美術部の生徒が主なのですが、意外なことに、このなかで、美術館に来たことがある生徒は4、5名しかいませんでした。トークラリーは生徒4、5名のグループが自由にギャラリーを回ります。先生たちがトークする作品は9作品、ガイドスタッフがいる16作品、ぜんぶで25作品について対話ができます。生徒は好きな作品を選んでトークを申し込み、作品について話ができたら、首から提げているカードにスタンプを押してもらいます。トークラリーが始まると生徒たちは生き生きとギャラリーを動き回り、鑑賞を楽しんでいました。どこまで写真で伝わるかわからないのですが、どの生徒もきらきらした笑顔で驚くばかりでした。感想にはほとんどの子が「とても楽しかった」「また来たい」といった内容を書いていました。
印象に残っているのは川端龍子の作品のトークです。先生方は、この絵には生徒が来てくれないのではと心配していたわけですが、実際は空き時間がないほどの人気でした。大人の固定イメージが覆されました。この黒と金の世界に吸い込まれるように作品をじっとみつめる生徒の姿にはっとしました。午前中ナーバスになって表情の硬かった先生方も、生徒が来ると別人のような笑顔になりました。さすが先生方で、はじめての経験でも、生徒たちをひきつけ楽しいトークを展開していました。
中学生の退館後、作品の前で振り返りを行います。そしてその経験のシェアを行い、指導講評いただきました。
生徒の感想からの抜粋です。
「最初から題名や説明を言うのではなく、まず考えさせて意見を発表させてくれるところがよかったです。また、自分の意見があっていた時がすごくうれしくて、また行きたいと思いました」
「作品の新しい見方や、新しいことに気づいたりできて、とても新鮮だった」
「作品が見学者へ込めた思いがあり、それを知った時、作品の世界観が広がるんだなと思いました」
次に先生の感想からの抜粋です。
「全員が実践できたことに意味があると思います。評価などなくても、生徒はみな真剣で、自分の感想が全て受け入れられ、対話が成り立つと、もっと話そうとしてくれ、本当に生徒が可愛く感じました」
「先生に意見を聞いてもらいたい、あ、肯定してくれた、と小さなことで先生を信頼し、自由に発言できることも実感しました」
研修の成果と課題
この研修の成果としては、参加者の2学期からの授業力向上につながりました。模範のギャラリートークを見るだけでなく、実際に自分でギャラリートークをつくって中学生にやってみるので、より実践的な授業改善につながったと思います。参加者56名と都中美スタッフ17名、引率教諭18名を合わせて91名の先生方のうち、仮に半数の45名の先生が、2・3学期に鑑賞の授業をしたとすると──私の勤務校の在籍生徒数が500名ですから──、2万2750名ほどの生徒が対話による鑑賞の授業を受けられることになります。これは多少強引な数字ですが、対話による鑑賞の授業にチャレンジする先生が多くなると思うと、とても嬉しいです。また、グループワークをとおして、教員間のつながりをつくることができました。そしてなによりも、美術館での鑑賞の魅力を、多くの先生や生徒が実感できました。
一方で、課題も生まれました。まず、参加の人数が限定されるという問題があります。参加の先生方が、必ずトークラリーを体験できるよう緻密な計画をたてると、何人でも参加OK、当日の飛び込み参加もOKという受け入れはできません。より実践的で質の高い研修をするには、組織的に動く必要があると痛感しました。今回は国立美術館の方々の多大なるご援助で実現することができましたが、激務の先生方の負担を考えると、運営面で課題が残ります。また、ファシリテーターの層を厚くする必要もあります。今回の研修は指導者研修の卒業生がお互いの実践や経験を確認しあい、今までなかった縦のつながりをもつことができました。そして先生にトークを教えるという、一歩上のステップに進むこともできました。トークを教えるファシリテーターがもっと増えれば、対話による鑑賞も広がり、もっと多くの子どもたちが体験できるようになると思います。
さらに広げたい、学校と美術館の連携
指導者研修は、私の鑑賞についての悩みや疑問について深く考えるきっかけをつくってくれました。そして、ここでつながることができた様々な人とともに、かつての私と同じように1校1名配置のために相談する相手がおらず、悩んでいる先生方への研修を計画できたことは本当に嬉しいことでした。今週、7月30日31日と、府中市美術館で、中学校の先生向けの対話による鑑賞の研修会が開かれ、都中美でファシリテーターをした先生が、模範演技のギャラリートークをしました。これは一例ですが、このように都中美の研修を、さらに区市町村に広めていけたらと感じています。
プロフィール
長尾菊絵(ながお きくえ)
西東京市立ひばりが丘中学校主任教諭。武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業。東京都公立中学校美術教師とて赴任。東京都美術教育研究会研究部長。2児の母。平成22(2010)年度指導者研修受講。