過去の受講者による成果発表

講師:
亀井 愛(三井記念美術館 教育普及員)
日時:
8月2日(日)15:00~15:15


三井記念美術館

三井記念美術館と教育普及員について

みなさんはじめまして。三井記念美術館の亀井愛と申します。三井記念美術館は、本日の会場の東京国立近代美術館から電車で10分。江戸時代から三井家および三井グループに縁の深い日本橋の三井本館(重要文化財)7階に平成17(2005)年に開館した美術館です。現在の収蔵作品数は約4000点、切手は約13万点で、このうち《志野茶碗 銘 卯花墻(うのはながき)》、円山応挙筆《雪松図屏風(ゆきまつずびょうぶ)》など6点の国宝のほか、重要文化財73点、重要美術品は4点を数えます。常設展はなく、年5回の展覧会を開催しています。開館10年目のまだ新しい美術館ですが、そのルーツは明治36(1903)年、日本橋駿河町の旧三井本館に設置された三井家編纂室に始まる110年の歴史をもつ公益財団法人三井文庫の文化史研究部門を担っています。

美術館(博物館)には、大きくわけて「調査・研究」「収集・保存」「展示・公開」「教育・普及」という4つの役割があります。日本の美術館・博物館では、そのすべての業務を行う人を「学芸員」というのが一般的ですが、当館では、教育普及員がそのなかの「教育・普及」部門を担当し、美術館の教育プログラムを考え、実施、運営しています。現在は広報業務も兼任していますが、三井記念美術館の教育普及事業は、職員10名のうち教育普及員1名と学芸員(研究員)4名の連携によって行われています。



平成20年指導者研修

研修で学んだこと 平成20年指導者研修に参加して

私が研修に参加したのは、今から7年前、平成20(2008)年度の第3回目の研修になります。当時、私は現在の美術館に勤務して2年目の新人職員で、新しくできた美術館で試行錯誤の日々を過ごしていました。研修前、学校との連携を行っていくうえで、当時、とくに課題に感じていたことが大きく2点ありました。

ひとつは、教育のとらえ方の違いです。美術館の「鑑賞」は、美術館独自の資産である作品と来館者を結びつけるために行われる活動であるのに対し、学校の「鑑賞」は、子どもの発達段階に応じた学習目標(ねらい)に迫るための活動であるという違いがあります。そのため、学校からの依頼がある場合、必ず「ねらいは何ですか?」とお聞きしていたのですが、当館の場合、授業で来館することが少なく、部活動や修学旅行など行事の一環として来館することが多いため、限られた時間のなかで、ガイド役としての役割を求められることが多く、ファシリテーターとしての立ち位置にとまどうことが多くありました。

また、日本美術(古美術)を所蔵する美術館ならではの悩みもありました。日本美術の作品は、ぜい弱なものが多いため、展示期間が短く基本的に触れることはできません。茶道具や能面など、大勢で一度にみるには向いていない作品も少なくありません。そのためなのかはわかりませんが、日本美術は専門的な知識がないとみることができない、つまり、日本美術は子どもには難しく、鑑賞の題材として向いていないという“大人の”固定イメージが、他の時代の作品に比べて強いということも悩みでした。

もうひとつは、作品に込められた意味などの情報は不要という流れに対する疑問です。 当時の日本では、「対話による美術鑑賞教育」が定着しつつある時期で、「対話」の自由な発想を重視するあまり、「作品に対する知識(情報)は必要ない」といわれ、本当にそれでいいのかと思っていました。

そんなモヤモヤした課題が少しでも解消できたらと思い、臨んだ研修でした。現在、研修は2日間ですが、私が参加した平成20年度は3日間の研修でした。業種別分科会や美術館同士の交流の時間もありました。私のグループのFAは当時、東京都教育庁指導主事だった松永かおり先生で、メンバーは中学校教員9名、指導主事2名、学芸員3名の計14名で、課題作品は伊東深水《露》(1931)でした。



高精細屏風を活用した出張講座

研修で学んだこと、あらためて大事だと思ったこと

中学校教員、指導主事、学芸員が3日間にわたり、ひとつの作品をみて、考えて、話しあったことは、参加者の私たちに様々な気付きを与えてくれました。私が改めて大事だと思った点は2点あります。

ひとつは、じっくり作品と向き合う時間を確保することの大切さです。グループワークは、まず、各自の立場を忘れて一鑑賞者として作品を鑑賞することからはじまりました。私たちは、子どもたちに「どう思う?」とすぐに発言を求めがちですが、まずひとりでじっくり作品をみて、作品について考える時間をもつことが大事だと改めて思いました。当館では、もともと作品と向き合う時間を確保していましたが、研修後は、作品と出会う瞬間を大切にし、その環境をできるだけ整えるようになりました。例えば、屏風を鑑賞する際、みる視線の高さや照明については、十分注意するようにしています。高精細屏風を活用した出張講座の時は、屏風を畳の上に置き、天井灯ではなく蝋燭照明で鑑賞する時間もとります。

もうひとつは、必ずしも必要だということではありませんが、より深い鑑賞のためには、情報(知識)は決して不要なものではないということです。グループワークで鑑賞した作品は屏風に箔を貼り、岩絵の具で描かれていましたが、背景の箔はプラチナ箔という特殊な箔を用いています。プラチナ箔の普遍性の意味を知った時、その作品の鑑賞はより深くなるのではないでしょうか。例えば、茶道具のひとつである棗(なつめ)の場合、子どものなかには、この作品を鑑賞した際、「アクセサリー入れ!」といわれることがあります。その子の視点や発想はとても大切にしたいですが、美術館としてはその子に、それはアクセサリー入れではなく「抹茶を入れるための器」ということを知ってもらいたいという想いがあります。

日本美術の作品には、歴史という豊かな情報があります。ねらいに応じて、適切な「情報」を与えることは、より鑑賞を深めるきっかけになるものですし、作品に込められた日本の文化の奥深さや人々の想いを知った時、子どもたちの世界はまた広がっていくのではないかと思います。



鑑賞教育について考える研修会

研修後に実践していること
「特別鑑賞会」から「鑑賞教育について考える研修会」へ

研修で学んだことをふまえ、鑑賞をより深めるためにどのようなことを行っているのかいくつか事例をご紹介したいと思います。

当館では、年5回の展覧会会期中、教職員の方を対象とした教員研修会を行っています。当初、この研修会は「教職員特別鑑賞会」としていましたが、より目的をはっきり明示して「鑑賞教育について考える研修会」として取り組むようにしました。研修では毎回テーマを設け、グループワークを通じて、様々なアプローチを学び、鑑賞について考えます。そしてその際も、作品と向き合う時間は必ず確保するようにしていて、例えば《雪松図屏風》を鑑賞する時は、周りの照明をすべて消して、作品だけをじっくり鑑賞できるようにします。

また、当館の研修は、担当教科を問いませんので、様々な教科の先生が参加します。美術はもちろん、社会、国語、英語、音楽、めずらしいと理科や数学など、様々な先生と一緒に美術館と鑑賞について考えます。教科同士の交流も通して、新たな鑑賞を考える場でありたいと思っています。研修会のテーマを検討するにあたっては、指導者研修で出会った松永先生や他の先生方とのネットワークを生かし、先生方が参加されている研究会や研修に赴き、その内容を学ばせていただきました。そのことを踏まえ、より先生方のニーズにそった研修として活かすことができました。その成果かわかりませんが、当館には様々な教科、部活、団体での来館があります。美術の鑑賞はもちろん、「浮世絵のなかにある音を曲にする」というテーマで吹奏楽部の来館があったり、「北斎漫画から江戸時代の水泳や器械体操を学ぶ」という体育の事前授業があったりします。北斎漫画に浮き輪で浮いている人物の描写があったりするんですね。(会場笑)どんな教科でも、どんなことを子どもたちに学ばせたいのかをじっくり話し合って内容を決定しています。



知識を楽しみ、鑑賞を深めるプログラム

日本の美術品を所蔵する館としての悩み(弱み)を逆手にとって、知識を楽しみ、鑑賞を深める当館ならではのプログラムも実施しています。絵巻を鑑賞し、描かれた場所を船に乗って実際に行く「絵巻クルーズ」、プラネタリウムを東洋の星座で鑑賞する「東洋の星座と星の神」、参加者にカリスマスタイリストになってもらい仏像の髪型について学ぶ「ほとけさまの美容室」。そして現在開催している展覧会では、浮世絵に用いられている画材に着目し、実際に摺りを体験するプログラムなどを開催しています。

学校の教員だけではなく、子どもたちの親世代にも働きかけています。PTA保護者会でお話しさせていただくこともあります。また当館のある日本橋には約30万人のオフィスワーカーが働いていますので、ワーカーを対象とした取り組みを行ったり、会社の新人研修などで美術館を活用していただいたり、30代、40代の方が多いことから、結果として保護者世代への理解につながっているようです。

まとめ

私が本日お話したことは、研修で学んだこと、そして日々の取り組んでいることのほんの一部ですが、お話したことはとりわけ新しい取り組みではなく、どの館でも行われていることだと思います。しかし、そのひとつひとつに真摯に取り組み、続けていくことが、当館のような決して大きくはない美術館ではとても大事なことだと思っています。なぜならば、これらの活動はひとりでも始められることですが、ひとりでは続けることができないことだからです。

指導者研修は、私に作品をみることの楽しさや、美術館を活用した鑑賞について改めて考えるきっかけを与えてくれ、様々な人とのつながりをつくってくれました。そして、本研修にも、平成23(2011)年からサブファシリテーターとして、平成25(2013)年からファシリテーターとして、参加されるみなさんと一緒に鑑賞について考えてきました。まだまだ未熟ではありますが、これからもお江戸日本橋にある美術館として、様々なことに取り組んでいきたいと思います。


プロフィール

亀井 愛(かめい あい)
三井記念美術館教育普及員。2007年より現職。学芸員と連携しながら、教育普及事業の企画・実施を行う。地域や教育機関と連携した美術館を拠点とする学びと実践の場づくりに取り組んでいる。 平成20(2008)年度指導者研修受講。