過去の受講者による成果発表

講師:
平田朝一(岡山県総合教育センター 指導主事)
日時:
8月2日(日)15:40~15:55

研修で学んだこと

みなさんこんにちは。岡山県総合教育センターから参りました平田朝一といいます。どうぞよろしくお願いいたします。それでは、研修で学んだこと、それから研修で学んだことを生かして研修後に実践したことについてお話ししたいと思います。私がこの指導者研修に参加させていただいた時は中学校教諭でしたが、現在は岡山県総合教育センターの指導主事として、4年目になります。本日は、実践については私が行った中学校での実践と、県総合教育センターでの先生方への研修のふたつについて発表させていただこうと思います。

まず、研修で学んだことについてお話しします。私が参加したのは第1回目の指導者研修でした。この研修で私が学んだことは大きく分けて3つあります。まずひとつめは、本物との出会いの重要性です。この指導者研修のなかで、実際に中学生が美術館で鑑賞する様子を見る時間がありました。中学生が美術館で鑑賞する姿を客観的に見る機会はあまりなかったので、とても新鮮な体験となりました。作品を鑑賞する生徒たちがだんだん真剣になり前のめりになっていく様子や、造形的なよさや美しさ、作者の心情や意図などを作品から一生懸命に読み取ろうとする姿がとても印象的でした。このことから、本物を鑑賞することの大切さや、本物にどのように出会わせるかという、出会いの演出の大切さを強く再確認しました。

ふたつめは、美術館の活用の仕方です。研修では、いろいろな美術館のプログラムが紹介されました。私の住む岡山県にある大原美術館の発表もありました。大原美術館や他の美術館の実践を聞いて、美術館側の本気度が伝わってきて、ぜひ私も美術館を活用していきたいという気持ちになりました。

3つめは、美術館との連携の可能性です。生徒たちが美術館で作品を鑑賞する時に、いかに作品を効果的に見せることができるか。そのためには、それまでに学校でどのようなことを授業で行えばよいのか。そして、鑑賞後に、学校で生徒たちにどのような鑑賞の授業を進めていけばよいのか。そのように考えていくと、効果的なつながりができるかもしれないと思い、学校と美術館の連携にとても可能性を感じたのです。これから、学校と美術館の連携がとても重要になってくる、そういったことを、第1回目の研修に参加して感じました。




アート・トラベリング・トランク

研修後に実践したこと
「アート・トラベリング・トランク」

それでは、研修で学んだことを生かして、私が中学校で実践したことをふたつご紹介します。ひとつめは、学校と美術館の連携について、岡山県立美術館の学校と美術館の連携委員会で作成した「アート・トラベリング・トランク」をご紹介します。ふたつめは、私が、岡山県立美術館で行った備前焼の鑑賞授業についてご紹介します。

まず、アート・トラベリング・トランクです。このようなAとBの箱がふたつあります。Bの箱の中には、岡山県立美術館所蔵の作品図版と○×の札が入っています。くわしくは後ほどお話しする実践で見ていただきたいと思います。もうひとつのAの箱の中にはいろいろなものが入っています。

左側には表装まで印刷された実物大の宮本武蔵の複製掛け軸(3幅対)が入っています。また、備前焼のセットも入っています。私は主にこの備前焼セットについて担当させていただきました。そのとなりに備前焼や水墨画の紹介や制作風景の映像、岡山県立美術館にある作品画像などが入っているDVDやCDがあります。そして、岡山県出身の作家である国吉康雄のアートカードゲームが入っています。



宮本武蔵の複製掛け軸を使った教員研修

まず、宮本武蔵の3幅の掛け軸です。これは地域の教員研修で活用している場面です。もうひとつは、国吉康雄のアートゲームです。アートゲームを紹介した冊子もあります。この国吉康雄作品のアートカードゲームは、小学生を対象にしてつくられており、カードの裏を数枚並べると大きな絵になっていまして、授業の導入などで子どもたちがパズルとして楽しめるようなものになっています。冊子では、低学年、中学年、高学年それぞれに対応したいろいろなプログラムも紹介されています。



備前焼の素材には、窯変チップというものがあります。備前焼は窯で1回しか焼かないのですけれども、炎によって、灰によって、焼き方によって、いろいろな変化が表面にみえてくるのです。それを窯変といいますが、子どもたちにわかりやすいように、プロの作家の方に窯変チップというものをつくってもらいました。それから土も大事なので、ひよせも入っています。そして、備前焼は細工物もあるので、細工物も入っています。また、有田焼と萩焼と備前焼の湯飲みが入っており、比較鑑賞することも可能になるようにしています。



備前焼の素材

このアート・トラベリング・トランクは、県内で30セットつくりました。16人くらいのハブ教員という、地域の中心的な先生方にトランクを託しておいて、それぞれの学校は近くのハブ教員からトランクを借りて、授業のツールとして使ってもらうようになっています。


研修後の実践1
「備前焼のよいとこはどこじゃ?」

次に、私がアート・トラベリング・トランクを使って行った実践についてお話しします。「備前焼のよいとこはどこじゃ?」というタイトルで、3時間連続で行いました。1回目は、「あなたの好みはどの器?」。和食器のよさを知ろうというものです。非常に面白い授業なんですが、今日は時間の都合で紹介できません。2回目は、「君も備前焼博士になろう!」という授業です。備前焼のよさや特徴を学習します。そして、3回目に岡山県立美術館に行って、本物の備前焼を鑑賞するという授業です。



「君も備前焼博士になろう!」

では、2時間目の実践を簡単に紹介します。アート・トラベリング・トランクの中から湯飲みを出して──ちなみにひだすきの湯飲みは私がつくったものなのですが──、どれが備前焼かというクイズを出します。そして、根拠を説明しながら答えさせます。この時、回答はふせたままです。最初、生徒たちは漠然としてしかわかっていません。そこで、生徒にクイズ形式で備前焼のよさや特徴について考えさせたり、窯変とはどんなものなのかを、窯変チップから想像させたりしていきます。そして最後に、もう一度「備前焼はどれ?」と質問します。実際はこのなかの2点が備前焼なんですけれども、生徒たちは自信をもってこの2つを選び、選んだ理由を学んだ備前焼の特徴や造形言語などをいろいろ使いながらワークシートに記入していきました。これが次の授業につながります。

これらの活動を経て、県立美術館で本物の備前焼を鑑賞する授業を行います。実はこの実践当時、美術館に連れて行った生徒たちは県立美術館にあまり行ったことがなかったんです。そこで緊張を解くために生徒会で作成した学校の幟を入り口や室内に置いたりして、「ここはアウェイじゃないぞ!」と生徒たちに訴えました。(会場笑)この実践を行ったのは中学校教育研究会の県大会だったので、生徒たちの後ろには授業を見学する先生方がたくさんいらしたので、生徒たちの緊張を少しでも和らげようとしたわけです。



岡山県立美術館での備前焼鑑賞

展示室に行くと、備前焼がたくさん展示されているスペースがありました。まず最初に、「備前焼きはどれかな?」「その理由は?」とみんなに質問します。すると、生徒はたくさん話し合いを始めました。なかには備前焼らしくない色が付いているものがありますが、これは彩色備前といってとてもめずらしいものです。生徒たちが「これは備前焼きだ!」「これはたぶん備前焼じゃないだろう」といろいろ理由も説明しながら発言するのですが、あとで種明かしをすると、ここに展示されているものは、全部備前焼なんです。(会場笑)「備前焼って、こんなにいろんなものがあるんだ」「こんなにいろんな色が出ているんだ」「こんな形のものもあるんだね」と生徒たちは驚いていました。こういうことを、生徒たちに気付かせたかったのです。続いてもうひとつ「いちばん好きな作品はどれ?」「その理由は?」と質問します。ここでもまたいろいろな理由を挙げながら生徒たちが一生懸命話し合いをしました。


会場に人間国宝の伊勢﨑淳先生の作品が展示してありました。これも私の仕掛けだったのですが、おそらく生徒たちはこの作品の前に集まって話をするだろうという予測をしておりましたので、360度見ることのできる展示にしてもらいました。事前に美術館さん側に「私はこういう授業がしたい」「ねらいはこうだ」「生徒たちはこういうふうに動くから、このような作品をこのように展示できないだろうか」ということを相談しました。とても無理のある話だったのですが、美術館さん側は「よし、わかった。あなたがそう言うなら、ぜひ協力しよう」とおっしゃってくださって、当日はすべてのキャプションもはずしてくださいました。ここまで協力してくださるのかと感動しました。

生徒たちは予想どおりこの作品の前で、「この作品はどうやってつくられたのだろうか」「作家さんは、どういう思いを込めてこの作品をつくったんだろう」ということを話し合っていました。そうしたら、生徒たちが、「作家さんに話を聞いてみたい!」と言い出すわけです。そこで、「そうだよね、みんな。ぜひ人間国宝の伊勢﨑先生のお話を聞いてみたいよね。では、どうぞ! 伊勢﨑先生です!!」と紹介したんですね。そうすると生徒たちが「先生ウソばっかり」と騒ぐんですけれども、伊勢﨑先生、すぐ横にいらっしゃいました。(会場笑)伊勢﨑先生が現れたとたん、みんなぽかーんとしていましたね。



伊勢﨑淳先生の作品に込めた思いを聞く

伊勢﨑先生は備前焼の歴史から、自分がこの作品に込めた思いまでお話をしてくださいました。作品の表面にハート型のような模様が表れていますが、これは偶然ではなく、意識してつくっていらっしゃるそうなんですね。

伊勢﨑先生からのお話も含めたすばらしい出会いが、美術館さんのいろいろなご協力によって実現しました。このあとは、言うまでもなく伊勢﨑先生は握手攻めになるんですが(会場笑)、「先生、僕はずっと手を洗わない」と言っている子もいました。


研修後の実践2
岡山県総合教育センターでの研修

そのあと、私は指導主事として岡山県総合教育センターに移りました。希望研修講座はふたつありまして、ひとつが小学校の図画工作研修講座、もうひとつが中・高等学校美術研修講座で、それぞれ年間3回ずつあります。このなかに必ず美術館との連携をテーマにした講座を入れています。例えば大原美術館でも講座をさせていただいたこともあります。ここでご紹介するのは、一昨年に岡山県立美術館で開催した講座です。「学校と美術館で楽しく学べる連携授業を考える」ということで、実際に、当日に美術館に展示してある作品を使って、生徒たちにどういう鑑賞プログラムをつくっていくか、そしてそのためには事前にどのような授業をするか、もしくは事後にどのような授業をするかといったことを、先生方と協議し考え発表する内容でした。当日のプログラムだけでなく、事前事後の指導もどうしていくかといった一連の流れを意識しながら、先生方が様々な鑑賞プログラムのアイデアを考えてくださいました。

昨年度は、同じく岡山県立美術館で対話による鑑賞を小学校の図画工作科の先生方を対象に行いました。ファシリテーター、鑑賞者、客観的に鑑賞する様子を確認する方、それぞれの役割をすべてできるように1日かけて行い、そして、必ず振り返りを行っていく、そういうプログラムの研修を行いました。効果的な研修になるよう、美術館さんとは事前にしっかり打ち合わせをしています。



天保窯の見学

今年度は備前市にある岡山県備前陶芸美術館に行きました。地域の小学校の図画工作の授業で、ゲストティーチャーとして備前焼作家さんが毎年学校にいらっしゃる授業を参観した後に、陶芸美術館に行って備前焼の歴史を学び、人間国宝の作品をはじめいろいろな作品を鑑賞しました。この日は美術館連携だけではなくて、備前では昔から備前焼を共同窯で焼いていたという歴史がありますので、南大窯跡──備前焼の陶片がたくさん落ちているのがおわかりいただけますか──と天保窯という江戸時代の登り窯を訪問しました。天保窯は通常入れないんですけれども、教育委員会のご厚意で入らせていただけることになりました。授業だけではなくこのような体験も含めて研修を構成しました。


おわりに

現在、私は指導主事として、研修講座で先生方にいろいろなプログラムを用意していますが、中学校の教員をやっていた時と変わらないことは、本物との出会いを準備することと、より効果的に本物と出会わせる場面を仕掛けることです。また、授業や講座のねらいを明確にもって、美術館学芸員の方に積極的にこちらから相談していくことです。そうすると、学芸員の方が最大限の協力をしてくださって、私ひとりで考えていた以上のすばらしいプログラムができあがることを実感しています。そういった意識や姿勢を、この研修で身につけさせていただいたかなと強く思っております。現在は指導主事の立場から、学校と美術館がうまく連携できるように、毎年、美術館との連携をテーマにした講座を準備しています。なかなか生徒たちといっしょに授業をできない状況にありますが、現在の仕事のその先に生徒たちがいることを意識して、今後もがんばっていこうと思っております。



プロフィール

平田朝一(ひらた ともかず)
岡山県総合教育センター教科教育部指導主事。1970年岡山市生まれ。公立中学校教諭を経て、2012年より現職。平成18(2006)年度指導者研修受講。