過去の受講者による成果発表
- 講師:
- 木村典之(大分県立美術館 主幹)
- 日時:
- 8月2日(日)16:00~16:15
大分県立美術館の活動
こんにちは。大分県立美術館の木村と申します。よろしくお願いします。大分県立美術館は、ふだん美術館に行かない人たちをいかに引き寄せるか、そして美術を楽しんでもらい、何度も日常的に足を運ぶような、そういったことをめざしています。と、そんなふうにパンフレットに書いてありますけれども、これは、いかに美術館に足を運ばなかったのか、日常的ではなかったのか、そういうことの裏返しではないかとも思っています。
当館は、外から誰でも入ってこられるフリーゾーンをたくさん設けているということで、作品のみならず建築、そして、2Fの教育普及コーナー、情報コーナー、カフェ、あらゆるところに美術の要素を入れ、それらを体感してもらおうという、そういった施設でもあります。
私自身は教育普及を担当しておりまして、会場にも置いていただいているパンフレットにも書いてあるように「美術ってすげえ!」ということを感じてもらうため、教育普及スタッフ4名でいろいろな活動をやっています。
これは「みんなの土曜アトリエ」です。金曜の夜は「夜のおとなの金曜講座」、土曜日は「みんなの土曜アトリエ」を開催しております。「みんなの土曜アトリエ」は朝、昼、夜の3部構成、日曜日は「どなたでもワークショップ」として午前、午後各1部ということで2部構成となっています。そして平日は学校連携として、学校団体の受け入れやアウトリーチの取り組みを行います。
研修で学んだこと
それでは、研修で学んだことをお話しします。私は平成19(2007)年に教員として参加させていただきました。当時、松永かおり先生にたいへんお世話になりましたけれども、伊東深水の《露》で勉強させていただきました。さきほどからもありましたとおり、やはり美術館で作品に出会うということが、私にとってはまずいちばん重要な問題でした。本物とはいったいなんなのかということです。これが1点目です。そして、2点目は視点ということです。子どもと作品をつなぐ、子どもと子どもをつなぐ、多様な解釈を生み出す、そして最終的に、観ることに能動的になるための視点。3点目が連携の仕組みです。これは参加して驚きました。教員、学芸員、指導主事、こういった異なる職種の人たちがいっしょに学ぶということの意義について、非常に深く感銘を受けました。
私としては、この3点目が今日の発表の骨子となると考えています。私が研修に教員として参加し、そのあと指導主事として3年間県内の指導に関わり、そしてそれから美術館に関わって4年間教育普及の仕組みづくりを行ってきた経緯からも、この点を発表するのがよいのではないかと思っています。
研修後の取り組み1
鑑賞の授業改善に向けた取り組み
指導者研修後の取り組みのひとつめです。これは指導主事として取り組んだものです。大分県の現状としては、鑑賞教育が進んでいない、教材がない、指導法がわからない、こういったことを、数年前には非常に強く言われていました。そこで、まずは教材を作る、題材を開発する、資料を作成する、授業改善のための検証会を行う、鑑賞セミナーを実施する等のことを、平成20(2008)年からスタートさせました。このなかで、授業検証会の取り組みから見えてきたこととして、小・中・高の先生方でいっしょに授業を見合う、そしてそこに指導主事、大学教授、学芸員が参加していっしょに協議するということをやったのですが、お互いの立場の違いから、着目している部分の違いに気付かされました。この取り組みの成果は、地域の中核となる教員の育成につながっていきます。この授業改善に取り組んだ先生は、23名おりまして、1年間に7、8名の先生が授業提供をしてくれています。その授業を、小・中・高の先生が参観できるような仕組みづくりをしました。当然その仕組みのなかには、旅費、教材費、出張申請等の手続きを盛り込んでいます。ところがこれは、「よし、やりたい」と思っているやる気のある先生には届くのですが、それ以上の広がりが出ないという問題点があるわけです。なかなか組織的な動きになりません。これをなんとかしていかなくてはいけないということで課題が生まれました。
研修後の取り組み2
学校と美術館が連携するための仕組みづくり
研修後の取り組みのふたつめは、学校と美術館が連携するための仕組みづくりです。これは平成24(2012)年から26(2014)年にかけて行いました。私が美術館準備室に行くことが決まってからの話になります。まずは、美術館というのはどういう場所なのか。そして、教育普及という取り組みとは、学校と連携するとはどういうことなのか。これを県の担当の方々に説明し、施設、設備、予算などを組み立てていくことになります。人員はどのくらい必要なのか。どれくらいの広さがいるのか。どれくらいの予算を組めばどれぐらいのことができるのか・・・・・・。
実はこの美術館は、建てる前から知事が「オープンしたらとにかく子どもたち全員に見せるんだ」とはりきっており、そういう強い思いで建てました。「建物への投資ではない、未来への投資なんだ」と、強く言っておりました。そこで学校と美術館の連携推進協議会を立ち上げることになります。私は事務局のなかで、原案作成やマネジメントすることになるわけですが、いろいろもめました。招待するのは、小学生なのか、中学生なのか。小学校1年生はどうなのかなど、議論が繰り返されました。小学生に鑑賞させるなんてありえないと断言した方もいましたが、逆に小学校1年生だからこそ見せるべきだと強く主張した方もいます。むしろ中学生に見せた方がよいなど・・・・・・。さまざまな意見が出ましたが、最終的には、小学生の1年生から6年生までを招待しようということになります。名称も「小学生招待事業」から「ファーストミュージアム体験事業」へと変わり、平成26年にガイドブックの作製やスタッフの募集、そしてどのようにミッションを実行していくのか、こういった課題に入っていくわけです。
実際の取り組みとしては、平成27(2015)年4月24日に美術館がオープンし、5月6日からファーストミュージアム体験をスタートしようということになりました。これは学校の都合に合わせました。ゴールデンウィークが明けてから夏休みの直前まで、平日の51日──このうち5日間は展示替えがありますので、実質46日──を事業に充てることになりました。県内の小学生の1年生から6年生は6万2000人弱いますので、これを46日で割り算すると、1日だいたい1350人という平均値が出ますが、これは机上の空論で、実際はそうはうまくいかない。学校は割り算ではうまくいかないという批判を受けながら、どうやってバスに乗せるのか、どうやって運ぶのか、安全面をどうするのか、そういったところを学校と相当やりあうことになったわけです。実施主体は県の知事部局で、ここが予算を管理します。そして県の教育委員会が市教委や学校と話をしていきます。財団である美術館は、受け入れ体制を整えるということになります。実際、この人数が135人ということになるんですが、この135人の集団が25分おきに到着します。(会場笑)これが1日10回到着します。そうすると、だいたい1日1350人の平均値をクリアできるわけです。私たちからすると、これはもう鑑賞ではない。鑑賞になりませんよという議論もたいへん深くやりました。招待は1学年にしましょう、そしてゆっくりとちゃんとやりましょう、と。じゃあ何年生なのか、こんな話も本音ではやりました。でも、知事としては「いや、全員じゃ」と。これは美術館をつくろうとした時の思いが非常に強いわけです。
そこで、この取り組みの考え方を変えなければならない、ということになったわけです。私たちは、これは鑑賞ではなくて、きっかけなんだ、このあと始まる鑑賞教育のためのきっかけであり、全員にそのきっかけを与えるのだ、というふうに考えを変えました。
実務レベルでは、子どもたちは17人から18人の小グループに分けます。そしてそこにふたりのガイドスタッフをつけます。実際は、27人いるじゃないかとか、30人いるじゃないかとか、と思うと、5人しかいないとか、学校の規模によってまちまちだったので、それに対応して、班編制を変えたり、ガイドさんを増やしたりといった対策をとりました。ガイドさんたちは、定点で止まって説明するのではなくて、ツアー形式で最初から最後まで案内するというかたちをとりました。
だいたい1時間45分で館内を案内して回ります。これはバスから降りてバスに乗るまでの時間です。(会場ためいき)ですから、降りて集合するのに5分、トイレに行って20分、そこからレクチャーを受けて館内に入って、最後お別れして集合してバスに乗るのに、引き算するとだいたい実質60分となります。ますますこれはきっかけだということで、考え方を整理しました。(会場笑)作品ひとつひとつ丁寧に説明するというよりも、美術館に入った空気感や雰囲気、館内を楽しくツアーで歩いた、体験した、というふうにもっていったほうがいいんじゃないかということで、ガイドさんたちにも、説明というよりもいっしょに歩いて楽しく作品を観ていくという、そんなツアーガイドをやりましょうとお話ししました。ところがツアーガイドさんたちは一生懸命説明するわけです。そうすると時間がおしておして・・・・・・。(会場笑)極力説明を少なくすると、先生たちから「なぜ説明しないのか、わからないじゃないか」と、ここも意見がずれてきます。非常に大きな課題が山積したということもいえると思います。写真をみてもらうとわかると思うのですが、このように混雑した状態です。 このように、受け入れ人数、時間、ガイドさんの研修と様々な課題が出てきました。しかしながら、ガイドさんたちあるいは学校の先生たち──子どもたちもそうなんですが──、よかったという声が思いのほか多かったんです。
その一方で学校の先生たちの温度差や外部の方のあたたかい声や批判的な声、こういったことがみえてきました。例えば一般のお客さんからは、「これは美術館じゃない」「考え違いをしている」といろいろ書かれたアンケートが毎日届くんですけれども、学校の先生たちからも「なぜもっとちゃんと丁寧に説明してくれないのか」「わかりやすく教えないのか」「並べることもできないのか」とか、そんな話も出るわけです。そこで、「いやいや、ちがうんです。それはこうこうこうなんです」と、説明に追われるわけです。学校との連絡調整の問題もあるんですけれども、学校の受け止め方の温度差によるところが大きいのかな、と感じました。
この取り組みに直接関わった人たちには、コアスタッフ(事業運営のための美術館につめた専任スタッフ)4名、美術館スタッフ(美術館の教育普及担当)2名、有償のスタッフ137名、そのほか委託でバスの搬送をしている人たちがいるんですが、学校と美術館の連携をさらに広げて、市民あるいは県民が関わっていっしょになってこの事業に取り組む場・きっかけになったと思います。
研修後の取り組み3
学校と美術館の連携を点から面へと広げる仕組みづくり
それから、ファーストミュージアム体験事業以外の研修後の取り組みについてお話しします。最初にお話ししたなかの3つめになりますが、学校と美術館の連携を点から面へと広げる取り組みとして併行して進めました。大分県といっても広いので、地理的な要因としてバスで連れてこないと、美術館になんか絶対に行かれないよ、という学校がたくさんあるんですね。そういったなかで、ファーストミュージアム体験事業のような取り組みをすれば、予測はしていたのですが、「バス代を出してくれるのはいいが、引率の負担はどうするのか?」「ただ、みるだけでいいのか?」など、先生方から様々なご意見が出るわけです。そこで、こうした事業を単発で終わらせずになんらかのかたちで続けていくのであれば、やはり学校の先生たちともっといっしょにやっていくべきだろうということで、研修に入れるという提案をしました。昨年度のうちから着手して、教育委員会、教育センターの職員を対象として、美術館がどういうところなのか、どんなことを得られるのか、どんな感動体験があるのか、そういったことを理解してもらえるよう講演会等を開催しました。そして初任者研修の2年次研修に位置付けて、悉皆でやろうということに至るわけです。今年度は小学校教員65名全員に美術館の優れた施設、作品、専門スタッフなど、美術館の教育資源を活用した学習指導の研修を行うことになりました。
もちろん中学校、高等学校の、美術の教員向けの初任者研修や選択研修も別途行っていますが、やはり初任者研修で小学校の教員全員を対象として研修をすることは、小学生全員を美術館に招待したこととセットで考えていかなくてはいけないだろうということで、少し時間はずれていますが、併行して行い、今後のことも見据えながらこういった仕組みをつくってきています。
初任者研修を美術館で実施するという行政による学校美術館連携事業は、バス代だとか距離だとか、研修の機会だとかに対する行政の手立てが非常に重要だと思うのですが、それとともに美術館側がゆるやかな連携の仕組みをつくっていく必要があるのかなと思います。学校の主体性が生きる連携の仕組みづくりということで、学校が活用しやすいようなスクールプログラムを準備しています。「美術館の旅」というプログラムでは、美術館に来たら、1時間、体験・表現活動をして、そのあと展示室に行く、という、表現と鑑賞をつないだプログラムを行います。 このプログラムに参加するのであれば、美術館からアウトリーチでお手伝いして、事前学習や事後学習にお伺いしますよ、というかたちのプログラムで、すでに学校から参加の手が挙がってきています。美術館としてもそういう仕組みづくりを行い、連携事業等を通して行政がサポートする、これが、大分県の進めている美術館と学校との連携の取り組みです。
結果として、子どもたちが美術館を楽しむ、能動的に観る──自分の考えで、自分の目で視る──そういう方向にすすむよう、子どもたちの力になればなと思っています。
プロフィール
木村典之(きむら のりゆき)
大分県立美術館学芸普及課主幹。1966年2月生まれ。大分大学教育福祉科学部附属中学校教諭、大分県教育庁義務教育課指導主事を経て、2012年より大分県企画振興部にて、大分県立美術館の開館準備に携わる。15年より現職。平成19(2007)年度指導者研修受講。