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ギャラリートーク分析

2.中学生

司会
では、続けて東京国立近代美術館で行われた「犬の唄」の中学生のトーク分析です。
作品は、東京国立近代美術館の所蔵作品展示室に展示されております柳原義達の「犬の唄」、1961年です。

中学生の発言は、配布いたしました「ギャラリートーク資料」に記載されていますので、参照してください。


(生徒2「寂しそう」に、「寂しそう」と先生が繰り返す)

奥村
今のはお分かりでしょうか。先生の反応が明らかに先ほどの子と違うのです。「さみしそう」と言ったときに強く「さみしそう」と乗ってしまう。
実は、先生の一番初めの発言もそうなのですけれども、「主題にこれは向かうのだ」、「これが何を表しているのかに向かうのだ」という姿勢があって、子どもの「形とかそのようなことに対する意見」よりは、「感情とかそのようなことに対する意見」に大きく反応をします。微妙なこのような対応の違いに、結構、子どもは敏感に反応します。
それが1点と、この子をわたしは最初からずっと見ていたのですけれども、この子の視線が先生―彫刻―友達―先生―彫刻―友達と動き回るのを見てください。先ほどと同じような子どもの学び合いが見えます。
奥村
みんな向きますね。


(生徒3「手が犬っぽいっていってくれたけど、足の形も…犬っぽいかな」)

奥村
それと、この子が手や動作を使って自分の身体からこの彫刻を見ているということがすごくよく分かる場面です。これが実際に美術館にある実物の効果ですね、身体性が非常に活性化しやすくなるというのは彫刻という理由もあるのでしょうけれども、それを表していると思います。


(生徒9「やってみたらポーズがつらかったけど、ふつうに人間がやるポーズじゃない」)

奥村
ちょっと付け加えます「やってみたけれどもしんどかった」と意見は、実はカットしてあるのですが、先生の「あのポーズを一緒にやってみよう」という手立てによるものです。


(2回目の問いに応えて、一番感じるポイントに立つ生徒たち)

奥村
宮崎県立美術館で夏休みに来館した子どもたちにシールを持たせて彫刻の周りの床にぺたぺたと「自分が一番いいと思う方向に貼ってください」という実践をやっています。すると、ある方向に集中したりして、「子どもたちはこのような所から見ているのだ」とか、「次に来る人がそれを参考にして見たりする」ということが起こります。この場を借りて紹介させてください。


(生徒3「後姿だけでも寂しいって感情とかわかる」)

奥村
あの子は「形と量感」とかそのような話しかしていなかったのに、ここでは「あり得ない形」とか、「さみしい」、「感情」など、友達発言を受けて少し発言が変化をしています。
一柳
この女の子は先ほど奥村先生が指摘されたように視線の動きと同時に、「手が犬っぽいって言ってくれたけど」と言っていたり、「さっき言ってくれたさみしいって感情」と言っているように、よく聞いているのだなということを彼女の言葉からも感じます。そのような中で作品を見て、他の子の意見を聞く中で、自分の見方が変わってきているのだなと感じます。


(生徒5発言⑥「悲しそうにみえるけど、明るいほうにも見える…」)

一柳
今の子の本当に絞り出すような言葉がとても素敵だなと思いました。実は彼女が最初に「犬になりたかった人」という犬と人をつなぐ見方を提示してくれたのですね。そこから逆に、人間になりたかった犬のようだというようにどんどん広がっていって、彼女の見方がほとんど全員の子に広がっていったんですね。
それでもやはり彼女の中ではいろいろな言葉を聞く中で、迷いながら、こうなのではないかな、ああなのではないかなというふうに考え、最後に言葉にならない思いを絞り出したのかなと思いました。それでも、彼女の見方はみんなに伝わっているよということは伝えてあげたいなと思うような、そのような一瞬でした。
奥村
次にさっきの女の子が発言します。発言ががらっと変わります。


(生徒3発言⑧「よくわかんないですけど…上を向いているから決意してる」)

奥村
「決意」と、この作品をそのように主題付けたわけです。
ちょっと手元のプリントを見ていただけますか。ギャラリートーク資料というのがあるのですけれども、この子は上から3番目にあります。「手が犬っぽい」。その次が「後ろ姿でも」「顔を見なくても」、さっき言ってくれた「感情」というようになります。そして、一番右端の⑧と書いてある所ですね。「上を向いているから決意」というように変化をしてきているということが分かると思います。


(ギャラリートーク終了、解散)

奥村
この後ですけれども、あの眼鏡の先生の左にいる男の子が先生をつかまえるのです。トークは終わっているのに先生をもう1度つかまえる、これは、わたしも何回か経験があるのですけれども、ギャラリートークがうまくいったときに起きる現象です。終わったのに、今まで発言できなかった子とか、言いたい子が、そっと寄ってくる。そのような場面が生れたら「あっ、うまくいったんだなあ」と思ってよいと思います。

この場面から二つほどご指摘させていただきたいのは、子どもたちの「形」、「量」という発言は教科目標に即した言語活動という観点からは、先生が大きく取り上げてもよかったのではないかなということです。先ほどのミロの例で言えば、「色」とか「形」とか、「単純化」とか、そのような言葉を使うということです。
というのは、これは何かに見えたとか、あるいは、これはこのような物語だとか、これはこれにも考えられるしという、想像ゲームとか、見立てゲームとか、物語作りゲームで終わるのを防ぐことにつながるからです。子どもたちは、形や色を通して考えていて、そこで自分の能力を高めているわけですから、それを確かにしてあげる。

子どもを美術館に連れて行く以上は、その子の育ちを保障する責任をわれわれは、どのような人であっても、学芸員であれ、先生であれ、ボランティアであれ負っているわけです。子どもの発揮している能力を認めてあげて確かにしてあげるというのは、とても大事なことではないかなと思いました。
また、この先生は、実は彫刻を専門とされていて、誰よりも彫刻のことをよく分かっているわけですね。その先生の「知識」を「材料」として子どもに提案する方法もあったのかもしれないというようにも思いました。いろいろな彫刻家の作品と柳原さんの経歴とかもこの先生は恐らくご存じだろうと思いますし、戦争の直後に作られた「犬の唄」と、この1960年にフランスに行った後に作った「犬の唄」は同じ題なのですけれども違っている、ほとんどポーズも一緒なのですけれども。そのようなことも中学生だったら、それをまた材料にして考えるということができたのかもしれないなと思いました。

二つ目が撮影のコツですね。教室で後ろからずっと撮影していたら、子どもの表情は永遠に見えません。今のビデオは先生が問う様子と同時に子どもの顔がずっと見えていましたね。あれは、非常にうまい撮影方法なのです。
このようにすると、例えば1人を抽出して、そこから友達とか、先生の手立てとか、作品とか、美術館という空間の効果とか、そのようなことを検証する、子どもから検証するということが非常にやりやすくなります。
本当は1人1人に音声マイクとかを持たせるのが有効なのでしょうし、あるいはトランスクリプトといって全部発言を書き出して、そこに視線とか言葉の抑揚の違いまで含めて全部書き出したデータから分析していくとよいのですけれども、それにはものすごく莫大な時間が必要なので、少なくとも2方向ぐらいから、子どもの顔と先生の顔と両方見えるところを撮って、皆さんで実際にわいわいと話しながら分析されるといいと思います。すると「あ、この活動によってこういうふうに子ども伸びたんだなあ」とか「あ、だから美術館、大事なんだなあ」とか「あ、実物が必要なんだ」などということが検証できるのではないかなと思います。
以上です。ありがとうございました。
司会
どうもありがとうございました。
補足としまして、ギャラリーの壁に現在掲示されている解説文をお見せします。タイトル「犬の唄」の由来が簡単に書いてあります。
それによると「犬の唄」は、普仏戦争敗戦後にフランス人が、ドイツ人に対してちんちんをして媚びながら、内心には噛み付きたいほどの抵抗の気持ちがあることを歌ったシャンソンであるとなっています。
また、今日ご覧いただいたギャラリートークの実際にかかった時間ですが、西洋美術館の小学生は40分ほどかけて二つの作品と後の自由鑑賞をしています。中学生のほうは、50分ほどかけて1作品だけを見ています。
今日は、かなり編集したものを見せていただきましたけれども、やはり時間をかけるうちに、これだけの変化が子どもたちに起こっているのだというようなことを、お分かりいただければ、と思います。

ギャラリートーク資料
  1回目の問い 2回目の問い     3回目の問い


まずよく見てください。そして、まず感じたことを一言どうぞ。 もう一度、いろんな所から見てみよう。どんどん移動しながら見てごらん。そして、自分の一番感じるポイントに立ってください。なぜそこを選んだの?[inu05] 最初とイメージ変わった人?   いろいろ見てきて、なんで「犬の唄」だと思う?自分の意見をまとめてみて。

         
1 犬っぽくない。反ってるけど犬はふつう丸まってる。人間ぽい。(犬の唄との関係は)まだわからない[inu01] 後ろからみると明るい感じがして、前向きなイメージ。だけど前から見ると暗い、胸元にも涙みたいに見えて、悲しそうだなって思ったから。 ②飼い主さんがいなくなっちゃった犬の目をしてて、でも人間で。そこがまだ考え終わってないです。 こびをうってるような感じ?ここに人がいてさ、はいはいはいって喜んでいるような感じ。さっきの飼い主さんがいなくなっちゃってどうしようっていうのとは反対にも見えたんだけど、どうだろう? ⑨戦争のあとにつくられたもの?周りのがそうだからそうかなと。戦争で周りの家族とかも死んで、家とかも全部壊れたり、ぼろぼろだけど、これからがんばっていくのに、犬が生きていて、愛犬が。で一緒にいこうよみたいな、そういう感じ。
2 寂しそう。無表情で、口がそのまま、目がうつろ。空を見ている感じ。[inu02] 腕とか、腰とかのあいだに空間があって、そこからも背中の反りぐあいも見えるし、表情もここが一番悲しそう、手とかも全部見える場所。[inu06]     ④人間が、実際犬になって、(犬から人間になって?)みかけは人間だけど、周りに人間の言葉がわかるようになったんじゃないかな。そしたら今まで「唄」ってところを考えてなくて、その人間の言葉が「唄」っていう言葉になって、寂しそうな感じ、そのこびを売っているとか、そういうふうな作品で題名なんじゃないかと思った。
3 手が犬っぽいっていってくれたけど、足のかたちも、太股の辺りが太いのも犬っぽいかな。[inu03] 後ろ姿だけでも顔をみなくても、さっき言ってくれたさみしいって感情とか、あり得ない形がわかる[inu07]     ⑧よくわかんないですけど、顔の表情とか、たてに線がはいってるのが泣いてるようにも見える。でも下からみるとそういうのわからない、上を向いているから決意をしてる[inu08]
4 犬を連れて黄昏れてるかんじ(なるほど!周りの反応もいい)ぼーっとしてる。 正面より横顔のほうが寂しそう。     ⑦この人は犬で、飼い主がいなくなって悲しいから、心が体にあらわれてこうなってる
5 犬になりたかった人(笑い起こる)犬=かわいい こっからでも寂しそうってのがわかる、足とか腕とかもみえて、ここが犬っぽいな。     ⑥悲しそうにみえるけど、明るい方にも見える。[inu09]
  3「逆に人間になりたかった犬みたいな。で、犬が人間になった感じが出てる」        
6 手がなんか持ってたりする。 悲しい表情がわかる正面     ②犬になったんだけど何をしていいかわからなくて飼い主もいなくて、人間にもどろうかな
7 なにか空虚な目が印象、なにかにすべてをうしなったような。だから、犬の唄というのは負け犬の唄みたいなイメージ。 正面のほうが空虚な表情がみえるからひしひしと伝わってくる。虚無感 ①飼い主がいるんだろう。それが心に残って、そうするとそこには飼い主がいたのになみたいな感じにも見えてきた。どこにいっちゃったんだろうみたいな見方   ①最終的に見ていくと、全体的にずたずたになってる感じ、なぜこんなに傷つくのか。人間だから?それなら犬になれば傷つくこともないんだろうか、あそういう思いからこういうかっこうをとってみたけど、結局どうすることもできなくてそれでやっぱり虚無感が生まれたんじゃないか
人間であることを捨てようとしたけどどうしようもなかった
8 犬の散歩みたいな。犬の鳴き声とかを唄として聴いている。寂しい感じがした。寂しさを犬で紛らわせてる感じ。 何をもってるのか、持ってそうな。     ③目が寂しそう、きらきらしている。犬をつれながら、もう一回がんばってみよう、そういう希望に満ちた目をしてる。足が、ちょっと浮いてるようにみえて、一歩踏み出そうとしている
9 ポーズがつらかったけどふつうに人間がやるポーズじゃない、だから犬の、人間が犬になりたかったような気もするし、むなしい感じもして[inu04] 横からだと頭の感じ、目を開けた感じ、口が半開きが見える。物悲しげ。そら見てるとかあったけ、ど、そこからなにすればいいのかって感じ。     ⑤犬だとして、飼い主は人間じゃないですか?人間であるってことはほかの人間もいて、話したりもしていて、そういうのを見て、飼い主さんに、犬ってことでいっぱいなでてもらったりとかあるとはおもうけど、会話とかしたいと思ってて、人間になりたいとおもってなったはいいものの、人間というものがよくわからなくなって空虚な感じ。なにをしたらいいんだろう。
10 犬と人間が合体させた、つくったかんじ。ポーズとかも人間には無理、だけど人間の形してるし。 きれいにみえる。下から、つき方がちがう、それが見える     ⑩犬の感情と人間の感情がまざってて、遠吠えとかをきいて悲しんでる、懐かしんでる。犬の感情がでてきて悲しんでる
11 人間になれたのかなみたいな、願いがほんとにかなってしまったかよくわからない、夢なんじゃないかな。 ななめとかのほうが、その人がなんて言いたいのか、伝えたいことが流れてくる。夢見ていたり、悲しくなってきたり。     ⑪たくさんきずついたけど、でも言葉にできないような叫びを犬の遠吠えに見立てて、それを唄みたいにするって感じ。
          番号は発言した順番

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