──林先生のご講演のご質問については、質疑応答形式ではなく、本シンポジウムの登壇者である方々から一言ずつコメントをいただきたいと思います。 3名の方にご登壇いただいております。まず、先ほどもご登壇いただきました、東京国立近代美術館の一條さん、 本シンポジウムの討議にもご登壇いただきます、日本体育大学児童スポーツ教育学部教授、奥村高明先生、 そして先程1本目の基調講演をしていただきました東良雅人先生にコメントをお願いします。
一條:林曼麗先生、日本語によるすばらしいご講演を、当シンポジウムにおよせいただき本当にありがとうございました。 このOPMプロジェクトを知りましたきっかけは、ちょうど2年前、科学研究費の助成を受けて、台湾に美術館教育の調査に行った時のことでした。 横浜美術館の端山聡子さんのご紹介で、北師美術館で林曼麗先生、ご本人と直接会うことができたのです。 さらに、林先生のご手配で、北師美術館の若いスタッフとともに、本日紹介された小学校や高等学校、 New Taipei Galleryのセントラル・キッチンも実際に見学することができました。
そしてその先々で、革新的に新しい学びのかたちが生まれていることを目の当たりにし、この取り組みは是非日本でも紹介したいと、強く思いました。 その半年後、2019年秋に京都で開かれた国際博物館会議(ICOM)で林曼麗先生と再会し、本日のご講演をお願いしたところ、 快く引き受けてくださり本日にいたりました。 台湾では今がちょうど旧正月のため、本日は林先生のリモート出演はかないませんでしたが、そのかわりに、 この2年前の調査に同行されたお二人から、それぞれコメントをいただきたいと思います。
奥村:今、時代や社会の要請において、教科の学力から教育課程の学力が求められるようになってきております。 そのような社会において必要とされるのは、芸術を核に多様な教育資源をつなぐ、いわば芸術統合型学習です。 数年前から、日本で散発的に行なわれています。大分県では美術館を中心に地域全体で行なわれています。
北師美術館のOPMプロジェクトというのは、その大変優れた実例で、カリキュラム全体で子供や先生の力を高め、 学校外を活用し、学校を作り替える、あるいは学校から地域社会全体を作り直す、というすばらしい取り組みだと思います。 ずいぶん海外調査を行ないましたけど、私はその中でも個人的にベストに挙げられる教育実践です。何度お話を伺っても感銘いたします。
東良:私も一條さんの科研の研究分担者として、台湾で実際に拝見させてもらいました。 最初に見た印象は「すごい!」なんですね。理屈ではなく。私も学校の教員をしていましたけど、 こういったものが学校にあるということを考えたときに、その感動というのは、すごく大きくて、大事なことだろうと思います。
本取り組みは、教育課程の幅広い視点と地域や社会の連携という観点から実現しているということが重要だと思います。 設置する結果だけではなく、OPMプロジェクト、一つひとつのプロセスを重視して行なわれていることが、今日の動画からも見て取れます。 こうしたプロセスを重視した、今後の我が国の鑑賞教育の取り組みを進めるにあたって非常に参考になると思います。
また、持続可能な市民活動に軸を置くべきというお言葉もありましたように、私の講演でも、 学校というのは学習する場であるとともに地域の文化を形成したり創造したりする場であってほしいとお話しました。 林先生の取り組みは、まさに学校を文化創造の場として、今後どうあるべきかの提言でもあると受け取りました。
最後に、すべての子供たちを対象としている取り組みであるということが非常に大事ですね。 一部の子供たちではなく、すべての子供たちが等しく美術館と出会えること。私も担当官になってから、 義務教育の段階で一度は美術館に行くことを実現していきたいという思いをもっていますが、 美術館を活用した鑑賞教育についての大変示唆に富んだ内容から我が国の今後の学校教育における鑑賞教育を再考する機会になればいいと思いました。
──続いて、東良先生の基調講演に関する質疑応答に移りたいと思います。ご投稿いただいたコメントや質問の中から、 東良先生にご紹介いただき、ご質問の場合はお答えいただきたいと思います。
東良:質問を大変ありがとうございました。いくつかいただいたなかで共通しているのが、今後のGIGAスクール構想等で、 一人1台のタブレット端末になる、いわゆるICTの活用と今後の鑑賞教育、 そしてICTの活用の中で学校と美術館はどうやって連携をしていくのかという、感想に近いご意見をいただいております。
まず現在は一人1台タブレット端末が入るところですが、 私も若い頃教員だったときにコンピュータを使って授業をしたことがありますが、システムのトラブルの対応で1時間が終わるというような日もありました。 しかし、タブレット端末だけではないのだと思いますが、最近のコンピュータは非常に安定感があり、 見学した学校ではそういったことで苦労をする先生はほとんどいませんでした。
もう一つは、私たちが思っている以上に子供たちが使えるということです。そこは大きなところだと思います。 子供たちが、幼い頃からスマートフォンやタブレット端末を日常生活の一部として使っている側面が非常に大きい部分があるのだろうと。 もちろん子供や家庭,地域によって、その差はあるとは思いますが、そういった感じを受けました。
今後は子供たちの実態を勘案しながらやっていくことが大事だと思いますし、地域等のそれぞれの違いもあると思います。 たとえば、美術館へ学校から歩いて行ける学校もあります。でも修学旅行や遠足でなければ行けないという学校もあります。 そうした地域の実態とICTの活用というのを上手に組み合わせて考えていきながら、ICTによって格差ができるのではなく、 ICTによって格差や距離が縮まっていくことを目指していくことも、一つのやり方だと思います。
実際、国立教育政策研究所の研究指定校授業で、指定校の鹿児島の中学校が奄美大島の大島紬の村と授業中にリモートでつながって、 大島紬についてのレクチャーをリアルタイムで受ける。そういったことは、コロナ禍でなくてもなかなか普段はできないわけです。 ですからリモートを使うことによって、遠隔といった部分も可能になっていく。そういった部分も補っていくことが大事だと思います。
それと、みなさんでいろいろな実践を共有できる場、今年は特にコロナで全国大会も中止になっていますし、さまざまな研究会が実施できていないですよね。 非常に苦しい1年間だったと思います。例えば中学校の美術の先生は、学校に1人しかおられないケースが多いですから、 さまざまなリモート会議システムを使って、先生同士の情報交換などにも活用できるのではないかと思います。
ただやはりICTと鑑賞教育といったときに、最後におさえておきたいのが、 実際に見て触れるという身体的な感覚を働かせる学習活動とICTを効果的に活用する学習活動を上手に使い分けて、 子供たちが一番学べる方法を選んでいくことです。先生がICTを活用するかどうかというのは、自分の受け持っている子供たちが鑑賞をするときに、 一番学べる方法はどっちだろうと考えることが大切かと思います。どっちを使うのかという悩みではなく、どっちがより子供が学べる方法だろうかと。 学校教育というのは、子供たちを一番よく知っている美術の先生が教えているわけです。 子供たちをよく知っている先生が、子供たちが一番学べる方法を考える。ICTの活用についてもそれにつきると思います。 タブレット端末等が配布されて、これからさまざまな取り組みをしていく中で、それだけは忘れてほしくないなと思いました。 時間の関係で紹介できなかったご投稿がありますが、後からじっくり目を通したいと思います。