事例紹介4

“つながる仕組み”の作り方
―病院内訪問学級と美術館の連携についてー

郷 泰典
(東京都現代美術館 事業企画課 教育普及係長)
アントニス きよみ
(東京都立光明学園 教諭)

郷:みなさまこんにちは、東京都現代美術館の郷と申します。

アントニス:東京都立光明学園のアントニスです。

郷:今日は私たち2人で「“つながる仕組み”の作り方、病院内訪問学級と美術館の連携について」をお話しさせていただきたいと思います。美術館と学校はいろいろな連携をしていますが、私が所属しております東京都現代美術館でもたくさんの学校連携を行なっております。
学校との連携はスクールプログラムといいまして、4つのプログラムがあり、1つはミュージアム・スクール、こちらは学校団体鑑賞の活動です。そして2つ目が先生のための特別研修会、こちらは先生が主体になって研修会を行なったり、美術館が主体となって先生のための研修会を行なったりしています。3つ目が、アーティストの1日学校訪問です。 これは現代美術館ならではのプログラムだと思いますが、アーティストは生きておりますので、 その生きた生身のアーティストが学校に行って授業をやります。4つ目が授業用教材の貸し出し、これはDVDのソフトですけれども、こちらを学校に貸し出しをしております。

アントニス:本校は肢体不自由教育部門と病弱教育部門の2部門でできています。また、病弱教育部門は3つの教育形態を持っています。私が所属しているのは、病院内訪問学級です。かなり広域な病院に訪問実績があります。

事例4_1

学校と美術館がつながった経緯

3つの連携事例

郷:では具体的に、美術館と学校がどのようにつながったかという経緯と、3つの連携事例についてお話ししたいと思います。こちらが経緯と3つの連携事例です。

事例4_2

きっかけは2014年、先ほどご説明しました東京都現代美術館が主催をしております教員の研修会にアントニスさんがご参加くださいまして、 終了後に、美術館と連携ができませんでしょうかというご相談を受けました。
そして、2015年と16年、2年にわたり、病院の中にある学級に私が出向いて授業をするという連携を行ないました。 その後、アントニスさんは異動により、訪問学級の担当の先生になりまして、2018年、2019年、2020年と3回に渡って、訪問学級との連携を行ないました。 では、具体的にその3つの事例についてお話します。

2018年「みんなとつながる空の色〜自分の心の色〜」

アントニス:こちらは、病院内訪問学級で初めて美術館とつながった授業になります。シンプルな3ステップでの授業でした。
1番目にインスタントカメラで空を撮る。2番目に自分の今日の心・気持ちの色を色鉛筆で塗る。そして3番目にその作品を通して先生と話をするという活動です。
また、実際に行った子供たちすべての作品をボードに貼り、子供の周りをぐるりと取り囲むかたちで鑑賞教育も行ないました。
連携の内容は、学芸員さんから継続したアドバイスをいただいたり、教材・教具の貸し出しをしていただいたり、そしてパンフレットの作製により、活動内容を広く周知することを行ないました。

郷:具体的に、生徒さんが作った心の色の作品をご紹介しましょう。

アントニス:1番左の作品をご覧ください。

事例4_3

こちらは、中学1年生の生徒が初めて活動に取り組んだ時の作品ですけれども、上の方に暗い色が出ています。 痛い治療があって悲しい気持ちになったということで、暗い色が塗られています。また下の方は明るい色で塗られています。 これは授業が楽しかったということで、暗い色よりも明るい色の方がたくさん塗られる、ということを話してくれました。

郷:撮影の時間を変えることで、子供たちの気持ちや空の色の変化を見てとることができます。 こちらが実際に参加してくれた生徒の作文ですね。

事例4_4

アントニス:抜粋させていただきますと、活動に関しては、「ワクワクの気持ちがいっぱい」ということで入院中の辛さだけでなく、 ワクワクする、そういった活動があるということが入院児にとても必要な活動だと思っています。
また、みんなの作品を鑑賞することによって、他の子たちがどんな気持ちでこの色を塗ったのかな、ということを想像することが楽しいということが書かれていました。さらに「同じように治療をがんばっているみんなとひとつになったようで、私も治療をがんばろうという気持ちになったよ」ということを作文に書いてくれました。

郷:この年は夏休み教室のイベントということで、ベッドサイドでの現代美術館の作品鑑賞を行ないました。 通常、病院内の教室にはOriHimeという分身ロボットがいて、これを活用して授業を行ないます。私は実際に子供たちのベッドサイドに出向くことはできませんので、 病院内の教室から子供たちとベッドサイドのOriHimeを使ってつなぎ、現代美術館のことや作品について鑑賞しました。
これをきっかけに、OriHimeを美術館の展示室に持っていけば、展示室とベッドサイドをつなぐことができるのではないかということで、 2019年に実際にOriHimeを用いた連携を開始しました。

2019年「アートの魅力を発信しよう!〜アートしんぶん〜」

アントニス:「アートの魅力を発信しよう!〜アートしんぶん〜」は子供たちと作品がつながる、そういった活動になったかなと思っております。 連携の内容は、先ほど郷さんからご説明があったように、ICT機器を活用して美術館の案内や作品鑑賞を行なったということです。 さらに新聞作りを行ない、記事を作成しました。子供たちが学芸員さんに質問をしたり、あるいは学芸員さんが作家の方とつないでくださったりして、 子供たちにとって充実した学びの機会になりました。

ICT鑑賞の様子.JPG
OriHime.JPG

郷:実際には、この写真のように私が、これはICT機器ですけれども、OriHimeと併用して使って、美術館の作品を伝えたりしております。 いきなりOriHimeを美術館に持ってきてつないだのではなく、事前に電波環境のチェックであるとか、何度も実験を繰り返し、 展示室の中のどこまでOriHimeを持って行って電波が通じるか、などのいろいろな試行錯誤を繰り返して本番を迎えたことになります。

実際に作った新聞がこのようになりますが、

アート新聞.jpg

これは美術館の教育普及のブログからもダウンロードできますので、詳しくはそちらをご覧ください。実際に参加した高等部2年生の感想です。(東京都現代美術館「教育普及ブログ」)

アントニス:こちらの生徒さんは、記事の中でも「作品の存在感を実際に美術館に足を運んで見てみたい。大きさや重量感を生で味わうべき作品だ」というふうに書いています。「病院の中にいるのにまるで美術館に行っているみたいだ」ということも言っていました。

郷:そして、「退院したら美術館にも行きたい」と。

アントニス:そうですね。実際に、こちらの生徒さんではないんですけれど、美術館に家族で訪れたというようなこともありました。

2020年「かお・カオ・顔!発見!!〜見方を変えて〜」

郷:つづきまして、2020年度の「かお・カオ・顔!発見!!〜見方を変えて〜」をご紹介したいと思います。

アントニス:子供たちと学芸員がつながるということで、作品の交換と手紙でのやりとりという学習活動になりました。学芸員さんによる作品と手紙が子供たちに届く、というところから始まって、子供たちがそれを元に作品を制作したということになります。作品集などを制作することによって、つながりを形にすることができました。

郷:学芸員と私たち教育普及係に所属する3人が子供たちに向けてメッセージを書き、これからこういう活動をするので一緒にやりましょう、ということで、身の回りの中から顔に見えるものを探し、あるいは作って写真を撮影して送ってくださいというお手紙を書きました。

事例4_5

それを受けて子供たちが、身の回りの中から顔に見えるものを写真に撮ってわれわれに送ってくれます。それを受けて、さらにその作品へのコメントを手紙に書いて、やりとりをするということを続けました。

アントニス:制作方法は2種類で、子供の実態に応じてどちらかを実践しました。

事例4_6

上の方の「病室の環境の中から見方を変えて発見する」ですけれども、こちらの写真は無菌室の中で横になっていた中学生の生徒が、 見渡しても何もないという中から、唖然とした顔に見えるものがあると発見してくれたコンセントの顔です。 また、もう一方の制作方法は「身近なものから顔を制作して見方を変える」ということで、小学生の児童がタンバリンの上に色や形の認知力を高めるために使っているぺグ刺しのペグを並べて顔作りを楽しみました。

郷:このように3年を通じてさまざまな連携活動をしてきたわけですが、まとめますと、 つながる仕組みの作り方としては、はじめに「学校と美術館がつながる」ということで相互補完の協力関係ができました。 2年目は「子供たちと作品がつながる」ということで、ICT機器や分身ロボットなどを使って、 遠隔の授業によって美術館の作品と子供たちがつながりました。3年目は、「子供たちと学芸員がつながる」ということで、一方向のやりとりではない双方向のやりとりというものが生まれてきました。
このように、回を重ねるごとにつながりがどんどん深くなっていきました。実際にやってみて、われわれ2人が意識した「つながる」ということですが、アントニスさんはどのようなことを意識しましたか?

アントニス:外部連携の中で大切にしてきたことは、学芸員さんたちが子供たちに実際に会うことができないので、なるべく子供たちの顔が見えるようにすることを心がけてきました。その方法として、子供たちの学習活動の様子を丁寧に学芸員さんに伝えてきました。

郷:実際に私は子供たちとは会えませんので、このようなプログラム、授業が行なわれるごとに様子を事細かに聞くことで、実際の子供たちの様子を想像することができ、まさに会えないけれどもつながっているという感情を抱くことができました。
それらを通じて、さらにつながるための仕組みや方法がアイデアとして浮かんだりして、これらの実践を続けてくることができたと思っております。ご清聴ありがとうございました。


質疑応答

──郷さん、アントニス先生、よろしくお願いいたします。まず「学芸員さんからの手紙交換のプログラムは、今回の病院内訪問学級用に開発されたプログラムですか?」というご質問です。

郷:文通をするというシステムは、この前にご発表された東京国立近代美術館と小笠原の母島中学校とのプログラムがありましたが、実は我々も小笠原の小学校と文通をするプログラムを数年前にやっていました。ですので、文通を通じて写真のやりとりをするということは経験があったので、それを今回応用しています。テーマの顔を写真に撮るというのは、アントニスさんからのご提案でした。

アントニス:顔をテーマにしたのは、特別支援学校ですので、子供たちの実態の幅が広いということがありまして、顔というのは、生後すぐのお子さん、生まれたての赤ちゃんでも、認識できるということで、子供たちの興味関心を引きやすい、またわかりやすい活動になると考えて、顔をテーマにいたしました。

──ご投稿とは別に私からお聞きしたいのですが、病院内訪問学級というのは、美術の授業に限らずさまざまな教科に制約があるかと思いますが、今回の連携授業の他教科への展開というところを、あればお聞かせください。

アントニス:他教科への展開ということですが、私が所属しております病院内訪問学級というのは、週に3日間、6時間の授業ですので、5科の授業を中心に進めています。そうなりますと実際に美術の授業で実施するということではなくて、2番目の実践の中にありましたように、国語の学習の中で美術鑑賞を取り入れるという形で実施させていただきました。

──他教科への展開にあたって、郷さんが何か工夫されたことはありましたか?

郷:他教科への展開というよりも、われわれ美術館は図工美術がメインにはなりますが、先程の事例にもあったように、他教科へ展開していくことも意識していますので、国語で今回はやりたいと言われたときには、待っていましたという感じで新聞作りをやりましたが、美術の観点とつなげるとすれば、新聞を作るデザインの部分がありますので、そのフォーマットは美術館で提供し、中の記事作りを国語の授業の中で連携させてプログラムを実践しました。

──次はいただいたご質問です。「企画の実現にあたって、病院だからこそのハードルなどはありましたか?」というご質問です。あった場合は、どのようにそこをクリアされたのかということも含めてお答えいただきたいと思います。

郷:まず病院内学級との連携というと病院が窓口になっているとお考えの方もいらっしゃると思いますが、今回は特別支援学校ですね。病院の中の院内学級や訪問学級を管轄しているのは、その地域の特別支援学校ですので、事例の冒頭で担当している病院のマップがでてきましたけど、あれは光明学園が担当しているエリアということになります。また東京都内の別のエリアだと別の病院を担当していますので、やっているのは特別支援学校との連携になるというところを、まず一つ押さえていただきたいと思います。
もちろん病院の中のドクターや看護師さんたちとの連携というのは、いろいろな美術館さんでやっている事例はありますが、そこはかなりハードルが高くなると思います。何かわからない、誰かわからない人たちが病院にいきなり行って、連携をしましょうというのはとても難しいので、そういう点では今回は学校連携という意味で、日頃われわれが学校といろいろな連携をやっているという流れの一環ですので、病院にダイレクトにアタックするよりは多少はハードルが低くなると思います。が、学校の中でのハードルはまたいろいろあると思います。

アントニス:病院というのはやはり個人情報の保護というところがとても大切な部分だと思います。 ですから、今回の活動に関しましても、ペンネームを使用するというような形でやりとりをするなど、 やはり個人情報の保護には留意しました。だから子供の顔が見えるような活動をと言いながらも、それは実際、子供たちのプライバシーであるとか、個人情報が守られる範囲内でやりとりをしました。

──ありがとうございます。他にも制約のある学習活動の中、院内学級でも社会とつながる学習ができるという突破口のようなものを感じました、という感想もいただいています。お時間がきましたので、お二人への質疑応答は以上といたします。