事例紹介2

どこにいても美術館とつながる

大黒 洋平
(東京都小笠原村立母島中学校 主任教諭)
一條 彰子
(東京国立近代美術館 企画課 主任研究員)

みなさんこんにちは。東京国立近代美術館の一條と申します。 これより「どこにいても美術館とつながる」というタイトルで、東京国立近代美術館と小笠原村立母島中学校との取り組みを紹介したいと思います。 前半5分間は美術館のお話、後半15分は中学校からの報告になります。それではまず美術館からご説明します。スライドをご覧ください。

東京国立近代美術館が学校に提供できる3つの方法

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まず東京国立近代美術館が学校と連携授業をする際に、ご提供できる3つの方法についてご紹介していきたいと思います。私たちがスクールプログラムで目指しているのは、こちらのキーワードに書かれた事柄です。まず東京国立近代美術館の所蔵作品を活用すること。それから対話鑑賞をはじめとした探究的な取り組みであること。そして、学習指導要領が反映されていること。そして、これは最近意識していることでありますが、教科横断的な学習であること。つまり美術鑑賞を通じて他教科に広がるような取り組みであることを心がけております。
1番目は「アートカード」です。これはできてから12年ほど経ちまして、実は隠れたロングセラーになっております。ハガキ大のカードに、国立美術館5館の所蔵作品が印刷されたもの65枚がセットになっています。最もローテクなものですね。誰でも、どこでも、いつでも使える鑑賞教材としてよく使われています。子供たちが遊びながらよく見るとか、自分の考えを言葉にするとか、そういったことが自然にできる教材です。
2番目が「鑑賞素材BOX」というWebサイトです。こちらは学校の先生が授業で鑑賞をするときに、国立美術館の所蔵作品を高精細画像で利用できるものです。後ほど詳しくご紹介します。
そして3番目が、コロナ禍の中、私どもも取り組み始めたZoom、オンライン会議システムを使った学校とつながる遠隔授業です。

鑑賞素材BOXについて

では、「鑑賞素材BOX」について詳しくご説明をしていきたいと思います。 こちらが「鑑賞素材BOX」のサイトです。並んでいるのはアートカードと同じ65作品のうち62作品のサムネイルです。

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左側には4種類のキーワードがあり、クリックすると条件にヒットする作品が大きくなるようになっています。
特徴的なのが、「他教科へのひろがりキーワード」というものです。これは、小学校から高校までの学習指導要領全教科の解説から拾い上げた言葉で、 各教科で学ぶテーマ的なものにあたります。「授業のアイデア集」では、他教科への広がりを意識した授業案が、学年別に21例、掲載されています。
これらを選んでいくわけです。実際にやってみましょう。まず所蔵館のところから、「東近美」とチェックすると、 東近美の所蔵作品が大きくなります。さらに.図工・美術のキーワードの中から、「人物」を選んでみます。 そうすると「東近美」と「人物」の両方にヒットしたものが、より大きく提示されます。もう一つ、他教科へのひろがりキーワードで、 「ジェンダー」にチェックを入れてみましょう。そうすると、3つの条件にヒットする作品として、この2点が推薦されてきました。

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推薦された2枚を範囲指定して、「選択画像を見る」をクリックしてみましょう。 「解説」ボタンを押して出てくる解説には、キーワードの理由も書かれています。 たとえば、なぜこの作品にジェンダーという言葉が紐づけられたかという理由、 つまり「良き母親像」というものが描かれていることや、作家自身が女性であることなどです。
この2枚の絵を電子黒板に映し出して比較鑑賞したいというときには、「高精細画像鑑賞モード」にします。 拡大にも耐えうる高精細画像ですので、細部まできれいに観ることができます。

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これらを「ワークシート出力」でワークシートにすることも可能です。 「QRコード発行」もできます。みなさん今手元にスマートフォンをお持ちでしたら、こちらより読み込んでいただけますか?

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先ほど観た上村松園作「母子」が出てくると思います。手でピンチアウトして細部を観察してみてください。
たとえば授業で、電子黒板で対話鑑賞した後に、生徒のタブレット端末でQRコードを読み取ってもらって、手元のタブレット端末で画像を比較したり拡大したりしながら、気が付いたことや感じたことを、このワークシートに書いていく、そういった授業が展開できるサイトになっています。
このような方法を活用しながら、母島中学校と連携した様子を、この後、大黒先生から紹介していただきます。大黒先生よろしくお願いします。

どこにいても美術館とつながる

大黒:東京都小笠原村立母島中学校の大黒洋平です。よろしくお願いします。

一條:ここからは二人でコメントを入れながらご紹介したいと思います。大黒先生、こんにちは。

大黒:こんにちは。これはちょうど令和2年4月の赴任当時の映像です。コロナ禍で3月が休校だったのと、不意の離島異動だったので、しばらく美術館に行けないなと思いながら船に乗っておりました。こちらが漁船からの母島の様子です。

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ちょうど東京都の北区と同じぐらいの面積です。母島にある唯一の学校が母島小中学校で、小中一体型の校舎に、 小学生31名、中学生10名が在籍していて、私は小学校3年生から図工を教えています。

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昨年度まで9年間荒川におりまして、2年間、第五中学校で企業と協働して国内外の美術館のコレクションを使って教材研究をしたり、その後7年間は、諏訪台中学校で生徒ひとり1台のタブレットPC配備の環境を活かして教材研究などを行なっておりました。たびたび美術館にも生徒を連れて行っていました。
左と中の写真が諏訪台中学校。右側の写真が母島中学校のもので、ピーター・ドイグ展のVR映像を活用した鑑賞授業の様子になっております。

一條:ガラッと環境が変わられたわけですよね。大黒先生にとっても、この4月から。

美術館との連携で大事にしていること

大黒:だいぶ変わりました。美術館との連携で大事にしているのは、この2つの視点です。

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まず1つ目は美術館に丸投げをしないということです。必ず学習指導要領に沿って、目標やねらい、内容や生徒の実態を学芸員さんと共有します。次に美術室の向こう側に美術館があるということを意識して、同時代の作品と出会わせる機会をつくることを大切にしています。

一條:今回、オンライン環境が万全ではなかった中で、いろいろ不安定で大変でしたね。

大黒:いろいろ大変でしたね。次に簡単に図で示したつながりのポイントです。コロナ禍において、今回はオンラインを活用して美術館とつながりました。ここでは、今回の授業のねらいの共有、学年ごとの生徒の様子、それまでの表現や鑑賞の様子を伝え、オンライン環境の打ち合わせやリハーサルを何度も行ないました。かなり天候に左右されることもあったので。

一條:嵐が吹いていると映らないということもありましたね。

大黒:そうでしたね。こちらがアナログのアートカードを使った事例です。

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上の写真が中学生の「伝言鑑賞ゲーム」で、作品を言葉で伝えるゲームです。下の写真が小学校の「体を使って作品になりきる」題材です。

一條:盛り上がっていたみたいですね。

大黒:いろいろ動きもあって楽しかったです。では実際の授業の様子です。「鑑賞素材BOX」とZoomを活用して合同授業ということで、中学校と小学校の生徒で行ないました。

比べる鑑賞 2つの海の絵
古賀春江《海》とポール・シニャック《サン=トロペの港》

比べる鑑賞ということで2つの海をモチーフにした作品を「鑑賞素材BOX」を使ってじっくり鑑賞しました。これが実際の様子です。

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一條:美術室ですか?

大黒:はい。美術室です。

一條:やはり海が身近ということで、2点の海の絵を選ばれたということですね。

大黒:はい。そこからモチーフを選びました。

<動画内の音声>
生徒:地面から、下からどんどん上がる感じ!
生徒:下からパワーを感じる感じ!
生徒:上も暗くなっているけど?
生徒:だから、下からパワーを感じる!
生徒:Bの方は、ただ明るい、ただ暗いとかじゃなくて、いろいろな色を混ぜてぼやけたイメージ
生徒:共通点は、どっちも光があるので、日中ということと、水平線に近ければ近いほど、明度が上がっている。
生徒:違うところは(描き手の)見ているところの視点。
生徒:あと描き方でリアルさ。Aの方は写実的でリアルで、Bの方は絵っぽい.

一條:色、形を分析していますね。

大黒:それぞれ細かく分析してワークシートに書いています。

一條:まだタブレット端末は来ていない時ですよね。

大黒:まだ来ていませんね。そろそろ到着するみたいです。こちらが生徒のワークシートです。

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大黒:造形的な視点とイメージを分けて記述しています。

散歩するように東京国立近代美術館をZoomで巡ろう!

大黒:次はZoomを使って実際に美術館の中に入って見る授業です。

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<動画内の音声>
一條:よろしくお願いします
生徒:お願いしま〜す!
生徒:つながってるじゃん!
一條:今日はみんなと一緒に、この東京国立近代美術館の中をぶらぶらお散歩してみたいと思います。案内しますね

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<動画内の音声>
生徒:あるじゃん!!
生徒:来た!来た!来た!
生徒:お〜!来た!

大黒:その前の授業で観た絵(古賀春江《海》)です。

一條:自分たちの絵という感じですね。

大黒:そうですね。じっくり見ているので。ここで大きさがわかるんです。次は、素材についてですね。アントニー・ゴームニー《反映・思索》を観ています。

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<動画内の音声>
大黒:(材質が)木だと思う人?
生徒:はい!
大黒:なんで?
生徒:茶色いから木じゃないかと
生徒:鉄系?
大黒:(材質が)鉄だと思う人?
生徒:鉄か〜
生徒:大きいし、鉄じゃないとすぐ転んじゃいそう
大黒:鉄じゃないと安定感がないということね
生徒:なんか、素材が鉄
大黒:素材的に、見た目が鉄に見える。はい、(素材が)粘土だと思う人?
生徒:なめらかだから
大黒:なめらかな感じだから粘土かもしれない、はい
生徒:なんか、手のあとというか、肌の感じを表している

一條:モニターの前で先生がPCをあちこち向けてくれていることで、生徒たちの様子を私が見られるようにしてくれていますよね。回転台の上に載せたのですか?

大黒:ろくろに載せました。

生徒から美術館への質問

生徒:美術館にある作品って、どうやって買っているんですか?

一條:いい質問ですね。どの作品を買うかというのも、実は学芸員が考えています。お値段の交渉もします。学芸員1人の意見では決められなくて、購入委員会で絵のことに詳しい人に集まってもらって、その作品が本当にいい作品なのか、そしてお値段はそのお値段で適正なのか、高すぎないかとか、よく考えてもらって、それでやっと買うことができます。毎年何十点かずつ作品は増えていきます

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大黒:これがいくつか出た質問で、あと作品の保管方法についての質問もありましたね。

一條:そうですね。作品収蔵庫というところで温度湿度が管理されて保管されていますとお話ししたり。

大黒:あとは部屋ごとのキュレーションについての質問も出ましたね。

一條:展示室のひとつには#Museum Bouquetというタイトルがつけられていて、コロナ禍で世界中の美術館が発信していたという、そういう情報も含めて説明しましたね。

大黒:いろいろな質問が出て、興味深かったです。

一條:美術館全体のことにも及んでよかったと思います。

オンラインでの鑑賞活動を振り返って

大黒:中1と中2の生徒の振り返りの様子です。

<動画内の音声>
生徒1:美術館に行ったことがなかったんですけど、こういういろんな作品を見て、おもしろい作品とかがたくさんあって、実際に行って、実物を見てみたいなぁ、と思いました。
生徒2:ひとつの絵から何通りも考えられる作品とか、パターンがいくつもあるおもしろい作品とかを見てみたいなぁ、と思います。

やっぱり本物の作品に実際に触れたいというのがより強くなったのかなと思います。

一條:修学旅行で、ぜひ来てください。

なぜ美術館と連携を進めているのか?

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まず作品を通して美術そのものを、多様な表現や同時代の展覧会と生徒に出会わせたいと。2つ目が作品との出会いを通して、教科の学びを結びつけたり広げたりしていく力を生徒につけたいと思っています。

一條:実際にこの授業は他教科の先生もみなさん全員で協力してくださって、いろいろ発展していくと聞きました。

大黒:中学校教員で観てもらったので、今後の教科につなげていったり深めていったりしたいと思っております。

一條:うれしいです。

大黒:このコロナ禍で進んだオンライン環境を活かして、東京の一番南にある母島小中学島から国内外の美術館とさらに連携を深めていきたいなと思っております。今ご覧になっている方々ともつながって、いろいろ活用していきたいと思っております。 次に、本校のQRコードです。

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学期ごとに、私が担当している小学校3年生から中学校3年生の活動の様子を造形だよりとして載せておりますので、お時間がありましたらご覧ください。今回はありがとうございました。


質疑応答

──「身体で鑑賞しよう」というのは、具体的にどのような活動でしょうか?

大黒:国立美術館のアートカードを使って、まずじっくり作品を見て、そのモチーフや色、形を実際に身体で表現してみようという取り組みです。

一條:抽象作品も身体で表現していてすごかったですね。

──中学生全学年で行なった授業ですか?

大黒:中学校、全学年です。本校、中学校は全10名なので、なかなか学年をまたいで対話をすることが少ないので、美術の時間を使って合同というかたちで、中学1年生から3年生までで行ないました。

──今の事例は少人数での授業だったのですが、30数名の学級でこのような対話による鑑賞を効果的に行なう場合の留意点、ワークシートの活用やグルーワークなどについてご意見があればお聞かせください。

大黒:前任校は1学年120人から130人でやっておりましたので、今まで班活動でやっていたものがクラスというかたちになっているので、ワークシートを使ったり、タブレットを使ったりして30人、40人の学級でもできることを少人数に合わせて、少しじっくりやっているようなイメージになります。

一條:タブレット端末がこれから先ひとり1台配布されて、もしそこにヘッドフォンとマイクをつけることができれば、40人対1人の対話鑑賞も可能になってくると思います。ですからもう少しICT環境が進めばすごく変わるんじゃないかと思います。あとはZoomだとブレイクアウトルームがありますので、そういったものを活用すれば、いろいろできるのではないかと思います。

──前半で「鑑賞素材BOX」を紹介いただいて、他教科との結びつきといったところもキーワードになっているかと思いますが、今回の美術館と学校の連携で、何か他教科と結びついた活動の実例や学習の例がありますか?

大黒:今回最初に、海がモチーフになっている作品2つを比べるという学習をしたんですけど、どこの土地であるとか、どういう風に光が入ってきて、日中なのか夜なのかということや時代を考えていくと、美術だけでなく社会や理科、その時の時代のことを考えるのに外国の文化など、「鑑賞素材BOX」にキーワードがあるので、それをもとにつながっていくことができるのかなと思っております。

一條:大黒先生は、今回パブリックアートを島のどこかに置くとしたらといったことを社会科の先生とされたと聞きました。

大黒:社会や他の教科とも連携しようと思っていますが、今、中学校2年生が、今回の動画には入っていませんが、イサム・ノグチの作品をはじめいろいろな彫刻作品を鑑賞したのをきっかけに、母島の中のどこか好きな場所で、パブリックアートを考えようというのをやっています。そこで環境や土地のことなどと絡めて他教科とつながれたらなと思い、やっております。