事例紹介3

N高と大原美術館の取り組み

園 利一郎
(角川ドワンゴ学園 経験学習部 部長)
柳沢 秀行
(大原美術館 学芸統括)

N高等学校について

N高と大原美術館の取り組みを紹介させていただきます。まずはN高に関して説明します。

N高等学校は2016年4月に開校した“ネットの高校”で、現在の生徒数は16,641名(2020年12月時点)。 「IT×グローバル社会を生き抜く“総合力”を身につける多様なスキルと多様な体験」を掲げ、 今のネット社会に対応した新しい教育を実践しています。 授業やレポート提出をネットで行なうことで自分のペースで学べる高校卒業資格のための必修授業の他に、 大学受験やプログラミング、小説、ゲーム、ファッション、料理、美容など多彩なネットでの課外授業や、 全国各地で行なう職業体験により、社会で役立つスキルや経験も高校時代に身につけられるカリキュラムが特徴です。 ネットコースと通学コースが選択できます。2021年4月には、2校目となるS高等学校が開校します。 関連スクールには教育機会確保法に基づくN中等部、小中学生向け実践的プログラミングスクールの N Code Labo などがあります。

また、さまざまな課外学習を生徒は選択することができ、そのひとつにリアルで実施する職業体験があります。 職業体験では、変化の激しい社会に自分らしく生きていくためのスキルを身につけてもらうことを目指しています。

事例3_1

職業体験は、岐阜県での刀鍛冶体験や山口でのイカ釣り漁体験など全国各地で開催しています。 これらの体験では特定の産業、社会課題の知識やノウハウだけでなくこれからの社会を自分らしく生きていけるスキルを身につけることを目的としています。

事例3_2

私たちが考える21世紀の社会を自分らしく生きるスキルとして5つの項目を設定しています。

事例3_3

その5つは、多様な他者と適切に協同するスキル。自身のことを認識し、感情やストレスなど情動に対処するスキル。正解のない問題に取り組むスキル。課題を解決するスキル。価値を創造するスキルです。

これらのスキルを身につけてもらうためのプログラムを経済産業省や専門家と連携して開発しています。その開発したプログラムを職業体験やコースに授業として組み込み、生徒に提供しています。今まで職業体験は、直接現地に赴き、リアルで実施しておりましたが、コロナウイルスの影響もあり、今年度はオンラインでの実施となりました。オンラインだからこそできる職業体験を新たに開発し、生徒に対して提供しています。

今回大原美術館様との取り組みは、職業体験の一環として、またオンラインでの初めての職業体験として実施いたしました。

事例3_4

「オンライン・アートイベントを開催しよう」と題して、作品との対話を通して自分なりのものの見方、考え方を探ることを目標として設定し、生徒たちは3週間にわたって計7回のプログラムを共に過ごしました。

大原美術館が受け持ったプログラム内容

ここからは大原美術館の柳沢が担当させていただきます。3日間、私が受け持ちましたが、まず初日はこのようなかたちで、 ミュージアムの社会における役割、そうしたミュージアムの中で大原美術館がどのような館かという、 鑑賞から少し離れたようなプログラムを組ませていただきました。

事例3_5

「MUSEUMってなにするところ?」という問いかけをまず行ない、それぞれ1分間、自分なりに思うところをチャットに書き込んでいただきました。
さらにはN高さんの支援をいただきまして、仮想空間に作られた別々の部屋に5人ごとのグループに分かれて入っていただき、3分間意見交換していただきます。これは、このあとのやり方の練習ともなります。

さらに大原美術館がどのような美術館であるのか、その歴史、使命、所蔵作品などをご紹介しましたが、もちろん作品を収集、保存、展示、 研究、そして教育活動を行なうことを、よりイメージをもっていただくために、 大原美術館で現在行なっているアーティスト・イン・レジデンス、 あるいは年間でのべ3000人を迎え入れている未就学児童のプログラムなどの現在の活動を紹介し、 ミュージアムの果たす役割についてさまざまなイメージを広げていただきました。

2日目は大原美術館の所蔵作品を紹介しながら、ヨーロッパの美術の歴史を大まかにたどりつつ、しかし最も目的としたのは、作品自体から取り出せる情報を、自分で観察し、言語化をするということでした。

事例3_6

エル・グレコの《受胎告知》

エル・グレコの《受胎告知》ですが、拡大図、それから全体図を、時間を決めて見ていただいて、何が描かれているか、どのように描かれているか、タッチは、色彩はどうなっているか、そういったことを観察して、どんどんチャットに書き込んでもらいました。

事例3_7

《受胎告知》に関しては、描かれているモチーフあるいは色彩に意味があります。そういったお約束があることによって、これを観た人はお約束を理解していれば、「受胎告知のシーンだな」ということがわかる。そういったタイプの絵画もあることを伝えます。

ただ一方で、研究者によってもそれがどのような意味、モチーフであるのか見解が分かれるように、お約束がわからないと絵画にアプローチはできないという訳ではないことも伝えていきます。

クロード・モネの《積みわら》

さらにはクロード・モネの作品で、やはり同じように拡大図、部分図を観ていただきます。エル・グレコの《受胎告知》に比べ、このモネの《積みわら》では、何が描かれているかという情報がとても少なくなってきます。それだけに、いかに描かれているか、それも色彩やタッチというだけではなく、タッチの長さ、方向性、あるいは厚みという詳細な観点まで観察をしてくれました。

その上でさらにこうした問いかけをしました。

事例3_8

そしてこれらに関しては、またそれぞれの部屋に分かれて、5人ごとに3分間の意見交換をお願いします。帰ってきた受講生たちの顔を見ると、すごく生き生きしているのですね。

それぞれが議論を楽しんだ後に、印象派といってもその定義は非常にむずかしいこと、定義枠を設定したとしても、非常に狭く捉える場合、広く捉える場合などがあることを説明し、何々イズム、何々派、何々主義というのを知識だけで獲得するのではなくて、自分なりの観察をしましょうといういざないをします。

さらには唯一、大原美術館所蔵作品ではない《アヴィニョンの娘たち》を紹介し、キュビスムの原理、さらにはポロックの制作中の写真を紹介して、 その制作の手法などを紹介いたします。さまざまな作品があり、それにはさまざまな問いかけ、 さらにはそれを具体的に作品にするためのいろいろなやりかたががあることを確認していきます。

オンライン対話型アート鑑賞

多様な絵画に対する趣向があることを確認した後で、対話型のアート鑑賞に踏み込んでいきました。

事例3_9

ここでも作品を観る前に一度頭の整理をします。作品の中でキャプションに示されている情報を示し、他にどのような切り口、あるいは観察のポイントがありますか?と尋ねて、参加者に出していただくというプログラムをやっていきます。今回ここに費やす時間をあまりかけられなかったのですが、多くの切り口やポイントが出てくることを確認していきました。

それから「作品は多様な情報体」ということを確認した後に、理解すべき帰結点として扱う場合と、想像・創造の起点として、 いわばスタートラインとして扱う場合の2つの種類があることを説明していきます。

たとえばモネの《積みわら》は、よく観察してどのようになっているかをゴールとして設定するという対話型を行ないました。一方、サム・フランシスの《メキシコ》を前にしては、この作品からどのような動きを感じるか、その方向性は? 速さは? リズムは? ということを問いかけた後、それぞれが感じた動きを実際に自分の体を動かす、まさに踊っていただくプログラムを行ないました。これは作品を起点にして、それぞれがどのようなイマジネーションを働かせたかを発表するプログラムです。

そして大原美術館が提供する画像ではなくても、こういったさまざまな素晴らしい画像がインターネット上にあることを知ってもらうために、 それぞれに《アヴィニヨンの娘たち》の画像を検索してもらいました。その上で、作品についての対話型作品鑑賞を行なってみましたが、もうすでにかなりレベルが高い参加者だということがわかっていたので、私はこういった問いかけから始めました。

「《アヴィニヨンの娘たち》の中に人間は何人いますか?」

<授業の様子 動画の音声>
柳沢:この画面の中には人間が何人いる? 
生徒:顔の色が、緑だったり茶色だったりが使われていたり、体の大部分が隠れているので、人形か何かを置いて隠すように布をかけたり、あとは手前に人物を配置して描いたのかなというふうに思いました。
柳沢:5人、どういう関わり方をしている?
生徒:なんとなくしかわからないんですけど、みんなで誰かを見ているんじゃないかと思いました。
柳沢:見ているものは人間? それとも風景? それとも?
生徒:人間だと思います。
柳沢:この5つの存在は何か人を一緒に見ているのではないか。では大橋さん、どうですか?
生徒:真ん中に立っている人以外が、関係性があるんじゃないかなと思いました。
柳沢:真ん中の人だけが違うのは、どんな点が違うの?
生徒:周りの人たちより、あんまり意志を持っていないように感じました。
柳沢:みなさんずいぶんといろいろな観察をし、発見をしてくれたし、それを発表してくれたことで、他の人の見方で気づいたこともあるかと思います。

その結果がどう展開したか、もっと詳しくお伝えしたいのですけれども、本当に素晴らしい時間ができあがったと思います。

事例3_10

3日間、私が知識提供、情報提供したことと、参加者自身が観察したことを整理しながら、できることならみんながそれぞれ自分で観察し、それを言葉にして発表することを少し意識してくださいというところまでを受け持たせていただきました。


質疑応答

──柳沢さん、園さん、それぞれコメントをお願いいたします。

事例3_11

園:角川ドワンゴ学園の園と申します。よろしくお願いいたします。改めまして、先程の映像を見て、柳沢さん非常にすばらしいプログラムをありがとうございました。通信制なので全国に生徒がいるのですが、このプログラムでもいろいろな地域からZoomを使って参加しています。作品鑑賞、あるいはアートイベントを企画するということを通して、先程のスライドにも出ていた通り、21世紀の社会をよりよく生きていくためのスキルを身につけるというところを目的としていました。
実際にこのプログラムに参加してくれた生徒の感想レポートの中には、いろいろな人の価値観やものの見方を知ることができた、 視野を広げることができた、あるいは自分の気持ちにも自信が持てた、自分のものの見方に自信が持てた、 他人の意見を聞くことの大切さを実感できたといった声が書かれていました。
これを見た時に、当初から考えていた対話型の美術作品鑑賞を通して、自分の見方はこれでいいと思えたり、あるいは他者の見方を尊重したりする態度の育成につながったのではないかと思っています。

柳沢:ありがとうございます。僕は一度も園さんと直接お目にかかったこともないし、角川ドワンゴのみなさんとご一緒する時間は長いけど、 みんながどこにいるかも知らなかった。でもこのZoom機能を使ってかなり話をさせていただきました。
このプログラムの冒頭には、アートイベントを作ろうとありまして、おそらく学校側の方々からするとアウトプットを、 展覧会みたいなものを作りたかったようなのですが、正直それはかなりゴールとして難しいということを述べさせていただいて、 まずはスタッフのみなさんと話をし、それから実際に生徒たちと出会って、最終的なプログラムのゴールは途中で変更していきました。
最低限の確認はビデオの中でもお話ししましたが、作品には多様な情報があり、それを自分で引っ張り出す力を身につけ、なおかつそれらをみんなで共有する、 ということを行ないました。最後に《アヴィニヨンの娘たち》のコメントを聞いていただくと、あれが高校生の観察か、 発想かと驚かれた方も多いかと思いますが、かなりのレベルまでいけたと思います。 ご紹介できませんでしたが、最終日にはそれぞれが、ある程度プログラムを作ってみんながプレゼンをするというところまでいきました。 補足としてお伝えしておきます。

──では、おふたりに質問にお答えいただきたいと思います。まず「柳沢さんと生徒さんたちの関係が、信頼関係が築けているようにみえた」ということですが、 「鑑賞授業の実施に向けて事前に連絡やコミュニケーションを図るためのワークショップ、アイスブレイクなどを実施されたのでしょうか?」というご質問がきています。

柳沢:私自身というよりもN高さん側がかなり丁寧に関係作りをしてくださいました。生徒さん同士が事前に話をするという機会がかなり多く作られていたと思います。園さん、いかがですか?

園:初対面の生徒たちなので、最初のプログラムに入っていく前段階で、SlackであったりZoomであったり、その他のITツールを使ったチャット形式のワークショップで、知らない人が多くて話せないとか、あまり知らない人に自己開示的なことをするのが怖いということがないように、関係構築の時間をとりました。

柳沢:スタッフさんからの情報はかなり、私が聞き取っています。

園:いろいろ聞いていただいてありがたかったです。

──続いてのご質問です。「今回職業体験ということでされた授業ということですが、今回の活動を成績評価されたのか、その場合、どのように評価したのか」というご質問がきています。

園:職業体験といわせていただいていますが、評価をするものでもなく、単位にもなりません。あくまで生徒が自主的に学ぶ課外活動として提供させていただいております。最後に、我々運営側から生徒に対して評価をすることはありませんが、生徒がリフレクションの時間の中で自身の3週間、4週間の活動を振り返って、自分でセルフチェックをすることはやらせていただきました。その中では、心理尺度を用いてライフスキルの項目をとらせていただいていますが、特に自己認識や創造的思考といったところで上昇が見られました。

──他にも質問をたくさんいただいておりますが、時間が来ましたので、終了したいと思います。柳沢さん、園さん、ありがとうございました。