以下は島口氏の発表を大幅に要約・再構成したものです(編集部)
2017年度まで小学校で教員をされ、市教育委員会の交流として、2018年より浜松市美術館で指導主事・学芸員をされている島口さん。学校と美術館の立場から鑑賞教育に関わられた島口さんだからこそ感じる問題意識と、それを踏まえた実践をご紹介いただきます。(司会者・酒井敦子|国立西洋美術館)
美術館に異動して思ったのは、より多くの学校に美術館を活用してもらいたいということです。そのためには、美術館側の展覧会の目的(調査研究の成果)と、学校側の美術館訪問の目的(教科・領域・行事)がリンクする教育普及プログラムをカスタマイズし、積み重ねていくことが必要だと考えました。美術館と学校との大きな違いは、本物の作品がそこにあるということです。図工・美術の授業に関していえば、本物の作品と子供たちをじっくり対峙させることで、子供同士の主体的な対話も促すことができます。そうした作品との「対峙」、作品や友達との「対話」のフィルターとして、いわゆる「造形的な見方・考え方」をしっかりと押さえた課題設定や視点の提示を行ない、子供たちが作品を見たいと願ったり、友達と関わりたいと思ったりする仕掛けをすること、言わば、学習指導要領の「主体的、対話的で深い学び」という授業改善の視点を積極的に盛り込んでいくことが、学校との連携における美術館の教育普及における役割のひとつといえるでしょう。
最初に本物の魅力を重視した、小学校3年生の鑑賞活動の事例をご紹介します。子供たちにも身近な果物の作品を見てもらったのですが、ある子供は「本物の果物みたいで、ぶどうやラズベリーがとてもおいしそうです」、「いろいろな虫がよっているということはいい匂いなんだなと感じました」という感想を書いてくれました。
この子供は、果物一粒一粒のハリや瑞々しさに注目したのでしょう。また、いい匂いがするところには虫が寄ってくることを体験的に知っていて、本物の作品を見ることで細かい表現に気付けたからこそ、果物からいい匂いがしているのではないかと感じたのでしょう。9年間の人生で習得してきた知識と関連付け、絵から感じ取った情報、自分の思いや考えをもとに創造している「深い鑑賞」だと感心しました。
せっかく友達と鑑賞に来ているのですから、ひとりでじっくり作品を見るだけでなく、作品について相互に対話することも大切です。
小学校3年生の鑑賞活動では、人物画と風景画を並べ、どちらが好みかを聞き、2つのチームに分かれてディベートをしました。
人物画が好きという子供に対し、風景画の方が「賑やか」だから好きという子供がいました。風景画の中には木があったり動物がいたり、水辺があったり、いろいろなものが描かれていて「賑やか」だというのです。すると前述の人物画が好きだという子供が、「〇〇さんが言った『賑やか』な風景の中に、私の好きな人物がいたら、もっと楽しいのでは」と、新たな価値を構築したのです。これは、ひとりで作品を見ているだけでは広がらなかった考えといえるでしょう。
ところで、子供同士の対話は、自然に生まれるわけではありません。対話を生み出し、盛り上げるためには、鑑賞の視点を提示したり、課題を設定したりといった仕掛けが重要です。
中学生の鑑賞活動で、グループごとに展示室を自由に周り、好きな作品を1点選び、その作品の前でインスタ映えする写真を撮るという課題を与えました。
女性の肖像画を選んだ男子4人のグループは、作品の前で数名がひざまづき、絵から少し離れたところにひとりが立ち、写真を撮影しました。作品の女性は、群がる男たちには目もくれず、ひとり佇む男性を見つめている、というわけです。
作品本来の主題からは外れますが、作品と対峙し、描かれた女性の表情、服装、仕草等の情報を精査し、友達同士で対話をすることで、自分たちなりの全く別のストーリーを紡ぎ出しています。対話を促す視点の提示や課題設定によって、子供たちのイメージがさらに深まっていくことがよく分かります。
学校で行なわれている鑑賞活動と表現活動を連動させた授業のような取り組みを美術館でもできないかと考え、ワークショップにも挑戦しました。私が企画・展示に携わった「木梨憲武展」に訪れた子供たちに、木梨氏の「フェアリーズ」というシリーズ作品を参考に、ダンボールやお菓子の空き箱で妖精を作ってもらったのです。
実際に表現してみることで、その表現の楽しさや難しさ、作家の発想力や構想力の面白さに触れ、新たな発見につながりました。活動を通して、子供たちを作家や作品の魅力に深く入り込んだ鑑賞に導けるところが、ワークショップの魅力です。鑑賞活動と造形活動の往還は、美術館での鑑賞活動にも有効であり、手ごたえを感じています。
美術館で鑑賞活動を行なう場合は、校種や子供の発達段階や興味に合わせたプログラム作りが必要です。たとえば小学校1年生が西洋絵画を鑑賞するとき、鑑賞の視点を「動物」に絞りました。西洋の宗教画や歴史画には、犬や鳩などが登場する作品が多く、風景画には牛、馬、鶏などの家畜がよく描かれているからです。そして、何よりも、彼らが鑑賞活動を終えた後、生活科の学習の一環で動物園に行く予定があったからです。本物の動物を見るというワクワク感を美術館での鑑賞活動にもつなげられるよう、「みんながこの後で行く動物園のように、絵の中にもたくさん動物がいるよ。さて何種類見つけられるかな」と問いかけてから、展示室へ案内しました。
また、小学校6年生が、仏像を鑑賞するときには、彼らが社会科で学習する聖武天皇による大仏建立を意識して仏像が制作されるようになる時代背景を説明したり、仏像の種類の見分け方を紹介したりしました。その上で、展示室で仏像と対峙し、造形的な美しさや迫力を堪能してもらうという、「社会的な見方・考え方」と「造形的な見方・考え方」を組み合わせたプログラムとしました。
美術館には展示を通して訴えたい事や注目してほしいポイントがあり、学校には図工・美術の教科としての鑑賞活動はもちろん、歴史を学びたい、レクリエレーション的に美術館を訪れたい、などさまざまな要望があります。美術館・学校双方の狙いを、その都度うまくリンクさせて、教育普及プログラムを柔軟にカスタマイズしていくことが非常に大切だと考えています。
私は、学校教育の美術館活用をさらに促進したいという思いから、美術館で研修会を企画したり、私自身が市の研修会に参加したりすることで、教員に直接アプローチをしています。また、これから教員や学芸員を目指す学生を対象に、大学において子供たちの鑑賞活動の在り方や面白さ、美術館での鑑賞活動の可能性を伝える活動も積極的に行っています。子供たちの鑑賞活動の可能性について、学校(教員)、美術館(学芸員)、の双方の立場から考えてもらう機会を通して、将来的によりよい連携が生まれるのではないかと期待しています。
──視点を提示しながらも、柔軟に学校の要望や実態に応じていますが、学校とは事前にかなり打ち合わせをしているのでしょうか?
島口: オファーがあったときに、先生方にどの教科・領域の活動として来館するのか、美術館への来館を通して、子供たちに何を学ばせどのような資質・能力を育みたいのかといった活動の目標やねらいを伺います。また、活動時間、発達段階や子供たちの実態等をふまえ、その都度可能な限り活動をカスタマイズして提案しています。