講演要旨:以下は平田氏の講演を大幅に要約、再構成したものです(編集部)
学習指導要領の改訂に伴い、小学校では昨年度から、中学校は今年度から新学習指導要領が全面実施され、高等学校は来年度から年次進行で実施されていきます。本日は、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校などさまざまな学校の先生方が参加されていますので、間をとり中学校の美術科を中心に見ながら、事例を交えてお話ししていきます。
今年度から新しく全面実施された中学校の学習指導要領の美術「B鑑賞」では、これまでの造形的なよさや美しさなどに関する鑑賞が、ア美術作品などに関する鑑賞、イ美術や美術文化に関する鑑賞となり、さらに(ア)感じ取ったことや考えたことなどを基にした表現に関する鑑賞と(イ)目的や機能などを考えた表現に関する鑑賞に分けられています。
(ア)感じ取ったことや考えたことなどを基にした表現に関する鑑賞について、充実した鑑賞に取り組もうとされていると思います。また、(イ)目的や機能などを考えた表現に関する鑑賞は、デザインや工芸の鑑賞にかかわるものになりますが、こちらの鑑賞も充実させていくことが大事だと思います。美術館でも工芸品をとりあげた鑑賞のプログラムを準備しているところもあります。教師が地域の美術館の学芸員の方に相談したり資料などを集めたりして授業を工夫することが考えられますし、身の回りのものを集めて生徒に実際に触れさせて授業を進めていくということも考えられるのではないでしょうか。 (ア)と(イ)の鑑賞事例をそれぞれ紹介します。
<事例:感じ取ったことや考えたことなどを基にした表現に関する鑑賞>
この事例は、中学校3年生の自画像の授業で、周囲の環境や友人関係、将来への不安など、いろいろ考えはじめる時期に、自分の内面としっかり向き合うという内容です。紹介するのは題材のはじめに美術作品を鑑賞した授業です。
まず5点の美術作品が提示され、生徒はその中から1点を選び、作者の心情、表現の意図や工夫などを意識しながら、ICT端末を使い作品の細部を拡大するなどしてしっかり鑑賞します。この事例では、作品についての感じたことや考えたことを記入するのにICT端末を使用するのではなく、手元にある紙のワークシートを使っていました。生徒は画面を見ながらワークシートに記入でき、授業者の先生は生徒が記入している間に教室内をまわり、生徒それぞれの意見を確認していました。
発表の際、授業者の先生は生徒たちの異なる意見をうまくつなげ、内容を深めていくよう工夫されていました。またICT端末がうまく作動していない生徒のために、紙媒体での鑑賞も行えるように準備されていました。
<事例:目的や機能などを考えた表現に関する鑑賞>
岩手県の中学校での地元の漆器を用いて鑑賞した授業です。生徒は、宿題として事前に漆について調べ、授業で岩手の漆器を実際に手で触って鑑賞します。実際に見て触わることで気づくことは非常に多く、「思ったより軽い」「ツヤツヤしてきれい」など、いろいろな声が聞こえてきました。
鑑賞した漆器のうち1点は、授業者の先生が自分の母親から受け継いだ器であり、先生はそれを将来にご自身の娘にも託したい、とも話していました。生徒たちは、長年大事に使い込んでいくことで生まれる漆器の味わいに気づいたのか、「岩手県の漆を誇りに思った」「これからの人生の中で、是非漆器を買って大事にしていきたい」などと言っていました。
今回の学習指導要領では、表現と鑑賞の指導の関連を図ることが明記されています。「A表現」の、発想や構想に関する資質・能力のところの(ア)感じ取ったことや考えたことなどを基にした発想や構想、(イ)目的や機能などを考えた発想や構想が「B鑑賞」の美術作品などに関する鑑賞の(ア)と(イ)とうまく連携できるように整理されています。
ある中学校では2年生のピクトグラムの授業で、鑑賞と表現の指導を効果的に関連させることができていました。生徒は最初に生活や社会の中にあるピクトグラムの鑑賞をし、ピクトグラムの働きについて学び、次に鑑賞したことを発想や構想をすることに生かしていきました。そして生徒たちが作成したピクトグラムは、学校内の会議室や音楽室・美術室などで実際に使われています。
ところで、このピクトグラムの授業において、学習の中心となるのは、ピクトグラムを描くことではありません。目的や条件を基に、他者や社会に形や色彩などを用いて美しくわかりやすく伝える生活の中でのデザインの働きなどについて考えることです。これはピクトグラムを発想や構想をするときにも、鑑賞するときにも働く中心の考えです。
新学習指導要領の目標の(2)においても、「造形的なよさや美しさ、表現の意図と工夫、美術の働きなどについて考え」については、発想や構想、鑑賞の双方に重なる資質・能力としています。表現においても鑑賞においても、こうした発想や構想をするときも、鑑賞するときにも働く中心となる考えを大事にしながら授業をしていただきたいと思います。
小学校と中学校の学習指導要領には、美術館との連携や活用についても書かれています。各地域の美術館では、アートカードをはじめ提示用の模写や印刷物などさまざまな鑑賞素材やツールが作成され、鑑賞プログラムもしっかり準備されています。
それぞれの美術館にどんなものがあるかを確認し、生徒の発達段階や今までの授業のことなどを考え併せて、積極的に活用していただきたいと思います。
美術館との連携例をご紹介します。
<事例:美術館と連携した鑑賞授業>
岡山県の中学校の器を使った鑑賞授業です。生徒は用意された6点の器を実際に触り、その中から1点を選び、それを選んだ理由をワークシートに書きます。その後、選んだ理由を生徒たちに発表させ、その理由から、形や色彩など様々な視点があることをみんなで共有することを通して、個々の視点を広げることができていました。
そして2時間目に備前焼を鑑賞します。地元とはいえ備前焼のよさや特徴について知っている生徒は多くはありません。美術館からお借りした窯変チップを使いながら、生徒たちはクイズ形式で備前焼について学び、備前焼の素晴らしさに気づいていきます。
こうした事前学習を経て、生徒はいよいよ岡山県立美術館に行きます。生徒が鑑賞したブースには多様な備前焼があり、その中には人間国宝の伊勢﨑淳先生の作品もありました。伊勢﨑先生の作品は独特な造形で、生徒がきっと関心をも持つだろうということで、360度どこからでも作品を鑑賞できるようにし、生徒が自由に感じられるようキャプションを外しておいてもらいました。
さらに、当日は伊勢﨑先生ご本人にいらしていただき、何を考え、何のためにつくったものなのか、どういう技法を使ったのかといった作品に関すること、そして備前焼にかける熱い思いについて、生徒たちに直接話していただいきました。
この事例のように、美術館と連携する際は、「生徒に何を学ばせたいのか」ということをあらかじめ学芸員の方にしっかり伝え、協力しあって進めていくことが重要になります。生徒のことを一番よく知っているのは学校の先生です。今までどんな学びをしてきたか、どんな鑑賞授業をしてきたか、ここをもっと伸ばしていきたい、といったことを学芸員の方に伝え、しっかり打ち合わせをしていただきたいと思います。
最後にまとめとして、これからの鑑賞教育で大事にしたい3つのことについてお伝えします。
学習指導要領に記されているように、授業においては「題材など内容や時間のまとまりを通して、その中で育む資質・能力の育成に向けて、生徒の主体的・対話的で深い学びの実現を図ること」が大事であり、そのためには「造形的な見方・考え方を働かせて、表現及び鑑賞に関する資質・能力を相互に関連させた学習の充実を図ること」が求められます。
そして、授業を進める先生方においては、生徒が主体的に学習に取り組むための見通しを立て、学習したことを振り返り自身の変容を自覚できるような場面、対話により自分の考えを広めたり、深めたりする場面を、どこに設定するかが重要になります。また、学びの深まりをつくりだすために、児童生徒が考える場面と教師が教える場面をどのように組み立てるかも重要です。
また「主体的・対話的で深い学びの実現」には、「造形的な見方・考え方」が鍵となります。「造形的な見方・考え方」は、「美術科の特質に応じた物事をとらえる視点や考え方」であり、教科の本質に関わることです。表現においても鑑賞においても、造形的な見方・考え方を働かせることを重視し、授業を展開していただけたらと思います。
「造形的な見方・考え方」には、対象などの形や色彩、材料や光などの造形の要素に着目し、それらの働きを捉える視点、いわば木を見る視点と、対象などの全体に着目して造形的な特徴などからイメージを捉える視点、いわば森を見る視点があります。木を見る視点、そして森を見る視点のどちらも大事にしてください。
ICTの活用も効果的に行なうことが大切です。文部科学省のホームページでは、「GIGAスクール構想のもとでの指導」としてICT活用のための資料を掲載しています。
中学校美術科と高等学校芸術科(美術、工芸)、高等学校美術科を例にすると、表現活動では、
例えばICTにはすぐ消したり、複製したりすることができるという利点があるので、作品を撮影・トリミングしてそれらを並べ替えて再構成するといった発想や構想の場面で活用することが考えられます。
鑑賞活動では、例えばICTを活用して作品の鑑賞や、大型モニターを用いた話し合いもできますし、作品を撮影し共有したり、鑑賞後のコメントを書き込んで共有したりといった使い方も考えられます。
このように、いろいろな形でICTを効果的に使っていただきたいと思いますが、ICTを活用すること自体が目的化してしまわないように十分留意することが大切です。題材のねらいに応じ、ICT端末を効果的に使っていくこと、さらには著作権や肖像権についても併せて指導していくことも大切です。
社会のあり方が劇的に変わる「Society5.0時代」の到来、新型コロナウイルスの感染拡大など、まさに私たちは先行き不透明な、予測困難な時代を生きています。そうした中、子供たちには自分のよさや可能性を認識し、あらゆる他者を価値ある存在として尊重し、多様な人たちと協働しながら、いろいろな変化を乗り越え、豊かな人生を切り開き、持続可能な社会の創り手となることが求められます。
これらを踏まえ、令和3年1月26日の中央教育審議会「「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)」から、新学習指導要領では「個に応じた指導」を一層重視し、指導方法や指導体制の工夫や改善により「個に応じた指導」の充実を図ることが大切だと示されています。支援が必要な子供に重点的な指導を行なう、あるいは特性や学習進度に応じて指導方法や教材などを柔軟に提供するなど、生徒一人ひとりに応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供するよう調整していくことが大事になります。
ただし「個別最適な学び」が「孤立した学び」に陥ってはなりません。探究的な学習や体験活動等を通じて、子供同士で、あるいは多様な他者と協働しながら、他者を価値ある存在として尊重し、様々な社会的な変化を乗り越え、持続可能な社会の創り手になることができるよう、必要な資質・能力を育成する「協働的な学び」を充実していくことも重要です。
社会全体が答えのない問いにどう立ち向かっていくのかが問われる時代において、次世代の担い手となる子供たちには、主体的に考え、多様な立場の者同士が協働的に議論し、納得解を生み出すことなど、新学習指導要領で育成を目指す資質・能力が必要となります。 例えば中学校美術科の新学習指導要領の柱書では、「…生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力を次のとおり育成することを目指す」と記されています。これらの資質・能力は、表現や鑑賞の学習を通じて育まれていくと思います。これからの未来を生きていく子供たちのために、先生方には表現はもちろん、是非鑑賞教育を大切にし、より充実させていっていただきたいと思います。