以下は前之園氏の発表を大幅に要約・再構成したものです(編集部)
美術の授業で育まれた資質・能力が生活や社会の中で発揮できるという実感を、もっと生徒たちに持ってもらいたい。そんな思いから前之園先生が行なってこられた、美術館や美術に関する施設と連携した授業実践をご紹介いただきます。(司会・酒井敦子|国立西洋美術館)
本校で美術科についてのアンケートを行なったところ、「何が正解か分かりづらい美術科の学習をどのように学べばいいのか難しい」、「美術科の授業で学んだことをどのように生かしたり役に立てたりするのか分かりづらい」といった意見がありました。 生徒が自分としての意味や価値をつくり出す美術科の学びの楽しさを実感できる授業。生徒が美術科の授業で身につけた資質・能力を生活や社会の中で生かそうとしたり、実際にそれらが生活や社会の中で生かされていることを実感できたりする授業。こうした授業を目指し、美術館等のご協力を得ながら授業を行ないました。
この授業の目標や、鑑賞・表現双方に働く中心となる考え、また学習を通して生徒に身に付けさせたい〔共通事項〕は挿図のとおりです。
表現の学習のはじめに、南北600キロの鹿児島県の多様な自然や文化を生徒に思い起こさせ、桜島や薩摩切子など鹿児島らしさを感じるモチーフで包装紙をデザインさせました。そして、その後大島紬を鑑賞する授業を行ないました。
まず教室で実際に大島紬に触れる機会をつくり、その後、奄美大島の大島紬の工房と美術室をウェブ会議システムでつなぎます。生徒は伝統工芸士から大島紬の歴史などの話を聞き、実際に泥染や織の工程の様子を見ました。
この授業を通し、生徒は、伝統工芸士の緻密で洗練された手仕事のすばらしさに気付き、大島紬の柄に奄美大島の先人の思いや願いが込められていることを知ることにより、大島紬のよさや美しさへの見方や感じ方を深めていました。
アンケートの結果からも、大島紬のよさや美しさを自分なりに根拠を持って捉え、伝統工芸品をはじめとする郷土の美術文化を大切に思い、継承し発展させようとする態度が高まっていたことがわかりました。
3年生の授業では、鑑賞では「KYOTO STEAM」展を開催中の京セラ美術館と、表現では鹿児島大学大学院理工学研究科とそれぞれ連携しました。この題材の目標や、鑑賞や表現双方に働く中心となる考え、また学習を通して生徒に身に付けさせたい〔共通事項〕は挿図のとおりです。
まず生徒に、美術と科学技術を関連させ新たな価値を創造するSTEAMについて紹介した後、京セラ美術館と美術室をウェブ会議システムでつないで、STEAMをテーマにした3作品をとりあげ、作者が表現したかったことや表現方法などについて、学芸員の方からお話を伺いました。 この鑑賞授業を行なうことにより、生徒は、美術は単にものをつくったり描いたりするだけでなく、違う発想により新たな価値を見出すことと捉えたり、多面性を持って物事を捉えることの大切さを実感したりなど、多様な美術・美術文化への理解を深めていました。
学習のはじめに、生徒は鹿児島大学の准教授からセラミックの特性について話を聞き、その後、セラミックの特性を生かしつつ、機能的で遊び心やユーモアがあり、生活を豊かにするもののデザインを考えて、軽量粘土でモデルを作成しました。
次に、生徒に互いの作品を鑑賞させ、使う目的や状況などに応じて、よりよいデザインがなされているかに着目させ、根拠を明らかにして批評し合わせました。さらに理工学研究科の准教授を学校にお招きし、セラミックの特性を生かすという視点に立った、デザインのよさや改善点について話していただきました。
鹿児島大学理工学研究科と連携した授業を通して、生徒は機能的な面だけでなく遊び心などをデザインに込めることで、生活が心豊かになることを感じたり、素材の特性に着目することで機能性と美しさが調和した、洗練されたデザインについて理解を深めたりしていました。また造形的な視点を働かせることにより、目的や条件に応じたデザインのよさなどを主体的に捉え、心豊かな生活を送るために、素材の特性を生かして新たな価値を生み出すことへの気付きを深めていました。
他教科等の学習のつながりはもとより、適切な時期を捉え、社会や生活の中で、美術科で身に付けた資質・能力を生かす学習や、実際の社会や生活の中で生かされていることを知る学習により、生徒が美術科の学習の楽しさやその価値を実感することが必要です。
美術館や美術に関する施設等との連携は、美術科の学習で身に付ける資質・能力を、生徒が美術科の学習の価値や楽しさを実感しながら学習するために極めて大切であり、有効だと思います。
また美術館や美術に関する施設と連携するにあたっては、事前の打ち合わせや振り返りがとても重要になります。
事前の打ち合わせでは、美術館等が持っておられる専門的知識やリソースと、教員が把握している生徒の学習状況や身に付けさせたい資質・能力に向けた効果的な指導の在り方をいかに融合させるかを大切にしました。
事後の振り返りでは、連携先の方とともに、事前に考えた手立てと成果を把握し、課題の解決策を検討することで、多くの気付きを得ることができました。
今後も美術館や美術に関する施設等と学校とがそれぞれのリソースを共有したり、連携を深めたりすることで、さらに効果を深める取り組みができると考えています。
──連携している施設が近隣だけではなく幅広いと思いました。連携先を選ぶにあたって、普段どのようなリサーチをされているのでしょう?
前之園:京都市の京セラ美術館との連携については、本校の2年生が修学旅行で京都を訪れる予定でしたが、実現できなかったこともあり、生徒の思いを汲んでということが一つ。もう一つは、鹿児島大学とのつながりで学芸員の方を紹介していただきました。
──連携のコツはなんでしょう?
前之園:〔共通事項〕を大事にし、この題材で生徒に気付かせたいこと、身に付けさせたい資質・能力は何なのかということを、連携先の方にしっかり伝えることが大事だと思います。実践の内容が美術科の本質からズレていたときは、生徒の反応が鈍く、学びが深まらなかったように思います。また、外部の人材と連携した授業は多くて年2回くらいの実施が現実的だと思います。とっておきのことですから、その時にしかできない活動は何なのを考え、その活動を充実させるとよいと思います。