発表1

美術館と学校との連携による鑑賞プログラムの実践
 『ながさきART TRIP』―わたしだけの地図―
 学校と共創する美術で学ぶ平和教育

山口 百合子
(長崎県美術館 事業企画グループサブリーダー 教育普及・生涯学習エデュケーター/長崎県教育委員会 学芸文化課 指導主事)

以下は山口氏の発表を大幅に要約・再構成したものです(編集部)

はじめに

私は現在、長崎県教育委員会より派遣されて長崎県美術館に在籍し、展覧会関連事業の企画からスクールプログラムを中心とした学校との連携事業などに取り組んでいます。長崎県美術館は2005年に開館し、長崎港を目の前に見ることができ、かつて鎖国時代に海外交流の場であった出島町に位置します。今回は、一昨年と昨年に長崎県美術館が小学校と連携した2つの実践についてご紹介します。

1 『ながさきART TRIP』―わたしだけの地図―
オンライン鑑賞プログラム

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このプログラムは、コロナ禍において、来館を前提としない美術館活用のあり方について考える中で生まれたもので、令和2年2月に実施しました。学校現場では1人1台の端末導入が進んでいたことや、同年秋に当館で開催した企画展の内容が学校で実践されている「ふるさと教育」とマッチすることから企画にいたりました。

「ふるさと教育」は県の施策のひとつで、地域を担う人材の育成を目指し、ふるさとへの愛着、誇りの育成を目的としたものです。一方当館では、2020年10月3日から翌1月3日まで、当館のコレクションを中心とした企画展「長崎 美術 往来!-長崎県美術館コレクションから」を開催していました。本展で展示された作品を題材にしたオンライン鑑賞プログラムを次の小学校と連携して授業を実践しました。

長崎市立大浦小学校は、長崎県美術館の近隣にあり、本展出品作品のテーマとなっている地域が校区となっている学校です。同校の5年生が本展開催中に「大浦大好き!居留地探検隊」という学習活動を行なうと聞き、「『ながさきART TRIP』―わたしだけの地図―」という授業案の構想が生まれました。

このプログラムのねらいは、長崎のまちを描いた作品を通し、当時の日常や作家の郷土愛などを知る機会とすること、そして作品のさまざまな表現の違いや作家の思いなど多様な視点を持って自分なりの鑑賞を楽しむことにあります。

授業時間は45分間2コマの90分間。授業では、美術館と小学校がWeb会議システム(Zoom)でつながり、教室には大型モニターを設置し、美術館の様子を映し出してもらいました。さらにグループに1台ずつ学校で使用している端末を配付し手元でより作品を拡大してみられるようにしました。そして、先生や児童が発言する場合はワイヤレスマイクを使用しながら美術館とのコミュニケーションを図りました。

授業でとりあげた作品は、水彩、油彩、版画、切り絵、立体など約130点の本展出品作品の中から、長崎県美術館、大浦小学校周辺の風景がモチーフになっているもので、さまざまな作品ジャンルを網羅するよう学芸員に相談しながら18点に絞りました。それらの作品を描かれたエリア別にカテゴライズし、タイトル、作家名、制作年代のみを明記したサムネイルシートを作成。このシートをもとに、B2サイズのワークシートに切り貼りをしながら、各グループのオリジナル地図に仕上げていきます。

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導入時に子供たちへ「あなたから見た長崎とは?大浦とは?」という質問を投げかけ、それぞれマインドメモシートに回答を記入してもらいました。次に「“知っとこ” 作品はこれ!作品をよく観察してみよう」というテーマで、子供たちに知っておいてほしい作品を2点、日本画家の中山文孝が1934年に制作した《長崎港の図》と終戦後長崎を訪れ大浦地区の風景画を数多く残した鈴木信太郎の《長崎の丘》を紹介しました。
(※「知っとこ」という言葉は、長崎の方言で「知っておこう」という意味)

この2作品を選んだ理由は、両作家が長崎銘菓のパッケージやロゴマークデザインを手がけており、現在でもそれらをよく目にするという共通点があったこと。一方で普段目にしているけれど誰が描いたのかまでは知られていないことが多いため、郷土の作家としてこの機会にぜひ紹介したいという思いもあったからです。

その後グループ学習として、2作品のうちからどちらか1作品を選び、端末に入った作品画像を観察、鑑賞します。何が描かれているのか、描かれている場所はどこなのか、季節や時間はいつごろなのかなど、じっくり観察した後、それぞれの感想をグループ内で共有し、生徒たちはそれぞれが持っている知識を繋ぎ合わせながら、感じたことや考えたことをお互い話し、見えないところまで想像を膨らませた深い鑑賞活動を行なっていました。

ここからは、いよいよ「わたしだけの地図」づくりです。グループごとにART TRIP地図のテーマを考え、18作品あるサムネールシートからいくつか作品を選び、出島から長崎港近辺の白地図に貼っていきます。さらに、その作品を選んだ理由、作品についての感想や気づきを付箋に記入し、地図のタイトルを考えます。たとえば「大浦居留地の魅力」というタイトルの地図には、洋館が描かれた作品6点が貼られ、馴染み深い大浦地区の風景を取り入れた完成地図となっていました。

授業を終えた子供たちからは、「坂が多いのが嫌いだったけど魅力に感じるようになった」「大浦の絵をたくさんの人が描いていてうれしく感じふるさと愛が増えた」などさまざまな感想が聞かれ、伝統や文化の継承の重要性や自分たちが住む街に誇らしさを感じていることがわかりました。

2 学校と共創する美術で学ぶ平和教育

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「長崎県教育振興基本計画」では平和教育を推進しており、県内の小中学校は8月9日の原爆の日に向けて7月頃から平和学習に取り組みます。これまでは原爆体験の「継承」と「発信」に特化した直接的な平和学習が中心でしたが、昨今はより広い視点で平和を見つめ、他者理解や発信する力の育成を求める間接的な平和学習が重要視されています。

そこで我々美術館が作品鑑賞を通して平和学習に結びつくプログラムができないかと考え、2020年に「鑑賞教育×平和学習プログラム」として、当館が所蔵する丸木位里・俊の作品《母子像 長崎の図》の鑑賞プログラムを、県内小中学生を対象として実施しました。そして翌2021年に、学校と連携した平和教育の授業『池野清 作品から考える平和』へとつなげました。大浦小学校5年生は『ながさきART TRIP』と丸木夫妻の作品鑑賞「鑑賞教育×平和学習プログラム」を経験し、6年時にはさらに出張授業『池野清 作品から考える平和』の対象にもなりました。

池野清という作家は原爆投下後に被爆地に入り、救援活動をする際に自身も被曝し、生涯原爆症と戦いながら制作活動を続けた作家です。丸木夫妻の作品とは異なり、池野の作品からは原爆、戦争といった直接的な要素をみることはできません。

このプログラムの目的は鑑賞体験を通して得られた自らの感情や感覚を他者と共有し、新たな気づきや考えを自分の言葉で伝えることにあります。他者の意見を聞くことで多様な価値観を受け入れることにつながり、これらの行為そのものが平和学習の概念にあたると考えました。つまり学校の平和教育で培われる資質と美術館の鑑賞教育で培われる資質の相互作用はコミュニケーション力の育成と他者理解を包摂しており、これらは平和教育の視点に合致するものと考えます。

時間は45分間2コマの90分間で、美術館スタッフ4人が学校に出向き、対面授業を行ないました。鑑賞ツールとして用いたのは、スタッフが作成した絵画サンプル、学校で使用されている1人1台のChromebook、作品の実寸サイズを知るための作品画像の印刷物の3点です。これらを使用しながら、まずは1人でじっくりと観察し、次に近くの2〜3人で観察したことを話してみる、それからグループに分かれてスタッフや担任の先生がファシリテートしながら鑑賞をしました。その後の全体発表で出された意見を共有し、最後に再び作品と向き合う時間をつくり、自分の考えや気づいたことをワークシートにまとめました。

池野清の人物像については簡単に説明し、『池野清 作品から考える平和』という題材名もあえて提示しませんでした。しかし、子供たちから、作品の描かれた年代と歴史的背景を結び付けて考え、戦後の生活の苦しさや原爆から想像した感想や意見が出たことには驚きました。1945年という年を歴史の中で大きな節目と捉え、発想することができるのは、やはり平和学習の積み重ねがあったからに他なりません。作品鑑賞から作家自身の当時の生活や気持ちまで読み取ろうとし、クラスメイトと共有できたことが本題材のねらいに近づけたのではないかと思います。これらのプログラムを2年にわたり同じ児童が継続して経験したことは非常に有意義だったと思います。

おわりに

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ご紹介したこれら2つの実践を通し、見えてきた課題が3つあります。

1つ目は学校現場に合った鑑賞プログラムの創出です。これまでは美術館側がプログラムを企画し、学校側に提案をすることが多かったのですが現場を知る学校の先生たちと一緒に授業案を検討していくことでよりニーズに合った連携プログラムにしていけるのではと思いました。

2つ目は、鑑賞プログラムの普及です。美術館スタッフが主導するプログラムではなく、先生たちが主体となって実践できるプログラムや連携体制を作り、モデル授業をパッケージ化し、情報公開できる仕組みづくりに取り組みたいと思います。

3つ目はいかに鑑賞プログラムを継続させるかです。通年実施されている学校行事の中に組み込んでもらえるように、プログラムの実施時期を検討し、持続可能なプログラムにできたらと考えています。

課題の解決を図りつつ、さまざまなアイデアを取り入れて鑑賞プログラムを今後も発展させていきたいと思います。


質疑応答

──美術館から学校に依頼した時期はいつですか?

山口: 『ながさきART TRIP』に関しては長崎がテーマの展覧会の開催にあわせてふるさと教育につながるプログラムを授業で実施したいと考え、年明けのタイミングで学校にお声をかけました。展覧会の時期とオンライン授業を実施したいと思った時期を考え、併せて提案しました。また、丸木夫妻の作品鑑賞プログラムに関しては学校が毎年7月頃に実施しているので、前年度に企画を立て、概要を学校に配付し、参加希望校を募集しました。

──先生は忙しいと思いますが、どうやって時間を捻出したり分担を行なったりしたのでしょう? また、学校から美術館に依頼をするときにどうアポイントをとればいいのでしょう?

山口: 先生との打ち合わせ時間を作るのはやはりハードルが高かったです。授業案などの資料はなるべく先生に負担がかからないよう、こちらで作ったたたき台をもとにして先生と意見交換をしながら、固めていきました。放課後の時間にオンラインによる協議や通信テストをしました。依頼については、直接電話等で相談いただくことから実施検討ができると思います。