講演1

生活や社会の中の造形や美術、美術文化等と豊かに関わる資質・能力の育成に向けて
―学習指導要領の趣旨を踏まえた授業づくり─

平田 朝一(ひらた ともかず|文化庁参事官(芸術文化担当)付 教科調査官/文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官/国立教育政策研究所教育課程研究センター研究開発部 教育課程調査官)

講演要旨:以下は平田氏の講演を大幅に要約、再構成したものです(編集部)

はじめに

Society5.0、超スマート社会の到来など子供たちを取り巻く環境は大きく変化しています。生産年齢人口の減少、グローバル化の進展、絶え間のない技術革新等により、社会構造や、雇用環境も大きく変わってきています。さらに新型コロナウイルス感染症拡大という局面にどう対応していくのかについても考えると、予測困難な時代になってきているといえるのではないでしょうか。

そんな子供たちが、小学校での図画工作科、中学校の美術科、高等学校の芸術科(美術、工芸)を通して、何を身につけるのかを改めて確認する必要があります。

今日は3つの話をしようと思います。1つ目は美術館との連携や活用。2つ目は造形的な見方考え方を働かせる。3つ目は新学習指導要領の趣旨を踏まえた授業づくりについてです。

1. 美術館等との連携や活用

現行の学習指導要領でも「指導計画の作成と内容の取り扱い」に、小学校図画工作科・中学校美術科ともに、美術館等との連携や活用について示されています。

<小学校図画工作科 指導計画の作成と内容の取り扱い>
小学校の図画工作科では、「(8)各学年の「B鑑賞」の指導に当たっては、児童や学校の実態に応じて、地域の美術館などを利用したり、連携を図ったりすること」と示されています。

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美術館等の利用においては、鑑賞を通して「思考力、判断力、表現力等」を育成する目的で行なうようにするとともに児童一人ひとりが能動的な鑑賞ができるように配慮する必要があります。例えば美術館の鑑賞プログラムなど、施設が提供しているものを活用したり、学芸員の専門的な知識、経験を活かして授業に組み込んだりしていくことも考えられます。さらに美術館や関係機関等で行なわれている研修を地域で活用・連携させていくことも考えられます。

<中学校美術科 指導計画の作成と内容の取り扱い>
中学校では「(6)各学年の「B鑑賞」の題材については、国内外の児童生徒の作品、我が国を含むアジアの文化遺産についても取り上げるとともに、美術館や博物館等と連携を図ったり、それらの施設や文化財などを積極的に活用したりすること」と示されています。

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連携については、子供たちの鑑賞をより豊かにしていくために学校と美術館が活動のねらいをお互いに共有していくことが大事です。例えば、美術館側は、子供たちの授業の様子やどんなことを学んできているのかはわかりません。ですから、学校と美術館で打ち合わせを行なって活動のねらいを共有し、その上で、それぞれの鑑賞プログラムや鑑賞教材を適切に活用していただきたいと思います。

<高等学校芸術科(美術、工芸) 指導計画の作成と内容の取り扱い>
高等学校では、「(2)各科目の特質を踏まえ、学校や地域の実態に応じて、文化施設、社会教育施設、地域の文化財等の活用を図ったり、地域の人材の協力を求めたりすること」と示されています。

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高等学校芸術科(美術、工芸)の「指導計画の作成と内容の取扱い」では、「各科目の特質を踏まえ、学校や地域の実態に応じて,文化施設,社会教育施設,地域の文化財等の活用を図ったり,地域の人材の協力を求めたりすること。」と示されています。地域の文化施設や社会教育施設の活用等を図ったり、地域の伝統芸術を鑑賞する機会を設けたり、優れた技能を持つ地域の人々と連携を図るなど、さまざまな指導の工夫をすることが大事になります。

私も地元にいたときに、ある高等学校の芸術科(美術)の授業で、美術館と連携してALT(外国語指導助手)の方を美術館にお連れし、その方が感じた日本の美術の知りたいことなどをまとめ、それらについて生徒が作品をしっかり鑑賞して日本美術のよさや特徴などを英語で伝えるという授業を見ました。また、地域の日本画家をお呼びした授業や、芸術の音楽、書道を選択している生徒と一緒に美術館に行って学ぶ授業もあると聞いています。いろいろな方法があると思いますので、高等学校でも美術館等と連携することが考えられます。

<美術館等との連携のポイント>
美術館での鑑賞体験をより豊かなものにするには、学校での事前の鑑賞授業も大切です。私も事前に授業で鑑賞した上で、子供たちと美術館に行ったことがありますが、子供たちは気持ちが高揚し、入り口から「あの作品がみたい!」とワクワクし、作品の前でずっと鑑賞している生徒もいました。このような、本物に出会った時の喜びを大事にしていただきたいと思います。

美術館では、学芸員に対話を大切にしてもらいながら鑑賞を深めていくことができます。近くに美術館がない場合は、学校に学芸員をお呼びする出前授業も考えられます。それも難しい場合は、ICT端末やスクリーンを使い、美術館と学校を繋いで連携する方法も考えられます。

先ほども述べましたが、美術館としっかり話をし、活動のねらいを共有していくことが大事なポイントです。今まで生徒はこんなことを学んできた。今こういう状況で、生徒たちにこんな資質や能力をつけたい。そうした目標を伝えると、美術館の方からもいろいろなアイデアを出してくださいます。それによって、自分が考えていた以上のプログラムができあがっていくことが考えられます。

2. 造形的な見方・考え方を働かせる

最後にまとめとして、これからの鑑賞教育で大事にしたい3つのことについてお伝えします。

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上の図は、小学校学習指導要領の図画工作科の目標です。一番上の柱書には「表現及び鑑賞の活動を通して、造形的な見方・考え方を働かせ、生活や社会の中の形や色などと豊かに関わる資質・能力を次のとおり育成することを目指す」と書かれています。中学校では後半の文言が「生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力を次のとおり育成することを目指す」となっています。

さて、柱書の中に「造形的な見方・考え方を働かせ」とありますが、これは鑑賞の大事なポイントとなってきます。

中学校を例にすると「美術科の特質に応じた物事を捉える視点や考え方として、表現及び鑑賞の活動を通して、よさや美しさなどの価値や心情などを感じ取る力である感性や、想像力を働かせ、対象や事象を造形的な視点で捉え、自分としての意味や価値をつくりだすこと」。造形的な視点は、「造形を豊かに捉える多様な視点」であり、「形や色彩、材料や光などの造形の要素に着目してそれらの働きを捉えたり、全体に着目して造形的な特徴などからイメージを捉えたりする視点のこと」です。

対象などの形や色彩、材料や光などの造形の要素に着目してそれらの働きを捉える視点、いわば木を見る視点と、対象などの全体に着目して造形的な特徴などからイメージを捉える視点、いわば森を見る視点、この2つの視点を大事にしていただきたいと思います。

高等学校学習指導要領の芸術科(美術、工芸)では、今回の改訂で造形的な視点を豊かにするために必要な知識を〔共通事項〕として新設しているので、ぜひご確認ください。いずれにしても、実感的な理解を通して、子供たちが造形を豊かに捉えられるようにしていくことが大切です。

3. 学習指導要領の趣旨を踏まえた授業づくり

小学校では一昨年度から、中学校では昨年度から、新学習指導要領が全面実施となり、高等学校でもいよいよ今年から年次進行で実施されています。

中学校学習指導要領の美術科には、指導計画の作成に当たっての注意事項として、「題材など内容や時間のまとまりを見通して、その中で育む資質・能力の育成に向けて生徒の主体的・対話的で深い学びの実現を図ること。その際、造形的な見方・考え方を働かせ、表現及び鑑賞に関する資質・能力を相互に関連させた学習の充実を図る」ように示されています。

題材など内容や時間のまとまりを通して、主体的に学習に取り組めるよう見通しを立てたり、学習したことを振り返ったりと、子供たち自身の変容を自覚できる場面をどのように授業で設定していくのか。対話によって自分の考え方を広めたり深めたりする場をどう設定していくのか。そして学びの深まりをつくりだすために、子供たちが考える場面と先生たちが教える場面をどのように組み立てるのか。以上の3つをしっかりと考えながら授業を改善していくことが大切です。

「造形的な見方・考え方」は、「主体的・対話的で深い学び」の深い学びの鍵となっているので、ぜひ授業を実践する際のポイントにしていただきたいと思います。

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表現と鑑賞の指導の関連は、以前の学習指導要領でも重視されていましたが、なかなか実践できていないということで、新学習指導要領では課題となっています。すべての題材で関連させるのは難しいかと思いますが、「A表現」及び「B鑑賞」の指導については相互に関連を図っていくことが大切です。

中学校の学習指導要領では、発想や構想に関する資質・能力と鑑賞に関する資質・能力を関連できるように整理をしています。

例えば、ピクトグラムの授業では、題材の最初に生活や社会にあるピクトグラムを鑑賞したり、発想や構想した後にアイデアスケッチを相互に鑑賞したり、完成した生徒作品を相互に鑑賞したりすることがありますよね。鑑賞したことが発想や構想に生かされ、発想や構想をしたことが鑑賞に生かされる、発想や構想と鑑賞に関する資質・能力を総合的に働かせて学習が深められるように十分配慮する必要があります。

この授業で大事なのはピクトグラムを描くことではありません。学習の中心は、目的や条件などをもとに、他者や社会に形や色彩などを用いて、美しくわかりやすく伝えていく、社会の中でのデザインの働きを考えることです。これはピクトグラムを発想や構想する時も、鑑賞する時にも働く中心の考えといえるでしょう。

また、GIGAスクール構想のもと、小学校でも中学校でも高等学校でも、それぞれにICT環境の整備が進められています。すでにICTを活用した鑑賞授業をされている先生も多いと思いますが、ICTを使うこと自体が目的化しないよう、ICTを活用する際には、題材のねらいに応じて吟味して使い、効果的に用いていただきたいと思います。

おわりに

今回の改訂では、中学校美術科では、生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わることができる生徒の姿を念頭に置いて育成を目指す資質・能力を具体的に示すようにしています。この生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力とは、造形的な視点を豊かにもち、生活や社会の中の形や色彩などの造形の要素に着目し、それらによるコミュニケーションを通して、一人ひとりの生徒が自分との関わりの中で美術や美術文化を捉え、生活や社会と豊かに関わることができるようにするための資質・能力のことです。生活や社会の中の美術や美術文化への関わり方には様々なことが考えられます。例えば、美術に専門的に関わる人もいれば将来ものをつくったり、器を選んだり、美術館に行ったり、作品を飾ったり、美術文化に触れたりすることが考えられます。このようなことを思い描きながら、子供たちに豊かな体験となる鑑賞の授業を実践していただきたいと思います。