グループワーク 田中グループ
みること、みつめること~まなざしから中学生の鑑賞について考える
- 課題作品:
- マン・レイ
《布に包まれたオブジェ》1920/1971年 -
厳培明(ヤン・ペイミン)
《スーダンの少年》1998年
- 受講者:
- 10名(中学校教諭6名、学芸員4名)
- ファシリテーター:
- 田中晃(川越市立大東西中学校 教頭)
- サブファシリテーター:
- 杉浦央子(国立西洋美術館 学芸課研究補佐員)
活動内容
本グループワークでは、「まなざし」というキーワードを用いて、見ることから見つめることへの変容を体験しながら中学生の鑑賞活動について考えた。
午前は主に少人数によるコミュニケーションを中心とした活動。まず、鑑賞Part1として2人組のペア鑑賞から入り、まず個人で鑑賞して感じたことや考えたことをメモし、その後ペアでメモを交換して相手のメモに返事を書く。ペアで見ることで一人では気づかなかった視点が加わり、新たな発見が生まれる。次に2組のペアが合体して鑑賞をシェアした。それによりさらに鑑賞の幅と個人の差異が実感できた。
鑑賞Part2では、3~4人でマン・レイの布に包まれた作品を鑑賞。「包まれているものは何か?」に視点がいくが、徐々に「何が包まれているか」から、「なぜ包んでいるのか」「どんな意図があるのか」など行為に意識が向かっていき、見つめることで深層心理を突いていく鑑賞へと変化していった。形やイメージから想像(物語)をしていた鑑賞から作品の意味や作者の行為や背景を探るなど、鑑賞の深まりと見方の広がりが生まれた。
午後は鑑賞Part3として、全員で「スーダンの少年」を見ることからスタート。Part1,2の体験からよく見つめ、鋭い感性で対象を捉える感じで、人物の背景や心情、作者の意図などを考えつつ、飢えや貧困、人種差別といったことを表現したかったのではないか?という意見に至った。そして「まなざし」から「社会に負けずに生きていく意志の強さ」「様々な葛藤が見える」といった見方など、創造的であるが、しかし真相に迫るような深い鑑賞活動を楽しんだ。
Part4は最後に「まなざし」というテーマで展示室の他の作品を鑑賞し、後に2つのグループに分かれて中学生に指導するための鑑賞プログラムを作成した。活動の目的はプログラムの完成ではなく、課題設定や指導のねらい考えること、自分にとっての鑑賞の指導の意義を考えることを一義として、時間いっぱいまで真剣に取り組んでいただいた。
発表
研修を通して自分の中で起こったこと
午前と午後の活動について、それぞれ1名ずつ参加者から報告を行った。午前は個人的な鑑賞から二人組、四人組となるにつれて、一人一人の感じ方、考え方を知り、「よく見る」「よく考える」活動を深めていくような展開があった。そして、昼休みに鑑賞についての課題や疑問などをお互いに付箋に書き出し、研修でその糸口をつかんでいこうと模造紙に貼って共有したことなどを紹介した。午後は、全員で1枚の作品を話し合いながら鑑賞することで、さまざまな見方を共有し、そのどれもが共感できる深い意見だったことに感心し、自由な見方からも奥の深い真相に迫る鑑賞を行えたことがとても心地よく、楽しい時間だったことを紹介。その後、プログラム作りを行い、一日の鑑賞活動を通して多くの側面を知り、たくさんの価値を得たことが有意義だったと報告した。
グループワーク講評
みんなで見ることが大事である。「まなざし」という共通の視点を与えても、人の見方は多様です。自分だけの体験でなく、人がどういう風に作品をみるか、視点を引き出せる。漠然とみることから、見る視点を獲得し、それを増やしていけると思いました。絵を近くから、遠くから見るという体験は美術館ならではだと思います。
東良 雅人
ファシリテーター感想
今回のグループワークでは白い彫刻作品や布に包まれた立体、顔だけの人物画など情報量の少ない作品のため、正直なところ鑑賞をどのように展開できるか予測がつきませんでした。恐らく中学生も漠然と見ていたら通り過ぎてしまうだろうと。よって、そのような作品から情報を紡ぎだすには何か意志を持って見る「まなざし」が必要であり、そこに価値を見出す活動ができれば、より発展的な鑑賞の指導ができるのではないかと考え、「まなざし」をテーマにワークを進めていきました。すると、皆さん、全国各地から参加されていることや、それぞれのバックボーンの違いもあって、こちらが想像した以上に読み取りや解釈に広がりと深まりがあって驚きました。目に見えるものだけでなく、その奥の奥にあるさまざまな要素を用いて作品を見つめていくことの価値がそこにあったと思います。学校や美術館で、ぜひそのような「まなざし」を持って生徒とともに豊かな鑑賞を展開していただけたら素晴らしいです。貴重な時間を共有できたことに感謝します。ありがとうございました。
田中晃
サブファシリテーター感想
「まなざし」をテーマとした一連の活動を通して印象的だったのは、一枚の絵をグループで鑑賞した際に出た、「初めは描かれた人物がよそよそしく感じられたが、他の人と話しながらじっくり見ていくうちに様々なことに気付き、最後には人物の目が微笑んでいるように見えた」という意見です。描かれた人物の「まなざし」と鑑賞者の「まなざし」が交差し、変化した瞬間を目の当たりにして、意見を交わしながら鑑賞することで作品の印象が大きく変わることを実感しました。また、各自の鑑賞教育における悩みや疑問を共有することで課題が明確になり、より能動的な取り組みにつながったと思います。それぞれの課題に明確な答えがあるわけではありませんが、今回の研修が具体的な取り組みに発展していくのではないかと感じました。田中先生のファシリテーションのもと、活発に意見が交わされるグループワークとなりました。みなさまに感謝申し上げます。
杉浦央子
受講者感想(抜粋)
グループワークのご意見・ご感想
- 中学校教諭
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- 石膏による二体の抽象的彫刻、布で包んだ彫刻、心象的な人物絵画二点を鑑賞しました。見る人によって様々な意見や考え方があるということ、時間をかけて見ることにより多くの発見や広がりを感じることができました。どの発言も的を得ているような印象を持ちました。作者の想いまで紐解こうと考えて鑑賞していきましたが、それぞれの見方が大切だということと、子どもにとって知識は附属的なものでよいということも知りました。
- 各展示室、グループごとに研修内容が異なっていたので、グループワーク発表も非常に興味深く聞くことができました。もっと具体的にどのような研修内容か知りたいなと思いました。
- ファシリテーターの田中教頭先生が、寛容な態度で、様々な意見と感想をすくい上げながら、他の鑑賞者と感想をつなげ共有する場を作り上げていく様子が大変勉強になりました。評価のことが問題になりましたが、「変容」を見ていくことを取り入れていくようなワークシートの作成をしてみたいです。
- 学芸員
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- 実際に鑑賞教育を行うことで子どもの視点を感じることができました。担当の先生が一連の作品鑑賞をプランニングする姿からは、鑑賞教育をする立場の動きを学ぶことができ、そのねらいやプロセスの解説を聞くことで、鑑賞教育をする側の視点も得られました。ほぼ半日をかけてじっくりと学べたことがよかった一方で、時間に制約があり難しいとは思うが、担当の先生ごとに内容が違うように感じたため、途中でグループ替えをして、複数のグループに参加する形で複数のケースを勉強してみたいとも思いました。
- 日頃、美術館で子どもたちを対象に「鑑賞」をナビゲートする役をする立場なのですが、今回は、田中先生のナビゲートのもとあくまで参加者の視点で作品鑑賞をさせていただきました。田中先生の作り出される雰囲気、言葉のかけ方などが本当に絶妙で、グループ内では様々な意見が飛び交い、そのような活動の中で「美術鑑賞って楽しいなぁ」と感じている自分がいました。美術教育・美術館鑑賞の仕事の「原点」に立ち戻ることができたように思います。
- 指導主事
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- 「価値意識をもって批評し合う」ことで、生徒に何が生まれるのか・・・これまで教壇で実践してきたことや指導主事として指導助言してきた内容を体感することができました。研修生による作品に対する様々な見方は、自分の中の新しい価値へと繋がり、研修生の言葉が紡がれ、また別の価値へと昇華していく。この一連のプロセスの実現へと導いていただいたファシリテーターの田中先生の姿が大変参考になりました。
- 1枚の絵でも、個人で鑑賞する時とグループで鑑賞する時とでは、深まり方が随分違いました。新たな見方を発見できたり、思ってもみなかったことに気付けたりと、普段認識していたことでも実際体験してみるとハッとすることが多かったです。グループワークの導入の自己紹介に始まり抽象作品から具象作品まで、段階を踏んでいて鑑賞の世界に入り込みやすかったです。
グループワークの経験を、現場でどのように生かしたいと考えますか
- 中学校教諭
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- ここで学んだ内容を小学校の先生や他の中学校の先生に紹介したいと思います。あわせて、中学校の授業の中で今回のグループトークを中学校の鑑賞授業に生かしたいと思います。近くに美術館がないので、本物をみせられませんが、可能な限り実物に近い状態(大きさや画像の鮮明さ)で鑑賞させたいと思います。また、生徒数も多いので、作品の内容や数、発表の方法、ワークシートやツールは生徒の実態にあわせて実践していきたいです。
- グループワークの内容を授業内に生かすことから試してみたいと思っています。少人数から少しずつ幅を広げていく手法は、生徒たちの中で自然に交流を活発にさせていくイメージが持てるところから、ぜひ実践してみるつもりです。私自身で経験を積んでいけば同僚との会議の場などにも広げていきたいと思っています。
- 毎年恒例の美術館学習を控えています。学芸員さんやボランティアさんに任せる当日の活動だけではなく、事前・事後学習の授業で、一斉になるかもしれませんが、このグループワークのような活動のような授業を工夫して取り組んでみたいです。
- 学芸員
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- 今回、中学校の先生方をメインとしたチームに配属させていただいたことで、現場の先生方の想いや悩み、ジレンマなどを強く感じ考える機会をいただきました。今後、美術館での鑑賞プログラムを通して、現場の先生方とのコミュニケーションをより密にとり、信頼関係・持続的な関係性を築いていければと思います。
- 今まで行っていた鑑賞教育に取り入れたいワザが多く発見できたので、活用していきたいです。また、グループのなかでできた繋がりを大切にし、研修だけで終わらないよう、今後の活動など情報交換していけたらと思います。
- 指導主事
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- 指導主事として、以下の3点において生かしていきたいと思います。 ①授業に対する指導助言において ②県内の美術科教師が参加する研修会資料の作成において ③美術科教師に配布する参考資料の作成において
- グループワークで学んだ段階を踏んだ鑑賞の仕方が大変わかりやすく、子どもたちの意見も自然に引き出せそうな気がしました。学校現場でも美術館でも行かせる手法であると思うので、まずやってみたいと思いました。また、最後に様々なタイプの作品で、キーワード「まなざし」を使って自分たちで指導案を作り、実にいろいろな意見が交わされました。鑑賞教育も自分一人では考え方や見方が限られてしまうため、多くの人たちで作り上げることも大事だと思いました。今後はぜひそんなネットワークづくりをしたいと思います。