グループワーク 三澤グループ

批評に挑戦する

三澤グループ
課題作品:
藤田嗣治
《アッツ島玉砕》 1943年
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受講者:
10名(中学校教諭6名、学芸員4名)
ファシリテーター:
三澤一実(武蔵野美術大学教職課程研究室教授)
サブファシリテーター:
平谷未華子(東京富士美術館 学芸員)


活動内容


グループで話し合いながら鑑賞


発見した事実を付箋に記す


事実と主観を区別して議論

今回は戦争画という複雑な時代や当時の政治的な背景を持つ中で生まれた藤田嗣治の「アッツ島玉砕」を鑑賞の対象としました。

この作品は上記の背景無くしては語ることのできない作品です。だとすると、作品を鑑賞する際に事前の知識が必要となる作品とも言えるでしょう。知識(情報)がどのように鑑賞活動に影響を与えるか、また、批評レベルまで鑑賞活動を高めていくにはどうしたらよいのだろうかという実験的な鑑賞を①〜④のステップで試みました。

まず、最初グループ内で自己紹介をし、戦争画の部屋以外のフロアーの作品を3〜4人のグループになって話し合いながら鑑賞しました。これは当時の時代背景を作品によって感じ取るワークです。次に、戦争画のフロアーにある活動の対象となるアッツ島玉砕の鑑賞に入りました。作品をじっくり見たあと、模造紙を一本の線で左右に分けてその中心にアッツ島玉砕のカラーコピー(A3)を貼り、左側を事実とし、右は印象としました。そして、作品を見て発見した事実を付箋に書き模造紙に貼りました…①。事実とは誰もが読み取れる客観的(社会的)な事実であり、印象は個人の感じ方です。この作業のあと、各グループで出てきた事実を発表し合って午前中のワークを終えました。

午後は午前中のワークを引き継ぎ、発表した事実を確認した後、個人で感じた疑問や印象を付箋に記し貼り込み、グループで出た意見を全員でシェアしていきました。…② 次に必要最小限の情報を提供しました…③。資料としてアッツ島玉砕の解説文(「日本美術全集18戦争と美術」小学館)を各自に配布し、文章を事実(客観)と印象(主観)に分け、さらに、2つ目の資料として藤田自身の文章(「戦争画制作の要点」『美術』昭和19年5月号)を配布して読んでみました。

その後再度作品を鑑賞して自分の考えを発表し合いました…④。

このようなステップを踏んで作品鑑賞を行い、客観的事実と主観とを区別していく中で作品の批評活動が充実すると考えました。


発表

「作品鑑賞を深めるプロセスを紹介」
「戦争画というとらえ方が藤田と自分たちと違った。」
「(私たちは)反戦の視点で教育を受けたので、その戦争画のとらえ方の違いがあり、フィルターがかかっている状態。」
「資料を読んで画家としての挑戦、残るものを描きたかった。一国民とか戦争で何かを伝えたいというより、画家。戦争をチャンスととらえて。」
ワークを経てこのような意見が出てきました。
鑑賞を深めていく中で藤田の気持ちに迫る解釈ができ、議論する中で作品の見方が変わってきました。その鑑賞活動のプロセスを、段階を追って説明し、事実と印象を分けて考えていくことで批評活動が充実していくという事と、またその具体的な手法をグループワークの経験をもとに発表しました。

グループワーク講評

最初に事実をとらえるところから入ったことがよかったです。絵に描かれた客観的な事実をしっかりとらえ、個人の解釈をと混同させないというトレーニングをし、その事実から印象を紐解いていました。これは戦争画を見るためのトレーニングではなく、絵画という情報を与えられたときに、吟味する方法だと思います。

東良 雅人



ファシリテーター感想

対話を通した鑑賞活動は一定の広がりを見せていますが、最終的な活動の落としどころで皆さんまだモヤモヤを持っていると感じています。
今回は鑑賞活動を事実と印象に分け、その広がりを個から社会という構造に合わせて考えていくとで、批評活動が個人の考えを述べるだけの内容から情報を活用して批評する活動に発展するのではないかと考えました。
鑑賞を深めていくにはやはり時間が必要です。今回も3時間にわたり一作品を見るという活動を通して、見ることの面白さと苦労を体験したのではないでしょうか。今回は具象的な作品なので、鑑賞はどうしても描かれている物語に引きずられますが、色や形などの造形要素をどのように読んでいくかという視点から鑑賞を深めていくと、様々な疑問や考え、想像が浮かんできます。それらを皆さんと考えたり話し合ったりするのはとても楽しい時間でもありました。

三澤一実

サブファシリテーター感想

何たる挑戦!三澤先生と本作を決めた際の心のつぶやきです。一方で、未熟な私見が払拭できるかも知れないとの思いが沸々とわいてくるのを感じました。鑑賞のプロセスはシンプルかつ徹底され、まず、実物をよくみる。そこで、主観的見解と客観的事実とを区別する。その上で批評家を含め、他の意見と照合すると、いかに「みる」という行為に個人のフィルターが通されているか改めて気づかされます。実物と徹底して向き合い続け、知識欲が最高潮に達した終盤、画家本人の当時の寄稿文に出逢うと空気が一変。戦争画という枠組みに疑問を呈す程、そこには骨の髄まで画家である生身の人間像が浮かび上がってきたのです。呆然とした空気が漂う中にも、本物にアプローチしていくことへの醍醐味を感じた瞬間であったように思います。現場での挑戦は続きますが、実物の作品と真摯に向き合い、時を逃さず適切なプロセスを踏むことがいかに有意義な鑑賞に繋がるかを実感できた貴重な取り組みとなりました。三澤先生、そして参加者・関係者の皆様、大変にありがとうございました。

平谷未華子


受講者感想(抜粋)

グループワークのご意見・ご感想

中学校教諭
  • ギャラリートークはしたことが無く、経験も無かったのですが非常に勉強になりました。作品に描かれている事実に着目する事から始まり、作品の印象を話し合う段階になると、どんどん主観が入り、事実や情報を伝えられる事で最初に感じていた作品への印象が変化していく事に驚きました。大切な事は「自分の考えを持つ事」と言う事を、実際の授業でどのように生徒たちに還元すれば良いのか深く考えました。鑑賞指導をするうえで大変貴重な経験をしたと感謝しています。早速2学期からの授業で取り組んでみたいと思います。
  • 三澤グループの活動は、鑑賞の仕方について、ひとつの作品を通してじっくり考えることができました。自分たちが鑑賞体験をすることで、より鑑賞方法について理解が深まりました。発表は、どのグループも素晴らしい取組をされているのに、今ひとつ伝わりにくかったように感じました。時間がなくて難しいけれど、ビデオ等の映像を使いながら翌日に発表するなどすると各グループの活動がよくわかり、多様な鑑賞方法について学習できると思います。
  • 東良雅人氏講演での考え方を、グループワークで実践することができてよかったです。とくに三澤先生のもとで、1つの作品について深く考え、批評する意味がわかったことは大きな収穫でした。理論と実践の両輪がバランスよく組み合わさった意味ある研修だったと思います。これを補完する形で、ギャラリートーク分析での文脈という話が強く印象に残りました。
学芸員
  • 「情報に飢えさせる」という言葉が印象に残りました。大人にするように情報を一方的に与えるのではなく、こどもが「知りたい」と思ったタイミングで与える、という方法はとても有効であると感じました。
  • 課題作品は多くの要素を含んだ作品でしたが、その読み取りについて段階的に整理しながら深めていくという過程は鑑賞学習指導のプロセスとして具体的にイメージしやすいものでした。グループ内での研修内容の確かめで共通理解も確認できました。他グループの特色ある活動内容についても興味がありましたが、その発表の中で具体的な説明がもう少し欲しい部分もあり、プレゼンテーションで内容を伝えきれていないグループもあったように感じました。
指導主事
  • 普段は一人で考えるものなので、今回他県の先生方や美術館の方と話し合えたことで、同じ題材でも様々な視点から意見を聞くことができ、貴重な学びの場となりました。特に、批評文から、事実と個人の意見を見つけ出すことで、すべてを鵜呑みにしないことの大切さがよくわかりました。

グループワークの経験を、現場でどのように生かしたいと考えますか

中学校教諭
  • 鑑賞活動の中で、根拠を持った自分の考えを持つという創造性の部分が弱かったと思います。「事実を看取る→そこからの印象を言葉にする→適度な情報を伝える→再度自分の考えを検証してみる」手順を鑑賞の基本形として、地域の小中の図工・美術の先生方に、鑑賞授業の進め方を伝えていきたいと考えています。
  • 時間をかけて鑑賞するにふさわしい作品を選定して、受けとった印象と事実を語り会わせる時間を作るようにしたいと思います。また情報への渇望が子どもたちから生まれる時を見計らって、追加の資料を与えたいと思います。
  • グループワークで体験した方法をもとに、生徒の知的好奇心を高めるような鑑賞方法を考え、実践していきたいと思います。また評論文など読むときに、評論文といえどもその評論家の私見が含まれたものであり、鵜呑みにするのではなくじっくりと自分で吟味することの必要性を、実感できるような体験をさせたいと思います。また学校から美術館へ行くには他教科の先生方に芸術鑑賞の魅力や、芸術鑑賞による教育の可能性を知ってもらうことがまず必要であり、そのことを実感してもらえるよう何か仕掛けていきたいと思っています。
学芸員
  • 今回のワークの要点で学んだように、作品鑑賞にあたって、主観のみに陥らないように、伝達情報の部分と、イメージをふくらませる想像の部分を明確に区分することを念頭に、普段行なうギャラリートークの解説をもう一度見直してみたいです。
指導主事
  • 教育普及を担当するものとして、学校の先生方とお話しできる場(図工美術部会や研修)を積極的に活用し、お互いに鑑賞教育のために連携できることを見つける必要があると感じました。お互いにできること、できないことがあると思います。また、ちょっと無理だとおもっていたことでも、意外とできることが分かったということもあると思います。いずれにしても実際にあって、話し合うことで、見つかるのではないかと感じました。そして実践へと進めていきたいです。