
全国の美術館のスタッフに、自館のコレクションの中から、皆さんに鑑賞してほしい一作品をご紹介いただく連載企画「推しの逸品」。第9回で訪れたのは、1993年に開館した高知県立美術館です。
同館は、マルク・シャガール(1887–1985)の世界的なコレクションをはじめ、ドイツ表現主義や新表現主義の作家、そして地元高知にゆかりのある近代・現代の作家による作品や、国際的な写真家である石元泰博(1921–2012)の膨大なアーカイブの保存・管理と調査・研究を行うなど、国内外の多様な美術を幅広く収蔵し、展示しています。
今回の「推しの逸品」である、合田佐和子(1940–2016)の《もの思うベロニカ》は、ぜひ間近で鑑賞してほしい、奥深い色彩の魅力にあふれた絵画です(2026年9月13日まで、「コレクション・アラカルト②)」にて展示 。国立アートリサーチセンター(NCAR)が2025年にスタートした事業「日本で見られるアート100選:日本の現代アート編」にも選出されている本作について、塚本学芸員にたっぷりと伺いました。
お話を伺った人:塚本麻莉(つかもとまり)学芸員
写真:合田佐和子《もの思うベロニカ》1972年 高知県立美術館
県内唯一の県立美術館であり、文化の発信拠点として運営
JR高知駅から、とさでん交通の路面電車を乗り継いで約30分。舟入川(ふないれかわ)にかかる橋を渡り、開けた風景の先に高知県立美術館を初めて観た印象は、お堀のそばに建つ巨大なお屋敷と蔵のような風格と威厳。
館の建築には地域の伝統素材が用いられ、ホール棟は、いずれも土佐瓦の切り妻屋根に。ホールに可動式の能舞台がある、と伺っていたからか、エントランスまで一直線に伸びる長い通路が、橋掛りのようにも思えます。
1993年11月3日に開館した高知県立美術館は、「県民に美術に触れる機会を提供すること」および「高知ゆかりの美術家の調査・研究と紹介」を運営の大きな柱としています。国内外 約440名の作家による41,000点以上の作品を収蔵し、独自のテーマ設定で企画運営されるコレクション展では、作家と作品の魅力を多角的に伝え続けています。
また、高知ゆかりの世界的な写真家 石元泰博は、生前、同館で大規模な回顧展を開催した縁から、3万枚を超える膨大なプリント、15万枚ものネガ/ポジフィルム、カメラ機材や書籍など、氏の表現活動に関わるほぼ全てを高知県に寄贈し、著作権も譲渡しました。同館は2013年「高知県立美術館 石元泰博フォトセンター」を発足、国内外から多くの研究者が訪れているそうです。
さらに、映画のプログラムや舞台芸術を専任で担当する職員を配置し、季節ごとにエッジの効いた映画作品を紹介する定期上映会、パフォーミングアーツ、神楽などの伝統芸能まで、地域における文化の発信拠点として精力的な運営を行っています。
ささやかな違和感が、記憶に残る理由に
合田佐和子の《もの思うベロニカ》は、彼女が1971年から本格的に独学で描き始めた油彩画のシリーズにおける重要な作品のひとつです。映画スターのブロマイドや雑誌のグラビアといった写真を絵画として忠実に描いた合田の作品は、当時、現代美術における批評的な表現という以上に、広告や出版などの分野でも人気を集めていました。
本作に描かれているのは、妖艶な美しさのハリウッド映画女優ヴェロニカ・レイク(1922–1973)です。
「両手を頬にそえ、物憂げな表情を見せるヴェロニカの姿をよく鑑賞してみると、頭部と両肩の位置、首の長さなど、どこか不思議なバランスで描かれていることに気づきますよね」と塚本さん。
「当時、シングルマザーだった合田は、慌ただしい日常を過ごしていました。この構図のゆがみや遠近の違和感は、決して広くはないキッチンにイーゼルを立て、家事や育児の合間に描いていたことが影響しているようです。それが結果的に、彼女の絵画に感じられる退廃的な気配がうまれた一因だと考えられています。色彩が何層も重なったことで生じる、ダークトーンの奥行きとも相まって、多くの鑑賞者の目を引いているのでしょう。」
1940年、高知市に生まれた合田は、武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)本科商業デザイン科に在学中から、廃品を用いたオブジェを発表。大学卒業後は、唐十郎主宰の劇団「状況劇場」の舞台美術・宣伝美術や、寺山修司主宰の「天井桟敷」の仕事も手がけました。《もの思うベロニカ》の前年、渡米中にニューヨークの道端で拾った銀板写真に触発され、写真を見ながら描くスタイルに。そして40代後半以降は、自身の内面世界と向き合うなかで、明るい色使いの作品へと画風が変化していきます。美術だけにとどまらず、ファッションや音楽といった幅広い領域で、パワフルに活動し続けた作家です。
地域に根差し、世界へ目を向け、作家の仕事を真摯に伝える
2022年から23年にかけて、合田が亡くなって初めて、かつ過去最大規模の回顧展として開催された「合田佐和子 帰る途(みち)もつもりもない」。高知県立美術館と、東京・三鷹市の三鷹市民ギャラリーで開催した本展は、それまで正当な評価がなされてきたとは言い切れなかった彼女の、多様にして唯一無二の表現と仕事を総覧した企画として国内外から注目を集め、筆者を含む多くの方が合田佐和子という作家に出会い直した機会だったでしょう。この企画を担当された学芸員のお一人が塚本さんでした。
2016年、高知県立美術館の学芸員に採用され、現代アートのキュレーターとして同館で高知ゆかりのアーティストを紹介するシリーズ「ARTIST FOCUS」を立ち上げたり、館外で自主的に展覧会を企画したり、と幅広い活動を続けていますが、キュレーターの道を最初から目指していた訳ではなかったそう。
高校時代、好きだった美術と歴史の両方を活かせる道を探して出会ったのが、保存修復家の仕事。愛知県立芸術大学、東京藝術大学大学院の文化財保存学専攻に進学し、油彩画の修復作業を専門的に学びます。
大学院修了後、東京で美術品オークションの会社に勤務していた頃、同館の学芸員募集をたまたま見つけ、現在に至っていると言います。
そんな塚本さんは現在、NCARが行う「JUMP アーティスト+キュレーター国際協働プログラム」にも参加中。アーティストデュオ・MES(新井健、谷川果菜絵)と、ロサンゼルス現代美術館での展示に向け、同館の安田篤生館長らがメンターとなって、準備を進めています。海外展の開催後は、高知県立美術館でも展覧会を行う予定とのこと、開催を楽しみに待ちたいです。
最後に、今回の取材中、偶然にも「ARTIST FOCUS」の第3回として個展を開催した、写真家 角田和夫さんのご家族が、コレクション展の展示室にいらしていました。高知市に生まれ、南国市で暮らしていた角田さんは、2026年3月に急逝。今期の「コレクション・アラカルト②」では、「追悼・角田和夫」と題し、《満月の夜》《土佐深夜日記》の一部が展示されています。(2026年9月13日まで)。
ご家族に挨拶する塚本さんの様子からは、高知県にゆかりのある作家の仕事や作品を大切に紹介したい、というご自身の一貫した姿勢と、同館が地域の作家にとって、いかに大切な場であるか、がひしひしと伝わってきました。
【塚本学芸員による、推しポイント】
「一見すると青のグラデーションのみで描かれているように見えますが、実は絵具層の下の方に緑や赤といった色が使われているんです。作品を直接、よくよく観察してもらうとわかると思うのですが、色を何度も重ねて、この深く奥行きのあるモノトーンになっているんです。ただ、写真を見て描いた、だけでは終わらない、合田さんの作品の良さ、面白さがあります。」
実は本作を描いた当時、合田は経済的な理由から、三原色と白、黒の絵の具しか買うことができなかったという逸話が残っています。後世に名前や作品が残る作家は、どんな制約すらも厭わない圧倒的な力がある、ともいえそうなエピソードです。
塚本麻莉
つかもとまり
高知県立美術館 主任学芸員。大阪府生まれ。2014年東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻修了。2016年より現職。保存修復の知識を背景に、「残すべきものは何か」を問いつつ、会場ごとの地域性や特性をいかしたキュレーションを行う。高知県立美術館では、2020年に高知ゆかりの作家を紹介する個展シリーズ「ARTIST FOCUS」を立ち上げたほか、2022年に同県出身の美術家・合田佐和子の回顧展を企画。美術館外の企画にも積極的に取り組み、若手・中堅作家の自主企画展を多数手がけてきた。開催地の歴史や文化を踏まえた「この場所でしかできない表現」を重視し、作家の実践を土地の文脈に接続しながら世に問う活動を続けている。
(取材撮影・執筆:Naomi)