DEAI調査レポート8

「ミュージアム運営のためのアクセシビリティ研修」対面ワークショップをふりかえって

「ミュージアム運営のためのアクセシビリティ研修」対面ワークショップをふりかえって

「DEAI調査レポート」シリーズでは、ミュージアム*のアクセシビリティに関する調査研究の内容をシリーズで紹介しています。「DEAI」とは、Diversity(多様性), Equity(公平性), Accessibility(アクセシビリティ), Inclusion(包摂性)の4つの文字の頭文字をつなげたアクロニム(略語)です。国立アートリサーチセンター(以下、NCAR)では、国際的にも重視されているDEAIの理念についてリサーチするとともに、各館の実情に応じてアクセシビリティを進めていくための具体的な方法や要件に関する調査研究を設立当初より行なっきました。

2025年度は、ミュージアムで働く職員や関係者を対象とした研修プログラムと研修内で使う教材ツールの開発を行ないました。研修を通して、現場における「実践知」を可視化し、日本のミュージアムのアクセシビリティの現状を把握することを目的にしました。

本記事では、NCAR客員研究員である伊東が、2025年度の事業として実施した「ミュージアム運営のためのアクセシビリティ研修」の対面ワークショップについてふりかえります。

 *本記事ならびにNCARの事業において対象としている「ミュージアム」とは、美術館だけでなく、考古・歴史・民俗・文学などの人文科学系博物館、自然史・理工学などの自然科学系博物館や、水族館、動植物園のほか、資料館や記念館なども包括的に含みます。

はじめに

NCARでは、2025年度の事業として「ミュージアム運営のためのアクセシビリティ研修」(以下、本研修)を実施しました。これは、文化庁委託事業「令和7年度障害者等による文化芸術活動推進事業」を受けて実施したもので、ミュージアムで働く職員や関係者がアクセシビリティを体系的に学ぶことを目的としたスタートアップ型の研修プログラムです。 

筆者は、本研修の「対面ワークショップ」のプログラム構成や研修内で使用する教材ツールの開発に携わりました。以下、対面ワークショップの内容とともに、筆者がそれぞれ講師、当事者役として登壇した山形美術館とむかわ町穂別博物館での実践事例について、ふりかえります。 

「ミュージアム運営のためのアクセシビリティ研修」とは

研修は複数の募集・受講期間に分けて実施され、オンラインで受講する「eラーニング」プランeラーニング」受講後にNCARから講師を派遣するeラーニング対面ワークショップ」プランの二段階構成しましたeラーニング」プランでは館長含む運営監督者層コース職員スタッフコース対象動画を制作し、動画には日本手話通訳・日本語字幕を付しています受講期間中にオンライン交流会への参加可能とし、学びの共有や意見交換を行う機会設けました一部の講座には、講座修了者には修了証発行ことで個々の学習成果を示す証明として活用できるようにしました 

館長含む運営監督者層コース」と「職員スタッフ等コース」のサムネイル画像 

さて、本記事のテーマとなる「対面ワークショップ」は、動画視聴を通して得た基礎的な理解を踏まえ、実施するミュージアムの実情に即してアクセシビリティの考え方を事業運営に活かすため、組織内での議論を深め、具体的な検討と実践に応用していくことを目指しました。それが実現されるようなプログラム構成や研修内で使用するワークツールを、一から開発しました。その過程において、ミュージアムにおけるアクセシビリティやインクルーシブ事業に知見のある有識者と議論を重ねながら制作しました。開発プロセスについては、以下の活動レポートよりご覧ください。

対面ワークショップは、202512月から翌年2月にかけ全国10か所(参加館合計:27館)にて実施しました。参加団体は以下の通り:三重県総合博物館(三重県内の他文化施設含む5館)、山形美術館(山形県内の他文化施設含む7館・団体)、横浜市芸術文化振興財団(3館)、むかわ町穂別博物館、水戸芸術館、富山県美術館、川崎市市民ミュージアム(川崎市内の他文化施設含む4館)、福岡県立美術館(福岡市内の他文化施設3館)、国立西洋美術館、神奈川県立歴史博物館。
筆者は、2025年12月18日に開催した山形美術館、そして2026年1月8日に開催したむかわ町穂別博物館(現・むかわ町穂別恐竜博物館)に、それぞれ講師として赴きました。

「対面ワークショップ」の構成と実施について

面ワークショップ(以下、ワークショップ)は、前半・後半の部構成で実施ました。時間配分は各ミュージアムに応じて調整しつつ4時間程度で進行しました。

 

時間

タイムテーブル

13:00

【前半】

導入・挨拶

ー趣旨説明、自己紹介ワーク等

13:30

 

 

利用者の話をきく

ー「合理的配慮」と「情報保障」のミニレクチャー

ー利用者へのインタビュー

ー質疑応答タイム

14:30

休憩

14:45

【後半】

グループワーク①:合理的配慮の対話型ロールプレイ

ー3人組に分かれて実践

15:15

グループワーク②:アクセシビリティマップづくり

ー5~6人組で実践

ー全体共有タイム

16:45

ふりかえり・チェックアウト

17:00

終了

 

冒頭では、事業の趣旨説明とともに参加者が安心して意見を交わすことのできる場であることを共有し、「明日から取り組むアクセシビリティ」を共通テーマとして研修全体のゴールを示しました。ミュージアムやそのコレクションの魅力が、果たして多様な利用者に十分に届いているのかという問いを起点に、アクセシビリティの概念や目指すべき姿について考える導入を行いました。 

続いて、合理的配慮と情報保障を中心に「eラーニング」プランで扱った基本的な考え方を整理した「ミニレクチャー」を行いました。その後、ゲストとして障害のある当事者(以下、当事者)を迎え、インタビュー形式のやりとりを通じて障害特性の理解、ミュージアム来館時に生じる障壁、文化体験がもつ意義について具体的に学ぶ時間としました。 

後半では、前半の内容を踏まえ、2つのグループワークに取り組みました。ひとつ目のワークでは、合理的配慮をテーマとした対話型ロールプレイを実施しました。来館する当事者役、対応する職員役、そのやりとりを記録する役の立場を分担してもらい、対話を通じたニーズの把握や対応を検討するプロセスを体験的に学びました。 

ふたつ目のワークでは、NCARが有識者と開発した「ミュージアム・アクセシビリティマップ」を用い、入館前から鑑賞体験が深まる段階に至るまでの過程で障害のある人が感じる可能性がある“もやもや(困りごと)”をもとに、その困りごとを解消する具体的なアイディアを書き出しました。グループディスカッションを通じて、実際の館内での対応を想定した、あるいは現場での実践にも繋がるようなリアルな検討も行われたのが印象的でした。 

「ミュージアム・アクセシビリティマップ」は全部で9種類制作し、ゲストの特性や館の希望に応じてマップを決めた

ワークショップのまとめでは、全体で感想を共有し、合理的配慮に対する心理的ハードルがどのように変化したかを振り返り、終了としました。 

「対面ワークショップ」をふりかえる

(1)山形美術館でのワークショップの様子

山形美術館が位置する東北地方の日本海側に位置する山形県は、最上川や出羽三山に代表される雄大な自然環境のもとで独自の歴史や美術、文化を育んできた地域です。会場館となった山形美術館は、そうした地域文化を発信する拠点のひとつとしても重要な役割を担っています。

当日(2025年12月18日)は、「やまがたアートサポートセンターら・ら・ら」の呼びかけのもと、県内のミュージアム関係者、行政担当者など約20名が参加しました。私が進行役を務め、特定非営利活動法人エイブル・アート・ジャパンの柴崎由美子氏、伊藤光栄氏にサポートをいただきました。また、当事者役として車椅子ユーザーであり、ピア・カウンセラーとして山形県内で活躍されている平間みゆき氏にご協力をいただきました。

この事例では、ミュージアムの関係者だけでなく、教育・文化・福祉にまたがる行政担当者、図書館職員、デザイナー、大学教員など、異なる立場や専門性をもつ関係者が一堂に会した点に特徴があります。異なる分野の参加者が対話を重ねることで、地域における文化振興の文脈の中でアクセシビリティをどのように位置づけ、連携して推進していくかを共有する機会ともなりました。組織の枠を超えた議論の場が形成されたことは、今後の地域内ネットワーク構築の可能性を示すものとしてもワークショップの重要な意義といえます。その背景として、呼びかけ人となった「やまがたアートサポートセンターら・ら・ら」が厚生労働省の進める「障害者芸術文化活動普及支援センター」の役割を担っていることも少なからず影響しています。福祉の分野においても、障害者の芸術文化活動を支援する事業を始めており、本研修はその一環としても行われました。

「ミュージアム・アクセシビリティマップ」について議論し、発表している様子(撮影:五十嵐丈)

(2)むかわ町穂別博物館でのワークショップの様子 

北海道央の南端に位置するむかわ町は、国内最大級の全身骨格をもつカムイサウルス・ジャポニクス(通称「むかわ竜」)が発見された地域であり、恐竜のまちとしても広く知られています。穂別博物館はその展示拠点であり、2026年4月25日のリニューアルオープンを控えた時期での開催となりました。 

当日(2026年1月8日)は、むかわ町国民健康保険穂別診療所の香山リカ氏が「博物館未来会議」の一員として呼びかけ、博物館職員に加え、町の行政担当者や市民約20名が参加しました。NCAR研究員の鈴木智香子が進行役を、耳が聞こえない当事者でもある私が当事者役を務めました。 

本研修ではミュージアム職員を主な対象としていますが、この事例では地域住民が参加した点に大きな特徴があります。地域博物館におけるアクセシビリティの向上は、単に館内環境を整備することにとどまらず、町全体の文化的魅力を高めていく取り組みとも結びつきます。大規模館や有名館の活動が注目されがちな中で、地方の地域博物館が行政と市民を巻き込みながらアクセシビリティに向き合う姿勢は、地域振興や町おこしと連動する重要な実践といえるでしょう。ワークショップは、穂別博物館を核としつつ官民が協働して「ひらかれた博物館」のあり方を共有する大変貴重な場ともなりました。 

冒頭の自己紹介ワークで「むかわ町穂別博物館のお気に入りのもの(コレクション、場所、出来事)」について紹介し合っている様子
「合理的配慮の対話型ロールプレイ」のワークでは、聴覚障害のある当事者への対応として、筆談によるやりとりを体験した
最後の全体共有の様子

(3)参加者アンケートから 

山形美術館、むかわ町穂別博物館での参加者アンケートの集計結果からは、総じて参加者の意識や行動に明確な変化が見てとれました。いくつか引用すると、下記の通りです。(原文ママ) 

・当事者の具体的な体験やその時にどのような気持ちになったのか、ということを本人の言葉を通して聴くこと自体が貴重な機会であった。「要望すること自体がハードルが高い」というのは確かにその通りであり、少しでもそうした心理的なハードルを解消していけるよう長期的な視点で取り組みを試みていく必要があると感じた。

・新しく何かを導入することやハード面を変更するだけではなく、それぞれの館で今の状況でできることを1つずつ考えて実行していくことが大切だと思いました。そのためにはこの考え方について、情報を共有し職員の皆さんの意識を共通していくことが最初に必要になってくるのかなと感じました。 

実際どの様に困っているのか、生の声を聞くことができた。我々には想像つかないところで、不自由や生きずらさを感じていることが理解できた。ひとりひとりが出来ることを考え、行動に移し、お互いの生きずらさ不自由さを解消する努力をすることが大切だと思う。 

 

特に、これまでは「アクセシビリティ」を抽象的なものとして捉えていた人が多かったようですが、自らの日常業務や運営に置き換えて考えられるようになったと感じており、“難しい”“特別な対応が必要”といった事業者にとっての心理的なハードルが低下したことがうかがえました。とりわけ、当事者による話しは強い印象を残したようで、障害特性や来館時に生じるバリアについての理解が、単なる知識ではなく実感を伴う理解へと深まる機会となったようです。また、後半のグループワークは、合理的配慮がマニュアル的な対応ではなく対話を通じて組み立てられるプロセスであることを体験的に理解する契機となりました。異なる立場にいる職員や関係者同士が意見を交わすことで、組織内で共有可能な学びへと発展していく様子が見受けられました。 

さらに、アンケートの自由記述欄には「明日から取り組むアクセシビリティ」というテーマで、本ワークショップを踏まえて明日から実践できることを書いてもらいました。そこでは、案内や声かけの工夫、情報提供の見直し、利用者が相談しやすいウェルカムな雰囲気づくりなど、具体的で実行可能な行動が多く挙げられました。これは、アクセシビリティの理念的な理解にとどまらず、現場での実践に直結するような思考を促すことができた結果であり、本ワークショップの成果のひとつといえるでしょう。 

まとめ

ワークショップでは、アクセシビリティの概念を学ぶにとどまらず、自館の現場や地域の実情に引き寄せて考えていくことで具体的な行動へと繋げていく視点が育まれました。とりわけ、アクセシビリティの推進はミュージアム単独で解決(完結)していくだけでなく、行政や教育・福祉分野、各種団体、ひいては市民との連携の中で進められることで更新され、深化していく可能性をもつことが各地での実践を通じて改めて示されました。異なる立場や専門性をもつ関係者が対話を重ねることの重要性と、そこから生まれる相乗効果の可能性を実感できたことは、大きな成果だといえます。 

本ワークショップを通じて得られた知見は、各館の取り組みを個別の経験にとどめるのではなく、共有可能な情報として可視化していく必要性を示唆するものでした。今後の調査研究の取り組みとして、ミュージアムのアクセシビリティ向上に向けた基本方針をまとめていく予定です。実際、利用者のニーズは多様であり、その特性や地域・館の状況に応じた柔軟な対応が求められます。そのため、画一的な基準の提示にとどまるのではなく、現場での対話や試行錯誤を通じて蓄積された具体的な対応例を整理し、他館へと展開可能な「実践知」として編集していくことが、今後の重要な課題となります。一方で、各館の現状を踏まえると、利用者の生活環境をめぐる都市と地方の差異や、館の規模・予算・人材といった条件の違いも明らかになりました。こうした状況のもとで、現場において応用可能な指針としてどのように言語化し、共有していくかという点には依然として課題が残されています。さらに、それを実効性あるものとするためには、組織内における理解の醸成や人材育成に加え、行政や関係機関との連携体制の構築が不可欠と考えます。 

本研修は、こうした基本方針策定に向けた第一歩として、現場における「実践知」を掘り起こし、対話を通じて共有する基盤を形成しうる可能性を示した点に意義があります。今後も対話と協働を基盤としながら、だれもが安心して文化的経験を享受することのできるミュージアムの実現に向け、より実効性のあるアクセシビリティの構築に向けた継続的な取り組みを重ねていきます。

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